Chapter 1 of 2

帰郷

蒼茫として暮れてゆくアルプスの群山を仰げば、あの氷の上を羚羊のごとく跳び廻った日が夢のように遠い。

日に露された蛍光石の闇に光を放つように、身に沁みた歓びを胸底に秘して、眼を閉じて回顧に耽った幾年が、今、こうして染み染みと山に対えば、あたかも果敢ない幻影であったかの如く思われる。僅かに放射する有るか無きかの光、それを以て如何にして太陽の光輝を想い得よう、日に照せば彼は一片の石塊となる、回顧は竟に茫乎として去った夢を趁うに過ぎない……私はつくづくと年の経ったのを感じた。

妻と小さな子供を伴れている私には、横浜を出るとき親しい友達は桟橋に残ってしまったが、それでも旅らしい気分になれなかった。

一と月半の船の上も平常と全くかけ離れた生活ではない。次ぎ次ぎと現われて来る港々の景色にもこれと云う変りは認めなかった。然し航路は山へ急ぐ旅人にも決して不快なものではない。アラビヤの沙漠をわたる熱風を満面に浴びて遠くシナイの山顛を眺め、火のような阿弗利加の、空にはアクラブ Akrab, 10000ft. の英姿を仰いで、いくたび船の上で山を讃美したろう。

涼風の通う地中海に、マストに近くクリートの残雪を指さし、乱積雲を想わせるエトナの噴煙を左舷に望めば、リパリ、ストロムボリと、指顧に暇ない船はガルフ・ドゥ・リヨンの平な水をわたって、地平線上には霞のようにアルプ・マルティムが現われて来る。

日の強い南欧の平野をあとに、昨日はジュネーヴの風に吹かれて、透明な真夏の空に、サレーヴの新緑を旅宿の窓に眺めた時も、亦、その麓を囲む白亜の家と濃い碧藍を埋めたレマンの湖を見下しても、朝夕逢う友人に何の変りも認めないように、記憶のままなのを当然であると思っていた。

汽車はオーベルラントの高原を走って、窓を吹きぬける風は水のように冷い。新緑の丘と碧玉の水と、それを点接する白樺の梢に遠く、キラッと光るアルプスの主脈を瞥見した時、渦巻くようにこみ上げて来る感激に胸は一杯になった。磁石の鉄片を吸うように山は力強くこの心を引く、「我がこころ高原にあり」と歌った詩人の声を私は明らかにこの耳に聴いた。

自然に対するとき人は微細な鉄屑に過ぎぬ、腕は父らしく無心の児を抱いているが、天外の雪に吸いよせられるこの心をどうすることも出来ないのだ。私は手帳の片はしに

人も惜しされどいつしか妻を趁ふ眸は雪の山にむかへる

と書きつけて寂しく妻をかえりみた。

沿線の牧場に遊ぶ牛の群が子供達の興をひいた、然し父の耳には牛の鈴のほがらかな響さえ、かれの過ぎ去った日を葬る挽鐘のように悲しく響いた。この六年の間遠く故郷に離れていた妻は、今再び、彼女を生み彼女を孚んだアルプスの連嶺に迎えられる喜びを子供達に分けようとする様に、頬ずりしながら山を指す姿を見ると、私は寥しくなってゆくばかりだ。父として夫として私は、彼等を見守っているが、しかしあの山頂をかすめて風に吹かれる雲のように、心は、ともすれば雲の上をさまようておる。家族と共に居れば独り離れて山を思い、山に入れば却って麓に残した家族を想うのではあるまいか。私にはあの前の独り旅がたまらなくなつかしい。何の羈絆も拘束もなく、興に乗じては嶺から嶺を渡り歩いて、山で死ぬ日をすら美しく脳裏に画いた若い日は、もう私には再び帰って来ないのか……。子を膝にのせて山を見ている妻をいじらしく又尊く私は感じた。そして同時に、裏切るような不純な自分を、山も亦人も思うままに愛し得ない自分を、つくづく情なく感じたのである。

