美味放談
北大路魯山人
美味放談 北大路魯山人 上京の頃 僕が初めて東京に出て来た年少時に、京橋のビアホールになにか祝いごとがあってね。ビールが半額なんだ。飲んでやろうと思って行ったが、まず洋食を食おうと思ってね。ところがその時は洋食のことはなにも分らん。ビフテキといっても、それが野菜だか肉だか飲物だか分らん。どうしようかと思って、そこで考えたね。隣のテーブルで命じたものの名前を覚
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北大路魯山人
美味放談 北大路魯山人 上京の頃 僕が初めて東京に出て来た年少時に、京橋のビアホールになにか祝いごとがあってね。ビールが半額なんだ。飲んでやろうと思って行ったが、まず洋食を食おうと思ってね。ところがその時は洋食のことはなにも分らん。ビフテキといっても、それが野菜だか肉だか飲物だか分らん。どうしようかと思って、そこで考えたね。隣のテーブルで命じたものの名前を覚
北大路魯山人
「まずいものを、なんとかしてうまく食う方法を教えてくれ」という注文がときどぎ来るが、まずいものをうまくする……そんな秘法は絶対にない。魔術もなかろう。まずい米は所詮まずい。肉も魚類も菜もみな同様であって、一歩も動くものではない。しかし、うまそうにゴマ化す手はある。それは偽りの美味であって、本来の美味ではない。インチキで小児を騙す手はある。こう答えるよりほかは
北大路魯山人
美味い豆腐の話 北大路魯山人 美味い湯豆腐を食べようとするには、なんといっても豆腐のいいのを選ぶことが一番大切である。いかに薬味、醤油を吟味してかかっても、豆腐が不味ければ問題にならない。 そんなら、美味い豆腐はどこで求めたらいいか? ズバリ、京都である。 京都は古来水明で名高いところだけに、良水が豊富なため、いい豆腐ができる。また、京都人は精進料理など、金
原民喜
ペン・クラブの一行と別れて、私はまだ廣島に滞在しているわけだが、今朝は久振りで泉邸や常盤橋から饒津の方を歩いてみた。泉邸の川岸には頭に白い手ぬぐいをかむって何か働いている人の姿を見かけた。常盤橋の踏切の付近では道路をなおしている人たちを見た。 廣島は絶えず今も刻々に復興の途上にあるのだろう。だが、鶴羽根神社の靜かな濠のところまで來ると、私はこのあたりに眞赤な
西東三鬼
船欄に夜露べつとり逃ぐる旅 私はいつも逃げてばかりゐるやうです。それといふのも、私といふ男は、齢五十をとうに過ぎてゐながら、私と同じ生きものである人間、特に女の人に対する抵抗力が実に弱く、まるで生れたての赤ん坊がたやすく風邪をひくやうに、やられてしまふのです。 はじめ軽いくしやみが一二度出たかと思ふと、アッといふまに肺炎を併発して高熱にうなされるのです。困つ
田中貢太郎
美女を盗む鬼神 田中貢太郎 梁の武帝の大同の末年、欧陽という武人が、南方に出征して長楽という処に至り、その地方の匪乱か何かを平定して、山間嶮岨の地へ入った。そのは陣中に妻を携えていたが、その女は色が白く顔が美しかった。するとその地方の人が、 「君は何故美女を携えてここへ来た、ここには鬼神があって、美女と見れば必ず盗むので、往来の者でこの難に罹る事がある、君も
内田魯庵
丁度この欧化主義の最絶頂に達して、一も西洋、二も西洋と、上下有頂天となって西欧文化を高調した時、この潮流に棹さして極端に西洋臭い言文一致の文体を創めたのが忽ち人気を沸騰して、一躍文壇の大立者となったのは山田美妙斎であった。美妙斎はあたかも欧化熱の人工孵卵器で孵化された早産児であった。 これより先き美妙斎は薩摩の美少年の古い物語を歌った新体詞を単行本として発表
ド・ヴィルヌーヴガブリエル=シュザンヌ・バルボ
