Vol. 2May 2026

Buku

Perpustakaan pengetahuan dunia domain publik

14,981종 중 1,272종 표시

歯車

芥川竜之介

歯車 芥川竜之介 一 レエン・コオト 僕は或知り人の結婚披露式につらなる為に鞄を一つ下げたまま、東海道の或停車場へその奥の避暑地から自動車を飛ばした。自動車の走る道の両がわは大抵松ばかり茂っていた。上り列車に間に合うかどうかは可也怪しいのに違いなかった。自動車には丁度僕の外に或理髪店の主人も乗り合せていた。彼は棗のようにまるまると肥った、短い顋髯の持ち主だっ

JA
Hanya teks asli

後世

芥川竜之介

後世 芥川龍之介 私は知己を百代の後に待たうとしてゐるものではない。 公衆の批判は、常に正鵠を失しやすいものである。現在の公衆は元より云ふを待たない。歴史は既にペリクレス時代のアゼンスの市民や文芸復興期のフロレンスの市民でさへ、如何に理想の公衆とは縁が遠かつたかを教へてゐる。既に今日及び昨日の公衆にして斯くの如くんば、明日の公衆の批判と雖も、亦推して知るべき

JA
Hanya teks asli

露訳短篇集の序

芥川竜之介

露譯短篇集の序 芥川龍之介 わたしの作品がロシア語に飜譯されると云ふことは勿論甚だ愉快です。近代の外國文藝中、ロシア文藝ほど日本の作家に、――と云ふよりも寧ろ日本の讀書階級に影響を與へたものはありません。日本の古典を知らない青年さへトルストイやドストエフスキイやトゥルゲネフやチェホフの作品は知つてゐるのです。我々日本人がロシアに親しいことはこれだけでも明らか

JA
Hanya teks asli

藪の中

芥川竜之介

さやうでございます。あの死骸を見つけたのは、わたしに違ひございません。わたしは今朝何時もの通り、裏山の杉を伐りに參りました。すると山陰の藪の中に、あの死骸があつたのでございます。あつた所でございますか? それは山科の驛路からは、四五町程隔たつて居りませう。竹の中に痩せ杉の交つた、人氣のない所でございます。 死骸は縹の水干に、都風のさび烏帽子をかぶつた儘、仰向

JA
Hanya teks asli

Jeruk Mandarin

蜜柑

芥川竜之介

或曇つた冬の日暮である。私は横須賀發上り二等客車の隅に腰を下して、ぼんやり發車の笛を待つてゐた。とうに電燈のついた客車の中には、珍らしく私の外に一人も乘客はゐなかつた。外を覗くと、うす暗いプラットフォオムにも、今日は珍らしく見送りの人影さへ跡を絶つて、唯、檻に入れられた小犬が一匹、時時悲しさうに、吠え立ててゐた。これらはその時の私の心もちと、不思議な位似つか

JA
DiterjemahkanDwibahasa

しるこ

芥川竜之介

しるこ 芥川龍之介 久保田万太郎君の「しるこ」のことを書いてゐるのを見、僕も亦「しるこ」のことを書いて見たい欲望を感じた。震災以來の東京は梅園や松村以外には「しるこ」屋らしい「しるこ」屋は跡を絶つてしまつた。その代りにどこもカツフエだらけである。僕等はもう廣小路の「常盤」にあの椀になみなみと盛つた「おきな」を味ふことは出來ない。これは僕等下戸仲間の爲には少か

JA
Hanya teks asli

遺書

芥川竜之介

遺書 芥川龍之介 僕等人間は一事件の為に容易に自殺などするものではない。僕は過去の生活の総決算の為に自殺するのである。しかしその中でも大事件だつたのは僕が二十九歳の時に秀夫人と罪を犯したことである。僕は罪を犯したことに良心の呵責は感じてゐない。唯相手を選ばなかつた為に(秀夫人の利己主義や動物的本能は実に甚しいものである。)僕の生存に不利を生じたことを少からず

JA
DiterjemahkanDwibahasa

僻見

芥川竜之介

僻見 芥川龍之介 広告 この数篇の文章は何人かの人々を論じたものである。いや、それらの人々に対する僕の好悪を示したものである。 この数篇の文章の中に千古の鉄案を求めるのは勿論甚だ危険である。僕は少しも僕の批判の公平を誇らうとは思つてゐない。実際又公平なるものは生憎僕には恵まれてゐない、――と云ふよりも寧ろ恵まれることを潔しとしない美徳である。 この数篇の文章

