Vol. 2May 2026

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耕耘部の時計

宮沢賢治

耕耘部の時計 宮沢賢治 一、午前八時五分 農場の耕耘部の農夫室は、雪からの反射で白びかりがいっぱいでした。 まん中の大きな釜からは湯気が盛んにたち、農夫たちはもう食事もすんで、脚絆を巻いたり藁沓をはいたり、はたらきに出る支度をしてゐました。 俄かに戸があいて、赤い毛布でこさへたシャツを着た若い血色のいゝ男がはひって来ました。 みんなは一ぺんにそっちを見ました

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耕耘部の時計

宮沢賢治

農場の耕耘部の農夫室は、雪からの反射で白びかりがいっぱいでした。 まん中の大きな釜からは湯気が盛んにたち、農夫たちはもう食事もすんで、脚絆を巻いたり藁沓をはいたり、はたらきに出る支度をしていました。 俄かに戸があいて、赤い毛布でこさえたシャツを着た若い血色のいい男がはいって来ました。 みんなは一ぺんにそっちを見ました。 その男は、黄いろなゴムの長靴をはいて、

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新美南吉

ある晩、久助君は風呂にはいつてゐた。晩といつても、田舎で風呂にはいるのは暗くなつてからである。風呂といつても、田舎の風呂は、五右衛門風呂といふ、ひとりしかはいれない桶のやうな風呂である。 久助君は、つまらなさうに、じやばじやばと音をさせてはいつてゐた。風呂の中でハモニカを吹くことと歌をうたふことは、このあひだおとうさんから、かたく禁じられてしまつたのである。

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新美南吉

ある晩、久助君は風呂にはいっていた。晩といっても、田舎で風呂にはいるのは暗くなってからである。風呂といっても、田舎の風呂は、五右エ門風呂という、ひとりしかはいれない桶のような風呂である。 久助君は、つまらなそうに、じゃばじゃばと音をさせてはいっていた。風呂の中でハモニカをふくことと、歌をうたうことは、このあいだお父さんから、かたく禁じられてしまったのである。

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耳の日記

宮城道雄

耳の日記 宮城道雄 友情 いつであったか、初夏の気候のよい日に内田百間氏がひょっこり私の稽古場を訪ねて来て、今或る新聞社の帰りでウイスキーを貰って来たからにお裾分けしようと言われた。待っていた弟子達は百間先生が来たというので何かひそひそ騒いでいた。百間氏は私に稽古を片附けるようにと言うので私は稽古の合間合間に話をした。こういう時には心嬉しいので稽古もどんどん

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耳無芳一の話

小泉八雲

七百年以上も昔の事、下ノ関海峡の壇ノ浦で、平家すなわち平族と、源氏すなわち源族との間の、永い争いの最後の戦闘が戦われた。この壇ノ浦で平家は、その一族の婦人子供ならびにその幼帝――今日安徳天皇として記憶されている――と共に、まったく滅亡した。そうしてその海と浜辺とは七百年間その怨霊に祟られていた……他の個処で私はそこに居る平家蟹という不思議な蟹の事を読者諸君に

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耳と目

寺田寅彦

耳と目 寺田寅彦 耳も目も、いずれも二つずつ、われわれの頭の頂上からほぼ同じ距離だけ下がった所に開いている。目のほうは前面に二つ並んでほぼ同じ方向を向いているのに耳のほうは両側にあって、だいたいにおいて反対の方向に向いている。もっとも耳たぶがあるために各方の耳が精確にどちらに向いているかという事はそう簡単に言われないが、しかし、この平凡な事実は考えてみるとい

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耶馬渓の一夜

田山花袋

耶馬渓の一夜 田山花袋 町のお祭か何かで、中津の停車場はひどく雑沓した。おまけに、雨はかなりに強く降つてゐる。私達は耶馬渓に行く軌道の方へと行つて見たが、そこにも乗客が一杯押寄せてゐた。 漸く乗るには乗つたが、中々発車しない。あとからあとへと乗客が乗つて来る。大抵は祭礼を見に来た連中で、赤い腰巻をまくつた姐さんや、晴衣を着飾つた子供や、婆さまや、中には小学校

