Chapter 1 of 3

第一章

カリバッドの藩王が当分、ジョルマイン・ストリートに逗留中だ。あすウィンザー城の定例晩餐会に出席するよう命じられている。その間ホテルを事実上、借り切った。

道徳なんて藩王にはない。今までどんな場合も必要なかった。でも金持ちだからインド商会は、ちやほやした。

インド商会の目下の関心は、この高名な藩王からの分け前、例えば領土とか、人夫とか、ダイヤモンドだ。だからウィンザー城で会って、話を詰める算段だった。

一方の浅黒い藩王は片目でウィンク。局面の情勢は十分承知の上だ。なにしろ、カリバッドに専用演芸場まで持っている身だから。

ちなみにこのナナ・ラウ藩王以上にひどい悪党はこの世に存在しないと言ってもよかろう。若い頃の経歴を知る者はほとんどいない。完璧な英語を話し、競走馬血統の知識は通り一遍じゃない。

ナナ・ラウ藩王が一人で夕食を食べ終えた。二本目の煙草に火をつけた時、召使いが入室して告げた。

「お客様が下でお待ちでございます」

珍しく寛大に、藩王が目通しを許した。

客人がはいり、お辞儀して、扉を閉めた。

「殿下、私はウィルフレッド・ボーンと申します」

藩王がこっくり。好印象を与えた。洗練された服のためだ。

「ボーン君、座って。煙草をどうぞ。それで、用件は」

「恐縮でございます。さすが東洋の藩王でいらっしゃる。こんな立派な煙草は勿体のうございます。ところで、よもや昔のオクスフォード時代をお忘れでは?」

「ずいぶんむかし、二十年前だからなあ」

とナナ・ラウが不安げに答えた。

事実、不安だった。ナナ・ラウが以前オクスフォードにいたなんてことを、インド商会が知ったら驚くだろう。でも当時はナナ・ラウという名前じゃなかったし、四人の善人がカリバッド・ダイヤを管理していた。

そして、たまたま事件がオクスフォードで起こり、緊急処理され、無縁墓に埋められ、その上に花々を咲かせて、白い墓石もなく、忘れ去られた。しかし今、もしこの話を蒸し返せば、ナナ・ラウはカリバッドの王座からたちまち滑り落ちること必定だ。

ボーンがもったいぶって、言った。

「二十年て、どうってことないです。私は記憶がいいですから」

「たしかキミは下院のボーン議員だな。何を覚えている?」

ボーンが笑いながら答えた。

「そうですね、例の煙草屋のかわいい娘ですよ。不審死で発見されましたね。同時期、クライスト・チャーチのインド人学生が消えました。警察は必死になって探しました。必死に……。奇妙なことに二度と噂がありません。私も見てません、今日までは」

ナナ・ラウが平静を取り戻した。薄い唇のピクピクが止まった。これはゆすりだと察した。藩王が語気を強めた。

「キミ、いくらだ?」

「さすがに勘が鋭いですね。あなた程の東洋詩人はいません。とにかく、お金じゃないですよ、つまり……。詳しくは話せないのですが、簡潔に言いましょう。私は優位な立場にあります。私がひとことふたこと言えば、殿下の君主の座と支配権は無くなります。当然お分かりでしょう。私が欲しいものは明白です。あしたウィンザー城の晩餐会を欠席してもらいたいのです」

ナナ・ラウが提案を一笑に付した。

「バカな、そんなことはしない」

「通常ならしません。でもそうじゃないですよ。出席は単なる儀式。貴国に大事は起きません。お城で食事して、翌朝ここへ戻られる。行事は私同様よくご存じでいらっしゃる」

「実は行きたくないんだ。確かに退屈だ。もしもだな、私の評判を落とさず、解決してくれれば……」

ボーンが言葉をさえぎった。

「もちろん、用意周到ですよ。殿下は明日午後六時頃までパディントン駅を出発なさいません。この名刺に私の住所が書いてあります。エプソム郊外です。ご足労ですが明日いらして昼食しましょう。衣装やら荷物やら全部持ってきてください。そして時間に間に合うよう、確実に馬車でパディントン駅までお送りします」

「コックのほか侍従は二人しかおらん」

「ええ、益々けっこうです。ではいらっしゃいますね」

「ああ、問題ない。行くよ」

数分後、ウィルフレッド・ボーン、別名フィリックス・グライドはピカデリーを静かに歩いていた。ソーヤ喫茶店に入った。

そこで共犯の一味が待っており、一緒に食事した。奴らを手先に使い、最後に切り捨てるつもりだ。

グライドがビスク皿の上に覆いかぶさって説明した。

「うまくいった。ナナ・ラウはオクスフォードにいた二十年前と同じ男だ。アスコットで目星を付けてから、忘れるもんか。ナナがひどく恐れたから、空自慢じゃないが、奴を破滅に追い込める」

「来ますかね?」

と第二共犯者が尋ねた。

「原案のままですか」

と第三共犯者。

「計画通りだ。お前らは細部をよく見とけ。俺はあした昼食まで忙しいから。いいか、よく冷えた昼食を現地の配膳係に完璧に並べさせ、代金を払え。それから鍵をかけねばならないから、家を出るとき、じかに家主代理人に知らせるように。馬車を午後三時半きっかりに呼んで、御者に金を払え。代理人に六か月賃貸し物件をいま借りたばかりだと言え。実際そうだから。そして職業紹介所へ行って召使いを求人しろ。十二人募集して、適当な日に執事が面接すると言え。各人の衣服は変装する時機が来るまで、今のままだ」

こと変装技術に関する限り、グライドに並ぶ者はいない。そばを知り合いが通っても気がつかないほどだ。

共犯者の一人が言った。

「了解。でも、もし城にナナ・ラウの知り合いがいたら?」

「それはない。藩王を仔細に調べた。それに東洋の藩王に正装すれば瓜二つだ。城では誰も現地語を話さない。もし話しかけられたら、喜んで英語で話す。キミら二人も英国が長いから同じようにせよ。渡した計画書はよく読んだか」

二人の手下は読んだと文句を言った。

「よろしい。それなら言うことない。城では手っ取り早くお宝を見つけて分捕るように、苦労したんだから。それから藩王の侍従として雑事を行うのだぞ。もたもたするんじゃないぞ」

グライドが用件を片づけると、皆立ち上がった。通りで分かれ、別々に散った。それから早々と真面目に床に就いた。まさに明日、大仕事を行うにふさわしい男どもであった。総じて、カリバッド藩王ナナ・ラウよりたっぷり寝た。

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