Chapter 1 of 6

「親分、笑つちやいけませんよ」

ガラツ八の八五郎が、いきなりゲラゲラ笑ひながら親分の錢形平次の家へ入つて來たのでした。

「馬鹿野郎。頼まれたつて笑つてやるものか、俺は今腹を立ててゐるんだ」

「へエー。何がそんなに腹が立つんで?」

八五郎は漸くその馬鹿笑ひに緩んだ顏の紐を引締めました。

「お前のゲラゲラ笑ふ面を見ると腹が立つよ。虫のせゐだな」

「なんだ、そんな事ですか。あつしはまた可笑しくてたまらないことがあるんで。どうにも彼うにも、へツ、へツ、へツ、へツ」

八五郎の顏にはまた煮えこぼれるやうな他愛もない笑ひが蘇へるのです。

「止さないか。お前の馬鹿笑ひを聞くと、氣が重くなるよ」

「だつて親分、あつしは賭をしたんですよ。錢形の親分はそんなつまらねえ仕事を引受ける筈はないといふと、相手の女は――お銀といふ娘ですがね――その女は、この鑑定ばかりは本阿彌が夫婦連れで來ても埒があかないに決つてゐるから、是が非でも錢形の親分を引つ張つて來て、このガン首を二つ並べて置いて鑑定して貰ひ度い。と斯う言ふんでせう」

「馬鹿だなア」

「それに錢形の親分は若くて愛嬌があつて大層好い男だつて言ふぢやないか。そんな人にマジマジと顏を見られるのは本望だからどうしても連れてお出でよ――とこれはお銀の言ひ草ですがね。到頭私とジヤンケンをやりましたよ。あつしが負けたんで」

話の馬鹿々々しさに錢形平次も默つてしまひました。

「約束は約束だから、兎も角親分の迎へに來て、いきなり格子を開けると、とたんに親分の苦虫を噛みつぶした顏でせう。お銀が――愛嬌があつて好い男だつてね――とぬかしたのを思ひ出したんでへツへツへツ」

「止さないかよ、馬鹿野郎。俺は本當に腹を立てるよ」

錢形平次は全く以ての外の氣色でした。でもこんなトボケたことにつれて兎角引つ込み思案になり勝ちな平次を引つ張り出すガラツ八のいぢらしい工作を知らないわけでもありません。

「でも、あつしの顏を立てて行つて下さるでせうね、親分」

「何處へ俺を連れ出さうといふのだ。餘計な細工をせずに、わけを話して見ろ」

「親分が乘出して下さりや占めたもんだ。斯うですよ、――麻布六本木の庄司伊左衞門――親分も御存じでせう」

「金持だつてネ」

「大地主ですよ。江戸開府前からの家柄で、その當主の伊左衞門がまだ若い時分、奉公人の何んとかいふ下女と出來て女の兒を産ませたが、まだ親がかりで話が面倒になり、下女は手當てをして暇を出し、間に出來た女の兒だけ手許で育てたが、嫁のおもよを貰つてから、折合がむづかしくて、その女の兒も親知らずで里へ出した――これが發端で」

ガラツ八の八五郎は語り始めました。

庄司伊左衞門の新妻のおもよは惡い人間ではなかつたが、まだ夢の多い若い盛りで、さすがに下女の産み棄てた繼子のお藤を育てる氣はなかつたのです。それに十兩の金をつけて調布の百姓に『一生音信不通』の約束でくれてやつたのは、今から十六年前のお藤が三つになつた歳の秋でした。その後庄司家の面倒な老人達は死んで、伊左衞門は主人になり、家業は年と共に榮えるばかりですが、どうした事か内儀のおもよとの間に幾年經つても子が生れません。内儀はすつかり氣が挫けて『私の不心得から繼子を育てなかつたので、罰が當つたのだらう』とそればかりを苦にして居りましたが、昨年の暮――まだ三十臺で頓死、これは間違ひもなく卒中で、お勝手で正月料理の指圖をして居るうち、不意に引つくり返つて、遺言する暇もなく息を引取つてしまつたのです。

内儀のおもよが死ぬと、主人の伊左衞門は今は誰憚る者もなく、十六年前里にやつたお藤を搜し出して、養子の伊三郎に娶合せ、庄司家の跡取を定めて安心しようと思ひ立ち、調布へ人をやつて尋ねさせると、肝腎の娘を預けた仁兵衞といふ百姓は、なにか良からぬことを仕出かして、五年前に土地を賣つて行方不知。里にやつた娘のお藤などは、そのずつと前に何處かへやつてしまつて、今は尋ねる術もないといふ心細い有樣です。

「ところが大變なことになりましたよ」

八五郎は話上手に運んで行きました。

「何が大變なんだ」

「行方不知になつた筈のお藤が、一ぺんに二人も出て來たんで――一人は番頭の金五郎が小田原在で手繰つて行つて、漸く搜し出したお銀といふ娘で、こいつは陽氣で、お轉婆で愛嬌があつて――」

「お前とジヤンケンした娘だらう」

「へエ、その通りで。もう一人は掛り人の若い浪人者、庵平太郎といふ人が八王子まで搜しに行つて見付けて來たお舟といふ娘ですがね。これは上品で、確り者で、口數が少なく――困つたことにどつちも綺麗で、何方にも證據がありますよ。お銀の方には、庄司の下女だつた母親から貰つたといふ銀の簪があるし、お舟の方には迷子札がありますがね、干支と名前を彫つた眞鍮の迷子札で――」

「守袋か何にかないのか」

「親知らずで里へやつた兒だから、守袋は持たせなかつたさうです。名前だつて勝手に變へて、一人はお銀、一人はお舟となつて居るでせう」

「それで何うしようといふのだ」

「ちよいと親分――六本木まで行つて、鑑定してやつて下さい。ガン首を二つ並べて、お銀の言ひ草ぢやないが、そりや綺麗な娘ですよ」

「馬鹿」

「へエー」

「そんな間拔けなことが出來ると思ふか、女衒や人買ひぢやあるめえし」

「へエー」

「金持の跡取なんか、どうなつたつて宜いぢやないか。どうしても判らなかつたら、ジヤンケンか籤引で決めるが宜い」

「駄目ですかね、親分。どうしても」

「くどいよ、女の鑑定は俺の柄ぢやねえ。お前が引受けたんだから、お前がやるが宜い。鼻の下を長くして、マジマジと娘の顏を見比べる圖なんざ、八五郎にうつてつけだよ」

錢形平次は斯う言つた調子でした。

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