Vol. 2May 2026

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書簡 蒲原房枝宛 (一九一五年頃)

伊藤野枝

発信地 東京市小石川区指ヶ谷町九二 お手紙拝見、おたづねのこと、もつての外のことにて御返事のかぎりにこれなく候。私にこんなお手紙お書きになるまへに、しかと奥村氏にまでおたゞしになつてのことに候や一応お伺ひ申上候。もしまた奥村氏に直接おたゞしになつてのはなしならば私の方にても考へるところもこれあり候へども、さなくて清子氏よりのまた聞きにては、聞きちがひといふこ

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書簡 大杉栄宛 (一九一六年六月六日)

伊藤野枝

宛先 東京市麹町区三番町六四 第一福四萬館発信地 千葉県夷隅郡御宿 上野屋旅館 雑誌ありがたう御座いました。今皆よんで見ました。昨日からの不快が少し減じました。この位方々でやつつけられゝばいゝ気持になります。まけをしみでなく、あんまり皆がいい気になつてゐる馬鹿さ加減がをかしくなつて来ますもの、よくも/\口をそろへて下らないことを云つたものですね、すつかり痛快

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書簡 大杉栄宛 (一九一六年六月二二日)

伊藤野枝

宛先 東京市麹町区三番町六四 第一福四萬館発信地 千葉県夷隅郡御宿 上野屋旅館 ゆふべ、また、二階の室に行つて、ひとりであの広い蚊帳のなかにすはつて手紙を書き続けようとしましたけれども、いろんな事を考へ始めましたら、苦しくなつてとても続けられませんでしたから止めて、ぢつと眼をつぶつて一時頃まで考へてゐました。 四五日すれば会へる事が分つてゐながら、こんなにか

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書簡 大杉栄宛 (一九一六年六月一日)

伊藤野枝

宛先 東京市麹町区三番町六四 第一福四萬館発信地 千葉県夷隅郡御宿 上野屋旅館 今日は朝からちつとも仕事が出来ないので困つてゐましたの。昨日お手紙が来たので、今日はもう頂けないものと思つてあきらめて待たないでゐましたのに、来ましたので本当に嬉しうございました。本当にいろ/\御心配をかけて済みません。 女の世界もとうたうやられましたか。すると、もう私達は何も云

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書簡 大杉栄宛 (一九一六年五月三日)

伊藤野枝

宛先 東京市麹町区三番町六四 第一福四萬館発信地 千葉県夷隅郡御宿 上野屋旅館 今日は朝ハガキを書いたつきりでしたね。あなたのお手紙を拝見して、私も大変いい気持になりました。本当に今私は幸福です。そして、あした電話をかける事を楽しみにして。 今日は午後からはじめてのいい天気でしたので、板場と女中を一人つれて山へ行きました。海が真つ青で、静かで、本当にいい景色

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書簡 大杉栄宛 (一九一六年五月二日)

伊藤野枝

宛先 東京市麹町区三番町六四 第一福四萬館発信地 千葉県夷隅郡御宿 上野屋旅館 会ひたくない人に無理に会はなくてもよろしうございます。何卒御随意になさいまし。一生会はなくつたつて、まさか死にもしないでせうからねえ。そんな人に来て頂かなくても、私一人で結構です。何故あなたはそんな意地悪なのでせう。 今ここまで書いて、あなたの第二のお手紙が来ました。宮島(資夫)

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書簡 大杉栄宛 (一九一六年五月二七日)

伊藤野枝

宛先 東京市麹町区三番町六四 第一福四萬館発信地 千葉県夷隅郡御宿 上野屋旅館 今日私はあなたがおたちになる前に、二三日前からの私の我儘をお詫びして許して頂かうと思ひましたの。それで、幾度も幾度もあなたの処に行くのですけれど、何んだか自然であなたに話しかける事がどうしても出来ませんでしたの。さうして、とうたう又あなたの方から口をお切りになりましたのね。さうし

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書簡 大杉栄宛 (一九一六年五月三一日)

伊藤野枝

宛先 東京市麹町区三番町六四 第一福四萬館発信地 千葉県夷隅郡御宿 上野屋旅館 今朝も、あなたからのおたよりを待つてゐましたのに来ないで、長い/\お八重さんからの手紙が来ました。そして、私の今度の事に就いて可なりはつきりと意見を述べてくれました。しかし私は、もう到底理解を望む事は出来ないと断念しかかつてゐます。ひよつとしたら、私の説明が丁寧に詳しかつたら、或

