長崎留学
中谷宇吉郎
維新の先覚者たちが、蘭学の勉強のために長崎へ行ったことは今更とり立てていい出すまでもないことであろう。しかしこの長崎留学の問題はよく考えて見ると、なかなか意味の深い示唆を与えてくれる問題であるように私には思われる。 一般にあの先覚者たちは、蘭学を学び西欧諸国の新知識を吸収して、維新の大業のある意味での基礎を作ったと考えられているようである。しかしわずかばかり
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中谷宇吉郎
維新の先覚者たちが、蘭学の勉強のために長崎へ行ったことは今更とり立てていい出すまでもないことであろう。しかしこの長崎留学の問題はよく考えて見ると、なかなか意味の深い示唆を与えてくれる問題であるように私には思われる。 一般にあの先覚者たちは、蘭学を学び西欧諸国の新知識を吸収して、維新の大業のある意味での基礎を作ったと考えられているようである。しかしわずかばかり
原民喜
長崎の鐘 原民喜 No more Hiroshima! これは二度ともう広島の惨禍を繰返すな、といふ意味なのだらうが、ときどき僕は自分自身にむかつて、かう呟く。広島のことはもう沢山だ。どうして僕は原子爆弾のことばかり書いたり考へたりするのだらう、ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ヒロシマ……と。それだのにふと街を歩いてゐて電車のスパークを視ただけでも、僕の思考は
田中貢太郎
京都西陣の某と云う商店の主人は、遅い昼飯を喫って店の帳場に坐っていると電話のベルが鳴った。主人は己で起って電話口へ出てみると聞き覚えのある声で、 「あなたは――ですか」 と云ってこちらの名前を聞くので、 「そうです、あなたはどなたです」 と聞くと、 「わたしは○○です」 と云った。それは主人の弟で支那へ往っているものであった。主人は喜んで、 「お前は帰ったの
豊島与志雄
長彦と丸彦 豊島与志雄 一 むかし、近江の国、琵琶湖の西のほとりの堅田に、ものもちの家がありまして、そこに、ふたりの兄弟がいました。兄はたいへん顔が長いので、堅田の顔長の長彦といわれていましたし、弟はたいへん顔が丸いので、堅田の顔丸の丸彦といわれていました。 顔長の長彦は、体がやせて細く、少しも力がありませんでしたが、たいそう知恵がありました。そして、京の都
ハイドダグラス
むかしむかしのおおむかし、よい身分のだんな方がダブリンからロッホ・グリンに狩りや釣りをしにやってきた。ちいさな村には宿もなかったので、一行は司祭さまの家に泊まった。 一日め、狩りに出かけて、ドゥリミナッハの森に入り、しばらくすると野ウサギを追いたてはじめた。鉄砲玉をたくさんうちかけたが、なかなかしとめられなかった。追いかけていくうちに、森の中のちいさな家に野
鈴木三重吉
ぶくぶく長々火の目小僧 鈴木三重吉 一 これは昔も昔も大昔のお話です。そのじぶんは今とすっかりちがって、鼠でも靴をはいて歩いていました。そして猫を片はしから取って食べました。ろばも剣をつるしていばっていました。にわとりは、しじゅう犬をおっかけまわしていじめていました。 こんなに、何でもものがさかさまだったときのことですから、今から言えば、それこそ昔も昔も大昔
坂口安吾
長篇小説時評 坂口安吾 (一) 農民小説の人間性 短篇小説は長篇小説の圧縮されたものだといふ考へ方をしてゐた人があつたやうだ。さういふ事は有り得ないことで、短い枚数で書きうる事柄であつたから短篇となり、長大な枚数でなければ書き得ない事柄であつたために長篇となるだけのことであらう。然しながら、短篇的な思考の型になれてみると、思考自体が長篇的になりにくくなる。長