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耽溺

岩野泡鳴

耽溺 岩野泡鳴 一 僕は一夏を国府津の海岸に送ることになった。友人の紹介で、ある寺の一室を借りるつもりであったのだが、たずねて行って見ると、いろいろ取り込みのことがあって、この夏は客の世話が出来ないと言うので、またその住持の紹介を得て、素人の家に置いてもらうことになった。少し込み入った脚本を書きたいので、やかましい宿屋などを避けたのである。隣りが料理屋で芸者

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聖ロヨラ

野上豊一郎

イタリアでアシジの聖フランチェスコの遺跡を見たので、エスパーニャでは聖ロヨラの遺跡を見たいものだと思つてゐた。聖ロヨラはヂェズイタ派(耶蘇會)の開祖であり、その同志で後輩なるハヴィエル(ザベリヨ)は天文年間に初めて日本に耶蘇教を持つて來て猛烈な布教をした人であり、私の生れた豐後の地は領主大友宗麟の洗禮に拍車をかけられて最も早く耶蘇教化した地方であつたので、今

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聖アンデルセン

小山清

「海は凪いでいた。」と月は言った。「水は私が帆走っていた晴朗な空気のように透明だった。私は海の表面より深く下の方の珍しい植物を見ることが出来た。それは森の中の巨大な樹木のように、数尋の茎を私の方へ差上げていて、その頂きの上を魚が泳いで行った。空中高く一群の野生の白鳥が渡っていた。その中の一羽は翼の力が衰えて下へ下へと沈んで行った。彼の眼はだんだん遠ざかってゆ

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聖堂の近くを過ぐる

今野大力

ポプラの梢の空高く大空を指さして厳かな聖き自然の力を表わす幹はだの荒くれた並木の下にヘブライ文化の主流であるキリスト教の教会堂が建っている私は毎日その近くを過ぎるそして神秘な古典の物語りを思い出し、ありし昔の日の幾多重ねた争闘の人間に与えし歴史を憶う……人間と言う極まりない霊魂の所有者はかくして永遠に血を浴びて闘わねばならないか宇宙の覆滅人類の滅亡ああその日

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聖女人像

豊島与志雄

聖女人像 豊島与志雄 深々と、然し霧のように軽く、闇のたれこめている夜……月の光りは固よりなく、星の光りも定かならず、晴曇さえも分からず、そよとの風もなく、木々の葉もみなうなだれ眠っている……そういう真夜中に、はっきりと人の気配のすることがある。どこかで、ガラガラと雨戸を繰る音がする。ただそれきり。どこかで、数音の人声がする。ただそれきり。どこかで、廊下を歩

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聖家族

堀辰雄

死があたかも一つの季節を開いたかのやうだつた。 死人の家への道には、自動車の混雜が次第に増加して行つた。そしてそれは、その道幅が狹いために、各々の車は動いてゐる間よりも、停止してゐる間の方が長いくらゐにまでなつてゐた。 それは三月だつた。空氣はまだ冷たかつたが、もうそんなに呼吸しにくくはなかつた。いつのまにか、もの好きな群集がそれらの自動車を取り圍んで、その

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聖家族

堀辰雄

聖家族 堀辰雄 死があたかも一つの季節を開いたかのようだった。 死人の家への道には、自動車の混雑が次第に増加して行った。そしてそれは、その道幅が狭いために、各々の車は動いている間よりも、停止している間の方が長いくらいにまでなっていた。 それは三月だった。空気はまだ冷たかったが、もうそんなに呼吸しにくくはなかった。いつのまにか、もの好きな群集がそれらの自動車を

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聖家族

小山清

ヨセフは牛の頸に繋ぐ軛をこしらえていた。すると、傍の寝床の中で眠っていた息子のイエスが目をさまして、泣声をたてた。この寝床は、イエスがベツレヘムの馬小屋で生れたときに寝床の代りをした馬槽に模って、ヨセフがこしらえたものであった。ヨセフは手にしていた鋸を置いて、寝床のうえに屈んで、息子の顔を覗いた。イエスは父親の顔を認めて、泣きやんだ。ヨセフがあやすと、イエス

