一
「親分、飯田町の上総屋が死んだそうですね」
ガラッ八の八五郎は、またニュースを一つ嗅ぎ出して来ました。江戸の町々がすっかり青葉に綴られて、時鳥と初鰹が江戸っ子の詩情と味覚をそそる頃のことです。
「上総屋が死んだところで俺の知ったことじゃないよ」
銭形平次は丹精甲斐もない朝顔の苗を鉢に上げて、八五郎の話には身が入りそうもありません。
「ところが、聞き捨てにならないことがあるんですよ、親分」
「上総屋の死に様が怪しいとでも言うのか」
「二年も前から癰を患っていたっていうから、人手にかかって死んだとすれば、町内の外科が下手人みたいなもので――」
「落し話を聴いちゃいない、――何が聞き捨てにならないんだ」
平次はようやく朝顔から注意を外らせました。
「金ですよ、親分。上総屋音次郎が、鬼と言われながら、一代にどれほどの金を拵えたと思います?」
ガラッ八はなかなかの話術家です。平次が滅多な事件に手を染めないのを知って、こう乗出さずにはいられないように持ちかけるのでした。
「五六万両かな、――有るようでないのは何とかだと言うから、せいぜい三万両ぐらいのところかな」
「そう思うでしょう。ね、親分」
「イヤにニヤニヤするじゃないか、それとも十万両もあったというのかい。こちとらから見れば十万両は夢のような大金だが、上総屋なら」
平次はガラッ八に焦らされると知って、忌々しくも煙草入を抜いて一服つけました。
「もっともこちとらに十万両もあった日にゃ、あっしはさっそく十手捕縄と縁を切って――」
ガラッ八の話は、また妙なところへ飛躍して行きます。
「金貸にでもなって懐ろ手で暮すつもりだろうが、そうは問屋が卸さないよ」
「そんなサモしい根性じゃありませんよ。まず山の手の百姓地を五六万坪買って――」
「大きく出やがったな、人参牛蒡でも作る気になったか」
「大違い、――親分に植木屋を始めて貰って、あっしはそれを江戸の縁日へ持出して売る」
「馬鹿だなア」
平次は仕様ことなしに苦笑をしました。そんな気でいる八五郎の心根が哀れでもあったのです。
「ね、親分。冗談は冗談として、上総屋の話だが、――誰でも一応は万と纏まった金があるに違いないと思うでしょう」
「それがどうした」
「死んでしまった後で、番頭や親類の者が、熊鷹眼で捜したが、不思議なことにあるものは借金ばかり。何万とあるはずの金が、たった十両もないと聴いたら驚くでしょう」
「驚くよ、――お前の義理でも驚かなくちゃ悪かろう、それからどうした」
「たったそれだけだが、ちょいと変じゃありませんか親分。神田から番町へかけて、並ぶ者のないと言われた上総屋音次郎が、死んで一文もないなんざ、皮肉すぎますよ」
「捜しようが悪かったんだろう」
「そんなはずはありません。床下から天井裏まで捜したんだそうで」
「それとも主人が死ぬと一緒に、誰か持出した奴があるのかな」
「熊鷹の眼が二三十見張っている中から、巾着一つ持ち出せるものじゃありません。まして千両箱を五十も百も」
「よし、判った。八五郎に揚足を取られるようじゃ世話アねエ」
平次は苦笑いをしました。
「そこで一つ、親分にお願いがあるんだが」
「なんだい」
「上総屋の番頭さんに逢って下さいよ」
「?」
「亡くなった主人は、どこかに金を隠してあるに違えねえが、何人かかっても見付かりそうもない。金が出なかった日にゃ、後の恰好がつかないそうです」
「で?」
「番頭さん、構わないから入って来てくれ。お前さんから、親分に話してみるがいい」
ガラッ八は入口の方を振り向いて、大きな声を出しました。
「それじゃ、御免下さい」
静かに格子を開けて入ったのは、二十三四のまだ若い男でした。地味な風をしておりますが、ちょっと良い男でどこか笑顔に人をそらさないところがあります。
「お前さんは?」
狭い家、初夏の風が吹き抜くように開けっ放してあるので、平次は坐ったままで、客の物腰がよく見えます。
「上総屋の番頭で、仙之助と申します。八五郎親分にお願いして、主人の隠した金を見付けて頂こうかと思いましたが、八五郎親分は、銭形の親分さんにお願いした方がいいとおっしゃるので、先刻から門口を拝借して、お待ちしておりました」
若い番頭はそれだけの事を言ううちにも、すっかり恐れ入って、立て続けにお辞儀をしております。
「宝捜しは困るよ、番頭さん」
「ヘエ――」
「上総屋の案内を知った者が、幾日かかっても解らないというのに俺が行ったところで解るわけはない。そいつは岡っ引より易者へ行く方が早いぜ」
平次は宝捜しにまでコキ使われる馬鹿馬鹿しさが我慢がならなかったのです。
「でも、それじゃお嬢さんが可哀想でございます」
「お嬢さんが?」
「上総屋に金があればこそ、親類も知合いもあの通り肩を入れてくれますが、何にもないと判ったら、どうなることでございましょう。それにせっかく纏まりかけた縁談も、お気の毒なことに駄目になります」
「縁談?」
「お嬢さんのお染さんは、たった一人娘で、この秋には御武家方から御養子が入らっしゃるはずでございました」
仙之助の心配するのは尤もでした。主人が死んだ上、金が一文もないと判っては、武家の次男坊がわざわざ町人へ養子に来るはずもありません。
「そいつは気の毒だが、どうも俺は宝捜しに乗出すわけには行かねエ。いずれ分別人の上総屋のことだから、どこか容易に見付からないところへ隠してあるんだろう。お互に抜け駆けの功名をする気にならずに、多勢で手を分けて探してみるがいい。五十も百もある千両箱を、懐へも袂へも隠せるわけはないから」
平次はそれっきり縁側へ出てしまいました。十万両の宝捜しよりも、朝顔の苗の方が大事だったのです。