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書簡 大杉栄宛 (一九一六年五月一日)

伊藤野枝

宛先 東京市麹町区三番町六四 第一福四萬館発信地 千葉県夷隅郡御宿 上野屋旅館 今日あなたからお手紙を頂けようとは思へませんでしたのに、本当にうれしうございました。 今頃はあなたは何をしてゐらつしやるのでせう。お午の御飯をすまして、また書物にかぢりついてゐました処に、あなたのお手紙が来たのです。また少し会ひたいと云ふ気持が起つて来ました。女中たちが、旦那様は

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消息

伊藤野枝

こちらへまゐりましてからまだしみじみおちついた気持になれないうちに東京からは後から/\いろ/\な面倒なことを言つて来たり何かして本当によはりきつて居ます 其為めにまだ何所へも手紙らしい手紙もかけずに原稿もかけず何にも手につきません。却つて遠くでいろ/\心配ばかりしてゐますので頭が変になつて仕舞ひます 原稿も是非かゝねば申訳がないと思ひながらそんなこんなで何に

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書簡 山田邦子宛 (一九一五年七月一一日)

伊藤野枝

宛先  東京代々木発信地 小石川区指ヶ谷町 青鞜社 お手紙拝見いたしました。おかねもたしかに頂だい致しました。ありがたく御礼申上げます。この間から、あなたにはお目に懸りに伺はふか、それとも手紙でと、いろ/\に考へて居りましたの。先日の永いお手紙に返事を出しそびれまして、さぞお腹立のことと存じ、そのおわびもあり、それからわざ/\お持ち下さいました御歌集について

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私信 ――野上彌生様へ

伊藤野枝

八重子様 本当に暫く手紙を書きませんでした。この間の御親切なお手紙にも私はまだ御返事を上げないでゐました。御病気はいかゞです。私は矢張り落ち付かない日を送つてゐます。もうすつかり新緑になりましたね、此頃は毎日染井が思ひ出されます。本当に彼処の晩春から初夏にかけての殊に夕方のよさつたらありませんね、私たちもまた、彼処へかへつてゆきたくなりました。去年の今頃は毎

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雑感 〔私たちに取つては〕

伊藤野枝

私たちに取つては内生活の窮迫もこの上なく苦しいことには相違はないけれど、物質的の窮迫もまた往々かなしい矛盾を持ち来たしては私たちの生活を揺り動かさうとする。そうして私たちを脅かす。 自分に出来得るかぎりの力を出して働いてさへも必要な金を得ることの六ヶしい人達の方が多数を占めてゐる現在の状態にあつては、物質的な満足を少しでも得やうとするにはたゞ一図にその為めに

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最近の感想

伊藤野枝

細々した日々の感想を洩れなく書きつけて見たらばと思ふが、まだなか/\さうは行かないものである。 最近の私の感じた事と云へば、「エゴ」の中の「家出の前後」と題する千家元麿氏の脚本である。私は前からあのグループの人達の書くものには可なりな興味をもつて注意してゐた。そして彼の人たちに対する他の人たちの態度をぢつと見てゐた。併し何時迄たつても一人として彼の人たちに目

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九州より ――生田花世氏に

伊藤野枝

生田さん、私たちは今回三百里ばかり都会からはなれて生活して居ります。 私達のゐます処は九州の北西の海岸です。博多湾の中の一つの小さな入江になつてゐます。村はさびしい小さな村です。私たちは本当にいま東京から大変遠くはなれてゐるやうな気がしたり、それからまた、でもかうして原稿用紙に向つてペンを運んでゐますと矢張り東京にゐるのだと云ふやうな気もします。けれども矢張

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寄贈書籍

伊藤野枝

(ストリンドベルヒ著木村荘太訳)  (定価一円六十銭洛陽堂発行) ストリンドベルヒの自伝の一部で氏の最初の結婚生活を書いたもので御座います。この小説は是非誰にも一読して欲しいものと思ひます。殊に多くの婦人達に――私は本書の内容についてはあまり多く申しません、訳も極めて叮嚀な隅々まで理解のとゞいた立派なものだと思ひます。並々ならぬ苦心のあとも見えます。訳者も巻