むかし昔、ある所に、お金持の商人がいて、三人のむすこと三人のむすめと、つごう六人のこどもをもっていました。商人には、お金よりもこどものほうが、ずっとずっとだいじなので、こどもたちたれも、かしこくしあわせにそだつように、そればかりねがっていました。 三人のむすめたち、たれも、きれいに生まれついてきているなかで、いちばん末の女の子は、きれいというだけではたりない
小川未明
正吉くんは、はじめて小田くんの家へあそびにいって、ちょうせんぶなを見せてもらったので、たいそうめずらしく思いました。 「君、この魚はどこに売っていたの?」 「このあいだ、おじいさんが売りにきたのを買ったのだよ。」と、小田くんはいいました。 「こんどきたら、ぼくも買おうかな。」と、正吉くんは、あかずに、ちょうせんぶなのダンスをするのをながめていました。 「それ
太宰治
美少女 太宰治 ことしの正月から山梨県、甲府市のまちはずれに小さい家を借り、少しずつ貧しい仕事をすすめてもう、はや半年すぎてしまった。六月にはいると、盆地特有の猛烈の暑熱が、じりじりやって来て、北国育ちの私は、その仮借なき、地の底から湧きかえるような熱気には、仰天した。机の前にだまって坐っていると、急に、しんと世界が暗くなって、たしかに眩暈の徴候である。暑熱
高村光太郎
非目前的なのが美の持つ影響力の特質である。人は毎日の生活に惱む。毎日の生活とは即ち目前處理の生活である。人はその累積の中に埋もれてその生活そのものに内在する非目前的の一面を忘却する。そしてやりきれない鬱積を打ち拂ふために、手取早く、低い娯樂や、演藝物などの爆笑とか危險感とかいふものを漁つて一時をごまかす。實は何にも滿足が得られたのではない。結局さういふものに
堀辰雄
十月六日、鎌倉にて お手紙うれしく拝読いたしました。半年ぶりで軽井沢から鎌倉に戻ってきたばかりで、まだ何か気もちも落ちつかないままにお返事を遅らせておって申訳ありません。 丁度軽井沢を立ってくる前に、いただいた御本の中の「樹々新緑」などをなつかしく拝読して参ったばかりのところへ、又お手紙でその時分のことをいろいろと蘇らせられ、本当に何から先にとりあげて御返事
富永太郎
私はその頃不眠症に悩んで居た。 かなり多くの人々が私の病気を知つてしまつて、それに対する忠告を与へてくれる人も少くなかつた。 気軽な或る大学生は言つた。「運動が足りないんだね。君みたいに一日中室の中に居て煙草を吸つてる男に安眠の出来るわけはないさ。ちつと学校のコートへやつて来たまへ。昼休みにお対手しよう。」 肥満した或る若い会社員は言つた。「君、誰か見付けて
高村光太郎
美の日本的源泉 高村光太郎 民族の持つ美の源泉は実に深く、遠い。その涌き出ずる水源は踏破しがたく、その地中の噴き出口は人の測定をゆるさない。厳として存在し、こんこんとして溢れて止まぬ其の民族を貫く民族特有の美の源泉は、如何なる外的条件のかずかずを並べ立ててみても説明しがたく、殆ど解析の手がかり無き神秘さを感じさせる。近寄ってこれを観れば、或は紛々として他と分
岸田国士
友田夫妻を中心とする築地座の仕事は、最近目ざましい躍進ぶりを見せてゐる。恐らく現在の新劇団を通じて、最も着実に、最も純粋に、演劇精神を守り育みつゝあるこの一座は、次第に索寞たる研究劇の域から脱し、「劇」そのものゝ本質に徹して何人をも――少くとも真に芝居の「面白さ」を求める人々を、かなり満足せしめるに足る舞台を見せはじめた。俳優諸君も、無論、絶えざる精進によつ
牧野信一
