Vol. 2May 2026

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百万人のそして唯一人の文学

青野季吉

純小説と通俗小説の限界が、戦後いよいよ曖昧になつて来た。これは日本に限つた現象ではないらしい。この現象は、いろいろな意味にとられるが、根本的には、純小説をしつかり支へてゐた個人主義、ないしは個人性が、それだけ崩れてきたのだとみられる。そしてそれだけ、小説がジャーナリスチックになり、ジャーナリズムに征服されたのだとみられる。 昨年のことだが、わたしは妙な経験を

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六日月

岩本素白

朝早く一乗寺村を歩いて、それから秋晴の八瀬大原、帰りに鞍馬へ登って山端の駅まで戻って来ると、折から小春日の夕日を受けた叡山が、ぽか/\と如何にも暖かそうな色をして居るので、つい誘われて再び八瀬へ取って返し、其処から山を踰えて坂本へ下りてしまった。我れながら余りの愚しき勇猛が悔いられて、その夜は心静かに高台寺の下を歩く。 秋も漸く深い夜を、東山の影は黒々と眠っ

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寺町

岩本素白

樹の多い山の手の初夏の景色ほど美しいものはない。始めは樹々の若芽が、黒々とした枝の上に緑の点を打って、遠く見ると匂いやかに煙って居るが、その細かい点が日ごとに大きくなって、やがて一刷毛、黄の勝った一団の緑となるまで、日々微妙な変化を示しながら、色の深さを増して行くのは、朝晩眺め尽しても飽きない景色である。 五月の日に光るかなめの若葉、柿の若葉。読我書屋の狭い

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こがらし ――南駅余情――

岩本素白

こがらし、筑波おろし、そういう言葉を明治中期の東京の少年達は早くから知って居た。そうして其の言葉を、自分達の書くものの中などにも使って居た。それは寒さが今よりも早く来たし、衣料も今のように温い毛の物などが無く、風がひどく身に沁みて、始終人がそういう言葉を口にしたからであった。十一月三日という日は何時も霜が深く、時にはみぞれが小雪になるような日さえあった。子供

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菓子の譜

岩本素白

いま生きて居れば、すくなくとも百ちかい年の人であらう。或は百を踰える年なのかも知れない。明治時代の海軍の軍医である。その頃の軍艦といふものは、厳めしくはあるが同時に美しいもので、それはただ平和を保障する象徴のやうな時代であつた。ふねも小さく、たかだか二三千噸のものが大きい方で、到るところの小さい港まで訪問して、人民たちに敬はれ、喜ばれ、珍しがられ、愛された時

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岩本素白

越生と書いておごせという。埼玉も西の方の、山へ寄った小さな町である。近くに梅の名所があるので、近年は人も知って新月ヶ瀬などというが、それ程の所でもない。然し梅の咲く頃、坂戸の町からバスで越生の方へ向いて行くと、先ず秩父の方の連山が濃い紫にくっきりと見える。町へはいって板葺の低い家並みの後ろに、裸木の雑木山が、風の無いぽか/\日に照らされて居るのを見ると、如何

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雨の宿

岩本素白

久し振りで京都の秋を観ようと、十月十五日の朝東京駅を発つ時、偶然会った山内義雄さんから、お宿はと聞かれて、実は志す家はあるが通知もしてないことをいうと、それでは万一の場合にと、名刺に書き添えた紹介を下すったが、それは鴨川に近い三本木という、かねて私もひそかに見当をつけたことのある静かな佳い場所であった。然し実際私の落ちついたのは、中京も淋しい位静かな町筋の、

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野の墓

岩本素白

流離のうちに秋が来た。まだ彼岸だといふのに、ある朝、合服を着て往来へ出たら、日蔭の片側が寒くて、われ知らず日の当る方を歩いて居た。やはり信濃路だなと思つた。毎朝見る姨捨山の姿がくつきりとして来て、空はいよ/\青かつた。 この町へ来てもう三月近くになる。終戦にはなつたが、このさき日本がどうなるのか分らないやうに、私達の身の振り方も、どうすればよいのか、皆目見当

