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かわいそうに、ヨハンネスは、たいそう悲しんでいました。むりもありません。おとうさんが重い病気で、もう、たすかるのぞみがなかったのですからね。この小さな部屋には、ヨハンネスとおとうさんのほかには、だれもいませんでした。テーブルの上のランプは、いまにも、燃えきってしまいそうでした。もう、夜もすっかりふけていました。
「おまえはいい子だったね、ヨハンネス」と、病気のおとうさんは言いました。「世の中へ出ても、きっと、神さまがたすけてくださるよ」
こう言って、おとうさんは思いつめた目つきで、やさしくヨハンネスを見つめました。それから、深い息をつくと、それなり死んでしまいました。見たところでは、まるで、眠っているとしか見えません。
ヨハンネスは、わっと泣き出しました。いまは、この世の中に、おとうさん・おかあさんもいなければ、ねえさんや妹も、にいさんや、弟も、だれひとりいないのです。ああ、かわいそうなヨハンネス! ベッドの前にひざをついて、死んだおとうさんの手にキスをしました。そして、さめざめと泣いて、あつい涙をたくさん流しました。けれども、そうしているうちに、いつのまにか、両方の目がふさがって、とうとう、ベッドのかたい足に、頭をもたせかけたまま、眠りこんでしまいました。
すると、ヨハンネスは、ふしぎな夢を見ました。夢の中では、お日さまとお月さまとが、自分におじぎをするのです。それから、おとうさんが、またもとのように、元気になっているのです。そして、何かうれしいときによく笑う、あの、いつもの、おとうさんの笑い声が聞えるのです。長い、きれいな髪の毛に、金のかんむりをかぶった、美しい少女が、ヨハンネスに手をさしのべました。すると、おとうさんが、
「すばらしいお嫁さんをもらったもんだな。世界一きれいだよ」と言いました。
そのとたんに、目がさめて、楽しかった夢は、消えうせてしまいました。おとうさんは、やっぱり死んでいて、ベッドの中につめたく、横たわっています。あたりを見まわしても、ほかには、だれひとりいません。ああ、かわいそうなヨハンネス!
つぎの週に、お葬式をしました。ヨハンネスは、お棺のすぐうしろについていきました。あんなに自分をかわいがってくれた、大好きなおとうさんの顔を見るのも、いよいよ、きょうかぎりです。やがて、人々がお棺の上に、土を投げかける音がしました。でも、まだ、お棺のいちばんはしは見えています。けれども、シャベルで、土をもう一すくいして投げかけると、それも見えなくなりました。ヨハンネスは、悲しくて悲しくてたまりません。あんまり悲しいので、いまにも、胸がはりさけそうでした。
お墓のまわりで、みんなが讃美歌をうたいはじめました。その歌が、心の中までしみとおるようにひびきましたので、ヨハンネスの目には、涙がうかんできました。ヨハンネスは泣きました。でも、泣いたために、かえって、悲しみが、いくらかまぎれました。
お日さまが、緑の木々を、明るく照らしていました。まるで、こんなふうに、言っているようでした。
「そんなに悲しんではいけないよ、ヨハンネス。まあ、ごらん。お空があんなにきれいに、青々としているだろう。あの上に、いま、おまえのおとうさんはいるのだよ。そうして、おまえがいつもしあわせでいられるようにと、神さまにお願いをしているのだよ」
「ぼくは、いつまでも、よい人でいます」と、ヨハンネスは言いました。
「そうして、いつかは、天国のおとうさんのところへ行きます。ああ、おとうさんに、また会えたら、どんなにうれしいでしょう。ぼくには、おとうさんにお話ししてあげることが、いっぱいあるんです。おとうさんも、きっとまた、この世の中に生きていたときと同じように、ぼくにいろんなものを見せてくださったり、天国のすばらしいことを、たくさんお話ししてくださるでしょう。ああ、そうなったら、どんなにうれしいかしれません」
