Chapter 1 of 1

Chapter 1

孰れが前に出来たか、穿鑿に及ばぬが、怪力の盲人の物語りが二ツある。同じ話の型が変つて、一ツは講釈師が板にかけて、のん/\づい/\と顕はす。一ツは好事家の随筆に、物凄くも又恐ろしく記される。浅く案ずるに、此の随筆から取つて講釈に仕組んで演ずるのであらうと思ふが、書いた方を読むと、嘘らしいが魅せられて事実に聞こえる。それから講釈の方を見ると、真らしいけれども考えさせず直に嘘だと分る。最も上手が演ずるのを聞いたら、話の呼吸と、声の調子で、客をうまく引入れるかも知れぬが、こゝでは随筆に文章で書いたのと、筆記本に言語のまゝ記したものとを比較して、おなじ言葉ながら、其の力が文字に映じて、如何に相違があるかを御覧に入れやう。一ツは武勇談で、一つは怪談。

先づ講釈筆記の武勇談の方から一寸抜き取る。――最も略筋、あとで物語の主題とも言ふべき処を、較べて見ませう。

で、主題と云ふのは、其の怪力の按摩と、大力無双の大将が、しつぺい張くら、をすると言ふので。講釈の方は越前国一条ヶ谷朝倉左衛門尉義景十八人の侍大将の中に、黒坂備中守と云ふ、これは私の隣国。随筆の方は、奥州会津に諏訪越中と云ふ大力の人ありて、これは宙外さんの猪苗代から、山道三里だから面白い。

処で、此の随筆が出処だとすると、何のために、奥州を越前へ移して、越中を備中にかへたらう、ソレ或ひは越中は褌に響いて、強力の威厳を傷けやうかの深慮に出たのかも計られぬ。――串戯はよして、些細な事ではあるが、おなじ事でも、こゝは大力が可い。強力、と云ふと、九段坂をエンヤラヤに聞こえて響が悪い。

最も随筆の方では唯、大力の人あり、としたゞけを、講釈には恁うしてある。

(これは越前名代の強力、一日狩倉に出て大熊に出逢ひ、持てる鎗は熊のために喰折られ已む事を得ず鉄拳を上げて熊をば一拳の下に打殺しこの勇力はかくの如くであると其の熊の皮を馬標とした。)と大看板を上げたが、最う此の辺から些と怪しく成る。此の備中、一時越前の領土巡検の役を、主人義景より承り、供方二十人ばかりを連れて、領分の民の状態を察せんため、名だゝる越前の大川、足羽川のほとりにかゝる。ト長雨のあとで、水勢どう/\として、渦を巻て流れ、蛇籠も動く、とある。備中馬を立てゝ、

「頗る水だな。」

「御意、」と一同川岸に休息する。向ふ岸へのそ/\と出て来たものがあつた。

(尖へ玉のついた長杖を突き、草色、石持の衣類、小倉の帯を胸高で、身の丈六尺あまりもあらうかと云ふ、大な盲人)――と云ふのであるが、角帯を胸高で草色の布子と来ては、六尺あまりの大な盲人とは何うも見えぬ。宇都谷峠を、とぼ/\と行く小按摩らしい。

――此の按摩杖を力に、川べりの水除け堤へ来ると、杖の先へ両手をかけて、ズイと腰を伸ばし、耳欹てゝ考えて居る様子、――と言ふ。

これは可い。如何にも按摩が川岸に立つて瀬をうかゞうやうに見える、が、尋常の按摩と違ひがない。

上下何百文を論ずるのぢやない、怪力を写す優劣を云ふのである。

出水だ危い、と人々此方の岸から呼ばゝつたが、強情にものともしないで、下駄を脱ぐと杖を通し、帯を解いて素裸で、ざぶ/\と渉りかける。呆れ果てゝ眺めて居ると、やがて浅い処で腰の辺、深い処は乳の上になる。最も激流矢を流す。川の七分目へ来た処に、大巌が一つ水を堰いて龍虎を躍らす。按摩巌の前にフト留まつて、少時小首を傾けたが、すぐに褌へ杖をさした。手唾をかけて、ヤ、曳、と圧しはじめ、ヨイシヨ、アリヤ/\/\、ザブーンと転がす。

