淡島椿岳 ――過渡期の文化が産出した画界のハイブリッド――
内田魯庵
震火で灰となった記念物の中に史蹟というのは仰山だが、焼けてしまって惜まれる小さな遺跡や建物がある。淡島寒月の向島の旧庵の如きその一つである。今ではその跡にバラック住いをして旧廬の再興を志ざしているが、再興されても先代の椿岳の手沢の存する梵雲庵が復活するのではない。 向島の言問の手前を堤下に下りて、牛の御前の鳥居前を小半丁も行くと左手に少し引込んで黄蘗の禅寺が
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内田魯庵
震火で灰となった記念物の中に史蹟というのは仰山だが、焼けてしまって惜まれる小さな遺跡や建物がある。淡島寒月の向島の旧庵の如きその一つである。今ではその跡にバラック住いをして旧廬の再興を志ざしているが、再興されても先代の椿岳の手沢の存する梵雲庵が復活するのではない。 向島の言問の手前を堤下に下りて、牛の御前の鳥居前を小半丁も行くと左手に少し引込んで黄蘗の禅寺が
海野十三
インチキとは、不正手段である。だから君子のなすべきものではない。 近来、日本のゲーム界に君臨している麻雀にも、いろいろとインチキが可能である。日本麻雀聯盟でも、無論、インチキを排斥している。インチキをやっているところを見付かった連中で、麻雀段位を褫奪され、揚句の果、聯盟から除名されたような結果(というと、妙な言いまわしかただが、僕はいまだかつて、「何某、右の
海野十三
問題の「諜報中継局Z85号」が、いかなる国家に属しているのか、それは今のところ詳かでない。 しかしこの諜報中継局が、アメリカの政治首都ワシントンと経済首都ニューヨークを含む地域内に潜伏していることだけは確言できる。そして局の位置は、たえず移動をつづけているようである。ある日の午後は、軍需倉庫の一隅にあるかと思えば、その翌日の早朝にエンパイヤハウスの三十七階の
海野十三
この『火星兵団』の筋は、ある年、とつぜん地球にモロー彗星が接近し、そしてやがて地球に衝突するだろうということが分り、二十億年という永い歴史をもつ地球が、ここにかなしき崩壊をとげなければならぬことになりまして、世界は大さわぎを始めました。その折しも、この地球のさわぎを知った火星の生物が、地球の崩壊前に人類やその他の動植物を手に入れ、火星へ持ってかえって、人類や
海野十三
仲々死なぬ彼奴 海野十三 一 大熊老人にとって、凡そ不思議な存在は、少年喜助であった。 喜助君なら、今でも一緒に抱いて寝てやってもよいと思っているのであった。今年廿二歳になって、たいへん大人びてきた喜助君の方でも、抱かれることには大いに賛成であろうと思われる。 大熊老人といえば、あの人かと誰でもがすぐ思い出すほどの金満家であった。八十二歳になるというのに、腰
海野十三
暗号数字 海野十三 帆村探偵現る ちかごろ例の青年探偵帆村荘六の活躍をあまり耳にしないので、先生一体どうしたのかと不審に思っていたところ、某方面からの依頼で、面倒な事件に忙しい身の上だったと知れた。最近にいたって、彼はずっと自分の事務所にいるようである。某方面の仕事も一段落ついたので、それで休養かたがた当分某方面の仕事を休ませてもらうことに話がついたといって
海野十三
街の探偵 海野十三 キップの装置 『さっきから気をつけていると、コトンコトンと、微かなリズミカルな音がしているね』 と、彼は指を天井の方に立てて云うのであった。 『ああ、僕にも聞えるよ。鼠が居るのじゃないか』 と、僕はこたえた。 『ねずみ? 鼠が音楽家でもあればねえ』 と、彼はニヤリと笑って、 『――あれは天井裏に、瓦斯を発生する装置が置いてあるんだよ』 『
海野十三