ヨハンネスは、そのときのありさまを、心の中に思いうかべてみました。すると、涙がまだ、頬をつたわり落ちているというのに、思わず知らず、にっこりとほほえみました。小鳥たちは、トチノキのこずえにとまって、ピーチク、ピーチク、さえずっていました。お葬式にきているのに、小鳥たちがこんなにうれしそうにしていたのには、ちゃんと、わけがあったのです。というのも、小鳥たちは、死んだおとうさんが、いまは天国で、自分たちの羽よりも、ずっと大きなつばさを持っているということや、また、おとうさんはこの世の中でよいことをした人でしたから、いまではしあわせになっているということを、すっかり知っていたからです。
ヨハンネスは、小鳥たちが、緑の木々を離れて、遠い世界へとんでいくのを見ると、自分もいっしょにとんでいきたくなりました。でも、それよりさきに、おとうさんのお墓の上に立てるように、大きな木の十字架をつくりました。ヨハンネスは、夕方、それを持って、お墓へ行きました。ところが、どうでしょう。お墓には、きれいに砂がもってあって、そのうえ、花まで飾ってあるではありませんか。これは、よその人たちが、しておいてくれたのです。というのは、死んだおとうさんは、みんなにたいそう好かれていたからでした。
あくる朝早く、ヨハンネスは、小さなつつみをこしらえました。そして、おとうさんの、のこしてくれた五十ターレルと、いくつかのシリング銀貨を、みんな、帯の中へしまいこみました。いよいよ、これから、広い世の中へ出ていこうというのです。でも、出かけるまえに、まず、おとうさんのお墓におまいりして、「主の祈り」をとなえました。そして、こう言いました。
「おとうさん、さようなら。ぼくは、いつまでもよい人間でいますよ。だから、ぼくがしあわせになれるように、神さまにお願いしてくださいね」
ヨハンネスが野原を歩いていくと、どの花もどの花も、暖かなお日さまの光をあびて、それはそれは美しく、いきいきとしていました。風にゆられながら、みんなは、うなずいてみせました。そのようすは、まるで、「よく来ましたね。ここは青々としていて、きれいでしょう」と言っているようでした。
ヨハンネスは、もう一度、うしろをふりむいて、古い教会にお別れをつげました。この教会で、ヨハンネスは、赤んぼうのとき、洗礼をうけたのです。日曜日ごとに、いつも、おとうさんといっしょに、この教会へ行っては、讃美歌をうたったものでした。
そのとき、ふと見ると、塔のてっぺんの小窓のところに、赤いとんがり帽子をかぶった、小さな教会の妖精が立っていました。妖精は、お日さまの光が目にあたらないように、手をひたいにかざしています。ヨハンネスは、さようなら、というつもりで、妖精にむかって頭をさげました。すると、ちっぽけな妖精のほうでも、赤い帽子をふったり、手を胸にあてて、幾度も幾度も、キスを投げたりしてくれました。こうして、ヨハンネスがしあわせでいるように、そしてまた、楽しい旅をすることができるように、願っていることを、見せようとしたのです。
大きな、すばらしい世の中へ出ていったら、さぞかし、たくさんの、美しいものが見られるだろうなあ、と、ヨハンネスは思いました。そこで、さきへさきへと、ずんずん歩いていきました。とうとう、今までに一度も来たことのない、遠いところまで来てしまいました。通りすぎる町も、見たことがありませんし、出会う人たちも、だれひとり見知った人はいません。もう、ヨハンネスは、遠い、よその国へ来てしまったのです。
さいしょの晩は、野原のまん中の、かれ草の山の上で、眠りました。それよりほかには、寝床がなかったのです。けれども、この寝床は、とってもすてきでした。どんな王さまだって、こんなすてきな、寝床はもっていらっしゃらないだろう、と、ヨハンネスは思いました。
