Vol. 2May 2026

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三の字旅行会

大阪圭吉

三の字旅行会 大阪圭吉 一 赤帽の伝さんは、もうしばらく前から、その奇妙な婦人の旅客達のことに、気づきはじめていた。 伝さんは、東京駅の赤帽であった。東海道線のプラット・ホームを職場にして、毎日、汽車に乗ったり降りたりするお客を相手に、商売をつづけている伝さんのことであるから、いずれはそのことに気がついたとしても不思議はないのであるが、しかし、気がついてはい

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寒の夜晴れ

大阪圭吉

寒の夜晴れ 大阪圭吉 また雪の季節がやって来た。雪というと、すぐに私は、可哀そうな浅見三四郎のことを思い出す。 その頃私は、ずっと北の国の或る町の――仮にH市と呼んでおこう――そのH市の県立女学校で、平凡な国語の教師を勤めていた。浅見三四郎というのは、同じ女学校の英語の教師で、その頃の私の一番親しい友人でもあった。 三四郎の実家は、東京にあった。かなり裕福な

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動かぬ鯨群

大阪圭吉

動かぬ鯨群 大阪圭吉 一 「どかんと一発撃てば、それでもう、三十円丸儲けさ」 いつでも酔って来るとその女は、そう云ってマドロス達を相手に、死んだ夫の話をはじめる。捕鯨船北海丸の砲手で、小森安吉と云うのが、その夫の名前だった。成る程女の云うように、生きている頃は、一発銛を撃ち込む度に、余分な賞与にありついていた。が、一年程前に時化に会って、北海丸の沈没と共に行

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銀座幽霊

大阪圭吉

銀座幽霊 大阪圭吉 一 みち幅三間とない横町の両側には、いろとりどりの店々が虹のように軒をつらねて、銀座裏の明るい一団を形づくっていた。青いネオンで「カフェ・青蘭」と書かれた、裏露路にしてはかなり大きなその店の前には、恒川と呼ぶ小綺麗な煙草店があった。二階建で間口二間足らずの、細々と美しく飾りたてた明るい店で、まるで周囲の店々から零れおちるジャズの音を掻きあ

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あやつり裁判

大阪圭吉

あやつり裁判 大阪圭吉 いったい裁判所なんてとこは、いってみりゃア世の中の裏ッ側みたいなとこでしてね……いろんな罪人ばっかり、落ちあつまる……そんなとこで、二十年も廷丁なんぞ勤めていりゃア、さだめし面白い話ばかり、見聞きしてるだろうとお思いでしょうが、ところが、二十年も勤めてると云うのが、こいつが却ってよくないんでしてね、そりゃアむろん面白い事件がなかったわ

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白妖

大阪圭吉

白妖 大阪圭吉 一 むし暑い闇夜のことだった。 一台の幌型自動車が、熱海から山伝いに箱根へ向けて、十国峠へ登る複雑な登山道を疾走り続けていた。S字型のジッグザッグ道路で、鋸の歯のような猛烈なスイッチバックの中を襞のように派出する真黒な山の支脈に沿って、右に左に、谷を渡り山肌を切り開いて慌しく馳け続ける。全くそれは慌しかった。自動車それ自身は決してハイ・スピー

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三狂人

大阪圭吉

三狂人 大阪圭吉 一 赤沢医師の経営する私立脳病院は、M市の郊外に近い小高い赭土山の上にこんもりした雑木林を背景に、火葬場へ行く道路を見下すようにして立っているのだが、それはもうかなり旧式の平屋建で立っていると云うよりは、なにか大きな蜘蛛でも這いつくばったという形だった。 全く、悪いことは続けて起るとはうまいことを云ったもので、今度のような世にも兇悪無惨な惨

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闖入者

大阪圭吉

闖入者 大阪圭吉 一 富士山の北麓、吉田町から南へ一里の裾野の山中に、誰れが建てたのか一軒のものさびた別荘風の館がある。その名を、岳陰荘と呼び、灰色の壁に這い拡がった蔦葛の色も深々と、後方遙かに峨々たる剣丸尾の怪異な熔岩台地を背負い、前方に山中湖を取繞る鬱蒼たる樹海をひかえて、小高い尾根の上に絵のように静まり返っていた。――洋画家の川口亜太郎が、辻褄の合わぬ

