戻る
女中訓
Table of Contents
女中訓
羽仁もと子
Reading Settings
文字サイズ
18px
テーマ
ライト
ダーク
セピア
ナイトアイ
行間
読書モード
翻訳 Pagera AI
原文 Public Domain
Chapter 6 of 21

目と頭を忘れてはいないか

私たちのようにすわって仕事をしているものは、とかく手足が思うように動かなくなるものです。それで私は平生みなさんの活発に働くのをみて感心もし、またうらやましくも思っています。しかしみなの働きぶりをみて、いつも不思議でならないことが一つあります。それはあなた方は、めいめいに目と頭のあることを忘れているようにみえることです。

けさ台所の下駄ぬぎを掃いたはずだのに、きのうの夕方さした傘が、昼ごろまでそのままに立てかけてあったり、庭を掃くのをみていると、たとえば紙くずのような大きなものも拾わずに、掃きはじめから掃きしまうまで、ほうきの先で庭中をころがし歩いたり、お茶碗やお鍋を洗うのをみていると、手の先にかなり力を入れているのに、ときどき十分にきれいになっていなかったり、お盆を縞にふいたり、洗たく物を竿にかけるのに、薄いものを日当りの強い高いところに、厚いものを下にかけたり、たたみものを重ねて置くときには、ふっくりとしていなければならない子供たちの洋服の上に、なるべくしっとりと落着くほうがよい和服の単衣をのせてあったり、この二、三日のあいだに目に入っただけを数えてみても、だいぶ沢山あるようです。どうも手足を働かせるだけで、目と頭を忘れているのではないでしょうか。

それでなければ、下駄ぬぎを掃くときに、ここに自分のきのうさした傘があると、気がつきそうなものです。傘があるなら、ひろげてかわかしてしまおうと思いそうなものです。もし目が働いているならば、ほうきの先のみすみす重くなる紙くずを庭中ころがしまわるのも不思議です。頭が働いているなら、こういうものはまず取って塵取りにいれるほうが始末がよいと、必ず思わなければならないわけだと思うのですが、どうでしょうか。

手を動かしさえすればお盆がふけると思っているのはまちがっています。縞になったのを平気で持ち出すのは、仕事をするのに目を使わないからで、水気の多いふきんでふいたら、次にかわいたふきんでよくふかなければならないというところに気のつかないのは、頭をつかっていない証拠だと思います。洗たくをするのでも、まずよごれ具合に目をつけて、よごれていないところはざっと、よごれているところは、幾度でも落ちるまではよく洗って、よくよく奇麗になったということを見さだめて、次にうつるように、ゆすぐときにも同様に、目をつかい頭をつかわなければ、決して一枚の洗たくものでもほんとうにできるものではありません。

前にもいったように、私は慣れないことだから、どうしても皆さんほどに、手足の動かないことが多い。しかし台所を自分ですると、皆がするよりも順序よくかたづきます。それはのろい手足ではあるけれども、頭と目がおもになって始終働いているからです。手や足はどうでもよいとは思いません。しかし大きいことでも小さいことでも、人間の仕事にまとまりをつけるのは頭の役で、つねに手足のする仕事を見張って、これを監督するのは目です。しまりをつける頭もつかわず、見張り番の目もつかわずに、ただ手足ばかり動かすのは、ちょうど暗闇で仕事をしているようなものでしょう。

ことに手足の力のあまりいらない仕事、おもに目と頭とでしなければならない仕事も、一日のうちには幾度もあります。近い話が子供がおかゆをやめて、このごろからご飯になったのだから、当分いつもよりご飯をやわらかに炊いてと頼んであります。毎日よくできていましたが、今朝のご飯はちょっとみてもかたいことが分かっていたのです。けれども皆は、気がつかないで、そのままつけてやろうとしていました。目と頭がいつも働いているならば、ご飯をちょっとみた時に、これはかたいと早速気がつくはずです。そうしてすぐに子供の分をおかゆにしなければならないと考えつくはずなのです。

目と頭がぼんやりしていると、しなければならない仕事を知らずにぬかしてしまうことになります。手や足は仕事があるとなってから、呼び出して来ても間に合うのですが、目と頭だけは夜眠っているときのほかは、つねに働いていなければなりません。

上に引きまわしてくれる人のある、奉公中はまだよいけれど、それでは家をもったときに、年中下手なことばかりして、家の中のこともよくいかず、子供もつまらなく育つということになりましょう。すわっているものの手足が十分活発に動かないように、若くて働く人の頭が、込み入ったことにまで気のつかないのは当り前ですが、日常一通りのことには、そのつもりで気をつけさえすれば、誰の目でも頭でも働かないわけはないのです。

みなさんが頭と目とを自分でつかってくれないばかりに、用事をたのむほうのものが、始終みなさんの目や頭の代わりにならなければならず、一人使うよりは二人と、雇人の多くなるほど、気骨の折れることは大変なものです。大勢の女中をほんとうによく使っておいでになるお家では、奥さんはひまどころではなく、かえって出かける時間も少なくなるというようなふうです。それでは使われるほうも、手綱でもつけて引きまわされるような具合で、必ず窮屈なことであろう。自分の目と頭を油断なしにつかって、はたからやいやいいわれずに仕事をするほうが、どんなにか楽しく、また励みのあることだろうと思います。

これからはふいた縁側にきたないところがあっても、洗たくものがよく出来なくても、ここがまだこんなによごれているではないのといわず、これはあなたの目と頭をつかった仕事かと聞くつもりです。どうかそう聞かれないうちに目と頭をつかうようにしてくださいませ。

Chapter 6 of 21
|