銭形平次捕物控 315 毒矢
野村胡堂
「へツへツ、へツへツ、隨分間拔けな話ぢやありませんか」 ガラツ八の八五郎が、たがが外れたやうに笑ひながら、明神下の平次の家に笑ひ込むのです。 世間はまだ松が取れたばかり、屠蘇の香りがプンプンとして居やうといふ時ですから、笑ひながら來る分には、腹も立ちませんが、それにしても、かう不遠慮にやられては、御近所の衆が膽をつぶします。 「八の野郎がまた、ゲラゲラ笑ひな
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野村胡堂
「へツへツ、へツへツ、隨分間拔けな話ぢやありませんか」 ガラツ八の八五郎が、たがが外れたやうに笑ひながら、明神下の平次の家に笑ひ込むのです。 世間はまだ松が取れたばかり、屠蘇の香りがプンプンとして居やうといふ時ですから、笑ひながら來る分には、腹も立ちませんが、それにしても、かう不遠慮にやられては、御近所の衆が膽をつぶします。 「八の野郎がまた、ゲラゲラ笑ひな
野村胡堂
八五郎は斯う言つた具合に、江戸の町々から、あらゆる噂話を掻き集めるのでした。その噂のうちには、極めて稀に、面白い局面を展開するものがあり、中にはまた驚天動地的な大椿事の端緒になるのもないではありませんが、十中八九は、――いや九十何パーセントまでは、愚にもつかぬ市井の雜事で、不精者の錢形平次が、腰を上げるほどの事件は、滅多にはなかつたのです。 この話も、最初は
野村胡堂
「又出ましたよ、親分」 八五郎は飛び込んで來るのです。 一月も末、美しく晴れた朝でした。平次はケチな盆栽の梅をいつくしみながら、自分の影法師と話すやうに、のんびりと朝の支度を待つて居たのです。 プーンと味噌汁の匂ひがして、お勝手では女房のお靜が、香の物をきる音までが、爽やかに親しみ深く響いてゐるのでした。 「何が出たんだ。お化けか、山犬か、それとも――」 「
野村胡堂
「ね、お前さん」 女房のお靜は、いつにもなく、突きつめた顏をして、茶の間に入つて來るのでした。梅二月のある日、南陽が一パイに射す椽側に、平次は日向煙草の煙の棚引く中に、相變らず八五郎と、腹にもたまらない無駄話の一刻を過して居るのでした。 「恐ろしく眞劍な顏をするぢやないか。また俺の湯呑でも割つたんだらう」 錢形平次は後ろを振り向きもせずに、斯んなことを言ふの
野村胡堂
江戸の閑人の好奇心は、途方もないところまで發展しました。落首と惡刷りと、グロテスクな見世物が、封建制の彈壓と、欝屈させられた本能の、已むに已まれぬ安全瓣だつたのかも知れません。 錢形平次のところへも、夥しい忠告と、皮肉と、當てつ摺りと、中傷の手紙が舞ひ込みます。それを一々取合つても居られないのですが、中にはどうかして、思ひも寄らぬ事件に發展するものもないでは
野村胡堂
「あ、八五郎親分じゃありませんか」 江の島へ行った帰り、遅くもないのに、土蔵相模で一と晩遊んだ町内の若い者が五六人、スッカラカンになって、高輪の大木戸を越すと、いきなり声を掛けたものがあります。 「誰だい、俺を呼んだのは」 振り返ると、海から昇った朝陽を浴びて、バタバタと駆けてきた女が一人、一行の前に廻って、大手を拡げるではありませんか。 「巴屋のお六よ、忘
野村胡堂
「あ、八五郎親分ぢやありませんか」 江の島へ行つた歸り、遲くもないのに、土藏相模で一と晩遊んだ町内の若い者が五六人、スツカラカンになつて、高輪の大木戸を越すと、いきなり聲を掛けたものがあります。 「誰だい、俺を呼んだのは」 振り返ると、海から昇つた朝陽を浴びて、バタバタと驅けて來た女が一人、一行の前に廻つて、大手を擴げるではありませんか。 「巴屋のお六よ、忘
野村胡堂