豊島与志雄
長篇小説私見 豊島与志雄 文学の中に吾々は、種々の意味で心惹かるる人物を沢山持っている。友人や知人や恋人、敵や味方、崇高な者や惨めな者、自分の半身と思わるる者や不可解な者……。ハムレットやドン・キホーテなどの典型的なものから始めて、咄嗟に頭に浮ぶものだけでも、枚挙に遑がない。文学に親しんでる者にとっては、それらの人物の数や性格の多種多様さに於て、文学は歴史以
田中貢太郎
何時の比であったか、四国の吉野川の辺に四国三郎貞時と云う長者が住んでた。其の長者の家では日々奴隷を海と山に入れて、海の宝、山の宝を集め執らしたので、倉と云う倉には金銀財宝が満ち溢れていたが、人には爪のさきほども施してやる心がなかった。しかし、こうした貪慾の男でも、我が子は非常に可愛がって、小児のこととなるとどんなに無益な費をしてもいとわなかった。 長者には八
槙村浩
その時僕は牢獄の中に坐ってゐた格子が僕と看守の腰のピストルとの間をへだてゝゐた看守はわざ/\低くつくりつけた窓からのぞきこむために朝々うやうやしく僕にお辞儀し僕は まだ脱獄してゐない証拠としてちびつけのブハーリンのような不精髯の間から朝々はったと看守をにらみつけたこれが僕らの挨拶だった朝になると、窓が右からかげって来た夜になると、窓が左からかげって来たそのた
小川未明
あるところに、かわいそうな乞食の子がありました。 さびしい村の方から、毎日、町の方へ、ものをもらいに追い出されました。けれど、小さな足には、なにもはくものがなかったのです。子供は跣足で、長い石ころの多い道を、とぼとぼと歩かなければならなかったのでした。 夏の暑い日のことであります。地の面は乾いて、石は、熱く焼けていました。しかし子供は、足になにもはくものがな
夏目漱石
長谷川君と余 夏目漱石 長谷川君と余は互に名前を知るだけで、その他には何の接触もなかった。余が入社の当時すらも、長谷川君がすでにわが朝日の社員であるという事を知らなかったように記憶している。それを知り出したのは、どう云う機会であったか今は忘却してしまった。とにかく入社してもしばらくの間は顔を合わせずにいた。しかも長谷川君の家は西片町で、余も当時は同じ阿部の屋
直木三十五
長谷川時雨が卅歳若かつたら 直木三十五 女人藝術は、美人揃ひである。(私が、獨身であつたなら!)中でも、時雨さんは、美人である(多分、女性は美人であるといはれることを喜ぶにちがひない、と私は信じてゐるのだが――)それからまた、生粹の江戸つ子は、ただの江戸つ子であるよりも生粹とつけた方を喜ぶらしい)それから、その――(夫といつていゝか、燕?――少し、禿すぎてゐ
ダンバーオリヴィア・ハワード
あのじめついた八月の昼下がりに一通の電報を受け取って以来私に取り憑いた漠然とした不安、それが肥大していくのに確たる理由などなかったのだろう。遅れて届いたその電報は、もうじきベアトリス・ヴェスパーがやって来ることを告げていた。 ……ベアトリス・ヴェスパーの突然の来訪、それも一人きりで――これほど不可解な知らせはなかった。もっとも実際に何か懸念材料があったわけで
小熊秀雄
――ぢやん、ぢやん、ちゆう、やは朝鮮語で長い長い秋の夜といふ意味。 朝鮮よ、泣くな、 老婆よ泣くな、 処女よ泣くな、 洗濯台に笑はれるぞ、 トクタラ、トクタラ、トクタラ、 それ、あの物音はなんの音か、 お前が手にした木の棒から その音がするのだ、 あつちでも、こつちでも村中で 夜になるとトクタラ、トクタラトクタラ、 朝鮮の山に木がない おや、それはお気の毒さ
佐藤武夫