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とむらい機関車

大阪圭吉

とむらい機関車 大阪圭吉 ――いや、全く左様ですよ。こう時候がよくなりますと、こうして汽車の旅をするのも、大変楽ですな……時に、貴下はどちらまで?……ああ東京ですか。やはり大学も東京の方で……ああ左様ですか。いや結構な事ですな……え、私? ああ私は、ついこの先方のH市まで参ります。ええそうです。あの機関庫のあるところですよ。 ――これでも私は、二年前までは従

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気狂い機関車

大阪圭吉

気狂い機関車 大阪圭吉 一 日本犯罪研究会発会式の席上で、数日前に偶然にも懇意になったM警察署の内木司法主任から、不思議な殺人事件の急電を受けて冷い旅舎に真夜中過ぎの夢を破られた青山喬介と私は、クレバネットのレイン・コートに身を包んで烈しい風を真面に受けながら、線路伝いに殺人現場のW停車場へ向って速足に歩き続けていた。 沍て泣き喚く様な吹雪の夜の事だ。 雪は

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死の快走船

大阪圭吉

太い引きずるような波鳴りの聞えるうらさびた田舎道を、小一時間も馬を進ませつづけていた私達の前方には、とうとう岬の、キャプテン深谷邸が見えはじめた。 藍碧の海をへだてて長く突出した緑色の岬の端には、眼の醒めるような一群の白堊館が、折からの日差しに明々と映えあがる。向って左の方に、ひときわ高くあたかも船橋のような屋上露台を構えたのが主館であろう。進むにつれて同じ

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デパートの絞刑吏

大阪圭吉

デパートの絞刑吏 大阪圭吉 多分独逸物であったと思うが、或る映画の試写会で、青山喬介――と知り合いになってから、二カ月程後の事である。 早朝五時半。社からの電話を受けた私は、喬介と一緒にRデパートへ、その朝早く起こった飛降り自殺のニュースを取るために、フルスピードでタクシーを飛ばしていた。 喬介は私よりも三年も先輩で、かつては某映画会社の異彩ある監督として特

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幽霊妻

大阪圭吉

――じゃァひとつ、すっかり初めっから申し上げましょう……いや全く、私もこの歳になるまで、ずいぶん変わった世間も見てきましたが、こんな恐ろしい目に出会ったのは天にも地にも、これが生まれて初めてなんでして…… ――ところで、むごい目にお会いになった旦那様のお名前は、御存知でしたね……そうそう新聞に書いてありましたな。平田章次郎様とおっしゃって、当年とって四十六歳

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灯台鬼

大阪圭吉

灯台鬼 大阪圭吉 一 わたし達の勤めている臨海試験所のちょうど真向いに見える汐巻灯台の灯が、なんの音沙汰もなく突然吹き消すように消えてしまったのは、空気のドンヨリとねばった、北太平洋名物の紗幕のようなガスの深いある真夜中のことであった。 水産試験所と灯台とでは管轄上では畑違いだが、仕事の上でおなじように海という共通点を持っているし、人里はなれたこの辺鄙な地方

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海潮音

上田敏

卷中收むる所の詩五十七章、詩家二十九人、伊太利亞に三人、英吉利に四人、獨逸に七人、プロンスに一人、而して佛蘭西には十四人の多きに達し、曩の高踏派と今の象徴派とに屬する者其大部を占む。 高踏派の莊麗體を譯すに當りて、多く所謂七五調を基としたる詩形を用ゐ、象徴派の幽婉體を飜するに多少の變格を敢てしたるは、其各の原調に適合せしめむが爲なり。 詩に象徴を用ゐること、

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水野仙子さんの思ひ出

今井邦子

水野仙子さんの思ひ出 今井邦子 水野仙子さんに就いて筆を執るのは實に廿五年ぶりくらゐな事であらうか。今紙を前にひろげて一種の感慨なきを得ない。私は曾て大正七、八年の頃に、三宅やす子さんの發行して居られたウーマンカレントといふ小さい雜誌に、自分と仙子さんとの交渉を、可成り正直に心からの聲を出して書いた事があつた。それ以來此度久しぶりで仙子さんに就いて書くのであ

