Vol. 2May 2026

Buku

Perpustakaan pengetahuan dunia domain publik

14,981종 중 1,320종 표시

芥川竜之介

沼 芥川龍之介 おれは沼のほとりを歩いてゐる。 昼か、夜か、それもおれにはわからない。唯、どこかで蒼鷺の啼く声がしたと思つたら、蔦葛に掩はれた木々の梢に、薄明りの仄めく空が見えた。 沼にはおれの丈よりも高い芦が、ひつそりと水面をとざしてゐる。水も動かない。藻も動かない。水の底に棲んでゐる魚も――魚がこの沼に棲んでゐるであらうか。 昼か、夜か、それもおれにはわ

JA
Hanya teks asli

東京小品

芥川竜之介

東京小品 芥川龍之介 鏡 自分は無暗に書物ばかり積んである書斎の中に蹲つて、寂しい春の松の内を甚だらしなく消光してゐた。本をひろげて見たり、好い加減な文章を書いて見たり、それにも飽きると出たらめな俳句を作つて見たり――要するにまあ太平の逸民らしく、のんべんだらりと日を暮してゐたのである。すると或日久しぶりに、よその奥さんが子供をつれて、年始旁々遊びに来た。こ

JA
Hanya teks asli

忘れられぬ印象

芥川竜之介

忘れられぬ印象 芥川龍之介 伊香保の事を書けと云ふ命令である。が、遺憾ながら伊香保へは、高等学校時代に友だちと二人で、赤城山と妙義山へ登つた序に、ちよいと一晩泊つた事があるだけなんだから、麗々しく書いて御眼にかける程の事は何もない。第一どんな町で、どんな湯があつたか、それさへもう忘れてしまつた。唯、朧げに覚えてゐるのは、山に蔓る若葉の中を電車でむやみに上つて

JA
Hanya teks asli

芥川竜之介

窓 芥川龍之介 ――沢木梢氏に―― おれの家の二階の窓は、丁度向うの家の二階の窓と向ひ合ふやうになつてゐる。 向うの家の二階の窓には、百合や薔薇の鉢植が行儀よく幾つも並んでゐる。が、その後には黄いろい窓掛が大抵重さうに下つてゐるから、部屋の中の主人の姿は、未だ一度も見た事がない。 おれの家の二階の窓際には、古ぼけた肱掛椅子が置いてある。おれは毎日その肱掛椅子

JA
Hanya teks asli

悪魔

芥川竜之介

悪魔 芥川龍之介 伴天連うるがんの眼には、外の人の見えないものまでも見えたさうである。殊に、人間を誘惑に来る地獄の悪魔の姿などは、ありありと形が見えたと云ふ、――うるがんの青い瞳を見たものは、誰でもさう云ふ事を信じてゐたらしい。少くとも、南蛮寺の泥烏須如来を礼拝する奉教人の間には、それが疑ふ余地のない事実だつたと云ふ事である。 古写本の伝ふる所によれば、うる

JA
Hanya teks asli

京都日記

芥川竜之介

京都日記 芥川龍之介 光悦寺 光悦寺へ行つたら、本堂の横手の松の中に小さな家が二軒立つてゐる。それがいづれも妙に納つてゐる所を見ると、物置きなんぞの類ではないらしい。らしい所か、その一軒には大倉喜八郎氏の書いた額さへも懸つてゐる。そこで案内をしてくれた小林雨郊君をつかまへて、「これは何です」と尋ねたら、「光悦会で建てた茶席です」と云ふ答へがあつた。 自分は急

JA
Hanya teks asli

南瓜

芥川竜之介

南瓜 芥川龍之介 何しろ南瓜が人を殺す世の中なんだから、驚くよ。どう見たつて、あいつがそんな大それた真似をしようなんぞとは思はれないぢやないか。なにほんものの南瓜か? 冗談云つちやいけない。南瓜は綽号だよ。南瓜の市兵衛と云つてね。吉原ぢや下つぱの――と云ふよりや、まるで数にはいつてゐない太鼓持なんだ。 そんな事を聞く位ぢや、君はあいつを見た事がないんだらう。

JA
Hanya teks asli

饒舌

芥川竜之介

饒舌 芥川龍之介 始皇帝がどう思つたか、本を皆焼いてしまつたので、神田の古本屋が職を失つたと新聞に出てゐるから、ひどい事をしたもんだと思つて、その本の焼けあとを見に丸ノ内へ行かうとすると、銀座尾張町の四つ角で、交番の前に人が山のやうにたかつてゐる。そこで後から背のびをして覗いて見ると、支那人の婆さんが一人巡査の前でおいおい云ひながら泣いてゐた。尤も支那人と云

