蠹魚
宮本百合子
蠹魚 宮本百合子 私は先日来、福島県下にある祖父の旧宅に来ている。 祖父の没後久しく祖母独り家を守っていたが、老年になったのでこれも東京に引移り、今は一年の大部分空家になっている。夏の休暇に母が子達をつれて来たり、時折斯うやって私が祖母の伴で来たりする外は。 今度は少し長逗留なので、私はこれ迄一向注意を払わなかった亡祖父の蔵書を見る気になった。良いもの、纏っ
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宮本百合子
蠹魚 宮本百合子 私は先日来、福島県下にある祖父の旧宅に来ている。 祖父の没後久しく祖母独り家を守っていたが、老年になったのでこれも東京に引移り、今は一年の大部分空家になっている。夏の休暇に母が子達をつれて来たり、時折斯うやって私が祖母の伴で来たりする外は。 今度は少し長逗留なので、私はこれ迄一向注意を払わなかった亡祖父の蔵書を見る気になった。良いもの、纏っ
小酒井不木
血友病 小酒井不木 「たとい間違った信念でもかまいません、その信念を守って、精神を緊張させたならば、その緊張の続くかぎり、生命を保つことが出来ると思います」 医師の村尾氏は、春の夜の漫談会の席上で、不老長寿法が話題に上ったとき、極めて真面目な顔をして、こう語りはじめました。 「今から十年ほど前、私が現在のところで開業して間もない頃でした。ある夏の日の朝、私は
葛西善蔵
血を吐く 葛西善藏 おせいが、山へ來たのは、十月二十一日だつた。中禪寺からの、夕方の馬車で着いたのだつた。その日も自分は朝から酒を飮んで、午前と午後の二囘の中禪寺からの郵便の配達を待つたが、當てにしてゐる電報爲替が來ないので、氣を腐らしては、醉ひつぶれて蒲團にもぐつてゐたのだつた。 「東京から女の人が見えました」斯う女中に喚び起されて、 「さう……?」と云つ
国枝史郎
血ぬられた懐刀 国枝史郎 別るる恋 「相手の権勢に酔わされたか! ないしは美貌に魅せられたか! よくも某を欺むかれたな!」 こう罵ったのは若い武士で、その名を北畠秋安と云って、年は二十三であった。 罵られているのは若い娘で、名は萩野、十九歳であった。 罵られても萩野は黙っている。口を固く結んでいる。そうして足許を見詰めている。その態度には憎々しいほどの、決心
黒岩涙香
「あア/\斯うも警察のお手が能く行届き、何うしても逃れぬ事が出来ぬと知たら、決して悪事は働かぬ所だッたのに」とは或罪人が己れの悪事露見して判事の前に引据られし時の懺悔の言葉なりとかや、余は此言葉を聞き此記録を書綴る心を起しぬ、此記録を読むものは何人も悪事を働きては間職に合わぬことを覚り、算盤珠に掛けても正直に暮すほど利益な事は無きを知らん、殊に今日は鉄道も有
甲賀三郎
毛沼博士の変死事件は、今でも時々夢に見て、魘されるほど薄気味の悪い出来事だった。それから僅に一月経たないうちに、父とも仰ぐ恩師笠神博士夫妻が、思いがけない自殺を遂げられた時には、私は驚きを通り越して、魂が抜けたようになって終い、涙も出ないのだった。漸くに気を取直して、博士が私に宛てられた唯一の遺書を読むと、私は忽ち奈落の底に突落されたような絶望を感じた。私は
小酒井不木
因果応報は仏教の根本をなす思想であって、私たち日本人も、伝統的にこの因果応報の観念に支配され、悪いことをすれば、必ずそれに対するむくいが来はしないかと、内心ひそかに恐れ慄くのが常である。そうした恐怖が一旦人の心に蟠ると、何か悪い出来事が起るまでは、その恐怖心が漸次に膨脹して行って、遂にその恐怖心そのものが、怖ろしい出来事を導くに至るものである。他人を殺して後
松本淳三
