Chapter 1 of 11

私が伯父を頼つて、能登の片田舎から独り瓢然と京都へ行つたのは、今から二十年前、私の十三の時であつた。

私の父は京都生れの者で、京都には二人の兄と一人の姉とが居た。長兄は本家の後を嗣いで万年寺通に仏壇屋をやつて居たし、次兄は四条橋畔に宿屋と薬屋とをやつて居り、姉は六条の本願寺前に宿屋を営んで居た。そして私の姉は、その三年前、十三の年に京都へ行つて、六条の伯母の家におちよぼとなつて居た。私は四条の伯父の許へ行つたのであつた。

四条の伯父は其の年の初夏の頃初めて能登へ来て寄つた。病後の保養かた/″\加賀の山中温泉へ、妾と二人連れでやつて来た序に、自分だけその弟なる私の父の許へ立ち寄つたのであつた。

贅沢で我儘で気むづかしい都育ちの伯父の気質としては、迚も堪へられさうに思はれない汚ない、不自由な、侘びしい漁村ではあつたが、空気がよいのと、新鮮な魚が多いのとの為であつたか、伯父は彼是一月ばかりも滞在して行つた。我が儘の言ひ放題を言ひ、田舎で許す限りの贅沢の仕放題をして――。

その時私は病気で寝て居た。左の膝の関節が痛み、筋が突張つて足が伸びず、歩行も出来ないほどだつた。私は五日か七日隔き位に父に背負はれて二里余り離れた或る村の医者へ通つて居たが、医者は関節炎だとか云つて、ヨヂュムチンキか何かを塗つて呉れたりして居た。

「こんな田舎の医者なんかあかへん。少し快うなつたら京へお来なはい。伯父さん病院入れて癒したるよつて。」

或時斯う言つた伯父の言葉が、不思議に私の頭にこびりついた。伯父が帰つて行つた後にも、私はこの事ばかり思つて楽しんで居た。それは病気をなほして貰ひたい為ばかりではなく、他にも理由があつたのである。

私は、伯父は余程の金持だと思つた。それらしい噂は前から父などからも聞いて居たし、伯父自身が、得意らしく誇らしげに話す京都に於ける豪奢な生活振りからも想像された。家は京都では第一の眼抜の場所にあつて、三階建の大きな建物で、奉公人の十人近くも使つて盛大に商売をして居ること、店の方は番頭に任せて、自分は妻君や妾やを連れて毎日の様に物見遊山に出て歩いてるといふこと、一寸外出するにも、千円近くの金目のものを身につけて出ること、浪華亭の旦那といへば京都で誰知らぬものもない位だといふこと、其他之に類する種々のことを話して居た。殊に山中の温泉に居て、西瓜が食べたくなつて態々京都から大きな新田西瓜の初物を取り寄せたといふ話や、村へ来た時百人余りの小学校の生徒全部へ土産として饅頭を贈つたことや、馬に乗りたくなつたとて、金はいくらでも出すから馬を買つて来いと云つて、私の父をてこずらせたことや、(私の村は漁村なので、馬は一頭も飼はれて居なかつた)さういふ馬鹿気た贅沢振りは、幼い私をして只わけもなく「豪いもんやな!」と驚嘆せしめた。そして、この伯父を頼つて行つたならば、私が家が貧しい為に到底不可能の欲求として、断念めながら憧れて居た中学校へ出して貰へるだらうと思はしめた。

その上、私は生れた年に母を失ひ、間もなく継母の手に育つたのだが、継母には其時すでに三人の子供が出来て居て、私との仲が兎角面白くなかつた。私が居る為に、家の中がいつも陰気で湿つぽく、父までがどんなに人の知らない心の苦労をして居たか知れなかつた。私は子供心にもそれを感じながら、味気なく淋しい日を送つて居た。殊に私の為に唯一の味方であり、不幸な境遇を共に相憐み合つて居た姉が、京都へ行つてからは尚更だつた。私は父の側を離れるのが此上もなく悲しかつたけれど、「自分さへ居なければ」といふ気が始終して居た。自分も京都へ行かう、その方が父の為にも私自身の為にもよいと思つた。その矢先へ伯父が来て、私の心に火をつけて行つた。そして或る意味に於て私に将来の保証を与へて呉れたやうなものであつた。私は病気がなほつたらすぐ逃げ出して行かうと密に決心してゐた。

それは旧暦の盆の十五日の午近い頃であつた。父も継母も寺へお詣りに行つて居た留守の間に、私は小さな風呂敷包を一つ抱へて、干魚を積んで加賀の金石まで行く小さな漁舟の一隅に身を寄せて、また再び相見えようとの予想もなく、故郷の山河に別れを告げた。

この事は父だけが知つて居た。私は伯父が帰つた後に、間もなく病気も快くなつたので、そつと父に私の希望を述べたのであつた。

「さうか、そんなら行つて見るかいの?」

父は大きな溜息を吐いた後に、一寸思案にくれた様な面持で、態と私から眼を避け、四辺を憚るやうに見しながら言つた。

私は首肯いた。

「行つて見ようともたら行つて見さつしやい、姉も居るさかい、淋しいこたないやらう。」

父は最後の許しを与へるやうに言つたが、その声はうるみ、其の眼には涙が浮かんで居た。私と別れることよりも、私が京都へ行くことに決心したその心根を察して、いぢらしくなつたのであらう、父はその大きな筋張つた、節くれ立つた手で顔を掩うた。

いろ/\の事情があつたので、前以て父と諜し合せて置いて、継母の手前はその頃村の青年達の間によく流行つた様に、私が全く誰にも秘密に逃げて行つたもののやうに繕つたのであつた。