JA
Hanya teks asli

芥川竜之介

蛙 芥川龍之介 自分の今寝ころんでゐる側に、古い池があつて、そこに蛙が沢山ゐる。 池のまはりには、一面に芦や蒲が茂つてゐる。その芦や蒲の向うには、背の高い白楊の並木が、品よく風に戦いでゐる。その又向うには、静な夏の空があつて、そこには何時も細い、硝子のかけのやうな雲が光つてゐる。さうしてそれらが皆、実際よりも遙に美しく、池の水に映つてゐる。 蛙はその池の中で

JA
Hanya teks asli

創作

芥川竜之介

創作 芥川龍之介 僕に小説をかけと云ふのかね。書けるのなら、とうに書いてゐるさ。が、書けない。遺憾ながら、職業に逐はれてペンをとる暇がない。そこで、人に話す、その人が、それを小説に書く。僕が材料を提供した小説が、これで十や二十はあるだらう。勿論、有名なる作家の作品でね。唯、君に注意して置きたいのは、僕の提供する材料が、大部分は、僕の創作だと云ふ事だよ。勿論、

JA
Hanya teks asli

わが家の古玩

芥川竜之介

わが家の古玩 芥川龍之介 蓬平作墨蘭図一幀、司馬江漢作秋果図一幀、仙厓作鐘鬼図一幀、愛石の柳陰呼渡図一幀、巣兆、樗良、蜀山、素檗、乙二等の自詠を書せるもの各一幀、高泉、慧林、天祐等の書各一幀、――わが家の蔵幅はこの数幀のみなり。他にわが伯母の嫁げる狩野勝玉作小楠公図一幀、わが養母の父なる香以の父龍池作福禄寿図一幀等あれども、こはわが一族を想ふ為に稀に壁上に掲

JA
Hanya teks asli

講演軍記

芥川竜之介

講演軍記 芥川龍之介 僕が講演旅行へ出かけたのは今度里見君と北海道へ行つたのが始めてだ。入場料をとらない聴衆は自然雑駁になりがちだから、それだけでも可也しやべり悪い。そこへ何箇所もしやべつてまはるのだから、少からず疲れてしまつた。然し講演後の御馳走だけは里見君が勇敢に断つてくれたから、おかげ様で大助かりだつた。 改造社の山本実彦君は僕等の小樽にゐた時に電報を

JA
Hanya teks asli

僕の友だち二三人

芥川竜之介

僕の友だち二三人 芥川龍之介 1 小穴隆一君(特に「君」の字をつけるのも可笑しい位である)は僕よりも年少である。が、小穴君の仕事は凡庸ではない。若し僕の名も残るとすれば、僕の作品の作者としてよりも小穴君の装幀した本の作者として残るであらう。これは小穴君に媚びるのではない。世間にへり下つて見せるのではなほ更ない。造形美術と文芸との相違を勘定に入れて言ふのである

JA
Hanya teks asli

食物として

芥川竜之介

食物として 芥川龍之介 金沢の方言によれば「うまさうな」と云ふのは「肥つた」と云ふことである。例へば肥つた人を見ると、あの人はうまさうな人だなどとも云ふらしい。この方言は一寸食人種の使ふ言葉じみてゐて愉快である。 僕はこの方言を思ひ出すたびに、自然と僕の友達を食物として、見るやうになつてゐる。 里見君などは皮造りの刺身にしたらば、きつと、うまいのに違ひない。

JA
Hanya teks asli

小説の読者

芥川竜之介

小説の読者 芥川龍之介 僕の経験するところによれば、今の小説の読者といふものは、大抵はその小説の筋を読んでゐる。その次ぎには、その小説の中に描かれた生活に憧憬を持つてゐる。これには時々不思議な気持がしないことはない。 現に僕の知つてゐる或る人などは随分経済的に苦しい暮らしをしてゐながら、富豪や華族ばかり出て来る通俗小説を愛読してゐる。のみならず、この人の生活

JA
Hanya teks asli

その頃の赤門生活

芥川竜之介

その頃の赤門生活 芥川龍之介 一 僕の二十六歳の時なりしと覚ゆ。大学院学生となりをりしが、当時東京に住せざりしため、退学届を出す期限に遅れ、期限後数日を経て事務所に退学届を出したりしに、事務の人は規則を厳守して受けつけず「既に期限に遅れし故、三十円の金を収めよ」といふ。大正五六年の三十円は大金なり。僕はこの大金を出し難き事情ありしが故に「然らばやむを得ず除名

