Chapter 1 of 11

お末はその頃誰から習ひ覚えたともなく、不景気と云ふ言葉を云ひ/\した。

「何しろ不景気だから、兄さんも困つてるんだよ。おまけに四月から九月までにお葬式を四つも出したんだもの」

お末は朋輩にこんな物の云ひ方をした。十四の小娘の云ひ草としては、小ましやくれて居るけれども、仮面に似た平べつたい、而して少し中のしやくれた顔を見ると、側で聞いて居る人は思はずほゝゑませられてしまつた。

お末には不景気と云ふ言葉の意味は、固よりはつきりは判つて居なかつた。唯その界隈では、誰でも顔さへ合はせれば、さう挨拶しあふので、お末にもそんな事を云ふのが時宜にかなつた事のやうに思ひなされて居たのだつた。尤もこの頃は、あのこつ/\と丹念に働く兄の鶴吉の顔にも快からぬ黒ずんだ影が浮んだ。それが晩飯の後までも取れずにこびりついて居る事があるし、流元で働く母がてつくひ(魚の名)のあらを側にどけたのを、黒にやるんだなと思つて居ると又考へ直したらしく、それを一緒に鍋に入れて煮てしまふのを見た事もあつた。さう云ふ時にお末は何だか淋しいやうな、後から追ひ迫るものでもあるやうな気持にはなつた。なつたけれども、それと不景気としつかり結び附ける程の痛ましさは、まだ持つて居よう筈がない。

お末の家で四月から追つかけ/\死に続いた人達の真先きに立つたのは、長病ひをした父だつた。一年半も半身不随になつて、どつと臥つたなりであつたから、小さな床屋の世帯としては、手にあまる重荷だつた。長命をさせたいのは山々だけれども、齢も齢だし、あの体では所在もないし、手と云つてはねつから届かないんだから、あゝして生きてゐるのが却つて因業だと、兄は来る客ごとにお世辞の一つのやうに云ひ慣はして居た。極く一克な質で尊大で家一杯ひろがつて我儘を通して居た習慣が、病みついてからは更に募つて、家のものに一日三界あたり散らすので、末の弟の哲と云ふのなぞは、何時ぞや母の云つた悪口をそのまゝに、父の面前で「やい父つちやんの鼻つまみ」とからかつたりした。病人はそれを聞くと病気も忘れて床の上で跳り上つた。果てはその荒んだ気分が家中に伝はつて、互に睨み合ふやうな一日が過ごされたりした。それでも父が居なくなると、家の中は楔がゆるんだやうになつた。どうかして、思ひ切り引きちぎつてやりたいやうな、気をいら/\させる喘息の声も、無くなつて見るとお末には物足りなかつた。父の背中をもう一度さすつてやりたかつた。大地こそ雪解の悪路なれ、からつと晴れ渡つた青空は、気持よくぬくまつて、いくつかの凧が窓のやうにあちこちに嵌められて居る或る日の午後に、父の死骸は小さな店先から担ぎ出された。

その次に亡くなつたのは二番目の兄だつた。ひねくれる事さへ出来ない位、気も体も力のない十九になる若者で、お末にはこの兄の家に居る時と居ない時とが判らない位だつた。遊び過ごしたりして小言を待ち設けながら敷居を跨ぐ時なぞには殊に、誰と誰とが家に居て、どう云ふ風に坐つて居ると云ふ事すら眼に見えるやうに判つて居たけれども、この兄だけは居るやら居ないやら見当がつかなかつた。又この兄の居る事は何んの足しにも邪魔にもならなかつた。誰か一寸まづい顔でもすると、自分の事のやうにこの兄は座を外して、姿を隠してしまつた。それが脚気を煩つて、二週間程の間に眼もふさがる位の水腫れがして、心臓麻痺で誰も知らないうちに亡くなつて居た。この弱々しい兄がこんなに肥つて死ぬと云ふ事が、お末には可なり滑稽に思はれた。而してお末は平気でその翌日から例の不景気を云ひふらして歩いた。それは北海道にも珍らしく五月雨じみた長雨がじと/\と薄ら寒く降り続いた六月半ばの事だつた。

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