Chapter 1 of 5

「親分、變な事があるんだが――」

ガラツ八の八五郎が、鼻をヒクヒクさせ乍ら來たのは、後の月が過ぎて、江戸も冬仕度に忙しいある朝のことでした。

「手紙が來たんだらう、恐ろしい金釘流で、――兩國の蟹澤のお銀が死んだのは唯事ぢやねえ。葬ひの濟まぬうち、檢屍を頼む――と斯う書いてある筈だ」

錢形の平次は粉煙草をせゝり乍ら、少し節をつけて言ふのでした。

「親分は、どうしてそれを?」

ガラツ八は眼を圓くし乍ら内懷を探つて居ります。

「千里眼だよ。八五郎の懷中などは悉く見通しさ。その手紙の入つて居る大一番の野暮な紙入の中に、質札が二枚と、一昨日兩國の獸肉屋で掻拂つた妻揚枝が五六本、それから寛永通寶が五六枚入つてゐる筈だ。大膽不敵だね、それで江戸の町を押し廻すんだから」

「ど、どうしてそんな事が分るんです、親分」

ガラツ八の眼の色が少し變ります。

「八五郎さん、騙されちやいけませんよ。此處へもそんな手紙が來たんですよ」

お靜はたまり兼ねてお勝手から助け舟を出しました。

「なんだ、つまらねえ。それならそれと、冒頭つから言へば宜いのに」

「種を明かしちや、どんな手品だつてつまらなくなるよ。――ところで、蟹澤一座のお銀といふのをお前は知つて居るのか」

錢形平次は漸く眞面目な話に還りました。

「江戸中で知らないのは錢形の親分ばかりだ。兩國一番の人氣者で、いやその綺麗なことと言つたら」

「馬鹿だなア、涎を拭きなよ。兩國の輕業小屋の女太夫に夢中になつて、立派な御用聞が毎日通つちや見つともないぜ」

「毎日は通ひませんよ、精々三日に二度」

「呆れた野郎だ。それほど執心なら飛んで行くが宜い。お前が顏を見せなきやお銀も浮ばれまい」

「だから親分も行つて下さいよ。兩國は石原の利助親分の繩張りだが、利助親分は相變らず床に就いたつ切りで、可哀さうにお品さんが獨りで氣を揉んでゐる」

「お品さんのせゐにして、俺をおびき出す氣だらう。まア宜いや、行つて見よう」

「有難てえ」

ガラツ八はいそ/\と先に立つて案内するのでした。

蟹澤一座といふのは、その頃軒を並べた兩國廣小路の見世物小屋の一つで、座主の百太夫といふのは、大した藝ではありませんが、お銀、お玉の二人の娘太夫が評判で、その上品な美しさが、評判になつて居りました。

姉のお銀は十九か二十歳、歌が巧みで、踊りの地もあり、身輕な藝は不得手ですが、水藝や小手先の手品、さう言つたもので客を呼び、妹のお玉の方は十六七、これは輕捷な身體が身上で、綱渡りから竹乘り、撞木飛び、人のハラハラするやうな危ない藝當が得意でした。

お銀の優しく愛くるしいのに比べて、お玉は色の淺黒い品の良い顏立ちで、姉妹といふ觸れ込みですが、どこかひどく違つたところがあります。座主の百太夫は大袈裟な道化た調子で人を笑はせますが、大した藝のある男ではありません。四十がらみの、少し肥つて來た身體が、藝の邪魔をしてゐるのでせう。百太夫の女房お徳は、三十五六の達者な女で、これは三味線も掻き鳴らし太鼓も叩きのめし、下座の鳴物ひと通りは何でも間に合はせる調法者、青黒い額に疳癪筋がピリピリと動いてゐる種類の大年増です。

錢形平次と八五郎が行つたのは、もう晝近い頃、蟹澤の小屋は木戸を閉めて、裏には石原の利助の子分達が二三人、嚴重に見張つて居ります。

「錢形の親分、丁度宜い鹽梅でした。兎も角も死骸を持出すのを止めて置きましたよ。百太夫の家は緑町なんださうで、小屋から葬ひは出し度くないつて言ひますが――」

「石原の兄哥のところへも、變な手紙が行つたんだね」

「それでやつて來ましたが、檢屍をお願ひしてありますから、追付け旦那方が見えるでせう」

「そいつは宜い工合だ。ちよいと檢屍前に見せて貰はうか」

平次は裏から小屋へ入つて行きます。

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