JA
Hanya teks asli

愛読書の印象

芥川竜之介

愛読書の印象 芥川龍之介 子供の時の愛読書は「西遊記」が第一である。これ等は今日でも僕の愛読書である。比喩談としてこれほどの傑作は、西洋には一つもないであらうと思ふ。名高いバンヤンの「天路歴程」なども到底この「西遊記」の敵ではない。それから「水滸伝」も愛読書の一つである。これも今以て愛読してゐる。一時は「水滸伝」の中の一百八人の豪傑の名前を悉く諳記してゐたこ

JA
Hanya teks asli

槍ヶ岳紀行

芥川竜之介

島々と云ふ町の宿屋へ着いたのは、午過ぎ――もう夕方に近い頃であつた。宿屋の上り框には、三十恰好の浴衣の男が、青竹の笛を鳴らしてゐた。 私はその癇高い音を聞きながら、埃にまみれた草鞋の紐を解いた。其処へ婢が浅い盥に、洗足の水を汲んで来た。水は冷たく澄んだ底に、粗い砂を沈めてゐた。 二階の縁側の日除けには、日の光が強く残つてゐた。そのせゐか畳も襖も、残酷な程むさ

JA
Hanya teks asli

ポーの片影

芥川竜之介

ポーの片影 芥川龍之介 ◇ ポーとは、ヱドガー、アラン、ポーのことです。ポーは初めフランスに紹介された時分にはポーヱと呼ばれてゐました。英国人等にも、この読み方をするものがあります。けれども、ポーがたゞしいことは明かです。モ一つ名前についていへば、ヱドガーはいゝが、アランは決して彼が自ら持つてをつたものでないといふことです。つまり、アランだけは全然余計なもの

JA
Hanya teks asli

小説作法十則

芥川竜之介

小説作法十則 芥川龍之介 一 小説はあらゆる文芸中、最も非芸術的なるものと心得べし。文芸中の文芸は詩あるのみ。即ち小説は小説中の詩により、文芸の中に列するに過ぎず。従つて歴史乃至伝記と実は少しも異る所なし。 二 小説家は詩人たる以外に歴史家乃至伝記作者なり。従つて人生(一時代に於ける一国の)と相亘らざるべからず。紫式部より井原西鶴に至る日本の小説家の作品はこ

JA
Hanya teks asli

内田百間氏

芥川竜之介

内田百間氏 芥川龍之介 内田百間氏は夏目先生の門下にして僕の尊敬する先輩なり。文章に長じ、兼ねて志田流の琴に長ず。 著書「冥途」一巻、他人の廡下に立たざる特色あり。然れども不幸にも出版後、直に震災に遭へるが為に普く世に行はれず。僕の遺憾とする所なり。内田氏の作品は「冥途」後も佳作必ずしも少からず。殊に「女性」に掲げられたる「旅順開城」等の数篇等は戞々たる独創

JA
Hanya teks asli

芥川竜之介

夢 芥川龍之介 夢の中に色彩を見るのは神経の疲れてゐる証拠であると云ふ。が、僕は子供の時からずつと色彩のある夢を見てゐる。いや、色彩のない夢などと云ふものはあることも殆ど信ぜられない。現に僕はこの間も夢の中の海水浴場に詩人のH・K君とめぐり合つた。H・K君は麦藁帽をかぶり、美しい紺色のマントを着てゐた。僕はその色に感心したから、「何色ですか?」と尋ねて見た。

JA
Hanya teks asli

人及び芸術家としての薄田泣菫氏 薄田泣菫氏及び同令夫人に献ず

芥川竜之介

序文 人及び詩人としての薄田泣菫氏を論じたものは予の著述を以て嚆矢とするであらう。只不幸にも「サンデイ毎日」の紙面の制限を受ける為に多少の省略を加へたのは頗る遺――序文以下省略。 第一部 人としての薄田泣菫氏 一 薄田泣菫氏の伝記 「泣菫詩集」の巻末の「詩集の後に」の示してゐる通り、薄田泣菫氏は備中の国の人である。試みに備中の国の地図を開いて見れば――一以下

