Chapter 1 of 26

沈没船の怪物

日東サルベージ会社の沈没船引きあげのしごとが、房総半島の東がわにある大戸村の沖あいでおこなわれていました。

その海の底に、東洋汽船会社の千五百トンの貨物船「あしびき丸」が沈没しているのです。ひと月ほどまえのあらしの晩に、「あしびき丸」は航路をまちがえて、海の中の大きな岩にぶつかり、船の底がやぶれて、そこへしずんだのです。

この沈没船の引きあげをたのまれたサルベージ会社の作業船は、「あしびき丸」のしずんでいる海面に行って、どんなふうにして引きあげたらよいかをしらべるために、まず、ふたりの潜水夫を海の底へおろしました。

あついゴム製の服をきて、まるい鉄のかぶとをかぶり、おもい鉛のついたくつをはいて、ふたりの潜水夫は、作業船の外がわについた鉄ばしごを、つたいおり、ブクブクとあわをたてて、青い海の中へ、はいっていきました。空気を送るくだと、いのち綱が、グングンのびていきます。

そこは、海の中の岩山のようなところで、大きな岩がもりあがっていて、底はあんがい浅いのです。水面から三十メートルぐらいで、もう海の底へついてしまいます。

三十メートルもおりると、海の中は夕やみのように暗いので、潜水夫はつよい光の水中電灯をさげています。電線は、いのち綱にからませて作業船の上につづいているのです。かれらは、その電灯をふりてらしながら、コンブなどの海草が、人の背よりも高くはえしげって、ヒラヒラと、ゆれている中を、かきわけるようにして進みました。

むこうの方に、どす黒い巨大な怪物のようなものが、ボンヤリ見えています。それが沈没船なのです。ふたりの潜水夫は、鉄かぶとのうしろから、送気管といのち綱を、ゆらゆらとあとに引きながら、その黒い船体へ、近づいていきました。鉄かぶとについている、まるいガラスののぞきまどの、すぐ前を、いろいろなさかなが、すいすいと泳いでいきます。大きなサメなどが、ヌーッとあらわれて、鉄かぶとに、ぶつかってくることもあります。

ふたりは、やがて、沈没船にたどりついて、きずついた場所をしらべはじめました。横だおしになった黒い船体のそばを、ともの方からへさきにむかって、水中電灯をてらしながら、歩いていくのです。沈没船は、海の底の大きな鉄の家のようでした。その長い長い鉄の壁にそって歩いていくのです。

しばらく歩くと、先にたっていた潜水夫が、電灯を上下に動かしてあいずをしました。きずついている場所を見つけたのです。

船の底の鉄板が巨人の舌のようにペロッとめくれて、人間がふたりも通れるほどの大きな穴があいていました。こんな穴から、水が滝のように流れこんでは、どうすることもできなかったでしょう。

ふたりの潜水夫は、そのやぶれ穴の大きさをはかるために、水中電灯を近づけました。すると、穴の中から、チラッとのぞいたものがあります。とっさに、大きなさかなが、いるのではないかとおもいましたが、さかなではありません。なんだか人間ににているのです。それも、ふつうの人間ではなくて、おそろしく大きな人間の顔のように感じられました。

しかし、この沈没船には、人間の死体がのこっているはずはないのです。乗組員はぜんぶ、すくいだされていたからです。しかも、いまチラッとのぞいたのは、死体の顔ではありません。いきた人間、いや、人間ににた、へんなものでした。

潜水夫たちは、海の底で、いろいろなおそろしいものに出あっていますから、ちょっとぐらいのことには、おどろかないのですが、いまチラッとのぞいたやつは、なんだか、ひどくうすきみのわるいものでした。さすがの潜水夫たちも、こわくなってきました。

ふたりは、そこに立ちすくんで、しばらく顔を見あわせていましたが、ひとりが水中電灯の光の前で右手をヒラヒラと動かしました。ことばのかわりの手まねなのです。潜水かぶとの中には、電話そうちがあって、作業船の上の人たちと話ができますけれど、潜水夫どうしが電話で話しあうことはできません。おたがいの手に電線をしかけて、手をにぎりあえば電話が通じるしかけもあるのですが、ふつうは、そういうしかけをしていないのです。

日本の潜水夫は、いまのような、すすんだ潜水服ができないむかしから、海の底にもぐることがじょうずでしたから、水の中で手まねで話すことにも、なれているのです。ちょうどおしが手まねで話をするように、潜水夫も手まねだけで、なんでも話すことができるのです。

「きみはこわいのか。」

ひとりの潜水夫の手まねは、そういっていました。そんなふうにきかれると、いじにも「こわい。」などとはいえません。

「こわいもんか。中へはいってみよう。」

もうひとりの潜水夫が手まねでこたえました。

「きみ、さきにはいれ。」

「いや、きみの方が、穴に近いじゃないか。きみ、さきにはいれ。」

ふたりが、さきをゆずりあっているのは、じつはこわいからです。しかし、日本の海難救助員が勇敢なことは世界じゅうに知られています。その日本潜水夫の名誉にかけてもこわいなどとはいえません。あやしいものを見て、にげだしたことがわかれば、なかまの、もの笑いです。