われら 血を越えてゆく はらからが流したる くろき血をぞ 越えて尚ゆく おそろしき権力は ゆくてをふさぎ するどき刃は たえず頭上にひらめけども あらしの如く 泉のごとく 石をおしわけ 春 芽をふく草の 力に似て 彼岸を遠く たのみ且つ信じ ああ われら血を越え たゆまずゆく はらからに続き また はらからを後に率いて―― (『種蒔く人』一九二一年十月号に発
坂口安吾
わが血を追ふ人々 坂口安吾 その一 渡辺小左衛門は鳥銃をぶらさげて冬山をのそ/\とぶらついてゐる男のことを考へると、ちようど蛇の嫌ひな者が蛇を見たときと同じ嫌悪を感じた。この男が鳥銃をぶらさげて歩くには理由があるので、人に怪しまれず毎日野山を歩き廻るには猟人の風をするに限る。この男は最近この村へ越してきて、それも渡辺小左衛門を頼つて、彼の地所を借りうけた。名
牧野信一
私は昨今横須賀に住んで、夙に病弱の療養に専念してゐる。それを第一の仕事にしてゐる。小田原からここに移つて、二ヶ月あまり経つた。私にとつての療養の第一は酒を慎しむことである。寧ろ絶対に酒の色香を忘れなければならぬのである。私は従来、あまりに久しく恋愛に迷つたためしはないが、それでも昔学生服を着てゐた時分に、忘れ給へ、忘れ給へ、否応なく忘れるより他はどうするとい
種田山頭火
十二月廿八日 曇、雨、どしや降り、春日へ、そして熊本へ。 もう三八九日記としてもよいだらうと思ふ、水が一すぢに流れるやうに、私の生活もしづかにしめやかになつたから。―― 途上、梅二枝を買ふ、三銭、一杯飲む、十銭、そして駅で新聞を読む、ロハだ。 夕方から、元坊を訪ねる、何といふ深切さだらう、Y君の店に寄る、Y君もいゝ人だ、I書店の主人と話す、開業以来二十七年、
種田山頭火
鶏肋抄 □霰、鉢の子にも(改作) □山へ空へ摩訶般若波羅密多心経(再録) □旅の法衣は吹きまくる風にまかす(〃) 雪中行乞 □雪の法衣の重うなる(〃) □このいたゞきのしぐれにたゝずむ(〃) □ふりかへる山はぐれて(〃) ―――― □水は澄みわたるいもりいもりをいだき □住みなれて筧あふれる 鶏肋集(追加) □青草に寝ころべば青空がある □人の子竹の子ぐいぐ
種田山頭火
一鉢千家飯 山頭火 □春風の鉢の子一つ □秋風の鉄鉢を持つ 雲の如く行き 水の如く歩み 風の如く去る 一切空 五月十三日 (室積行乞) まだ明けないけれど起きる、まづ日暦を今日の一枚めくり捨てゝから空模様を見る、有明月の明るさが好晴を保證してゐる。 今日はいよ/\行乞の旅へ旅立つ日だ。 いろんな事に手間取つて出かけるとき六時のサイレン。 汽車賃が足らないから
種田山頭火
六月三日 (北九州行乞) 一年ぶりに北九州を歩きまはるべく出立した、明けたばかりの天地はすが/\しかつた、靄のふかい空、それがだん/\晴れて雲のない空となつた、私は大股に歩調正しく歩いていつた。 嘉川を過ぎると峠になる、山色水声すべてがうつくしい、暑さも眠さも忘れて、心ゆくばかり自然を鑑賞しつゝ自己を忘却した。 十一時すぎて船木着、三時まで行乞、泊つて食べる
種田山頭火
六月廿日 (伊佐行乞) 朝あけの道は山の青葉のあざやかさだ、昇る日と共に歩いた。 いつのまにやら道をまちがへてゐたが、――それがかへつてよかつた――山また山、青葉に青葉、分け入るといつた感じだつた、蛙声、水声、虫声、鳥声、そして栗の花、萱の花、茨の花、十薬の花、うつぎの花、――しづかな、しめやかな道だつた。 途中行乞しつゝ、伊佐町へ着いたのは一時過ぎだつた、
種田山頭火
七月十四日 ずゐぶん早く起きて仕度をしたけれど、あれこれと手間取つて七時出立、小郡の街はづれから行乞しはじめる。 大田への道は山にそうてまがり水にそうてまがる、分け入る気分があつてよい、心もかろく身もかろく歩いた。 行乞はまことにむつかしい、自から省みて疚しくない境地へはなか/\達せない、三輪空寂はその理想だけれど、せめて乞食根性を脱したい、今日の行乞相は悪