僕の友達で人格も高く、学問の上からも尊敬され、友人からも非常に尊敬されていた男があったんです。それが不幸にして最愛の細君を失いました。 或る日、その友達が私の所へ来て、「『心霊研究会』というものがあって、其処に実に素晴しい霊媒が見付かった。自分は今まで研究をして居ったけれども、これ以上の霊媒はない」事実、霊媒を通じて奥さんと話をすると、いろいろ符合する所があ
海野十三
南太平洋科學風土記 海野十三(佐野昌一) 第一回 はしがき 題して南太平洋科學風土記といふが、實は私が報道班員として南太平洋に勤務してゐた時に見聞したあちらの事情を、科學の目を通じて思ひ出すままにくり擴げようといふのである。餘り戰鬪や作戰とは關係のない至極のんびりしたものになるかも知れないが、これは戰鬪報道記ではないのであるから、そのつもりでお讀み捨て願ひた
海野十三
白銅貨の効用 海野十三 シノプシス 政府が鋳造せる白銅貨の効用について徹底的に論じた一文である。これを以て白銅貨の文化的価値を明かにしたものという可く、随って考現学の資料ともなるものである。 序論 ここに十銭の白銅貨がある。この効用は如何? と尋ぬれば、 「十銭の品物を買うことができる。」 或いは 「十銭の持つ財的エネルギーとして、他のエネルギーに変換出来る
海野十三
寺田先生と僕 海野十三(佐野昌一) 題名ほどの深い關係もないのであるが、科學ペンからの求めで、已むを得ずペンを執る。 僕が寺田先生を始めて知つたのは、多くの人がさうであるやうに、第一には「吾輩ハ猫デアル」の水島寒月に於て、また「三四郎」の野々宮理學士に於てである。これは書くまでもない至つて平凡なことである。只、その間、首くくりの力學には、始め滑稽を感じ、後學
海野十三
編輯部からこの妙な訪問記事をたのまれて、正直なところ大いに弱っている。人の話によると、佐野昌一氏と僕とはたいへんよく似ているそうで、途中で会っても佐野氏やら海野やらちょっと見分けがつかないそうである。そのように似ているため、僕はよく佐野氏に間違えられ、得をしたり、損をしたりする。得についてはともかくも、損についてはかねがねいつか氏に対し怨みをのべたいと思って
海野十三
発明小僧 海野十三 自動車用ペンキ爆弾 これは特種の赤ペンキをタップリ含んでいるピンポン球ぐらいの小球にして、叩きつけると、すぐ、壊れるものなり。携帯に便にして、ポケットに四つや五つ忍ばせても大丈夫なり。 その使用目的は、雨天の折など、向うから自動車が狭い路にも係らず泥をハネかしながらやってくるごとき場合に、「気をつけろ」と注意を与えても、先方が聞き入れざる
海野十三
虫喰い算大会 佐野昌一 自序 本書の中に、「“虫喰い算”大会」の会場が、第一会場から始まって第三十会場まである。われと思わん方は御遠慮なく、第一会場から出発して、智慧だめし、根だめしをなされたい。 「虫喰い算」とは、そもそもどんなものであるか。 簡単にいえば、「虫喰い算」とは、虫に喰われて判読できない数字を、推理の力によって判定する算数学のことである。 但し
海野十三
虫喰ひ算大會 佐野昌一 自序 本書の中に、「“虫喰ひ算”大會」の會場が、第一會場から始まつて第三十會場まである。われと思はん方は御遠慮なく、第一會場から出發して、智惠だめし根だめしをなされたい。 「虫喰ひ算」とは、そもそもどんなものであるか。 簡單にいへば、「虫喰ひ算」とは、虫に喰はれて判讀できない數字を、推理の力によつて判定する算數學のことである。 但し學
海野十三
電気鳩 海野十三 あやしい鳩 高一とミドリのきょうだいは、伝書鳩をかっていました。 もともとこれは、お父さまがかっていらっしゃる鳩なのですが、お父さまがある大切なご用で、とおいところへお出かけになってからは、二人のきょうだいが世話をしているのです。 鳩はみんなで十羽いました。半分は金あみをはり、半分は板をうちつけて作ってある鳩舎のなかに、かってあるのです。鳩