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それからそれ 書斎山岳文断片

宇野浩二

今年の三月上旬頃、井伏鱒二の『青ヶ島大概記』を読みながら(この小説は佳作である)、私は青ヶ島という言葉を何時かずっと前、何かで読んだことがあると思って、絶えずそれが気になった。その時は直ぐ思い出せなかったが、それから一月程後、ふと、そうだ、志賀重昂(矧川)の『日本風景論』書出の文句の中にあった、と思い出した。 ――「江山洵美是吾郷」〔大槻盤渓〕と、身世誰か吾

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蕗の下の神様

宇野浩二

今は昔、もうずっとの昔のことですが、北海道にコロボックンクルという、妙な神様が住んでおられました。その時分はまだ北海道には日本人が一人もいなくて、山には熊、川には鮭、そして人間といえばアイヌ人ばかりでした。だからコロボックンクルはアイヌ人の神様でした。この神様は大変体が小さいものですから、雨の降った日でも日の照った日でも、それが丁度屋根のようなつもりで、暇さ

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茂吉の一面

宇野浩二

私は、これまで斎藤茂吉についてはいろいろ余り書きすぎたので、今、いくら鈍な頭をひねっても、どうしても書く事が浮かんでこない。 さて、私の手もとに、『斎藤茂吉全集』の書簡篇に自分の持っている茂吉の手紙と葉書を提出してから後に図らず或る本にはさんであったのを見つけた、二通の茂吉の葉書がある。その一通は、スタムプによると、昭和十一年の一月三十一日(午後零時――四時

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でたらめ経

宇野浩二

むかし、あるところに、それはそれは正直なおばあさんが住んでいました。けれども、このおばあさんは子もなければ、孫もないので、ほんとうの一人ぼっちでした。その上、おばあさんの住んでいたところは、さびしい野原の一軒家で、となりの村へ行くのには、高い山の峠を越さねばなりませんでしたし、また別のとなり村へ行くには、大きな川をわたらねばなりませんでした。 だから、おばあ

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「鱧の皮 他五篇」解説

宇野浩二

上司小劍は、明治七年十二月十五日に生まれ、昭和二十二年九月二日に死んだ、かぞへ年七十四歳であつた。 小劍は、親友の、徳田秋聲より三つ下であり、正宗白鳥より五つ上であつた。 小劍は奈良の生まれであり、小劍の父は攝津の多田神社の神主であつた。その父の名は延美といひ、その子の小劍の本名は延貴といふ。(それで、小劍の初期の作品のなかに神社と神主を題材にした小説が多い

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大岡政談

作者不詳

法學博士 尾佐竹 猛 古來名判官といへば大岡越前守にとゞめをさすが、その事蹟といへば講談物や芝居で喧傳せられて居るのに過ぎないので、眞の事蹟としては反つて傳はつて居るものは少いのである。 所謂大岡裁判なるものは、徳川時代中期の無名の大衆作家の手に成り、民衆に依つて漸次精練大成せられて、動かすべからざる根據を植付けられたのであるから、その生命は最も永いのである

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アイヌ神謡集

作者不詳

アイヌ神謡集 知里幸惠編訳 序 その昔この広い北海道は,私たちの先祖の自由の天地でありました.天真爛漫な稚児の様に,美しい大自然に抱擁されてのんびりと楽しく生活していた彼等は,真に自然の寵児,なんという幸福な人だちであったでしょう. 冬の陸には林野をおおう深雪を蹴って,天地を凍らす寒気を物ともせず山又山をふみ越えて熊を狩り,夏の海には涼風泳ぐみどりの波,白い

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青銅の基督 ――一名南蛮鋳物師の死

長与善郎

父秀忠と祖父家康の素志を継いで、一つにはまだ徳川の天下が織田や豊臣のやうに栄枯盛衰の例に洩れず、一時的で、三代目あたりからそろ/\くづれ出すのではないかと云ふ諸侯の肝を冷やす為めに、又自分自らも内心実はその危険を少からず感じてゐた処から、さし当り切支丹を槍玉に挙げて、凡そ残虐の限りを尽した家光が死んで家綱が四代将軍となつてゐた頃の事である。 実際、無抵抗な切

