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道成寺(一幕劇)
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道成寺(一幕劇)
郡虎彦
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원문 Public Domain
Chapter 3 of 4

3

三人の僧徒ら (斉しく)妙海――

妙源――

三者同じき頭音はほとんど高低と不調となく、区々なる尾音おののき乱る。僧徒らみずから私に懐きたる恐怖に、まのあたり面あえりしごとく、おのおの疑惧の眼を交う。間。

第四段

風の声ようようはげしくなりまさりて、不断に梢を騒がす。僧徒らのうち左位に立てりし妙源は、この時みずから覚えざるがごとく身を退り、後の方坂路を顧みたるがあたかも何ものかを見出でて。

妙源 や、女の姿が上って来る――

他の僧徒らまた一顧するや怪しく叫び、期せずして相捉う。たとえば恐怖の流れ狂僧の枯躯を繞り、歯がみして向うところを転ずるごとき、間。

妙念は立てるがままに息たえし死相のごとく、生色をひそめて凝立したりしが、ややありて引き抜かるるがごとく唐突に上手坂路の一角に走り、不安なる期待の間上りくる怪体を窺視せるや、たちまちにして疑惧を明らかにしたる表情にて。

妙念 何だそこへかけてくるのは依志子じゃないか。どうしたのだ。

依志子走り出づ。僧徒ら卑しき犬等のごとく視合う。

依志子 (歳三十に近く蒼白なる美貌。華やかならざれどもすずしきみどり色の、たとえば陰地に生いたる草の葉のごとくなるに装いたり。妙念に縋り鐘楼に眼を定め息を切らしつつ)妙念様――鐘は、鐘はどのようでございます。(異変なきさまを見得てやや心落ちつきしがごとく、はじめて妙念の血の色に気づき驚き身を退りつつ)ああ、血が――妙念 鐘は見る通りまじないほどのひびも入らぬ。(再び怪体なる驕慢の微笑)その上にもう悪蛇は血の汁も出なくなって、皮ばかりにひしゃげた首をあすこの石の間に垂れているわ。

依志子愕然たる表情。

妙念 (妙念語り止むことなく)久遠までかかっていた邪婬の呪いが二十年しかたたぬ今夜、とうとい祈誓の法力で風に散らされて粉のように消え失せてしまったのだ。悪蛇の奴、生白い男体に僧衣をまとって呪いに来たのだが、お前の一念がこの鐘を鋳上げたばかりに、己の指の爪という爪にもありがたい仏身の力が充ち満ちて、執念深い鱗の一とひらまで枯葉のように破り散らしてくれたのだ。依志子 (傷ましげに妙念のものいえるをうちまもり、また不安なる態に周辺を顧みて)そんなことをおっしゃって、やっぱりそれが悪蛇ではございませぬ。あの銀のようにつめたい蛇身から、生赤い血の汁なぞが流れようもありませぬし、何よりも私は、まのあたり上って来る姿にあったのでございます――妙念 (焦ら立ち迹りて)己のたたきひしいだのが悪蛇ではない?――(下手の森の方を一瞥し、また)その上ってくるのにお前があったというのはいつだ。どこで見たのだ。依志子 川の、日高川の傍で。三人の鬼女に分れてお山へ消えて行くのを追いながら、私はかけ上って来たのですから、もうどのようにしてもこのあたりへ来ている時でございます。(再び妙念に縋り)妙念様。どうぞ気を鎮めて下さいまし、いよいよ最後の時が参りました。

妙念は不安に刻まるるがごとく、ともに周辺を眺めたりしが、僧徒らの姿を見るやまたあららかに、

妙念 お前たちは本門の傍で見張りをしているのだ、また眠りこけてなんぞいると、総身の膚膩が焼き剥がれて生きながら骸骨ばかりになってしまうのだぞ。早く行け、何をぐずぐずしているのだ。

