Chapter 1 of 8

「あんた、居やはりますか。」

……唄にもある――おもしろいのは二十を越えて、二十二のころ三のころ――あいにくこの篇の著者に、経験が、いや端的に体験といおう、……体験がないから、そのおもしろいのは、女か、男か。勿論誰に聞かしても、この唄は、女性の心意気に相違ないらしいが、どんなのを対手にした人情のあらわし方だか、男勝手にはちょっときめにくい。ただしどう割引をした処で、二十二三は女盛り……近ごろではいっそ娘盛りといって可い。しかも著者なかま、私の友だち、境辻三によって話された、この年ごろの女というのは、祇園の名妓だそうである。

名妓? いかなるものぞ、と問われると、浅学不通、その上に、しかるべき御祝儀を並べたことのない私には、新橋、柳橋……いずくにも、これといって容式をお目に掛ける知己がない。遠いが花の香と諺にもいう、東京の山の手で、祇園の面影を写すのであるから、名妓は、名妓として、差支えないであろう。

また、何がゆえに、浅学不通まで打ちまけて、こんな前書をするかといえば、実はその京言葉である。すなわち、読みはじめに記した「あんた、いやはりますか。」――は、どう聞いても、祇園の芸妓、二十二、三の、すらりと婀娜な別嬪のようじゃあない。おのぼりさんが出会した旅宿万年屋でござる。女中か、せいぜいで――いまはあるか、どうか知らぬ、二軒茶屋で豆府を切る姉さんぐらいにしか聞えない。嫋音、嬌声、真ならず。境辻三……巡礼が途に惑ったような名の男の口から、直接に聞いた時でさえ、例の鶯の初音などとは沙汰の限りであるから、私が真似ると木菟に化ける。第一「あんた、居やはりますか。」さて、思うに、「あの、居なはるか。」とおとずれたのだか、それさえ的確ではないのだそうであるから、構わず、関東の地声でもって遣つける。

谷の戸ではない、格子戸を開けたときの、前記の声が「こんちは、あの……居らっしゃいますか。」と、ざっとかわるのであることを、諸賢に御領承を願っておいて……

わが、辻三がこの声を聞いたのは、麹町――番町も土手下り、湿けた崖下の窪地の寒々とした処であった。三月のはじめ、永い日も、午から雨もよいの、曇り空で、長屋建の平屋には、しかも夕暮が軒に近い。窓下の襖際で膳の上の銚子もなしに――もう時節で、塩のふいた鮭の切身を、鱧の肌の白さにはかなみつつ、辻三が……

というものは、ついその三四日以前まで、ふとした事から、天狗に攫われた小坊主同然、しかし丈高く、面赤き山伏という処を、色白にして眉の優い、役者のある女形に誘われて、京へ飛んだ。初のぼりだのに、宇治も瀬田も聞いたばかり。三十三間堂、金閣寺、両本願寺の屋根も見ず知らず、五条、三条も分らずに、およそ六日ばかりの間というもの、鴨川の花の廓に、酒の名も、菊、桜。白鶴、富久娘の膏を湛えた、友染の袖の池に、錦の帯の八橋を、転げた上で泳ぐがごとき、大それた溺れよう。肝魂も泥亀が、真鯉緋鯉と雑魚寝とを知って、京女の肌を視て帰って、ぼんやりとして、まだその夢の覚めない折から。……

無理もない、冷飯に添えた塩鮭をはかなむのは。……時に、膳の上に、もう一品、惣菜の豆の煮たやつ。……女難にだけは安心な男にも、不思議に女房は実意があるから、これはそこらの、あやしげな煮豆屋が、あんぺらの煮出しを使った悪甘いのではない。砂糖を奢って、とろりと煮込んで、せっせと煽いで、つやみを見せた深切な処を、酔覚の舌の尖に甘く染まして、壁にうつる影法師も冷たそうに縮んだ処へ。

ころころと格子が開いた。取次の女中へ何かいう、浅間な住居で、手に取るような、その「あんたはん、居やはりますか。」訳して、「こんちは、あの、居らっしゃいますか。」のそれだったのだそうである。

Chapter 1 of 8