小川の流れている、広い広い野原、かれ草の山、見わたすかぎり広がっている青い空。なんとすばらしい寝室ではありませんか。赤だの白だの、小さな花の咲いている、緑の草原は、しきものです。ニワトコの茂みと、野バラの生垣は、花たばです。顔をあらうのには、きれいな、つめたい水の流れている小川がありました。そこでは、アシがおじぎをして、「おやすみ」とか、「おはよう」と言っていました。お月さまは、青い天井に高くかかっている、大きな大きなランプです。このランプなら、カーテンを燃やす心配はありません。ですから、ヨハンネスは、安心して、眠ることができました。そして、ほんとうにぐっすりと眠ったので、あくる朝、目がさめたときには、もうお日さまが高くのぼって、小鳥たちがまわりで歌をうたっていました。
「おはよう、おはよう。まだ起きないの?」
鐘の音が、教会からひびいてきました。きょうは、ちょうど、日曜日だったのです。人々はお説教を聞きに、教会へ行きました。ヨハンネスも、みんなのあとからついていって、いっしょに讃美歌をうたい、神さまのお言葉を聞きました。そうしていると、小さいときに洗礼をうけて、それからもたびたび、おとうさんといっしょに讃美歌をうたった、あのなつかしい教会にいるような気がしてなりませんでした。
教会のうらの墓地には、ずいぶんたくさんのお墓がありました。中には、草がぼうぼうに生えているお墓も、いくつかありました。それを見ると、ヨハンネスは、おとうさんのお墓を思い出しました。おとうさんのお墓も、いつかは、こんなふうになってしまうかもしれません。だって、いまは、自分で草をとったり、おそうじをしてあげることができないのですから。
そこで、ヨハンネスは、地べたにすわりこんで、草をぬいたり、たおれている木の十字架を立てなおしたり、風のためにお墓から吹きとばされた花輪を、もとのところへおいたりしました。心の中では、「もしかしたら、だれかが、おとうさんのお墓を、こういうようにしてくれるかもしれない。ぼくには、いま、自分でしてあげることができないんだもの」と思っていました。
墓地の門の前に、ひとりの年とったこじきが、松葉杖にすがって、立っていました。ヨハンネスは、持っていたシリング銀貨を、のこらずやりました。それから、気もはればれとして、元気よく、また広い世の中へと歩いていきました。
夕方から、おそろしくひどい天気になりました。ヨハンネスは、どこかにとまるところはないかと思って、いそいで歩いていきました。ところが、まもなく、まっ暗になってしまいました。それでも、やっとのことで、丘の上にたった一つ、ぽつんと立っているお堂に、たどりつきました。ありがたいことに、とびらが、すこしあいていました。ヨハンネスは、そこから中にはいって、あらしがやむまで、ここで待つことにしました。
「このすみっこに、腰かけるとしよう」と、ヨハンネスは言いました。「すっかりくたびれちゃった。すこし、休まなくちゃいけない」
こう言いながら、ヨハンネスは、そこにひざまずき、手を合せて、夜のお祈りをとなえました。それから、いつのまにか、眠りこんで、夢を見ていました。外では、そのあいだも、いなずまがピカピカ光り、かみなりがゴロゴロ鳴っていました。
ヨハンネスが、目をさましたときは、もう、ま夜中でした。あらしは、とっくにすぎさっていて、お月さまが、窓から、ヨハンネスのところまで、明るくさしこんでいました。お堂のまん中に、ふたのしてない、お棺がおいてあって、その中に、死んだ人がはいっていました。この人は、まだお葬式をしてもらっていなかったのです。
ヨハンネスは、それを見ても、心の正しい子供でしたから、ちっともこわくはありませんでした。それに、死んだ人は、なんにもわるいことはしないということも、よく知っていました。わたしたちにめいわくをかけたりするのは、生きている、わるい人たちだけなのですからね。ところが、そういうよくない、生きている人間がふたり、死んだ人のお棺のそばに立っていました。このふたりは、ほんとうによくないことをしようとしていました。死んだ、このかわいそうな人を、お棺の中に、そっと寝かしておかないで、お堂の外へほうり出してしまおうとしていたのです。