僧徒ら影のごとく黙して後の坂路より降り行く。

依志子の動白は必ずしも恐怖の色に満たず。

依志子 あんな人たちが見張りに行ったって、もう何の益にも立ちはしませんのに。妙念 だがお前はどうしてその姿を見たのだ。川の傍へどうして行ったのだ。依志子 ほんとに私は思いもかけず恐ろしい姿を見たのでございます。この鐘が始めて響いて来ましたのは、まだ月も赤い色をして、夕やみに濡れた草葉の吐息がしっとりとした匂いを野に撒いている時分でございました。それまでは数知れぬ怖れと気づかわしさとが血管の中を針の流れるように刺しまわって、小さな瞬をするにも乳までひびくようでございましたが、あの音が一つ一つ幾重の網を重ねたお山の木の葉からのがれて、月の色まで蒼白く驚かして行くのかと思うほどおおどかに、ひびいて来るのをきいておりますうち、だんだん恐ろしい呪いも何も忘れて、ちょうど血吸い女につかれた人たちのようにふらふらと家を出て参りました。あとからあとからとひびく鐘の音が、海の潮でも胸にぶつかるように、あちこちへ身をゆり動かすのに運ばれて、夜の更けるのも知らず、村中をどこというあてもなしにさまよい歩いておりましたが、いつのまにか川のところまで来てしまったのでございます。妙念 (静かに強く)川の中から蛇体が上って来たのか。依志子 いいえ水の上には銀色に濡れた月の煙が静かによどんで、ずっと下のあたりまできらきら輝いた川波は、寝入ったような深い夜の息をついておりました。私はまだうつつないありさまで、橋からこっちへ歩きつづけておりますと、不意に、露の上を素足で蹈むような怪しい音がきこえて、四辺が蒼白くかすんで来ました、私は思わずふり向いて見ますと、そこへもう、三人の鬼女に分れた悪蛇が、歩いて来るのでございます。妙念 ええどんな顔をしていた、お前はそれからどうしたのだ。依志子 そのまま私のそばを見返りもせず走せぬけて、水に沈んで行く魚のようにお山の方へ消えて行ってしまいました。みんな同じ顔なのでございます。三人とも小さな眼に眉毛もなく、川魚の肌のような蒼白い顔色に、口だけがまだ濡れている血のように赤く光って、左の肩から丈にあまる黒髪を地にしいておりました。もう私は恐ろしさどころではございませぬ。にわかに自分の心が白絹のようにはっきりして、あなたのお身と鐘とが気づかわしさに、胎の子も禁制のことも知ってはいながら、命の最後を覚悟してはせ上って来たのでございます。妙念 (蹌踉として正面に眼をすえたるままに歩み出でみずからに言えるがごとく声調怪しくゆるやか)三人の鬼女に分れて上って来るというのか、己の手がたたきひしいだのは悪蛇ではなかったのだな。己の身はやっぱり遁れることも出来ない呪いにまかれてしまったというのか。依志子 (宥むるごとく寄り縋り)気を鎮めて下さいまし妙念様。(手を取りて)こんな酷しい血を流して、まあ青すじまでが、みみずのように。ほんとにどのような苦しい思いが、乱れた心を刺しまわるやら――(にわかにあたりを視まわして)あ、どうしたのでしょう。大変鳥がむらがって向うの方へ飛んで参ります。あんな怪しい叫びようをしてあとからもあとからも。この夜更けにどうしたというのだろう。妙念 (依然としてうつつなき眼を定め)もうこの山から呪いの霧をひきはがすことは出来ないというのか、どんなとうとい法力をかりても、どんなおおどかな梵音をひびかしても、己の祈念が外道の執念に叶わないというのか。依志子 (妙念の方は顧みで下手の空を仰ぎみつつ)はげしい風が向うへ吹くので、みんな飛ばされるように羽根をひろげて、ほんとに幾千とも数が知れませぬ、山中の鳥が立って行くようでございます。(新たなる聴覚の情)それに、不思議な物の音がきこえて参りました、あの鳥の声々にまじって、――

この時より妙念は、心中に何事か思い当れるをみずから窺視せんとするがごとく、内に鋭き眼を放ちて凝立してあり。二者の動白各個に分る。

依志子 (ようように肉体の平らかならざるを感じつつ声調次第に変ず)だけども私は――寒さが、妙念様、つめたい蛇の鱗に肌を巻かれるような寒さが、骨の中まで滲みて来る心持はなさいませぬか、(戦慄)何かの水が身体中を流れる――(胸を掴み苦悶しつつ)だんだん乳が、膿をもったはれもののように動悸して、こんなに重くなって来ました、――(にわかに思い当れるがごとく)ああ、やっぱり悪蛇が来たのでございます、あの蒼い霧が、どこからともなく漂って参りました妙念様、お手をかして下さいまし、もう眼の中が渦をまいて、あなたのお姿も見えませぬ、息をするのも、――髪の毛よりも細い蛇が首へからんで息がくるしくなって来ました――妙念 (にわかに依志子に向い、破るるがごとく、しかれども悲しみ慄えて)依志子お前は己の胸の中へ、邪婬の息を吹き込んだのだな。依志子 (身をあがきて)妙念様――妙念 今という今、己の眼に、ありありとした物の姿が見えて来た、これまでとうとい法力だと思っていたのは、お前の腹の中でうごめいている醜い胎子のことだったのだ。お前は己の心を邪婬の爪で、ずたずたに引きさいてしまったのだな――

