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幽霊花婿 ある旅人の話
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幽霊花婿 ある旅人の話
ワシントン・アーヴィング
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원문 Public Domain
Chapter 2 of 3

2

このようにして彼らはオーデンヴァルトの山中にはいり、そのなかでも一番ものさびしい、うっそうと樹木の生いしげった山路を越えかかっていた。周知のように、ドイツの森林にはいつも盗賊がはびこっていたが、それはドイツの城に幽霊がよく出没するのとおなじことである。それに当時は解散した兵士の群が国じゅうを流れあるいていたので、こんな盗賊がことに多かった。それだから、この騎士たちが、こうした無頼漢の一味に森の真中で襲われたといっても、別におどろくべきことではあるまい。彼らは勇ましく防いだものの、危くうち負かされそうになった。だが、ちょうどそのとき伯爵の従者が到着し、助太刀しようとした。盗賊たちは彼らを見て逃げだしたが、そのときすでに伯爵は致命傷を負っていた。彼はそろそろと傷を悪くしないように用心しながらヴルツブルクの町へ運びかえされ、それから一人の修道僧が近くの修道院から招かれた。この僧は魂を救うのもうまかったが、身体の治療にかけても有名だった。だが彼の手練も、医術のほうはもはや役に立たなかった。不幸な伯爵の余命は数刻のうちに迫っていたのだ。

いまわの息も絶えだえに、彼は切にその友にねがって、ただちにランドショートの城へ行き、彼が花嫁との約束をはたすことができなくなったやむをえない理由を説明してくれるように言った。彼は恋人としてもっとも熱烈なものというのではなかったが、きわめて几帳面な男で、この使命がいちはやく丁重にはたされることをしきりに望んでいるように見えた。「もしこれが果されないならば」と彼は言った。「ぼくは墓のなかで安らかに眠れないだろう」彼はこの最後の言葉をことさらおごそかに繰りかえした。このような感動的な一瞬にものを頼まれたらためらっているわけにはいかなかった。シュタルケンファウストは伯爵をなだめて気を落ちつかせようとつとめ、誠意をこめてその望みをはたすことを約束し、おごそかな誓いのしるしの手を彼に差しのべた。瀕死の男は感謝してその手をにぎりしめたが、間もなく夢うつつの状態におちいり、花嫁のこと、婚約のこと、誓いの言葉を口走り、馬を命じて、自分でランドショートの城へ乗ってゆくとうわごとを言った。そして、ついに息をひきとったが、鞍へとびのるような恰好をしていた。

シュタルケンファウストは嘆息して、武士の涙を注いで友人の時ならぬ非運を悼んだ。それから自分が引きうけた厄介な使命のことをしみじみと考えた。彼の心は重く、頭は混乱した。招かれぬ客として敵意のあるひとびとのなかにあらわれ、そしてその人たちの希望をふみにじるようなことを知らせて、祝宴をしめっぽくしなければならないのだ。それにもかかわらず、彼の心には、ある好奇心がささやいて、カッツェンエレンボーゲンの名高い美人で、それほどまでに用心ぶかく世間からへだてられていた人をひとめ見たいと思っていた。彼は女性の熱烈な崇拝者であり、また、その性格には、奇癖と山気とがいくらかあり、そのために変った冒険ならどんなことでも好きだった。

出発に先立って、彼は友の葬儀について修道院の僧たちとしかるべき手筈をととのえた。友はヴルツブルクの寺院に埋葬されることになったが、その近くには彼の名高い親戚がいた。服喪中の伯爵の従者たちがその遺骸をあずかった。

ところで今こそカッツェンエレンボーゲンの旧家に話をもどすべきときだ。この人たちは来客を待ちわび、そしてまたそれ以上に御馳走を待ちこがれているのだ。また、尊敬すべき小男の男爵に話をもどさなければならない。彼は物見櫓の上で吹きさらしになっている。

夜は迫っていたが、やはり客は来なかった。男爵はがっかりして櫓からおりた。宴会は今まで一時間一時間とおくらされてきたが、もうこれ以上のばすわけにはいかなかった。肉はとっくに焼けすぎて、料理人は困りはてていた。家のもの全部の顔つきがまるで飢餓のために参ってしまった守備兵のようだった。男爵はしぶしぶながら命令をくだして、賓客がいないままで祝宴をはじめようとした。皆が食卓につき、ちょうど食べはじめるばかりになった折りも折り、角笛の音が城のそとからひびいてきて、見知らぬ人が近づいてくるのを知らせた。ふたたび吹きならす長い音のこだまが、古びた城の中庭にひびきわたると、城壁から見張りがそれに答えた。男爵はいそいで未来の花婿を迎えに出ていった。

