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45回転の夏 第2章 メリーゴーラウンド、1967年
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45回転の夏 第2章 メリーゴーラウンド、1967年
鶴岡雄二
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翻訳 Pagera AI
原文 Public Domain
Chapter 6 of 13

23 美しい紙と きれいなブルーのリボンで 愛しい プレゼントを包もう

〈プリティ・ペイパー〉

ロイ・オービスン

慶一の心づもりでは、この電話は一分もかからないはずだった。用件は、あすの帰宅はすこし遅くなる、というだけのことだから、長くなりようがない。

母親というのはそういうものなのだろうが、風邪をひいていないか、ケガをしていないか、ちゃんと宿題をやっているか、あしたの夕食はなにを食べたいか……などといっているうちに、売店で両替した十枚の十円玉は、すべて赤電話にのみこまれてしまった。

「ねえ、ここには二台しか電話がなくて、待ってる奴もいるの。もう、切るからね」

赤電話を増やすべきだ、という母親をなんとかなだめ、受話器をおき、十円玉が一枚も落ちてこないのをたしかめ、大きくため息をつく。

めずらしいことに、テレビもついていないし、ステレオのまえにもだれもいない。面白そうなことはなにもないので、慶一はまっすぐ自室に帰ることにし、サロンを出た。

階段に足をかけた慶一は、事務室から令子が出てきたのを見て、ヤッタとつぶやき、きびすを返した。

「うちから電話かなんか?」

「ええ。ちょうどよかった」

「ぼくに用? じゃ、テラスかな?」

令子とならんでサロンのまんなかを歩くのは、さすがに気がさし、慶一はひとりで足早にサロンを通り抜け、テラスの手すりに歩みよった。

まだ、令子はサロンのまんなかあたりを、ゆっくりと歩いている。

手すりを背にして、令子を見ていた視線をあげると、東棟が目に入った。二〇二のヴェランダが見える。ということは、高志が外に出てくれば、こっちが見えるということだ。

令子がスライドドアを通り抜けたのを一瞥し、慶一は空いているテーブルにむかって歩きながら、二〇二が視界からはずれるのをたしかめた。

「どうしたんですか」

と、令子は慶一の視線を追った。

「ううん、なんでもないよ。坐ったら?」

慶一はじぶんのまえのイスをひき、令子もサロンを背にしたイスに手をかけた。

「なにか、飲み物でも買ってこうようか?」

などというまえに、そもそも買っておけばよかったんだと、慶一はじぶんの不手際をくやんだ。

「いいえ。すぐに九時でしょう」

「そうだね。……それで、エーと、なんか……」

令子を見るかと思うと、すぐにサロンの入口に視線を走らせたりで、慶一は落ちつかない。

「それが、いま母と話していたんです」

「ワラの奴、入寮のときにお母さんを見てから、ファンになったんだってさ」

令子は小さく笑い、慶一はすこしだけ安心した。どうも、きょうの令子は屈託ありげだ。

「競争相手が多いから、たいへんだって、ワラさんにいっておいてください」

「へえ。そういっておくよ」

といってから、慶一はギョッとした。どういう意味だろう。

「それで、あさってのことなんですけど……」

じぶんが、サロンの出入りを見張るのに好都合なイスを選んだため、令子のほうは光を背にするかっこうになり、表情が観察できず、慶一はイライラした。

「どうかしたの?」

「ごめんなさい。あの、わたし、いかれそうもないんです。母が用があるって……」

「そんなあ」

じぶんの声が、失望を通りすぎて、非難の響きをもってしまったのに気づき、慶一はすこし後悔した。

「ほんとうにごめんなさい」

深く失望するいっぽうで、慶一はこうなるような予感があったのに思いあたった。ものごとというのは、そういうものだ。なにもかも、思いどおりに実現するわけがない。

「わかった。それで、どうすればいい。注文する? それとも……」

「もし、慶一さんがいってくれるなら……」

「いいよ。あの絵があれば、注文できるから、ひとりでいってくるよ」

「そうしてくれると、すごく助かります」

令子の声に明るさがもどっただけで、慶一は満足した。

「じゃあ、注文はそれでいいとして……」

「わたし、包装紙とリボンはもってます。だから、あとのことは大丈夫です」

「そう。じゃあさ、つぎのつぎの日曜の夕方までに、令子ちゃんにわたすよ」

高志にわたすまでには、まだいろいろと令子と接触しなければならないわけだ。それなら、百点満点ではないが、零点というわけでもない。

快晴のわりにはあまり気温もあがらず、池のまえにひろがるこの芝生の斜面は快適だ。

高志はさっきから、昼休みの歌声喫茶化を、あれこれ批判している。話ができない、すぐれた曲の悲惨なカヴァーは耐えがたい、こういう場面はガキのころ、最低の邦画でよく見かけた、などなど。