「それじゃ、手をつないで、いっしょにはいろう。」

「うん、それがいい。」

ふたりは、手をつないで、船体のやぶれ穴の中へ、はいってみることになりました。

穴の中は、荷物を入れる大きな部屋のようでしたが、水中電灯の光は、それほどつよくないので、部屋の中のむこうの方はまっ暗で、なにがかくれているかわかりません。

ふたりは、穴のふちをまたいで、すべるように、ふわっと船の中にはいっていきました。そして、ひどくかたむいている船倉の床を、だんだん、おくの方へ歩いていくのでした。

箱づめや、コモづつみの荷物が、ゴロゴロしています。かるい荷物は浮きあがって、部屋のてんじょうにくっついています。また、フワフワと、目の前にただよっているものがあります。

そのあいだを、大きいのや小さいのや、いろいろのさかなが泳ぎまわっているのです。それが水中電灯のそばに近よると、うろこが、赤みがかった金色や、青みがかった銀色に、キラキラと、うつくしく光るのです。

このふたりは、ながいあいだ潜水夫をやっている人たちでしたから、こういう船倉の中にただよっている人間の死がいも、かずしれず見ていました。水ぶくれになった死体、もう骨ばかりになった死体など、きみのわるいものには、なれっこになっていたのです。ですから、さっきチラッとのぞいたやつが、人間の死体でないことは、よくわかっていました。むろんさかなでもありません。なんだか、えたいのしれないものでした。いまにも、むこうの荷物のかげから、さっきのやつが、ヌーッとあらわれるのではないかとおもうと、ものなれた勇敢な潜水夫たちも、気味がわるくて、背中が、ぞくぞくしてきました。

しかし、その船倉の中には、べつにあやしいものも見えません。一方の壁に船倉からつぎの部屋へ行くドアが、ひらいたままになっています。そのむこうは、どうやら機関室らしいのです。

「ここへ、はいってみようか。」

「うん、よかろう。」

手まねで話しあって、ふたりはそのドアのむこうへ、ふみこんでいきました。

大きな蒸気機関が、よどんだ水の中に、しずまりかえっていました。機械の死がいというかんじです。機械でも動いているときは生きているのですから、それが死にたえたようにじっとしているのは、なんとなくぶきみなものです。

ふたりが、そこへはいって、二―三歩あるいたときです。じつにふしぎなことが、おこりました。死んでいる機械の一部分が、ゴトゴト動きだしたのです。

ふたりは、ギョッとして立ちすくみました。沈没して一ヵ月もたった機械が動きだすはずがないからです。しかし、じっと見ていますと、機械の一部が、たしかに動いているではありませんか。

そのうちに、機械の一部が、機関をはなれて、スーッと、こちらへただよってくるように見えました。機械のおばけのようなものです。ふたりの潜水夫は、鉄かぶとの中で、「ワーッ。」とさけんで、にげだしました。両手で水をかきながら、死にものぐるいで、にげだしました。

そのとき、ふたりははっきりと、ばけものの姿を見たのです。それは、なんともいえない、おそろしいかっこうをしていました。

生きている機械でした。いや、機械のような生きものでした。そいつには頭があり、両手があり、それからワニのようなしっぽがありました。それがみんな、機械のように鉄でできているらしいのです。

黒い鉄の頭は、人間の倍ほどもありました。ちょうど潜水服の鉄かぶとと、おなじぐらいの大きさです。その顔に、大きなくぼんだ目がふたつ、海底のうすやみの中でも、ギラギラ光っていました。口は耳までさけていて、するどい牙がはえていました。その怪物は、ふとい鉄の棒のような両手で、「こちらへおいで。」というような、手まねきをしていましたが、その鉄のゆびのさきには、ワシのようなするどいツメがはえていました。胴体もしっぽも鉄でできているらしく、背中からしっぽにかけて、鳥のトサカのような、動物のタテガミのような、とんがったギザギザのものが、ずっと、つづいていました。人間とワニとのあいの子で、しかもそのからだが鉄でできているという、なんともいえない、いやらしい怪物でした。

ふたりの潜水夫は、生きたここちもなく、船倉のやぶれ穴から、外へにげだすと、かぶとの中の電話で、

「たいへんだ。はやく、引きあげてくれ!」

と、作業船によびかけるのでした。

ふたりの潜水夫が作業船に引きあげられ、海底の怪物のはなしをしますと、それから大さわぎになって、あくる日は、海上自衛隊まで出動して、海底の大捜索がはじめられたのですが、沈没船の中をいくらさがしても、怪物はふたたび、姿をみせませんでした。

そこで、おしまいには、ふたりの潜水夫が、海の底でまぼろしを見たのだろう、ということになってしまいました。

潜水夫たちは、

「あれがまぼろしであって、たまるものか。われわれは、そいつの姿をはっきり見たのだ。ふたりがそろって、まぼろしを見るなんてことがあるもんか。」

と、いいはりましたが、だれも信用してくれません。

ふたりの潜水夫は、それでは、おれたちが、もう一度もぐって、しらべてみるといって、沈没船の中を、くまなくさがしたのですが、二度と怪物に出あうことはできませんでした。

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