「さあ、もうこれで会はんぞ!」その日の午前の中、継母がお寺詣りの着物を、平生預けてある本家の土蔵へ取りに行つてゐる留守の間に、父は薄暗い仏間へ私を呼び、懐から旅金の入つた紙包を出しながら言つた。そして仏壇の方を目で指した。私は父の意味することをそれと察して、仏壇の前にきちんと坐り、恭しく亡き母の位牌に別れの礼拝をした。

「そんなら息災ね御座いの、気イ悪せんとな。(病気になるなといふ意)」

父はまるで隣室に人でも居るかの様に、かすれた声で私語いた。

「あい――」

私は口の中でさう言つて打伏いた。悲しいとも淋しいとも、何とも例へやうのない心持であつた。

「舟の衆には工合よう言うて頼んどいたさかいの。……」

まだ何か言はうとした時、継母が帰つて来るらしい気配がしたので、「さあ早う、それを片附けて了へ。」と眼で金包を指して、「もう、これで会はんぞ!」と今一度繰返し私語きつゝ、てれ隠しに其処にあつた手箒か何かを持つて、用ありげに入口の方へ出て行つた。私は態とそこの経机の前に坐つて本を開いた。

父と母とが出て行つた後に、私はもう一度仏壇に拝をして、それから家を出た。そして浜の方へ行つた。昼と晩との弁当は、舟の船頭が私の分をも特にこしらへて呉れることになつて居た。

舟は岸を離れ、入江を出て、だん/\村から遠ざかつた。海は穏かで、正午頃の残暑の陽光がじり/\と背に熱かつた。顧みると、海岸からすぐ高い崖の様になつた急な傾斜面の凹みに、周囲を木立に包まれた百戸足らずの家が、まるで小石を掴んで置いた様にかたまつて居た。其の上へ日光が直射して、所々の白壁などがきらきら光つて居た。小じんまりとした美しい昼の様だつた。

私の眼には先づ自分の家が指点された。私は誰も居ない空つぽの家の中を思つた。どの部屋もの光景が隅々まであり/\と見えた。広間の、夏は塞いである炉の蓋の上に小猫が眠つて居るのまで見えた。此の閑かな空つぽの家を、奥の間の仏壇が留守して居る様に思はれた。私の眼には仏壇の扉の開かれて居る様も見えた。中扉の青い紗を透して一番奥の掛軸の阿弥陀如来の像や、その前に供へた御飯や、花瓶や、亀の上に鶴の乗つて居る蝋燭立てや、輪燈やが眼に入つた。それらの真鍮製の仏具は、つい二三日前お盆だといふので私が磨いたので、ぴか/\光つて居る――。

私は此の仏壇の中に、幾つも生きた霊が住つて居る様に思つた。そして、今誰も居ないのを幸にお伽噺の中などに出て来る小鬼の様な恰好をして、広間や納戸や勝手などへ出て来て、ぴよんぴよんと飛び跳ねながら進んで居る様に思はれた。そして其の様子があり/\と眼に映つた。

私はまた、小さな家々の間に特に際立つた高い大きな寺の本堂の屋根を見た。そこには今説教が始まつて居る筈だ。老若の男女が御堂一ぱいに詰つて、熱心に説教を聴いて居る。その中に、鉄色の肩衣をかけた私の父もあつた。父は恐らく説教も耳に入らないだらう。父は折々後を向いて沖の方を眺めるに違ひない、そして穏かな、日光に光つた海を沖へ/\と駛せて行く此の小舟の中の私を思ひやつて居るであらう。……私は父が御堂から抜け出て、縁側に立ちながら此の舟の帆影を眺めて居はしないかと思つた。

「お、今出て行くわい。それでも凪ぎで好かつた。」

かう呟きながら空模様を見上げて居る。瞳をこらすとその姿が見える様な気がした。

金石まで海上二十里余あつた。私は翌る日の未明に其処の砂地を踏んだ。故郷の村は遠く雲烟の間に、かすかに一抹の墨絵の岬になつて見えた。岬の端に半分海の中へ入つて聳えて居る富士形の山は村から三里程奥の××山だ。

私は船頭さんに伴はれて鉄道馬車で金沢まで行つた。船頭さんは私を停車場まで送つて来て呉れた。そして切符を買つて汽車に来せて呉れた。その頃北陸線の汽車は金沢迄しか通じて居なかつた。

愈一人になつた。もう父のことも村のことも胸に浮ばなかつた。只現在と行末の不安のみが心を去来した。汽車はその日の夜半京都へ着く筈だつた。

私は車台の隅つこに小さく縮こまつて居た。汽車はあまり混んで居なかつたが、車中の人は、皆な怪訝さうに私をじろ/\と眺めた。私は何となく心が慄へた。皆掏摸ではないかと思つた。

「掏摸に金を取られまいぞ。」斯う言つた父の言葉が思ひだされた。父は一年おきか二年おきには京都へ行つた。そして帰つて私達に京都の話をする時にはいつも掏摸の話をして聞かせた。私達も好んで其話を頼んでして貰つた。父は私達を喜ばせる為に人の話などをその儘したのであらうが、私はそれを信じて居た。私は汽車の中でも京都の町でも掏摸で一ぱいになつて居る様に思つて居た。汽車に乗る時、舟頭さんが、私の隣の座席に腰かけた四十余の男の人に、私のことを頼んで呉れたので、其人は時々私にいろ/\のことを尋ねたり、親切に世話して呉れたりしたが、私は却つて彼を恐れた。私は七つの時田舎の叔父と京都へ行つて迷児になつた時、親切さうに宿へ送り届けてやると言つて、私を町中引つ張りまはしながら、終ひに私の羽織を脱ぎ取つて行つた人のことを思ひ出して、この人もそんな種類の人ではないかと疑つて碌に口もきかなかつた。私は時々内懐へ手を入れて、金包に手を触れて見た。

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