Chapter 1 of 1

Chapter 1

おほ寒こ寒

山から小僧が

とんでくる……

冬のさむい晩のこと、三郎はおばあさんと二人で、奥座敷のこたつにあたつてゐました。庭の竹やぶが、とき/″\風に吹きたわむ音がして、そのあとは、しんとしづかになります。そして、遠くの方で犬の吠える声がきこえたりするのも、山家の冬らしい気もちであります。大寒小寒の唄は、さういふさむい晩など、おばあさんが口癖のやうに、三郎にうたつてきかせる唄でありました。

「おばあさん、小僧がなぜ山からとんでくるの。」

三郎は、今またおばあさんが口ずさんでゐるのをきいて、かう云つてたづねました。

「山は寒うなつても、こたつもなければお家もない。それでとんでくるのだらうよ。」

おばあさんは手に縫物の針をはこびながら答へました。

「小僧つてお寺の小僧かい。」

「何にお寺なものか、お寺ならお師匠さまがゐて可愛がつて下さるだらうが、山の小僧は木の股から生れたから、お父さんもお母さんもなしの一人ぽつちよ。」

「おばあさんもないの。」

「ああ、おばあさんもないのだよ。」

「それで小僧は着物をきてゐるのかい。」

「着物くらゐはきてゐるだらうよ。」

「誰が着物を縫つてくれるの。」

「そんなことは知らないよ。大方木の葉の衣かなんだらう。」

木の葉の衣つてどんなものだらうと、三郎は想像してみたが、はつきり思ひ浮べることはできませんでした。

「小僧は山からとんできてどうするの。」

「人の家の門へ立つて、モシ/\火にあたらせておくんなさい、なんて云ふのだらう。」

「そして、火にあたらせてもらふの。」

「いゝえ、火になんぞあたれない。」

「なぜ。」

「小僧のいふことは、誰の耳にもきこえないのだから、いくら大きな声をしたとて聞えない。もしかすれば、今じぶんお家の門へきて立つてゐるかも知れない。」

三郎はそんな話をきくと、気味がわるくなりました。頭を青くすりこくつた、赤はだしの小僧のすがたが、目に見えるやうにおもひました。おばあさんは、やさしい笑みを浮かべて、

「どれ/\、一つお餅でもやいてたべよう。」

と云ひながら、縫物をわきへよせました。そして、こたつの火をつぎたして、その上へ金網をわたしました。お餅のやけるかうばしい匂ひをかぐと、三郎はもう小僧のことなど忘れてしまひました。

三郎は大人になつて、東京のにぎやかな町なかでくらすやうになりました。けれど毎年冬になると、大寒小寒の唄をおもひ出し、おばあさんを思ひ出しするのでありました。幼い三郎がかさね/″\問ひたづねるのを、少しもうるさがることなく、しんせつに答へて下されたおばあさんを、どんなにかなつかしくおもひましたことでせう。

●図書カード

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