窓外の景色はいくたびか変って、青葉に包まれた町や村が眼まぐるしく走った、そし尚幾つかの停車場を数えるのさえ、帰郷を急ぐ妻には耐らなく待ち遠しかった。子供達まで好奇の眸を光らして幾度も窓から首を出しては母親に叱られている。然しその中に私はひとり取り残されて、発車信号の六点鐘を寥しく聞きながら、眼を閉じてアルプの雪を思い過ぎ去った前の旅を憶った。むくろを搬ぶに似た汽車は山脚の樹林を貫いて遂にシュピエツに着く。

桜桃の実のる七月なかば、こうして四度スウィスを訪れた……。

薄くもり日の日暮れに近い雪の山脈は、この日も空に屹えていた。トゥーンの水は暗く沈んで、プロムナードのポプラの若葉が際だって明るい。湖水を囲む前山の急斜は、残雪のまだらに見える岩壁の麓を取りまく常緑樹の森と、一抹の靄を含む落葉松林の入り交った丘につづいて、南へ曳く高原の空にはブリュームリスアルプが氷山のように美しい。

●「続スウィス日記」原稿

私達は長い旅の後こうして湖畔の家へ帰って来て、窓をあけ放してこの景色を眺めた。そこには何の変りもない、すべてが元のままだ、庭さきから湖へつづく草原にはカムパヌラや羽衣草が繁っている。シュピエツ城の塔の風見がフェーンの風に曲ったのも昔のままだ。アルプの雪は軒端に近く、人も家も山も湖水も、涙ぐんだ眼から寥しく消え去ったあの六年前が、こうして見ると僅か四、五日あとのような気もする。が、窓に近い桜桃は驚くほど丈がのびて、あの頃は枯れ残った黄葉が二葉、三葉、不安らしく木枯の風に顫えていたが、見れば生き生きと岳おろしにそよぐ青葉の蔭に紫黒色の実を綴って、その梢を圧して屹えるニーセンの北面には、七月とは云えやっと萌え出たらしい若草の急斜と、樅か唐檜の真黒な木立を貫いて、はすっかけに二条の残雪が光っていた。

日は程なく没り方の雲に隠れて静かな夕暮は来た。暗い湖水のどこからと知らず湧き上って水面に凝集する薄靄は見る見る溢れて、地は静かに夕闇の底に沈んでゆくが、空は却って夜が明けてゆくように刻々と明るくなって、淡い今にも融けて消えそうな山の輪廓が桃花の如く夕陽に――高く、驚くほど高く影し出された。

然しアルペングリューンの見るまに淡く薄れてゆく雪の光の、見れば見るほど、異なった感じを与えるのが、今初めて逢った現象のように、もう前の旅を忘れていたのかと疑えば疑えるほど、遠いかすかな記憶のようにさえ思われて来る。自然は刻々に変りつつある、人はその小さな陰影に過ぎない、山を思う心は瞬時もあの雪から離れてはならないのだ……私は過去を顧みた、そしてアルプの雪に遠ざかったこの幾年が、賑やかな寥しい長い年月であったのを、こうして今しみじみと感じたのである。

山を仰いだ刹那湧きあがるかと覚えた歓びはいつか消えて、胸を圧迫する重苦しさをどうすることも出来ない、恰も遠い漂浪の旅から故郷に辿り着いたような寥しさを感ずるだけだ、喜びではない、また悲みでもない、私はハラハラと涙を落して、胸を押えてジッと夕闇の空を見いった……ああ故郷。

その晩はとうとう一睡もしなかった。いくたびもそっと床を離れては窓際に来たが、しーんと寝静まった村の中に、自分ひとり落ちつかないのが不安に感ぜられる許りだ。窓を押せばすうっと流れ込む山の空気が気持よく熱した頬に触れる。野も林も寂として声がない、対岸の灯が蛍火のように明滅する――アルプスの群山は濃い闇に吸いこまれて、空に星は燦として輝いているが、氷の片影すら認め難い。