跳ね橋がもはや下ろされていて、その見知らぬ人は城門の前に進んでいた。彼は背の高い立派な騎士で、黒い馬にまたがっていた。顔色は青ざめていたが、輝かしい神秘的な眼をしていて、堂々としたうちにもうち沈んだところがあった。男爵は彼がこのように簡単なひとりぼっちの旅姿でやってきたことに、いささか気分を悪くした。男爵の威厳をしめそうとする気もちが一瞬きずつけられた。この客の有様はこの重大な場合に正式の礼を欠くものではないか、縁をむすぼうとしている相手の大切な家柄に対しても、敬意が足りないではないか、と彼は考えたくなった。とはいえ、男爵は、相手が若さのためにはやる心をおさえきれず、供のものたちよりも先に着いたに違いないときめて自分をなぐさめた。

「かように時刻もわきまえずにお邪魔してまことに申しわけございません」とその見知らぬ人は言った。

ここで男爵は彼をさえぎって、おびただしい世辞や挨拶を述べたてた。実をいうと、彼は自分が礼儀正しく雄弁であることを鼻にかけていたのである。その見知らぬ人は一、二度その言葉の奔流をせきとめようとしてみたが無駄だった。そこで彼は頭を下げて、その奔流の流れるままにしておいた。男爵がひと句切りするまでには、彼らは城の中庭にきていた。そしてその見知らぬ人はふたたび話しだそうとしたが、またもやさえぎられてしまった。このとき、この家の婦人たちがあらわれて、尻ごみしながら顔をあからめている花嫁を連れてきたのだ。彼は一瞬心をうばわれた人のようにじっと彼女を見つめた。あたかも彼の魂がそっくりその凝視にそそぎこまれ、その美しい姿の上にとどまったかのように思われた。未婚の叔母の一人がなにごとか彼女の耳にささやいた。彼女はなんとか口をひらこうとして、そのうるおいのある青い眼をおそるおそる上げ、この見知らぬ人に問いかけるように、ちらっと恥ずかしそうな視線を向け、やがてまたうつむいてしまった。言葉は消えてしまったが、彼女の唇には愛らしい微笑がただよい、やわらかなえくぼが頬にうかんで、今の一瞥が意に満たないものではなかったことを語っていた。情にもろい十八という年頃の娘は、ただでさえ恋愛や結婚にかたむきやすいのだから、こんなに立派な騎士が気に入らないわけがなかった。

客の到着がおそかったので、詳しい話をする暇はなかった。男爵は自分の一存で、こみいった話を全部朝までもちこすことにし、まだ手のつけられていない宴席へ案内した。

宴席は城の大広間に用意されていた。まわりの壁には、カッツェンエレンボーゲン家の英雄たちのきびしい顔をした肖像画や、彼らが戦場や狩猟で得た記念品がかかっていた。切傷のついた胴鎧、そげた馬上試合用の槍、ぼろぼろになった旗が、狩の獲物にまじっていた。狼の顎や猪の牙が、石弓や戦斧のあいだにおそろしく歯をむきだし、巨大な一対の鹿の角が、その若い花婿の頭のすぐ上におおいかぶさっていた。

騎士はその席上のひとびとやもてなしにはほとんど見むきもしなかった。彼は御馳走もほとんど口にせず、何もかも忘れて花嫁を讃嘆しているようだった。彼は他人に聞かれないような低い声で話した。愛の言葉というものは、決して大きな声で話すものではない。恋人のごくかすかなささやきを聞きのがしてしまうほど鈍い女性の耳がどこにあろうか。彼の態度には優しさと真面目さとがかねそなわり、それが令嬢に力づよい印象をあたえたようだった。彼女がじっと注意ぶかく耳をかたむけるとき、その顔には赤みがさしたり消えたりした。ときおり彼女ははにかみながら返事をした。そして、彼の視線がわきへそれると、幻想的な彼の顔をちらっと横目でぬすみ見て、こころよい幸福感のためにほのかなため息をもらすのだった。この若い二人がすっかり愛し合っているのは明らかだった。叔母たちは、心の機微によく通じていたので、二人がひと目で恋におちたとはっきり言った。

