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「エタ」名義考
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「エタ」名義考
喜田貞吉
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번역 Pagera AI
원문 Public Domain
Chapter 5 of 5

5 エッタは穢人すなわち穢物掃除者の義か

終わりに臨んで今一つ臆説を付け加えてみたい。

鎌倉時代のエタがキヨメすなわち掃除人であったという「塵袋」の説から考えると、彼らは穢物を取り捨てる人、すなわち穢人ではなかったであろうか。「今物語」に見ゆるキヨメは、一条河原の小屋に住んだ河原の者であった。キヨメはすなわち浄人で、穢人の反対語を以て表わしたものとも解せられる。当時触穢の禁忌をやかましく言った時代であったから、穢物を扱う人を嫌うということは、自然の勢いであったに相違ない。そしてこれを賤んで穢人の名を命じたとは、あってもよかりそうな事である。和気清麿が称徳天皇の逆鱗に触れて、その名を穢麿と改められたのは、「清」に反対の「穢」の名を取ったまでであるが、これも畢竟清麿を賤み給うた結果である。穢物を扱うものを穢人とは、お蔵を預るものを蔵人、祝言をする人を乞索児という類で説明される。そしてそのくらびとがくらんどとなる、ほかいびとがほいととなる。その他弟人がおとうと、或いはおとと、妹人がいもうと或いはいもと、商人があきうど或いはあきんど、隼人がはやととなった様に、えびとがえとまたはえっととなり、さらに転じてえたともえったともなったのではあるまいか。彼らがえたでなくてえったであったとしたならば、えとりの転というよりも、えひとの訛という方が近くはあるまいか。またかくては「穢多」という文字を用いたにも縁がありそうである。

右の二つはただ試みに臆説を述べて、言語学者諸賢の高批を煩わしたいと思うたまでである。かく云えばとて自分は、今以て餌取説を棄つるまでの自信があるのではない。ただ疑い思うところを陳ねてさらに説の正確を他日に期したいまでである。発表が極めて曖昧なる態度であることは、大方諸賢の御容赦に与りたい。

因みに云う。「穢多」といういやな文字を避けた先例には、「芸苑日渉」に「越多」と書き、「駿河志料」には「移多」とある。或いは「エタ」の語をまで避けて、「屠児」などと書いた例も多い、これらはいずれも心ある所為として尊敬に値する。自分は別項述べた如く、必要なき限り「エタ」の語を口にしたくはない、筆にしたくない。必要やむをえぬ場合には文字には仮名がきしたい。しいて漢字を用いた場合には、「恵多」という文字を使ってはいかがかと思う。

●図書カード

Chapter 5 of 5
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