JA
Hanya teks asli

無題

芥川竜之介

無題 芥川龍之介 わたくしはけふの講演会に出るつもりでゐましたが、腹を壊してゐる為に出られません。元来講演と云ふものは肉体労働に近いものですから、腹に力のない時には出来ないのです。甚だ尾籠なお話ですが、第一下痢をする時には何だか鮫の卵か何かを生み落してゐるやうに感ずるのです。それだけでももうがつかりします。おまけに胃袋まで鯨のやうに時々潮を吐き出すのです。そ

JA
Hanya teks asli

比呂志との問答

芥川竜之介

比呂志との問答 芥川龍之介 僕は鼠になつて逃げるらあ。 ぢや、お父さんは猫になるから好い。 そうすりやこつちは熊になつちまふ。 熊になりや虎になつて追つかけるぞ。 何だ、虎なんぞ。ライオンになりや何でもないや。 ぢやお父さんは龍になつてライオンを食つてしまふ。 龍?(少し困つた顔をしてゐたが、突然)好いや、僕はスサノヲ尊になつて退治しちまふから。

JA
Hanya teks asli

亦一説?

芥川竜之介

亦一説? 芥川龍之介 大衆文芸は小説と変りはない。西洋人が小説として通用させてゐるものにも大衆文芸的なものは沢山あるやうだ。唯僕は大衆文芸家が自ら大衆文芸家を以て任じてゐるのは考へものだと思つてゐる。その為に大衆文芸は興味本位――ならばまだしも好い。興味以外のものを求めないやうになるのは考へものだと思つてゐる。大衆文芸家ももつと大きい顔をして小説家の領分へ斬

JA
Hanya teks asli

又一説?

芥川竜之介

又一説? 芥川龍之介 改造社の古木鉄太郎君の言ふには、「短歌は将来の文芸からとり残されるかどうか?」に就き、僕にも何か言へとのことである。僕は作歌上の素人たる故、再三古木君に断つたところ、素人なればこそ尋ねに来たと言ふ、即ちやむを得ずペンを執り、原稿用紙に向つて見るに、とり残されさうな気もして来れば、とり残されぬらしい気もして来る。 まづ明治大正の間のやうに

JA
Hanya teks asli

東西問答

芥川竜之介

東西問答 芥川龍之介 問 現代の作家に就いて、比較上の問題ですが、東洋種と西洋種とに区別したら如何なものでせうか。答 それは東洋種と西洋種とに分けられるかも知れない。けれども多少の西洋種を交へて居ないものは殆んどないと云つてもいいだらう。たとへば久保田万太郎君なぞは、純日本種の作家のやうに思はれて居るが、久保田君の小説には、プロロオグと横文字に題を書いたのが

JA
Hanya teks asli

一人の無名作家

芥川竜之介

一人の無名作家 芥川龍之介 七八年前のことです。加賀でしたか能登でしたか、なんでも北国の方の同人雑誌でした。今では、その雑誌の名も覚えて居ませんが、平家物語に主題を取つて書いた小説の載つてゐるのを見たことがあります。その作者は、おそらく青年だつたらうと思ひます。 その小説は、三回に分れて居りました。 一は、平家物語の作者が、大原御幸のところへ行つて、少しも筆

JA
Hanya teks asli

病中雑記

芥川竜之介

病中雑記 芥川龍之介 一 毎年一二月の間になれば、胃を損じ、腸を害し、更に神経性狭心症に罹り、鬱々として日を暮らすこと多し。今年も亦その例に洩れず。ぼんやり置炬燵に当りをれば、気違ひになる前の心もちはかかるものかとさへ思ふことあり。 二 僕の神経衰弱の最も甚しかりしは大正十年の年末なり。その時には眠りに入らんとすれば、忽ち誰かに名前を呼ばるる心ちし、飛び起き

JA
Hanya teks asli

拊掌談

芥川竜之介

拊掌談 芥川龍之介 名士と家 夏目先生の家が売られると云ふ。ああ云ふ大きな家は保存するのに困る。 書斎は二間だけよりないのだから、あの家と切り離して保存する事も出来ない事はないが、兎に角相当な人程小さい家に住むとか、或は離れの様な所に住んでゐる方が、あとで保存する場合など始末がよい。 帽子を追つかける 道を歩いてゐる時、ふいに風が吹いて帽子が飛ぶ。自分の周囲

JA
Hanya teks asli