JA
Hanya teks asli

平田先生の翻訳

芥川竜之介

平田先生の翻訳 芥川龍之介 国民文庫刊行会の「世界名作大観」の第一部の十六冊の――どうも少し長い。が、兎に角国民文庫刊行会の「世界名作大観」の第一部の十六冊の大部分は平田禿木先生の翻訳である。平田先生にはまだ一度しか御目にかかつたことはない。が、好男子で、もの優しくて、美しい声をしてゐて――要するに如何にも往年の「文学界」同人の一人らしい、甚だ瀟洒とした先生

JA
Hanya teks asli

プロレタリア文学論

芥川竜之介

プロレタリア文学論 芥川龍之介 こゝではプロレタリア文学の悪口をいふのではない。これを弁護しやうと思ふ。しかし私は一般にブルヂヨア作家と目されてゐる所より、お前などが弁護する必要がないといはれるかも知れない。 プロレタリア文学とは何であるか。これには色々の人がそれ/″\異つた見解を述べてゐるが、私はプロレタリア文明の生んだ文学でブルヂヨア文明の生んだブルヂヨ

JA
DiterjemahkanDwibahasa

装幀に就いての私の意見

芥川竜之介

装幀に就いての私の意見 芥川龍之介 日本のやうに機械の利用出来ぬ処では十分な事は出来ないでせうが、兎に角もつと美しい装幀の本が出て好いと思ひます。装幀者、印刷工、出版書肆に人を得れば、必しも通常の装幀費以上に多分の金を使はずとも、現在行はれてゐる装幀よりもずつと美しい装幀が出来る筈です。小生はその点では装幀者に小穴隆一君を得てゐる事を頗る幸福に思つてゐるもの

JA
Hanya teks asli

春の日のさした往来をぶらぶら一人歩いてゐる

芥川竜之介

春の日のさした往来をぶらぶら一人歩いてゐる 芥川龍之介 春の日のさした往来をぶらぶら一人歩いてゐる。向うから来るのは屋根屋の親かた。屋根屋の親かたもこの節は紺の背広に中折帽をかぶり、ゴムか何かの長靴をはいてゐる。それにしても大きい長靴だなあ。膝――どころではない。腿も半分がたは隠れてゐる。ああ云ふ長靴をはいた時には、長靴をはいたと云ふよりも、何かの拍子に長靴

JA
Hanya teks asli

新緑の庭

芥川竜之介

新緑の庭 芥川龍之介 桜 さつぱりした雨上りです。尤も花の萼は赤いなりについてゐますが。 椎 わたしもそろそろ芽をほごしませう。このちよいと鼠がかつた芽をね。 竹 わたしは未だに黄疸ですよ。………… 芭蕉 おつと、この緑のランプの火屋を風に吹き折られる所だつた。 梅 何だか寒気がすると思つたら、もう毛虫がたかつてゐるんだよ。 八つ手 痒いなあ、この茶色の産毛

JA
Hanya teks asli

恋愛と夫婦愛とを混同しては不可ぬ

芥川竜之介

恋愛と夫婦愛とを混同しては不可ぬ 芥川龍之介 媒酌結婚で結構です 媒酌結婚と自由結婚との得失といふことは、結局、この二種の結婚様式が結婚後の生活の上に、如何なる幸福を導き出し、如何なる不幸を齎すかといふことのやうに解せられる。併し結婚生活の幸福とは果して如何なることを意味するであらうか、それも考へなければならぬ。太く短く楽しむのか、細く長く楽しむのか、それと

JA
Hanya teks asli

小説の戯曲化

芥川竜之介

小説の戯曲化 芥川龍之介 売文に関する法律は不備を極めてゐるやうである。たとへば或雑誌社に若干枚の短篇を一つ渡し、若干円を貰つたとする。その時その若干金は小説そのものだけを売つた金か、それとも小説の書いてある若干枚の原稿用紙を売つた金か、法律には何とも規定されてゐない。これは我我の原稿ならば兎も角、夏目先生の原稿にでもなれば当然問題を生ずる筈である。が、まあ

JA
Hanya teks asli

佐藤春夫氏

芥川竜之介

佐藤春夫氏 芥川龍之介 佐藤春夫は不幸にも常に僕を誤解してゐる。僕の「有島生馬君に与ふ」を書いた時、佐藤は僕にかう云つた。「君はいつもああ云ふ風にもの云へば好いのだ。あれは旗幟鮮明で好い。」僕はいつも旗幟鮮明である。まだ一度も莫迦だと思ふ君子に、聡なるかな、明なるかななどと云つたことはない。唯莫迦だと云はないだけである。それを旗幟不鮮明のやうに思ふのは佐藤の

JA
Hanya teks asli