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青銅の基督 ――一名南蛮鋳物師の死――

長与善郎

父秀忠と祖父家康の素志を継いで、一つにはまだ徳川の天下が織田や豊臣のように栄枯盛衰の例にもれず、一時的で、三代目あたりからそろそろくずれ出すのではないかという諸侯の肝を冷やすために、また自分自らも内心実はその危険を少なからず感じていたところから、さしあたり切支丹を槍玉にあげて、およそ残虐の限りを尽くした家光が死んで家綱が四代将軍となっていたころのことである。

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彼のオートバイ、彼女の島

片岡義男

ほんとにきみが欲しいんだ、ほんとに きみが必要だ、ベイビー、神にきいてくれてもいい きみなしではリアルになれない ああ、どうしたらいいだろう きみのおかげでリアルになれる きみのおかげで恋人のような気持ちになれる まちがったみじめな気持ちもきみのおかげで捨て去ることができる 恋人よ、きみはぼくをフリーにしてくれる きみのおかげでリアルになれる そんな力を持っ

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エルヴィスから始まった

片岡義男

その双子の兄弟の名は韻を踏んでいた。兄のほうはジェス・ギャロンといい、弟は、エルヴィス・アロンだった。貧しい生まれだった。父親のヴァーノン・プレスリーは、二〇歳。利益のなんパーセントかをもらう契約で綿農園で働く雇われ農夫だった。妻のグラディスは一九歳。パートタイムの仕事がみつかれば、それですこしずつかせいで家計に加えた。国内は不景気だった。ミシシッピー州のそ

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東京青年

片岡義男

ヨシオは私立の高校に通う三年生だ。彼のいるクラスの人数は男女十二名ずつで、合計二十四名だ。十二名の女性のなかに美人がふたりいる。特別の教科以外はいつもおなじ教室だ。その教室の、右端の列の前から三番めの席に美人がひとりいる。もうひとりは、中央からひとつだけ左に寄った席の、うしろからふたつめの席にすわっている。 本来ならヨシオの席はいちばん窓側のうしろから二番め

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道順は彼女に訊く

片岡義男

三日前に引っ越しは完了した。住むための部屋ではなく、仕事場としての部屋だ。だから家具その他、日常のこまごましたものはほとんどなかった。いくつもの本棚とそのなかに詰まるべき本。数多くの資料とそのファイル。コピー機やファクシミリ、ワード・プロセサー、プリンターなどの機器。そして必要に応じて買い足して来た結果の、いくつかのデスク。 主たるものはすべて収まるべき位置

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夏と少年の短篇

片岡義男

金曜日の午後、高等学校からの帰り道、いつも乗る私鉄の十二両連結の電車のなかほどの車両から、三年生の伊藤洋介はプラットフォームに降りた。どの車両からも、何人かの乗客が、それぞれになぜか疲労した様子で外へ出てきた。線路をむこうへまたぐ木造の建物が、プラットフォームの端にあった。誰もがそこにむけて歩いた。 歩きながら伊藤洋介は空を仰いだ。梅雨のあいまの曇った日だっ

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少女時代

片岡義男

「アイロンをかけてたとき、思いついたの。霧も素敵だなと、私は思いました」 リカが言った。 「霧もいいですね」 ハチミがなかば叫んだ。人の意見に賛成するとき、いつも彼女はなかば叫ぶ。彼女の名は初美という。はつみ、と読む。しかし、クラスの仲の良い仲間たちは誰もが、彼女をハチミと呼んでいた。 「でも」 ナナエがハチミとリカのふたりに言った。 「小さな霧吹きで、しゅ

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物のかたちのバラッド

片岡義男

昼食には洋食の店でコロッケを食べた。右隣の席にいる三年だけ先輩の同僚が教えてくれた店だ。初めてのその店で食べたあと、まだ歩いたことのない道を経由して会社へ向かった。途中に画材の店があった。本来は卸問屋なのだが、店先では小売りもしていた。スケッチ・ブックが目玉商品として安く出ていた。B6サイズで百枚綴じのを一冊、北原亜紀男は買った。 会社の建物へ戻り、エレヴェ

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