備中驚き嘆じ、無事に渉り果てた按摩を、床几に近う召寄せて、

「あつぱれ、其の方、水にせかるゝ大巌を流に逆らひ押転ばす、凡そ如何ばかりの力があるな。」

すると按摩が我ながら我が力のほどを、自から試みた事がないと言ふ。

「汝音にも聞きつらん、予は白山の狩倉に、大熊を撲殺した黒坂備中、此の方も未だ自分に力を試さん、いざふれ汝と力競べをして見やうか。」

「へゝゝゝ、恐れながら御意にまかせ、早速おん対手」と按摩が云ふ。

さて、招魂社の観世物で、墨のなすりくらをするのではないから、盲人と相撲もいかゞなもの。

「シツペイの打くらをいたさうかの。」

「へゝゝゝ、おもしろうござります。」

「勝つたら、御褒美に銀二枚。汝負けたら按摩をいたせ、」と此処で約束が出来て、さて、シツペイの打くらと成る。

「まづ、御前様。」

「心得た。」

「へゝゝゝ」

と出した腕が松の樹同然、針金のやうな毛がスク/\見える。

「参るぞ。」

うん、と備中、鼻膩を引いた――とある。

宜いか按摩、と呼ばゝつて、備中守、指のしなへでウーンと打つたが、一向に感じた様子がない。さすがに紫色に成つた手首を、按摩は擦らうとせず、

「ハヽヽ、蕨が触つた。」

は、強情不敵な奴。さて、入替つて按摩がシツペイの番と成ると、先づ以つて盆の払にありつきました、と白銀二枚頂戴の事に極めてかゝつて、

「さあ、殿様お手を。」

と言ふ。其処で渋りながら備中守の差出す腕を、片手で握添へて、大根おろしにズイと扱く。とえゝ、擽つたい処の騒ぎか。最う其だけで痺れるばかり。いや、此の勢で、的面にシツペイを遣られた日には、熊を挫いだ腕も砕けやう。按摩爾時鼻脂で、

「はい御免。」

ト傍に控へた備中の家来、サソクに南蛮鉄の鐙を取つて、中を遮つて出した途端に、ピシリと張つた。

「アイタタ。」

と按摩さすがに怯む。備中苦笑ひをして、

「力は其だけかな、さて/\思つたほどでもない。」

と負惜みを言つたものゝ、家来どもと顔を見合はせて、舌を巻いたも道理。鐙の真中が其のシツペイのために凹んで居た――と言ふのが講釈の分である。

さて此の趣で見ると、最初から按摩の様子に、迚も南蛮鉄の鐙の面を指で張窪ますほどの力がない。以前激流に逆つて、大石を転ばして人助けのためにしたと言ふのも、第一、かちわたりをすべき川でないから石があるのが、然まで諸人の難儀とも思はれぬ。往来に穴があるのとは訳が違ふ。

処で、随筆に書いた方は、初手から筆者の用意が深い。これは前にも一寸言つた。――奥州会津に諏訪越中と云ふ大力の人あり。或一年春の末つ方遠乗かた/″\白岩の塔を見物に、割籠吸筒取持たせ。――で、民情視察、巡見でないのが先づ嬉しい。――供二人三人召連れ春風と言ふ遠がけの馬に乗り、塔のあたりに至り、岩窟堂の虚空蔵にて酒をのむ――とある。古武士が野がけの風情も興あり。――帰路に闇川橋を通りけるに、橋姫の宮のほとりにて、丈高くしたゝかなる座頭の坊、――としてあるが、宇都谷峠とは雲泥の相違、此のしたゝかなるとばかりでも一寸鐙は窪ませられる。座頭、琵琶箱を負ひて、がたりびしりと欄干を探り居たり。――琵琶箱負ひたる丈高きしたゝかな座頭一人、人通もなき闇川橋の欄干を、杖以てがたりびしりと探る――其の頭上には怪しき雲のむら/\とかゝるのが自然と見える。分けて爰に、がたりびしりは、文章の冴で、杖の音が物凄く耳に響く。なか/\口で言つても此の味は声に出せぬ。