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寄贈雑誌

伊藤野枝

月刊『相対』本郷区駒込林町二三〇相対社発行。 今度かう云ふ雑誌を紹介致します。小さい雑誌ですが極めて真面目なものでかう云ふ種類の雑誌は他にないさうです。本誌は小倉清三郎氏が単独でおやりになつて居ります。材料も非常に沢山集めてあるさうです。私共はかう云ふ真面目な小雑誌の一つ生れる方が下だらない文芸雑誌の十も生れるよりはたのもしく思ひます。 内容 主たる問題 性

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感想の断片

伊藤野枝

私は、いつも同じ事をばかり云つてゐると思ふ人があるかもしれない。けれども、私は何時までも、自分の考へてゐる最も重要なことについては、駄々つ子が物ねだりをするよりも、まだうるさいと思はれる位に、云ひたいと思つてゐる。私自身が既でにさうだが私たちの周囲のどの人もあんまりいそがし過ぎると私は思ふ。そして他人の云ふ事はおろか、自分の云つた事でさへ僅かな時間のたつた間

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女絵師毒絵具を仰ぐ (三面記事評論)

伊藤野枝

利欲一点張りの父と思想上の衝突からと云ふ註をつけて女子美術学校を中途でやめた松尾松子と云ふ婦人が将来画家としてたつゝもりで自宅で退学後も研究中の処父は彼女を歯科医として教育することにし度々意見の衝突をしたあげく不本意ながら父の意に従ふことになり近々専門校に入学して研究する筈になつてゐたが矢張り画を描くことを思ひ切ることが出来ずに煩悶し近き頃は家人ともろく/\

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S先生に

伊藤野枝

余程以前から先生に何か書いて見たい気はありましたけれども私の書いたものなんか御覧になるときつとまた、あの、「フン」と鼻の先で笑はれることだらうと思ひますと嫌気がさして書く気にはなれませんでした。けれども今度こそは書いて見ます。読んで頂かなくてもかまひません、私一人で書いて見ます。 私に対する先生のお心持ちが今どんな状態に在るか私には全然見当はつきませんけれど

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岩野清子氏の『双棲と寡居』について

伊藤野枝

私は中央公論十月号に掲載された『双棲と寡居』を読んで黙つてはゐられないやうな気がした。 私がそれを最初に読んだときは可なり無理な理屈があると云ふことに気がついたに過ぎなかつた。そうして再読三読して見て私はそれがどうしても無理おしつけの後からつけた理屈でうづめられてゐることを見逃すことは出来なかつた。尤も清子氏について全く未知ではない私は氏がどんな些細な行動に

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従妹に

伊藤野枝

今、私の頭の中で二つのものが縺れ合つて私をいろいろに迷はして居ります。 私は今まで斯うして幾度きみちやんに手紙を書きかけたか知れないのです。けれども私の書いたものが果して正当に何の誤もなくきみちやんに理解されるかどうかとそれを考へては、若しきみちやんに理解が出来なかつたときにはきみちやんの為めにもまた私の為にも大変不幸だと思はれますので止めました。けれども、

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新らしき婦人の男性観

伊藤野枝

世間には可成に女を知りぬいたつもりで、かれこれと女を批評する男が尠くないやうですが、それが大抵九分九厘迄は当つてゐないので、こちらの耳へは寧ろ滑稽に聞える位なものです。男は独りよがりを楽むものと思はれます。 男は寛大で、万事が大まかです。随つて綜合的な点に於て女は男に及ばないでせうが、部分的な細かい洞察は、とても女に勝てますまいと思はれます。 女は綜合的で無

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青山菊栄様へ

伊藤野枝

青山菊栄様 あなたの公開状は本当に、私には有りがたいものでした。私は幾度も/\読み返しました。勿論、不服な事もありますがそれはおい/\申上げる事にして、先づ公娼廃止についてのあなたの考へ方は正当です。私はそう云ふ方面に全く無智なのです。私はまださういふ詳しい事を調べるまでに手が届かなかつたのです。その点では私はあゝ云ふ事を云ふ資格は全くなかつたのかも知れませ

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