海野十三
流線間諜 海野十三 R事件 いわゆるR事件と称せられて其の奇々怪々を極めた事については、空前にして絶後だろうと、後になって折紙がつけられたこの怪事件も、その大きな計画に似あわず、随分永い間、我国の誰人にも知られずにいたというのは、不思議といえば不思議なことだった。 だが、後に詳しく述べるように、このR事件というのは実をいえば当時、国内問題のために非常な重大危
海野十三
不思議なる空間断層 海野十三 友人の友枝八郎は、ちょっと風変りな人物である。どんなに彼が風変りであるか、それを知るには、彼が私によく聞かせる夢の話を御紹介するのが捷径であろう。 かれ友枝は、好んで夢の話をした。彼が見る夢は、たいへん奇妙でもあり、そして随分しっかりした内容をもっていて、あまり夢を見ることのない私などにとっては、美しくもあれば、ときにはまた薄気
海野十三
浮かぶ飛行島 海野十三 川上機関大尉の酒壜 わが練習艦隊須磨、明石の二艦は、欧州訪問の旅をおえて、いまやその帰航の途にあった。 印度を出て、馬来半島とスマトラ島の間のマラッカ海峡を東へ出ると、そこは馬来半島の南端シンガポールである。大英帝国が東洋方面を睨みつけるために築いた、最大の軍港と要塞とがあるところだ。 そのシンガポールの港を出ると、それまでは東へ進む
海野十三
東京要塞 海野十三 非常警戒 凍りつくような空っ風が、鋪道の上をひゅーんというような唸り声をあげて滑ってゆく。もう夜はいたく更けていた。遠くに中華そばやの流してゆく笛の音が聞える。 丁度そのころ、築地本願寺裏から明石町にかけて、厳重な非常警戒網が布かれた。 しかし制服の警官はたった二人だけ、あとはみな私服の刑事ばかりが十四、五人。寝鎮った家の軒端や、締め忘れ
海野十三
深夜の大東京! まん中から半分ほど欠けた月が、深夜の大空にかかっていた。 いま大東京の建物はその青白い光に照されて、墓場のように睡っている。地球がだんだん冷えかかってきたようで、心細い気のする或る秋の夜のことだった。その月が、丁度宿っている一つの窓があった。その窓は、五階建ての、ネオンの看板の消えている、銀座裏の、とある古いビルディングの屋上に近いところにあ
海野十三
或る靄のふかい朝―― 僕はカメラを頸にかけて、幅のひろい高橋のたもとに立っていた。 朝靄のなかに、見上げるような高橋が、女の胸のようなゆるやかな曲線を描いて、眼界を区切っていた。組たてられた鉄橋のビームは、じっとりと水滴に濡れていた。橋を越えた彼方には、同じ形をした倉庫の灰色の壁が無言のまま向きあっていたが、途中から靄のなかに融けこんで、いつものようにその遠
海野十三
獏鸚 海野十三 1 一度トーキーの撮影を見たいものだと、例の私立探偵帆村荘六が口癖のように云っていたものだから、その日――というと五月一日だったが――私は早く彼を誘いだしに小石川のアパートへ行った。 彼の仕事の性質から云って、正に白河夜船か或いは春眠暁を覚えずぐらいのところだろうと思っていったが、ドアを叩くが早いか、彼が兎のように飛び出してきたのには尠からず
海野十三
――昭和×年三月、帝都郊外の若きサラリーマンの家庭―― 「まあ、今日はお帰りが遅かったのネ」 「うんフラフラになる程疲労れちまったよ」 「やはり会社の御用でしたの」 「そうなんだ。会社は東京の電灯を点けたり、電車を動かしたりしているだろう。だから若し東京が空襲されたときの用心に、軍部の方々と寄り合って、いろいろと打合わせをしたんだよ」 「空襲ですって! 空襲