辻村伊助
辻村伊助 · 日本語
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辻村伊助 · 日本語
冒頭段落プレビュー
原文 (日本語)
蒼茫として暮れてゆくアルプスの群山を仰げば、あの氷の上を羚羊のごとく跳び廻った日が夢のように遠い。 日に露された蛍光石の闇に光を放つように、身に沁みた歓びを胸底に秘して、眼を閉じて回顧に耽った幾年が、今、こうして染み染みと山に対えば、あたかも果敢ない幻影であったかの如く思われる。僅かに放射する有るか無きかの光、それを以て如何にして太陽の光輝を想い得よう、日に照せば彼は一片の石塊となる、回顧は竟に茫乎として去った夢を趁うに過ぎない……私はつくづくと年の経ったのを感じた。 妻と小さな子供を伴れている私には、横浜を出るとき親しい友達は桟橋に残ってしまったが、それでも旅らしい気分になれなかった。 一と月半の船の上も平常と全くかけ離れた生活ではない。次ぎ次ぎと現われて来る港々の景色にもこれと云う変りは認めなかった。然し航路は山へ急ぐ旅人にも決して不快なものではない。アラビヤの沙漠をわたる熱風を満面に浴びて遠くシナイの山顛を眺め、火のような阿弗利加の、空にはアクラブ Akrab, 10000ft. の英姿を仰いで、いくたび船の上で山を讃美したろう。 涼風の通う地中海に、マストに近くクリートの残雪を
辻村伊助
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