祝宴は陽気に、少くとも騒々しく進んでいった。客たちはみな、軽い財布と山の空気につきものの旺盛な食欲にめぐまれていたからである。男爵はいちばん面白くて長い話をしたが、その話をこれほど巧みに、これほど感銘ふかく話したことは今までになかった。その話のなかに、何かふしぎなことがあれば、聞き手たちはわれを忘れておどろきいり、何か滑稽なことがあれば、笑うべきところですかさず笑うのだった。実をいえば、男爵は、たいていの偉い人たちと同じように、あまりに勿体ぶっていたので、退屈な冗談だけしか言えなかった。とはいえ、その冗談は、大盃になみなみと注いだすばらしいホックハイム葡萄酒でいつも威勢をつけられた。それに、退屈な冗談でも、その当人の食卓できかされ、しかも年のたったうまい葡萄酒をふるまわれれば、笑わないわけにはいかないものだ。いろいろとうがったことを男爵よりもっと貧乏だが、もっと気の利いた才子たちが語ったが、それはこのような場合でもなければ二度とくりかえすに堪えないものだった。あれこれとなく滑稽な話が婦人たちの耳もとでささやかれたが、彼女たちはそれを聞くと身もだえして笑いをこらえた。貧乏ながらも陽気な、顔の大きい男爵のいとこが、一つ二つ歌をうなりだしたが、そのおかしさに未婚の叔母たちはすっかり扇で顔をかくしたほどだった。

この飲めや歌えの大騒ぎの真最中に、見知らぬ客は、その場にそぐわないはなはだ妙な重々しい態度をとりつづけていた。彼の顔色は夜がふけるにつれて、ますます深い憂鬱な色をおびていった。そして、ふしぎに思われるかも知れないが、男爵の冗談さえますます彼をふさぎこませてしまうばかりだった。ときおり思案にふけっていたかと思うと、また時には、不安そうな落ちつかない眼ざしであたりを見まわしたりして、心がそわそわしていることを物語っていた。彼は花嫁と話しあっていたが、その話はますます真剣に、ますます奇怪になっていった。あやしい雲が彼女の晴れやかなおだやかな額をそっとおおいはじめ、彼女のかよわい五体にふるえが走りはじめた。

こういうことが一座のひとびとの注意をひかないはずはなかった。彼らの歓楽は、花婿の不可解な陰気さのために興をそがれた。彼らの気もちも花婿のおかげで滅入ってしまい、肩をすくめたり半信半疑に頭をふって、ささやきあい、目くばせしあった。歌声も笑い声も次第に少くなった。話はものさびしくとぎれ、ついには怪談や、ふしぎな伝説がもちだされるようになった。不気味な物語は次から次へとさらにもっと不気味な物語を生んでゆき、ついに男爵は、美しいレオノーラ姫をさらっていった妖怪騎士の話をして、婦人たちの胆をつぶし、いく人かはヒステリーをおこさんばかりだった。それは恐ろしいがほんとうの話で、その後すばらしい詩にうたわれ、世界じゅうの人に読まれ、そして信じられているのである。

花婿はふかく心にとめながら、この話に聞きいった。彼は男爵にじっと眼をすえていたが、話が終りに近づくと、おもむろに席から立ちあがり、だんだん背がのびていって、ついに男爵の茫然とした眼には、彼が巨人になったように思われた。話が終るやいなや、彼は深いため息をつき、その一座のひとびとにうやうやしく別れを告げた。彼らはおどろきあきれた。男爵はすっかりたまげてしまった。

「なんと。真夜中に城を発つおつもりか。はて、婿殿を迎える用意は何もかもととのうておるのに。もし休みたいのなら、もう部屋の支度もできておる」

見知らぬ人は悲しげに、意味ありげに首をふった。

「今夜は別の部屋でやすまなければなりません」

この返事の内容と、その声音には、なにか男爵の心をぎくりとさせるものがあった。しかし、彼は気をはげまして、いんぎんに懇願をくりかえした。見知らぬ人は、言われるたびに、黙ったまま、しかしきっぱりと首をふった。そしてその一座のひとびとに別れの手をふりながら、広間からゆっくりと出ていった。未婚の叔母たちは仰天して棒立ちになってしまった。花嫁はうなだれ、目には涙がうかんできた。

Chapter 2 of 3
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