一
「親分、近頃金の要るやうなことはありませんか」
押詰つたある日、錢形平次のところへノツソリとやつて來たガラツ八の八五郎が、いきなり長い顎を撫でながら、こんなことを言ふのです。
「何だと? 八」
平次は自分の耳を疑ふやうな調子で、長火鉢に埋めた顏をあげました。
「へツ/\、へツ/\、さう改まつて訊かれると極りが惡いが、實はね、親分。思ひも寄らぬ大金が轉がり込んだんで」
「大きな事を言やがる。お上の御用を承はる者が、手弄などしちやならねえと、あれほどやかましく言つて居るぢやないか」
「博奕なんかで儲けた金ぢやありませんよ、飛んでもない」
ガラツ八は唇を尖らせて、大きく手を振りました。
「それぢや、富籤か、無盡か、――まさか拾つたんぢやあるまいな」
「そんな氣のきかない金ぢやありませんよ、全く商法で儲けたんで」
「何? 商法? 手前がかい」
「馬鹿にしちやいけません、かう見えても算盤の方は大したもので。ね、親分、安い地所でもありませんか、少し買つて置いてもいゝが――」
「馬鹿野郎、二朱や一分で江戸の地所が買へると思つてゐるのか」
「二朱や一分なら、わざ/\親分の耳には入れませんよ。大晦日が近いから、少しは親分も喜ばしてやりてえ――と」
「何だと?」
「怒つちやいけませんよ、ね、親分。錢形の親分は交りつけのねえ江戸つ子だ。不斷は滅法威勢がいゝが、宵越の錢を待ちつけねえ氣前だから、暮が近くなると、カラだらしがねえ。さぞ今頃は青息吐息で――」
「止さねえか、八。言ひ當てられて向つ腹を立てるわけぢやねえが、人の面をマジマジと見乍ら、何てエ言ひ草だ」
平次も呆氣に取られて、腹を立てる張合ひもありません。それほど、ガラツ八の調子は、ヌケヌケとして居りました。
「箱根ぢや穴のあいたのを用立てたが、今日のはピカリと來ますぜ。親分、此通り」
さう言ひ乍らガラツ八は、内懷から拔いた野暮な財布を逆にしごくと、中からゾロリと出たのは、小判が七八枚に、小粒、青錢取交ぜて一と掴みほど。
「野郎、何處からこれを持つて來やがつた」
平次は矢庭に中腰になると、長火鉢越しに、ガラツ八の胸倉をギユーツと押へたのです。
「あ、親分、苦しい。手荒なことをしちやいけねえ」
「何をツ、此野郎ツ。何處で盜んで來やがつた、眞つ直ぐ白状しやがれツ」
平次の拳には、半分冗談にしても、グイグイと力が入ります。
「盜んだは情けねえ、親分、こいつは間違ひもなく商法で儲けた金ですよ」
ガラツ八は大袈裟に後手を突いて、斯う辯解を續けました。
「岡つ引に商法があつてたまるものか。盜んだんでなきや、何處から持つて來た。さア言へツ」
「言ふよ、言ひますよ、――言はなくて何うするものですか、――おう痛てえ、喉佛がピリピリするぢやありませんか」
「喉佛の二つや三つローズにしたつて構ふことはねえ。さア言へ」
「驚いたなア、持ちつけねえ金を持つと、喉佛に祟るとは知らなかつたよ」
「無駄はもう澤山だ。金を何處から出した、それを早くブチまけてしまへ」
平次が躍起となるのも無理のないことでした。正直と馬鹿力を取得のガラツ八が、萬々一、その頃の岡つ引の習慣に引摺り込まれて、うつかり役得でも稼ぐ氣になつたら、貧乏と片意地を賣物にして來た、平次の顏は一ぺんに潰れることでせう。
「親分、心配するのも無理はねえが、これは筋の惡い金ぢやありません。實は親分も知つて居なさるあつしの赤鰯を、望み手があつて賣つたんで」
「何? 手前の脇差を賣つた?」
「へエ――去年の暮、柳原の古道具屋を冷かし損ねて買つた、あの脇差が、十兩になるとは思はなかつたでせう」
ガラツ八の鼻は蠢めせます。
「手前が二分で買つて、ひどく腐つて居たあの脇差が、十兩になつたといふのか」
「その通りですよ、親分。あの脇差を見た人があつて、恐ろしく錆びて居る上に無銘だが、彦四郎貞宗に間違ひはない、若し間違ひだつたら、俺の損といふことにして、現金十兩で買ふがどうだ、といふ話でさ」
「フーム」
「本當に貞宗だつた日にや、十兩で賣つちや大變に損だから、一日待つて貰つて、知り合ひの刀屋を二三軒當つて見ると、――飛んでもない、そいつは備前物で、彦四郎でも藤四郎でもある筈はねえ。その上日本一の大なまくらだから、鍋の尻を引つ掻くより外に役に立たない代物だ。望み手があるなら、拵へごと一兩で賣つても大儲けだ――と言ふんで、思ひ切つて手離しましたよ、親分」
「呆れ返つた野郎だ。手前はその刀屋の鑑定を、相手に言はなかつたのか」
「言ひましたよ。念入りに輪をかけて言つてやつたが、相手は少しも驚かねえ――彦四郎貞宗でなきや、師匠の五郎入道正宗だらう。折角見込んだ品だから十兩が二十兩でも買つて置きてえと斯うだ」
「――」
「ね、親分。こんな正直な商法はないでせう」
「――」
「生れて初めて入つた十兩の金だ。一人で費つちや冥利が惡いから、取あへず親分に見て貰ふつもりで持つて來ましたよ。ね、何んか斯う役に立てるやうな口はありませんか、親分、差當り拂ふ當がなかつたら、地所を買ふとか、家を建てるとか――」
ガラツ八は悉くいゝ心持でした。七八枚の小判を疊の上へ並べたり、重ねたり、チヤリンと叩いて見たりするのです。
「止してくれ、俺はその音を聞くと蟲が起きるよ」
「へツ、負惜みが強いね、親分」
「馬鹿な野郎だ。八兩や十兩で、江戸の眞ん中に家が建つ氣で居やがる」
「家なんか建たなくたつて構やしませんよ。これ丈けありや大福餅を買つても、隨分出がありますぜ」
「呆れて物が言へねえ、――だがな、八。見す/\大ナマクラと知つて、手前の脇差を十兩で買ふのは少し變ぢやないか」
「變ぢやありませんよ。氣に入りや、跛馬だつて買ひますよ」
「待つてくれ、――こいつは少し臭いぞ」
錢形平次はもう一度長火鉢に顏を埋めました。暮のやり繰と違つて、こいつは何うやら思案の仕甲斐がありさうです。それを眞似するともなく、八五郎も高々と腕を拱きました。
疊の上に並べた七八枚の小判も、何となく引込みのつかない姿です。