八五郎の顔の広さ、足まめに江戸中を駆け廻って、いたるところから、珍奇なニュースを仕入れて来るのでした。 江戸の新聞は落首と悪刷りであったように、江戸の諜報機関は斯う言った早耳と井戸端会議と、そして年中どこかで開かれている、寄合い事であったのです。 「お早うございます。良い陽気になりましたね、親分」 八五郎といえども、腹がいっぱいで、でっかい紙入に、二つ三つ小
野村胡堂
八五郎の顏の廣さ、足まめに江戸中を驅け廻つて、いたるところから、珍奇なニーユスを仕入れて來るのでした。 江戸の新聞は落首と惡刷りであつたやうに、江戸の諜報機關は、斯う言つた早耳と井戸端會議と、そして年中何處かで開かれてゐる、寄合ひ事であつたのです。 「お早やうございます。良い陽氣になりましたね、親分」 八五郎と雖も、腹が一杯で、でつかい紙入に、二つ三つ小粒が
野村胡堂
「親分、長生きをしたくはありませんか」 八五郎がまた、途方もないことを言ふのです。 晴れあがつた五月の空、明神下のお長屋にも、爽やかな薫風が吹いて來るのです。 「へエ、よく/\死に度い人間は別だが、大抵の者は長生きをし度いと思つてゐるよ――尤も」 と言ひかけて、平次はニヤニヤしてゐるのです。 「何んです、氣味が惡いなア、あつしの顏を見て、いきなり笑ひ出したり
野村胡堂
「親分の前だが、江戸といふところは、面白いところですね」 松もまだ取れないのに、ガラツ八の八五郎はもう、江戸の新聞種を仕入れて來た樣子です。長んがい顎を撫で廻して、小鼻をふくらませて、滿面の得意が、鼻の先にブラ下がつてゐる樣子でした。 「面白いに違げえねえな、お互ひに江戸に生れて江戸に住んで、大した退屈もせずに、また年を一つ取つたぢやないか」 錢形平次は、近
野村胡堂
錢形の平次は、椽側の日向に座布團を持出して、その上に大胡坐をかくと、女房のお靜は後ろに廻つて、片襷をしたまゝ、月代を剃つて居りました。 八五郎は少し離れて、頬杖を突いて足を投げ出し、お先煙草を立てツ續けに燻して、これも引つきりなしに、無駄の掛け合ひをして居ります。 「お願ひだから八五郎さん、その冗談は止して下さいな。今丁度髯にかゝつてゐるんですもの、吹き出す
野村胡堂
明神下の銭形の平次の家へ通ると、八五郎は開き直って年始のあいさつを申述べるのです。 「明けまして、お目出とうございます――。昨年中はいろいろ」 「待ってくれ、その口上はもう三度目だぜ、ごていねいには腹も立たないというが、お前の顔を見るたびごとに、一つずつ年を取りそうで、やり切れたものじゃない、頼むから世間なみのあいさつをしてくれ」 もっとも、三度目の年始に来
野村胡堂
「親分、世の中に怪談というものはあるでしょうか」 八五郎はまた、途方もないことを持込んでくるのです。五月も過ぎたある日、青葉によし、初鰹によし、そして時鳥によしという結構な日をぼんやり籠っていると、ときどきはこんな災難にも逢わなければならぬ平次です。 「ケエダン――それはなんだい、まだ食べたことはないが――」 「怪談ですよ、心細いな、こいつは食べるものじゃあ
野村胡堂
「親分、たまらねえ事があるんで、これから日本橋まで出かけますよ、いっしょに行って見ちゃ何うです」 巳の刻近い、真昼の日を浴びて、八五郎はお座敷を覗いて顎を撫でるのです。四月のある日、坐っていると、ツイ居睡りに誘われるような、美しい日和です。桜は散ったが苗売の声は響かず、この上もなく江戸はのんびりしておりました。 「頼むから日蔭にならないでおくれ、貧乏人の日な
仲村渠
仔どもや金貸しや先生や役人や痩せたのも太いのもいつしよくたに汗や膏や表皮を流す裸のとき裸の楽しいときをへて さて ふたゝび湯水のなかを産れるとき豹 縞馬の身のやうな美しい毛皮なしまた候 おれの襯衣 衣裳のなかおれの型に頭髪をとゝのへ 髯 眼鏡を貼附なし「光」などくちに銜へ立派やかひとりまへに成りすましたゆくさきは苗字ところ番地のしるされた祖先が穴居時代なした
