茜茶屋での不思議な口説
ここは両国広小路、隅田川に向いた茜茶屋、一人の武士と一人の女、何かヒソヒソ話している。
「悪いことは云わぬ、諾と云いな」
「さあね、どうも気が進まないよ」
「馬鹿な女だ、こんないい話を」
「あんまり話がうますぎるからさ」
「気味でも悪いと云うのかい」
「そうだねえ、その辺だよ」
「案外弱気なお前だな」
「恋にかかっちゃあこんなものさ」
「ふん、馬鹿な、おノロケか」
「悪かったら止すがいいよ」
「いやいや一旦云い出したからには、俺はテコでも動かない」
「妾も理由を聞かなければ、やっぱりテコでも動かないよ」
「いやそいつは云われない」
「では妾も不承知さ」
「そう云わずと諾くがいい。無理の頼みではない筈だ。好きな男を取り持とう。いわばこういう話じゃあないか」
「しかも金までくれるってね」
「うん、旅費として五十両、成功すれば礼をやる」
「だからさ本当におかしいじゃあないか、真面目に聞いちゃあいられないよ」
「真面目に聞きな、嘘は云わぬ」
「そうさ嘘ではなさそうだね、だから一層気味が悪い。……ね、妾は思うのさ、これには底がありそうだね?」
「底もなけりゃあフタもないよ」
「馬鹿なことってありゃあしない」
「ではいよいよ厭なのだな」
「そうだねえ、まず止めよう」
「よし、それでは覚悟がある」
「ホ、ホ、ホ、ホ、どうしようってのさ」
「秘密の一端を明かせたからには、そのままには差し置けぬ!」
「おやおや今度は嚇すのかい」
「嚇しではない、本当に斬る」
「何を云うんだい、伊集院さん、そんな強面に乗るような、お仙だと思っているのかい」
「いや本当に叩っ斬る!」
「恐いわねえ、オオ恐い、ブルブルこんなに顫えているよ」
「ブッ、箆棒、笑っているくせに」
「それはそうと、ねえお前さん、ほんとにあの人木曽へ行くの?」
「うんそうだ、しかも明日」
「で、いつ頃帰るのさ?」