第五段

この時三つの相に分ち、顕われたる鬼女清姫、いずこより登りしともなく鐘楼にあらわる。

はなはだしき面色の蒼白は、赤き唇と小さき眼とのみありて、ほとんどなめらかなるがごとく見え、その形打ちひしがれたる蛇の首のごとく平たし。三つの鬼女全く同じ形相にて並びつくばいたれば、左の肩よりいと長きくろ髪、石段の上に流れ横たわる。依志子のものいうをながめてあれど、妙念もこれを背にしたれば知ることなし。

依志子 妙念様、そうではございませぬ、もう最期に私も、物のまことを申しとうございます、私は――私は――

語終らざるに怪しく叫びてついに昏倒す。

鬼女つくばいたるままに身を退けば、黒き髪のたうちのぼりてともにかくる。妙念は鬼女の顕われしころより再び※然としてたましいうつけ、依志子が最後の悶叫をも耳に入らざるさまにて、眼のいろえりたるがごとく、(観客の正面定まりなきあたりに据えて)たたずみてあり。風の音いよいよはげしく、このころより微かなるあか色ようように月夜の空ににじみ来たる。

ややありて最前の僧徒三人、上手の坂路より逃げまどえる哀れなる獣等のごとく走せ上り、依志子の仆れたるを見さらに驚けるさまなりしが怯えたる姿にて妙念の上手に立ち――

妙信 和尚様、大事でございます。怪しい火むらがお山を取り巻いて参りました。妙海 風の勢いがはげしいので燃え上って来るのはすぐでございます、本門のところでも、山下の方にめらめらと焔が見えたと思いますうち、もう眼の前の空が真赤に映って来たのでございます。妙信 所詮かなわぬまでも裏山の滝津の中へ身をひそめているより道はございませぬ、和尚様。大事でございます。妙海 (いよいよいら立ちて)あの凄まじい風の勢いが、山上と山下から焔の波を渦まき返してあおり立てるのでございます。ほんとに手間を取ってはいられませぬ。あ、もうこんなに火の粉が飛んで参りました。妙信 和尚様、どうなされたのでございます。そのうちには滝津まで降りる道さえふさがれてしまいます。和尚様。妙源 や、あの音は、(上手の路の方に走りてさしのぞき)もうあすこの大杉まで焼き倒れたのだ。血のしぶくように火の粉をちらした煙が渦をまいて、呻きながら湧きのぼってくるわ。恐ろしい火の色が、まっ黒な木の間に姿をかくすかと思うと、もう破りさくように跳り出してわきへ追いかけて行く、ここから見ていると山中の木々が、泣きよばって逃げまどいながら、血煙の中に仆れるようだ。(僧徒らを顧みあららかに)だがみんなどうしようというのだ。こんなところにぐずぐずして生きながら灰になるのをまっているのかい。妙信 和尚様、ほんとにどうなされたのでございます。このようなところにおいでになっては――妙源 妙信――

妙信と妙海とは、最前より同じき姿を保ちて佇立せる妙念の方を顧みつつも、妙源の後につづきて鐘楼を左折し去る。次第に赤き煙、濃くなりまさりて場に漲る。ただ、血に彩らるることなくして蒼白く残りたりし妙念の面にも、かの仆れたる女人のしかばねにも赤きいろは噛み貪るがごとくにじみつつ来るなり。

妙念 (怪体なる微笑を浮べつつ声調きわめて緩やかに)だんだん赤くなって来た。依志子、もう一度眼をあけて見ないか。血の粉を撒いたような霧が、谷の底から這い上って、珍らしい夜明けが来たようだ。空の胸まで薄皮を剥がれた肌のように生赤く、朝の風に苦しい息をついておるわ。依志子。(はじめて女体をさしのぞきて)もう一度眼をあけて見ないか、お前の顔にも赤い色がにじんで、小さな耳が、水に濡れた貝殻のように、透き通って見えて来た。依志子。(女体の傍にくずおれて這いつくばい)依志子、なぜその眼をあけないのだ、お前は死んだもののように黙っている、己たちはまだこんな夜明けを見たことがなかったのだ。(つくばいたるままにあたりを見廻して)ほんとに赤く、(すでに幕下り始む)見ているうちにだんだん赤くなって行く――

幕下りて鐘楼の欄を覆わんとする時、再び悪鬼の三女あらわれたるがごとく、その面はすでに見るよしなけれど、黒き髪石段の上にのさばり落つ。

Chapter 3 of 4
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