また此の様子を見ては、誰も怪まずには居られない。――越中馬を控へ、坐頭の坊何をする、と言ふ。坐頭聞いて、此の橋は昔聖徳太子の日本六十余州へ百八十の橋を御掛けなされし其の内にて候よし伝へうけたまはり候、誠にて候や、と言ふ。

成程それなりと言ふ。

座頭申すやう、吾等去年、音にきゝし信濃なる彼の木曾の掛橋を通り申すに、橋杭立ち申さず、谷より谷へ掛渡しの鉄の鎖にて繋ぎ置き申候。其の木曾の掛橋と景色は同じ事ながら、此の橋の風景には歌よむ人もなきやらむ。木曾の橋をば西行法師の春花の盛に通り給ひて、

生ひすがふ谷のこずゑをくもでにて

散らぬ花ふむ木曾のかけ橋

また源の頼光、中納言維仲卿の御息女を恋ひさせ給ひて、

恋染し木曾路の橋も年経なば

中もや絶えて落ぞしぬめり

此のほか色々の歌も侍るよし承り候と言ふ。――此の物語、優美の中に幻怪あり。六十余州往来する魔物の風流思ふべく、はた是あるがために、闇川橋のあたり、山聳え、花深く、路幽に、水疾き風情見るが如く、且つ能楽に於ける、前シテと云ふ段取にも成る。

越中つく/″\聞いて、見かけは弁慶とも言ふべき人柄なれども心だての殊勝さは、喜撰法師にも劣るまじと誉め、それより道づれして、野寺の観音堂へ近くなりて、座頭傍の石に躓きて、うつぶしに倒れけるが――と本文にある処、講釈の即ち足羽川中流の石なのであるが、比較して言ふまでもなく、此の方が自然で、且つ変化の此の座頭だけに、観音堂に近い処で、躓き倒れたと云へば、何となく秘密の約束があつて、ゾツとさせる。――座頭むくと起直つて、腹を立て、道端にあつて往来の障なりと、二三十人ばかりにても動かしがたき大石の角に手をかけ、曳やつといふて引起し、目より高くさし上げ、谷底へ投落す。――いかにも是ならば投げられる、――越中これを見て胆を消し、――とあつて、

「さて/\御座頭は大力かな、我も少し力あり、何と慰みながら力競せまじきか。」

と言ふ。我も少し力ありて、やわか座頭に劣るまじい大力のほどが想はれる。自から熊を張殺したと名乗るのと、どちらが点首かれるかは論に及ばぬ。

座頭聞いて、

「御慰みになるべくは御相手仕るべし。」

と言ふ。其処で、野寺の観音堂の拝殿へ上り、其方盲人にて角觝は成るまじ、腕おしか頭はりくらか此の二つの中にせむ。座頭申すは、然らばしつぺい張競を仕候はんまゝ、我天窓を御張り候へと云ふ。越中然らばうけ候へとて、座頭の天窓へしたゝかにしつぺいを張る。座頭覚えず頭を縮め、面を顰め、しばし天窓を撫でゝ、

「さて/\強き御力かな、そなたは聞及びし諏訪越中な。さらば某も慮外ながら一しつぺい仕らむ、うけて御覧候へ。」

とて越中が頭を撫でゝ見、舌赤くニヤリと笑ひ、人さし指に鼻油を引て、しつぺい張んと歯噛をなし立上りし面貌――と云々。恁てこそ鬼神と勇士が力較べも壮大ならずや。

越中密に立つて鐙をはづし、座頭がしつぺいを鐙の鼻にて受くる。座頭乗かけ声をかけ、

「曳や、」

とはつしと張る。鐙の雉子のもゝのまがりめ二ツ三ツに張砕けたり。

「あつ、」

と越中、がたり鐙を投り出し、馬にひらりと乗るより疾く、一散に遁げて行く。座頭腹を立て、

「卑怯なり何処へ遁ぐる。」

と大音あげ、追掛しが忽ちに雲起り、真闇になり、大雨降出し、稲光烈しく、大風吹くが如くなる音して座頭はいづくに行しやらむ――と言ふのである。前の講釈のと読較べると、彼の按摩が後に侍に取立られたと云ふ話より、此天狗か化物らしい方が、却つて事実に見えるのが面白い。

●図書カード

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