然し、高緯度の国の夏の夜ほど寝つかれぬ身に楽しいものはあるまい。鐘塔が三時を報ずると間もなく、もう闇の裏にも何となく、朝の近づくけはいがする、ものの動く力を感ずる、森の木の葉は鮮な風に微動し、野の声、水のささやき、ありとある物象は微笑し低吟する。自然は今静かに目ざめて、レスタテメンテに朝の序楽が奏される時だ。明るいほがらかなトーン・クレシェンドの美しい曲、そこに何等哀愁の響はなく、黒鶫の高音が短笛のように鋭い、あのアッフレタンドの旋律だけでもどう聞いても平原の調ではない――こうして夜はほのぼのと明けてゆく、湖に浮く朝靄と見分けがたい炊煙が青葉に包まれた村のあちこちにも棚曳く頃には、黒鶫はいつか城跡の森へ飛び去って、木立の奥から遠くかすかに「エコー」のように、その旋律がくり返される。

然しこの楽を聴くとともに、幻影のように照らし出されるアルプスの大観を見落すことは出来ない。山と湖水の間には、幾段の靄が水平に懸かったまま、驚くべき高度の差を示しておる、空はぼーっと霞んでその奥に何か明るいものの象を蔵しているらしく見える。湖水の正面にピカッと光っているのは、雪だ、山頂の雪だ、グロース・シュレックホルンの絶顛に「二羽の白鳩」と呼ばれる雪の点だ。

朝日は間もなくファウルホルンの一角から表われる、団々たる朝暾が岩角に登るや、空はエーテルのように引火して一斉に白光と化してしまう、もう湖水の方へはまともに顔も向けられない。窓にシャッターを閉めて南むきのヴェランダに出ると、もう子供達も小さなセルヴィエットを着けて朝餐の卓について居る。紅玉を砕いたような桜桃のジェリー、今朝焼いたばかりの Weggli、アルプから届けて呉れた鮮しい牛酪などが、どんなに一同を喜ばせたろう。卓上には露にぬれたカムパヌラが挿してある、私達も子供のように喜んで久しぶりに国の朝餐を味わった。

然しこの楽しい食事の間にも、絶えず眼は白樺の梢にそそがれた。そこには南東にあたって、モルゲンベルクホルンからカンデルの渓へ曳く長い斜面が、草原も木立も水を浴びたようにあざやかだ。アッシ・リエトの寒村が山側の高原に点在するうしろには、ブリュームリスアルプの山塊が屹えておる。氷山のようなこの群峰は今白熱の中心となって、天の一角から、強い冴えかえった眩しい光線を輻射している――あれが氷雪に包まれた山岳だろうか――馬鹿な! 火の塊だ、白熱の霊火だ、宇宙の光源だ、我等が情想の熱源だというのをどうして人が知らなかったんだろう。

その中心にあたってワイセフラウは、三稜に截って落したグラートから閃光を放って直視するに耐えない、やや低いウィルデフラウの絶壁は、真ッ黒にきっ立った岩角が、殆ど太陽の黒点を想わせる……。

この眼の眩む空の光に比べて、何と云う柔かな裾野だろう。緑の野には陽炎がもえて、クーライエンが恐らく朝空に朗に響いているのだろう――食事のあと杖をふりながら丘の上に立ったのは、未だ朝露の干かぬころであった。

空には晩春のようにまだ雲雀が鳴いている、しかしクーライエンは聞えなかった。牛も山羊もみなアルプへ追い上げられて、雪の消えた高原に山草を食んでいるのだろう。Alpfahrt! 言葉を聞くだけで心のすでに浄化されるを覚える。山へ行こう、この高原を越えて雲のように山へ行こう!

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