日曜の朝でした。――「稀にはお母様のお手伝ひをしたら、」とお母様はちよつと機嫌の悪い顔をなさいましたので、美智子は、 「だつてお母様……」と、あべこべに不機嫌な顔をして、「だつて……だつて……」と、わけのわからない弁解を示して、おさげに結むだリボンを前に廻して、それをもてあそびながら、もう一遍「だつて……」と云ひました。 「そら始つた、こんな時に限つて勉強な
牧野信一
美智子は、朝から齲歯が痛んで、とう/\朝御飯も喰べませんでした。眼に触れるものが悉く疳癪にさわりました。焦れツたくて/\堪りませんでした。家ぢうを大声あげて、出来るだけの速さで駆け回つても、まだ飽き足りないやうな気がします。鐘をグワン/\と打ち叩くやうに、或ひは歯のなかへ太い釘を叩き込むやうに――その響がビンビンと脳髄にしみ渡ります。 「あゝ。」と云つて美智
宮本百合子
美しき月夜 美しき月夜 宮本百合子 静かな晩である。 空気は柔かく湿って、熟しかけた林檎(りんご)からは甘酸い、酸性のかおりが快く、重く眠たい夜気の中に放散し、薄茶色の煙のような玉蜀黍(とうもろこし)の穂が澄みわたった宙に、ひっそりと影を泛べている。到るところに陰翳(いんえい)の錯綜があった。夏と秋の混り合った穏やかなどことなく淋しい景物が、今パット咲いた銀
堀辰雄
天の気の薄明に優しく会釈をしようとして、 命の脈が又新しく活溌に打っている。 こら。下界。お前はゆうべも職を曠うしなかった。 そしてけさ疲が直って、己の足の下で息をしている。 もう快楽を以て己を取り巻きはじめる。 断えず最高の存在へと志ざして、 力強い決心を働かせているなあ。 ファウスト第二部
高村光太郎
いつたん此世にあらわれた以上、美は決してほろびない。 眞理はつねに更生せられて、一つの眞理から次の眞理へとうつりかわり、前の眞理はほろびる。それが眞理の本然である。 美は次々とうつりかわりながら、その前の美が死なない。紀元前三千年のエジプト藝術は今でも生きて人をとらえる。 一民族の運命は興亡常ないが、その興亡のあとに殘るものはその民族の持つ美である。その他の
原民喜
美しき死の岸に 原民喜 何かうっとりさせるような生温かい底に不思議に冷気を含んだ空気が、彼の頬に触れては動いてゆくようだった。図書館の窓からこちらへ流れてくる気流なのだが、凝と頬をその風にあてていると、魂は魅せられたように彼は何を考えるともなく思い耽っているのだった。一秒、一秒の静かな光線の足どりがここに立ちどまって、一秒、一秒のひそやかな空気がむこうから流
林芙美子
美しい犬 林芙美子 遠いところから北風が吹きつけている。ひどい吹雪だ。湖はもうすっかり薄氷をはって、誰も舟に乘っているものがない。 ペットは湖畔に出て、さっきからほえたてていた。ペットはモオリスさんの捨犬で、いつも、モオリスさんの別莊のポーチで暮らしている。野尻湖畔のモオリスさんの別莊へ來た時は、ペットはまだ色つやのいい、たくましいからだつきをしていた。 モ
小川未明
さびしい、暗い、谷を前にひかえて、こんもりとした森がありました。そこには、いろいろな小鳥が、よく集まってきました。 秋から、冬へかけて、そのあたりは、いっそうさびしくなりました。森は陰気な顔をして、黙っていました。そのとき、眠りをさまさせるように、いい声を出して、こまどりが鳴きました。 これを聞くと、森は、元気づいたのです。 「あの美しいこまどりがきたな。ど
太宰治
美男子と煙草 太宰治 私は、独りで、きょうまでたたかって来たつもりですが、何だかどうにも負けそうで、心細くてたまらなくなりました。けれども、まさか、いままで軽蔑しつづけて来た者たちに、どうか仲間にいれて下さい、私が悪うございました、と今さら頼む事も出来ません。私は、やっぱり独りで、下等な酒など飲みながら、私のたたかいを、たたかい続けるよりほか無いんです。 私