辰野隆
昨年の夏は油汗を流しながら、改造社から頼まれたフローベールの短篇『エロディヤス』を訳して暮した。秋から冬にかけては、河出書房の『モーパッサン傑作集』のために、時々思い出したように『水の上』と『狂女』とをぼつぼつ訳した。暫く翻訳というものから遠ざかっていたので、フローベールやモーパッサンを訳しつつ、罕には翻訳も修業になってよいものだと思った。読んだだけでは逸し
久坂葉子
マネキン人形 谷川諏訪子 机、テーブル、椅子、など散在、中央より、上手に、ボディー、着尺、散在、奥まったところに、マネキン人形、布をまとって、ポーズしている。(註、マネキンは、メーキャップ及び、動作を非人間的に。言葉はそのまま)中央に、大きな姿見一つ。 奇怪なる音楽。 幕 奇怪なる音楽つづく。マネキン、動きはじめる。奇怪なる音楽、静止と共に、マネキンも静止。
戸田豊子
町外れの原っぱと玉川を区切る土堤の横が赤煉瓦の松金鋳物工場である。 土堤の上を時々陽気なスピードでトラックが走った。肥桶や青物を積み上げた牛車が通った。白い埃がまき上った。 土堤を降りた向側は山大に松倉、鋳物工場らしく、ハンマーの音が高らかに響き、エンジンが陽気に嘯く。松金の赤煉瓦だけが死骸の様に沈まり返っていた。髪毛一すじ程の煙りも吹き上げない。 鉄管やト
今村恒夫
俺達は貧困と窮乏の底で生れた 俺達は圧迫と不如意の中で生長した 俺達は鋼鉄になった 俺達は現代が要求する 共産主義者になった 俺達は地下から生み出された 光りを持たない暗黒と放浪と死に瀕した現実であった 堪え難い生活の溶鉱炉の中へ投げ込まれた 旋風と熱気と断末魔の苦悶と没自我の中で生れた儘の俺達は俺達を失った残滓を捨てた洗練された 鉱石は銑鉄になった俺達は戦
小酒井不木
錬金詐欺 小酒井不木 詐欺は昔から錬金術の附き物になって居る。既に錬金術そのものが、金がほしいという動機が主となって企てられたものであるから、詐欺と縁の深いのは当然のことである。尤も、錬金術の抑もの起りは必ずしも黄金製造のためではなかった。即ちその濫觴ともいうべきは古代エジプトに於ける金属の染色術に外ならなかったのである。古代エジプトに於ては紫と黒の二色が尊
ベルトランルイ
吾徒の術を修する法二あり。一は師に就いて口より口へ授かり、はたまた悟徹と示現とによつて過を知らんとす。また一の法は斯道の書を讀むにあれど、其文難解にして頗る晦澁なれば、人もしここに理と眞とを求めんとすれば、其心まづ精緻にして根氣よく勤勉にして且つ細心ならざる可からず。 ピエロ・コ「哲學奧義解」 まだいかぬ――而もわが身は三日三晩のその間、燈火の薄暗い光のもと
辻潤
錯覚した小宇宙 錯覚した小宇宙 辻潤 ●本文中、底本のルビは「(ルビ)」の形式で処理した。 ●本文中、[※1~2]は底本からの変更部分に関する入力者注を表す。注はファイルの末尾に置いた。 ――Our faith comes in moments; our vice is habitual. ――Emerson. 人体が一個の「小宇宙(ミクロコスモス)」である
佐左木俊郎
集落から六、七町(一町は約一〇九メートル)ほどの丘の中腹に小学校があった。校舎は正方形の敷地の両側を占めていた。北から南に、長い木造の平屋建てだった。 第七学級の教室はその最北端にあった。背後は丘を切り崩した赤土の崖だった。窓の前は白楊や桜や楓などの植込みになっていた。乱雑に、しかも無闇と植え込んだその落葉樹が、晩春から初秋にかけては真っ暗に茂るのだった。そ