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聖アレキセイ寺院の惨劇

小栗虫太郎

聖アレキセイ寺院――。世俗に聖堂と呼ばれている、このニコライ堂そっくりな天主教の大伽藍が、雑木林に囲まれた東京の西郊Iの丘地に、R大学の時計塔と高さを競って聳り立っているのを……。そして、暁の七時と夕の四時に嚠喨と響き渡る、あの音楽的な鐘声も、たぶん読者諸君は聴かれたことに思う。 ところで、物語を始めるに先立って、寺院の縁起を掻い摘んで述べておくことにしよう

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聖徳太子

内藤湖南

聖徳太子に關して徳川時代の儒者で之を作者の聖と稱せし人があつたが、之は最も善く當つて居つて、殆んど其の人格の全體を悉して居ると思ふ。支那で作者を聖と稱するのは、即ち人民の爲に其の生活に關する種々の仕事器物など、更に進んでは文物典章を作つた人を聖人とすると謂ふ意味で、伏犧神農以下文武周公に至るまで皆さう謂ふ性質の人である。日本では勿論人民の生活に關する一般的の

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聖書の読方 来世を背景として読むべし

内村鑑三

十一月十五日栃木県氏家在狭間田に開かれたる聖書研究会に於て述べし講演の草稿。 聖書は来世の希望と恐怖とを背景として読まなければ了解らない、聖書を単に道徳の書と見て其言辞は意味を為さない、聖書は旧約と新約とに分れて神の約束の書である、而して神の約束は主として来世に係わる約束である、聖書は約束附きの奨励である、慰藉である、警告である、人はイエスの山上の垂訓を称し

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聖の行くべき道

今野大力

そこはねずみも歩かない 歩くべきではない ひじりの行くべき道である 空は明るく明るく まひるの如くに明るい 一しきり降っていった雪は 野に山に路に庭に 夢見る様に積もっている 雪は白い何よりも白い きよめられたる様に白い 天と地の合体の風景である 包む夜は厳に静かな しらべをひっている * ひじりの為めに撒いた敷物は けがれる事を恐れている如くである ●図書

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聚楽廻り

羽田亨

古は皇城の域内後に豐公の聚樂第 ついで所司代配下の新屋敷 上京區にありながら下京區に屬す 三條通のまん中で京は上京と下京とに分れるなどと思つたら岩井君に笑はれものだ。郵便は上京丸太町千本西入るで立派に配達される我輩の家でも、お上の稱呼は下京區聚樂廻西町八十五番地なのだから。 聚樂廻の名は有名な聚樂第にちなんだものらしい。家の西裏半町ばかりは一間餘りの低地畑に

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アパートで聞いた話

小川未明

そのおじさんは、いつも考えこんでいるような、やさしい人でした。少年は、その人のへやへいきました。 「なにか、お話をしてくださいませんか。」と、たのみました。 「どんな話かね。」と、おじさんは、聞きました。 「どんな話でもいいのです。」と、少年がいうと、おじさんは、つぎのような話をしてくれたのです。 二、三日まえの新聞にあったが、街の中央へビルディングができる

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ジムバリストを聴いて

宮本百合子

ジムバリストを聴いて 宮本百合子 ジムバリストの演奏をきき、深く心に印されたことは、つまり芸術は、どんな種類のものでも、真個のよさに至ると、全く同じような感動、絶対性を持っていると云うことです。自分は、まるで素人で、楽譜に対する知識さえ持っていませんでした。けれども、音に、胸から湧く熱と、精神の支配力との調和が、驚くほど現れ、小説で、所謂技巧内容と云う考えの

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〔われ聴衆に会釈して〕

宮沢賢治

われ聴衆に会釈して 歌ひ出でんとしたるとき 突如下手の幕かげに まづおぼろなる銅鑼鳴りて やがてジロフォンみだれうつ わが立ち惑ふそのひまに 琴はいよよに烈しくて そはかの支那の小娘と われとが潔き愛恋を あらぬかたちに歪めなし 描きあざけり罵りて 衆意を迎ふるさまなりき そを一すぢのたはむれと なすべき才もあらざれば たゞ胸あつく頬つりて 呆けたるごとくわ

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