それにもめげず、逆PPMとでもいうべき構成の、郁子・知子&柾生は、〈サムタイム・ラヴィン〉を最後まで歌いきった。

郁子というのは、知子とおなじ部屋の子で、慶一の部屋の一年生、嶋野の双子の妹だ。いつも笑みをたたえているような目がかわいい。当然、二卵性双生児というわけだが、それにしても、ぜんぜん似ていない。

ワラが彼女にアプローチをかけているが、慶一の観察では、郁子は高志に気があるようだ。妙なことにならないといいが。まあ、高志は超然としているので、とうぶん心配はないだろう。

そろそろかな、とタイミングをはかって、慶一が目配せすると、高志のむこうに坐った令子が、微笑みで返事をする。じゃ、いってみるか。

「柾生、あの曲」

と、慶一が柾生に片目をつぶってみせ、高志をのぞく全員が、サインを見落としていないかどうかを確認した。世の中には、九回裏に同点のスクイズのサインを見落とす奴もいる。

「おれに、歌詞カードをわたすなよ。ロシア民謡なんか、ションベンひっかけてやる」

慶一のたくらみには気づかず、高志はまた、歌声喫茶批判をむしかえした。

「ざんねんでした。歌詞カードなんかなくたって、この曲はだれでも歌えるの」

と笑いながら、柾生がオープンGを押さえ、五弦から順にシレソと弾く。

ただコードを分解しただけの、なさけないヴォーカル・アレンジだが、いちおうコーラスの練習をしたので、各パート(といえるようなものではないが)の音をあたえたわけだ。

柾生は、もういちどシレソを弾いてから、ピックガードを二回叩き、タイミングを出した。

「ハピー・バースデイ・トゥー・ユー、ハピー・バースデイ・トゥー・ユー」

さすがにじぶんの名前を歌われるまえに気づき、高志は片ひじをついた態勢から起きなおり、

「つまらねえこと考えやがって、おまえだな」

と、慶一をにらみつけたが、慶一は笑いながら「トゥー・ユー」まで歌いきった。

一時五分まえの予鈴が鳴り響く。

拍手を終わった女の子たちが、さきに立ちあがり、スカートをはらった。芝生は青々としているので、葉っぱがつくわけではないが、とにかく、それが彼女たちの手続きだ。

「これで終わったと思ったら大まちがい、ヒットエンドランなんだぜ」

といいながら、慶一は令子を見る。

うなずいた令子は、これ以上はない笑みを高志に投げかける。ふと、嫉妬のようなものを感じて、慶一は令子の横顔を見つめた。

「お兄さん、お誕生日おめでとう」

令子は「お」を頭韻のように使いながら、無愛想な茶色の紙袋から、赤いリボンをかけた、あざやかな群青色の紙包みをとりだし、高志にさしだした。

「なんなんだよ、こんな大げさにしやがって。おまえも慶一の共犯か」

高志はぶっきらぼうにいって、令子と、そのブルーの包みを見くらべている。

慶一はニコニコしながら、めったに見られない、高志のマヌケな表情を楽しんでいた。

もう、校舎にむかって歩きだしていたワラと山崎が、どうしたんだ、という顔でふりかえる。

「ありがとう。なんだ、これは。あけていいか」

気をとりなおして、高志は包みを受けとり、ていねいにリボンをほどき、テープをはがした。

困惑した表情で中身を見るだけで、高志はプレゼントにさわろうとしない。

「かぶってみたら。帽子なんだから」

と、慶一が笑う。気に入ってくれるといいのだが、いまのところ、なんともいえない。

高志は慶一を一瞥し、包み紙を手わたし、濃紺の帽子をたたいてひろげた。ひたいの部分の刺繍をゆっくりながめ、それから頭にのせる。

「うしろのとこで調節して。いちおう、フリーサイズなんだけど」

慶一が心配そうにいった。

帽子をとり、サイズを調節し、またかぶりなおし、頭をゆっくりと左右にふって、慶一と令子にじぶんの姿を見せ、高志は照れくさそうに笑った。

ひたいのところに、金糸や、赤、青、白の糸で刺繍がしてある。円形の金色の縁どりのなかに、文字があるデザインだ。上半分には、円周の内側に沿って、大きく「KWTS」とあり、中心の金色の小さな円の左側には “Side A” 右側には “45 RPM” 下には、まず “TAKASHI” とあり、その下に “You Baby” と金糸で縫いとってある。

これは、いちおう、レコードのレーベルを図案化したつもりだ。KWTSがレーベル名、高志の名前がアーティスト名、〈ユー・ベイビー〉が曲名という趣向になっている。

高志はまた帽子をとって、「レーベル」をしげしげとながめ、小さく笑った。

「サンキュー。おまえらふたりのプレゼントだな」

令子と慶一がうなずいた。

「気に入った?」

「ああ、もちろんだ」

うれしそうに、令子がかたわらの慶一を見た。

とにかく、よかった。高志のお気に召さなかったら、面目丸つぶれのところだった。

三人のところから離れて見ていたワラが、ニコニコしながらよってきた。

「すごいじゃない。ぼくのぶんはないの?」

Chapter 6 of 13
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