種田山頭火
七月廿八日 六時すぎ出立、道はアスフアルトの一路坦々。朝風が法衣の袖にはらんで涼しい。 九時から山口市の裏通行乞二時間。 鈴木の奥さんに御挨拶する、思ひがけなくお布施を頂戴して恐縮した。 野田神社、豊栄神社へ参拝、境内は掃目もあざやかに蝉しぐれのなごやかさ。 山口県庁の建物はおちついてゐて好きだつた、背景の山のすがたも気にいつた。 サベリヨ記念碑を観た。 寺
種田山頭火
八月八日 五時半出立、はつらつとして歩いてゐたら、犬がとびだしてきて吠えたてた、あまりしつこいので杖で一撃をくれてやつた、吠える犬はほんとうに臆病だつた。 水声、蝉声、山色こまやかなり、大田へはいつてゆく道はやつぱりよろしい。 十時には秋吉に着いて行乞、さらに近在行乞、財布(ナイフとルビをふるべし)を忘れてきてゐる。 夕立がやつてきた、折よく観音堂で昼寝。
種田山頭火
八月廿八日 星晴れの空はうつくしかつた、朝露の道がすが/\しい、歩いてゐるうちに六時のサイレンが鳴つた、庵に放つたらかしいおいた樹明君はどうしたか知ら! 駄菓子のお婆さんが、よびとめて駄菓子を下さつた。 山口の農具展覧会行だらう、自転車と自動車とがひつきりなしにやつてくる。 山のみどりのこまやかさ、蜩のしめやかさ。 真長田村――湯ノ口近く――で、後からきた自
種田山頭火
九月十一日 広島尾道地方へ旅立つ日だ、出立が六時をすぎたので急ぐ、朝曇がだん/\晴れて暑くなる、秋日はこたえる、汗が膏のやうに感じられるほどだ。 中関町へ着いたのは十一時過ぎ、四時頃まで附近行乞。 六時、三田尻の宿についた、松富屋といふ、木賃二十五銭でこれだけの待遇を受けては勿躰ないと思ふ。 夜は天満宮参詣をやめて旧友M君を訪ねる、涙ぐましいほど歓待してくれ
三遊亭円朝
行倒の商売 三遊亭円朝 是は当今では出来ませぬが、昔時は行倒を商売にして居た者があります。無闇に家の前へ打倒れるから「まアお前何所かへ行つて呉れ。乞「何うも私は腹が空つて歩かれませぬ、其上塩梅が悪うございまして。と云ふから仕方なしに握飯の二個に銭の百か二百遣ると当人は喜んで其場を立退くといふ。是が商売になつて居ました。或時此奴が自分の日記帳を落した。夫を拾つ
宮本百合子
行く可き処に行き着いたのです 宮本百合子 私はあのお話をきいた時、すぐに、到頭ゆくところまで行きついたかと思いました。私はあの方と直接の交際をしたことはなく歌や人の話で、あの方の複雑な家庭の事情を想像していただけですが、たとえ情人があってもなくても、いつかはああなって行くのが、あの方の運命だったのでしょう。あんなに歌の上では、自分の生活を呪ったり悲しんだりし
小川未明
正ちゃんは、いまに野球のピッチャーになるといっています。それで、ボールをなげて遊ぶのが大すきですが、よくボールをなくしました。 「お母さん、ボールをなくしたから、買っておくれよ。」と、学校へいこうとしてランドセルをかたにかけながら、いいました。 「また、なくしたのですか。二、三日前に買ったばかりじゃありませんか。」 「僕、ボールがないとさびしいんだもの。」
堀辰雄
行く春の記 堀辰雄 三月のはじめから又僕は病氣でねてゐました。漸つと快方に向ひ、この頃は庭に出られるやうになりました。もう春もだいぶ深く、牡丹の蕾が目に立つてふくらんで來てゐます。去年の春はその牡丹が咲き揃つてゐる間中、僕はよくその前で一人で長いこと怠けてばかりゐたものでした。「しばらくありて眞晝の雲は處かへぬ園の牡丹の咲き澄みゐること」そんな利玄の歌などを