イリイッチの長靴は十年を歩み続けた!ボロボロで、デコボコだ、破れかかっている。健康にあふれて、はち切れ相だわざと盛り違えた処方箋や、持ち古るされた殺戮によって真赤な血を塗りたくられている俺達は知ってるんだ!――イリイッチの赤い長靴を――その正確な跫音を――襤褸っきれに包まれた「健康」をそれこそ――全ての鞭を堪えて歩む方向ある操作だ労働者と農民の国の正しいまな
折口信夫
門松のはなし 折口信夫 正月に門松を立てる訣を記憶してゐる人が、今日でもまだあるでせうか。此意義は、恐らく文献からは発見出来ますまい。文化を誇つたものほど早くに忘れてしまうた様です。僅に、圏外にとり残された極少数の人達の間に、かすかながら伝承されてゐる事があるので、それから探りを入れて、まう一度これを原の姿に還し、訣ればその意義を考へて見たいと思ふのです。
ベルトランルイ
女は夜半に起きて燭を點じ泥を取つて身に塗り、さて呪文を唱ふれば、身たちどころにサバトの集會に向ふ。 ジァン・ボダン「方士鬼に憑かるる事」 羹を吸ふもの十二人、各の手にある匙は亡者の前腕の骨である。 炭火は赤く爐に燃え、燭は煙つてだらだらと蝋を流し、皿の中からは春さきの溝のやうな臭が立つ。 マリバスが笑つたり、泣いたりすると、破オロンの三筋の絲を弓で扱くやうな
河上肇
閉戸閑詠 河上肇 閉戸閑詠 第一集 起丁丑七月 尽辛巳十月 〔昭和十二年(一九三七)〕 野翁憐稚孫 余この歳六月十五日初めて小菅刑務所より放たる 膝にだく孫の寝顔に見入りつつ庭の葉陰に呼吸ついてをり七月七日 花田比露思氏の来訪を受く 有りがたや七年ぶりに相見ればふるさとに似し君のおもかげ七月七日 獄をいでて 三首 獄をいでて街を歩きつ夏の夜の行きかふ人を美し
宮本百合子
オリンピック開催の是非 宮本百合子 日本へオリンピックを招致しようとしたときの雰囲気を思いおこします。日本へよばなければ意地でも承知せぬという気分が示されていたことがきつく印象されています。何の意地によってそのやめられるのでしょうか。はじめにも終りにもある無理の感が与えられるのを遺憾と思います。 〔一九三七年十一月〕
高村光太郎
開墾 高村光太郎 私自身のやつてゐるのは開墾などと口幅つたいことは言はれないほどあはれなものである。小屋のまはりに猫の額ほどの地面を掘り起して去年はジヤガイモを植ゑた。今年は又その倍ぐらゐの地面を起してやはりジヤガイモを植ゑるつもりでゐる。外には三畝ばかりの畑を使はしてもらつて、此処にいろいろの畑作をやつてゐる。今のところそれだけである。無理をするのがいやな
宮沢賢治
落ちしのばらの芽はひかり 樹液はしづにかはたれぬ あゝこの夕つゝましく きみと祈らばよからんを きみきたらずばわが成さん この園つひにむなしけん 西天黄ばみにごれるに 雲の黒闇の見もあへず ●図書カード
岸田国士
『開拓地帯』の序 岸田國士 大陸開拓文芸懇話会といふものが去年でき、私もその一員であつて、この集に作品を出してゐないから、埋め合せに序文を書けといふことである。よろしいと引受けた。この作品集は決して仲間褒めや後ろめたい提灯持ちをする必要のないものである。なぜなら、こゝに並んだ顔ぶれは何れも、わが文壇に於ける一騎当千の若武者であり、しかも、これら諸君の文学的才
長塚節
或田舍の町である。裏通の或一部を覗くと洗張屋が一軒庭へ布を張つてあつて其庭先からは青菜の畑があるといふので、そこらをうろつくの群が青菜の畑へ出るとほう/\とを追ふ百姓の叱り聲が聞かれる。春になると其の畑からさうしてそこらあたりに隱れて居た青菜が一時に黄色な頭を擡げてすつと爪立てをしてそれから白桃の花が垣根に咲いて、洗張屋は庭の短い青草に水を滾しながら引つ張つ