苦悩の年鑑
太宰治
苦悩の年鑑 太宰治 時代は少しも変らないと思う。一種の、あほらしい感じである。こんなのを、馬の背中に狐が乗ってるみたいと言うのではなかろうか。 いまは私の処女作という事になっている「思い出」という百枚ほどの小説の冒頭は、次のようになっている。 「黄昏のころ私は叔母と並んで門口に立っていた。叔母は誰かをおんぶしているらしく、ねんねこを着ていた。その時のほのぐら
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太宰治
苦悩の年鑑 太宰治 時代は少しも変らないと思う。一種の、あほらしい感じである。こんなのを、馬の背中に狐が乗ってるみたいと言うのではなかろうか。 いまは私の処女作という事になっている「思い出」という百枚ほどの小説の冒頭は、次のようになっている。 「黄昏のころ私は叔母と並んで門口に立っていた。叔母は誰かをおんぶしているらしく、ねんねこを着ていた。その時のほのぐら
上村松園
一 画の作家が、画をつくることについて、ある作家は、これを苦しみだと言います、それからある作家は、楽しみだと言います。 作家が画を作ることが、果たして苦しみでしょうか、また楽しみでしょうか。 これは考えようによって、どちらも本とうだと言えましょう。私は画を作ることは、私ども作家にとって、苦しみでもあり、また楽しみでもあると言いたいと思います。 それはどうして
原民喜
苦しく美しき夏 原民喜 陽の光の圧迫が弱まってゆくのが柱に凭掛っている彼に、向側にいる妻の微かな安堵を感じさせると、彼はふらりと立上って台所から下駄をつっかけて狭い裏の露次へ歩いて行ったが、何気なく隣境の空を見上げると高い樹木の梢に強烈な陽の光が帯のように纏わりついていて、そこだけが赫と燃えているようだった。てらてらとした葉をもつその樹木の梢は鏡のようにひっ
中谷宇吉郎
昨年の秋C・T・Rウイルソン先生からの手紙で、ストラットン教授の一行が今度の日食観測に北海道の方へ行くことになったから宜敷くとのことであった。その後何の消息もなかったのであるが、新聞紙の上で愈々一行が日本へ着いたことを知って、もうそんな時機になったのかと思う位であった。ところが四月の末に初めてストラットン教授からの手紙で、三十日に札幌へ着くから仕事の上の打合
中谷宇吉郎
英国の物理学は、少くも過去半世紀の発展について見ると、剣橋のキャベンディシュ研究所から生れたものといえよう。あるいは少し大仰にいえば、現代の世界の物理学はキャベンディシュ研究所から生れたともいわれる位華々しい業績をあげてきたのである。それで英国の物理学界を語るとすると、剣橋について詳しく述べればそれで事が足りるのである。ところが私は英国留学中主として倫敦にい
中谷宇吉郎
米國の有名な科學記者ローレンスの『ゼロの曉』は、たいへん興味の深い本である。この本は、今次大戰中における、米國の原爆製造の過程、英獨の原子力をめぐる科學戰の祕話などを詳細に記述したものである。 ローレンスは、米國政府から、原爆製造の祕密工場に出入を許された唯一の記者で、いわばこの計畫の記録掛のような役目を果した人である。戰爭中、ロス・アラモスやオークリッジの
杉田久女
英彦山に登る 杉田久女 私は今年英彦山に五六度登った。 或人々は彦山はつまらぬ山だという。 成程銅の大鳥居から四十二丁の上宮迄は樹海の中を登りつめるので、見はらしはなし、谿流は添わず、大英彦全体を眺める事の出来ない凹凸の多い山なので、ひととおりの登山丈では、一向変化のないつまらぬ山と思えるのもむりはない。 だが、彦山に一夏を過して、古老から彦山伝説のかずかず
海野十三