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沖縄人の最大欠点

伊波普猷

沖縄人の最大欠点は人種が違うということでもない。言語が違うという事でもない。風俗が違うという事でもない。習慣が違うということでもない。沖縄人の最大欠点は恩を忘れ易いという事である。沖縄人はとかく恩を忘れ易い人民だという評を耳にする事があるが、これはどうしても弁解し切れない大事実だと思う。自分も時々こういう傾向を持っている事を自覚して慚愧に堪えない事がある。思

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浦添考

伊波普猷

沖縄の歴史をしらべた事のある人は、浦添という名称の沖縄の上古史から離す事の出来ない名称である事に気が付くであろう。むかし舜天や英祖や察度のような王者を出した浦添は果して如何なる所であったろう。 浦添の事をしらべるに参考となるべき史料は至って少い。しかし、たとい文献となって遺っていないでも、神の名とか地の名とかいうような固有名詞が伝わってさえいれば、その解釈に

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「古琉球」改版に際して

伊波普猷

『古琉球』を世に出してから三十有四年になる。この書の目的は主として郷里の青年に郷土の知識を与えるに在ったが、恩師新村博士が中央の学界に紹介されたお蔭で、端なくも南島研究の手引となり、大正五年に論考数篇を加え、口絵二十余枚を添えて、再版を東京で刊行することが出来、同十一年には、岡村千秋君の尽力によって、第三版を郷土研究社で出して頂いた。 若い時分に書いたものな

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私の子供時分

伊波普猷

私の子供の時分のことを書いてくれとのことであるが、当時の事はおおかた忘れてしまって、記憶にのこっている部分はいたって少い。私の生れたのはもう三年経つと沖縄が廃藩置県になるという明治九年のことだ。その頃の沖縄といえば、熊本鎮台の分遣隊が古波蔵村に置かれるやら、松田がやって来るやらで、随分物騒であったろうが、残念ながら当人はそんなことなぞ覚えていようはずがない。

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広告

伊丹万作

広告 伊丹万作 この一文は私の友人の著書の広告であるから、広告のきらいな方はなにとぞ読まないでいただきたい。 このたび私の中学時代からの友人中村草田男の句集が出た。署名を『長子』という。 一部を贈られたから早速通読して自分の最も好む一句を捨つた。すなわち、 冬の水一枝の影も欺かず 草田男に会つたときこの一句を挙げて賞したところ、彼もまた己が意を得たような微笑

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人間山中貞雄

伊丹万作

人間山中貞雄 伊丹万作 平安神宮の広場は暑かつた。紙の旗を一本ずつ持つた我々は脱帽してそこに整列していた。日光は照りつけ汗がワイシャツの下からにきにきと湧いた。前面の小高い拝殿の上には楽隊がいて、必要に応じて奏楽をした。注意して見ると、楽隊のメンバーにはアフレコ・ダビングでかねてなじみの顔ばかりである。 それから神官の行事があつた。つづいて君が代の斉唱、バン

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著作権の問題

伊丹万作

著作権の問題 伊丹万作 社会の各層に民主化の動きが活溌になつてくると同時に、映画界もようやく長夜の眠りから覚めて――というとまだ体裁がよいが、実はいやおうなしにたたき起された形で、まだ眠そうな眼をぼんやりと見開きながらあくびばかりくりかえしている状態である。 しかし、いつまでもそんなことではしようがない。早く顔でも洗つてはつきり眼を覚ましてもらいたいものだ。

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戦争責任者の問題

伊丹万作

戦争責任者の問題 伊丹万作 最近、自由映画人連盟の人たちが映画界の戦争責任者を指摘し、その追放を主張しており、主唱者の中には私の名前もまじつているということを聞いた。それがいつどのような形で発表されたのか、くわしいことはまだ聞いていないが、それを見た人たちが私のところに来て、あれはほんとうに君の意見かときくようになつた。 そこでこの機会に、この問題に対する私

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