英蘭西岸の名港リバプールの北郊に、ブルートという町がある。 このブルートには、監獄があった。 或朝、この監獄の表門が、ぎしぎしと左右に開かれ、中から頭に包帯した一人の東洋人らしい男が送り出された。 彼に随いて、この門まで足を運んだ背の高い看守が、釈放囚の肩をぽんと叩き、 「じゃあミスター・F。気をつけていくがいい。娑婆じゃ、いくら空襲警報が鳴ろうと、これまで
佐々木邦
「わしはナイヤガラの滝を見物するんだからバッファローで下りる。バッファローは何時頃になるかね?」 と一人の旅客が寝台車のボーイに訊いた。 「夜明けになります」 「よし、頼むよ。わしは寝坊だから、ナカ/\起きないかも知れない。構わないから、バッファローに着いたら、四の五の言わせず、この荷物ぐるみプラットフォームへ投り出してくれ給え」 「承知いたしました」 翌朝
高田力
ベーシック英語 高田力 はしがき 此の小稿は Basic English の基礎理論と組織との概要及び英語教育に於けるその價値を出來るだけ平明に解説しようと試みたものである。Basic は決して850語の單なる list に止まるものではないのである。動的であつて有機的なそれ自體一つの纒つた組織を成し、その運用によつて日常の用を辨じ得る仕組になつてゐるのであ
槙村浩
南欧の夜の更け行けば 空には清き星の数 銀河の影もたなびきて 風は香りて薫ばしき 月は折しも青く冴え 波も静けき海原に 俄に殺気みなぎりて なびく異国の旗の影 沖の鴎も怪みて 水の上遠く飛び行けば 羽ばたきに散る水煙 銀月ゆらぐ春の海 東雲の空月落ちて 残星光失へば 彼方に霞む紅の 雲を破って朝の風 天気に響く万歳に 馬に鞭あて英雄の 後に残すや砂煙 パリを
折口信夫
茂吉への返事 折口信夫 わたしはこゝで、駁論を書くのが、本意ではありません。そんなことをしては、忙しい中から、意見して下された、あなたの好意を無にすることに當りませう。其に第一、お申し聞けの箇條は、大體に於て、わたしの意表外に出たことではありませんでしたから。といふと、何だかあなたの語を輕しめる樣な、高ぶつた語氣を含んでゐる樣に、聞えるかも知れませんが、實の
片山広子
はがきを出さうと思つて、畑道を通つて駅前のポストの方に歩いて行つた。まだこの辺は家が二三軒建つただけで以前のままの畑である。夕日が真紅く空をそめて、高井戸駅の方から上り電車が走つてくる音がする。いつも通るうら道なのだが、今日はどうしたはづみか五年前のある夕方を思ひ出してしまつた。 昭和二十一年ごろの初秋であつたらうか、茄子の畑の出来事である。まだ今のやうに物
真山青果
その前の晩、田住生が訪ねて来た。一昨年の暮に亡なつた湯村の弟、六郎の親友である。今度福岡大学へ行く途中とあつて立寄つた。此間の洪水で鉄道が不通ゆゑ神戸までは汽船にすると云ふ。白絣のあらい浴衣に、黒の帯、新しい滝縞の袴をシヤンと穿いて居た。お国風に衛さん衛さんと七つも違ふ湯村の名を呼んで居た。 「六郎さんが丈夫ですと、今年は一緒に大学へ来るんでした。一昨日の晩
牧野信一
白いらつぱ草の花が、涌水の傍らに、薄闇に浮んで居り、水の音が静かであつた。咲いてゐるなとわたしはおもつた。トラムペツト・フラワ? いや、あれは凌霄花の意味だつたが、凌霄花もラツパ草も、うちでは昔から何処に移つても咲いてゐるが、誰もあの花が好きと云つたものも聞かぬのに――わたしは意味もなくそんなことをつぶやいた。泉水には水葵が一杯蔓つて、水溜りの在所も見定め難
宮沢賢治
茨海小学校 宮沢賢治 私が茨海の野原に行ったのは、火山弾の手頃な標本を採るためと、それから、あそこに野生の浜茄が生えているという噂を、確めるためとでした。浜茄はご承知のとおり、海岸に生える植物です。それが、あんな、海から三十里もある山脈を隔てた野原などに生えるのは、おかしいとみんな云うのです。ある人は、新聞に三つの理由をあげて、あの茨海の野原は、すぐ先頃まで
末吉安持
なが月下浣の日のゆふべ、 山下岩根垂る水の 玉のしづくに核ぐみて、 かつ熟みこぼし斎ひつゝ、 風に額づく茴香の あゝ姉妹の二人もとよ。 化石もすらむ秋の木は 骨立ち強に呼吸つまり、 天つ御法のおん宣告に、 拗ねては、櫨も葉こそ縒れ、 孕婦ながら茴香は 優婆夷か、悩む色もなし 伴にはぐれし赤蟻の 飢ゑて足悩ゆむ湿り地に、 憐み顔のおとどひは 茎も軟らに額づきて
小川未明
とうげの、中ほどに、一けんの茶屋がありました。町の方からきて、あちらの村へいくものや、またあちらの村から、とうげを越して、町の方へ出ていくものは、この茶屋で休んだのであります。 ここには、ただひとり、おじいさんが住んでいました。男ながら、きれいにそうじをして、よく客をもてなしました。お茶をいれ、お菓子をだしたり、また酒を飲むものには、あり合わせのさかなに、酒
寺田寅彦
茶わんの湯 寺田寅彦 ここに茶わんが一つあります。中には熱い湯がいっぱいはいっております。ただそれだけではなんのおもしろみもなく不思議もないようですが、よく気をつけて見ていると、だんだんにいろいろの微細なことが目につき、さまざまの疑問が起こって来るはずです。ただ一ぱいのこの湯でも、自然の現象を観察し研究することの好きな人には、なかなかおもしろい見物です。 第
北大路魯山人
てんぷらの茶漬けは油っ濃いもので、油っ濃いものの好きな方に好かれるのは無論である。 揚げたてのてんぷらを茶漬けにするのはもとより差支えないが、本来、てんぷらの茶漬けは古いてんぷらの利用にある。昨日の残りのてんぷらだとか、一旦、冷え切ったものを生かして食う食い方である。それにはまず火鉢に網を載せ、一旦、てんぷらを火にかける。いくぶん焦げができるくらいに火をあて
北大路魯山人
お茶漬けの話にかぎらないが、料理というものは、財力豊かな人のものと、財力不自由な人のものとでは、常に天と地ほどの相違がある。しかし、財力豊かで、刺身よかれ、牛肉よかれと、どんな材料でも、手に入れることに少しも不自由のない人が、贅沢料理に飽きて、簡単な美味いもので食事がしたいという場合がある。これは体内にお医者さまの言う栄養が充ち満ちて、生理上、栄養が不必要に
坂口安吾
茶番に寄せて 坂口安吾 日本には傑れた道化芝居が殆んど公演されたためしがない。文学の方でも、井伏鱒二という特異な名作家が存在はするが、一般に、批評家も作家も、編輯者も読者も厳粛で、笑うことを好まぬという風がある。 僕はさきごろ文体編輯の北原武夫から、思いきった戯作を書いてみないかという提案を受けた。かねて僕は戯作を愛し、落語であれ漫才であれ、インチキ・レビュ
坂口安吾
茶番に寄せて 坂口安吾 日本には傑れた道化芝居が殆んど公演されたためしがない。文学の方でも、井伏鱒二といふ特異な名作家が存在はするが、一般に、批評家も作家も、編輯者も読者も厳粛で、笑ふことを好まぬといふ風がある。 僕はさきごろ文体編輯の北原武夫から、思ひきつた戯作を書いてみないかといふ提案を受けた。かねて僕は戯作を愛し、落語であれ漫才であれ、インチキ・レビュ
小泉八雲
読者はどこか古い塔の階段を上って、真黒の中をまったてに上って行って、さてその真黒の真中に、蜘蛛の巣のかかった処が終りで外には何もないことを見出したことがありませんか。あるいは絶壁に沿うて切り開いてある海ぞいの道をたどって行って、結局一つ曲るとすぐごつごつした断崖になっていることを見出したことはありませんか。こういう経験の感情的価値は――文学上から見れば――そ