釘抜藤吉捕物覚書 05 お茶漬音頭
林不忘
一 「はいっ。」 「はいっ。」 「ほらきた!」 「よいとこら!」 「はっ。」 「はっ。」 庄屋よ狐よ猟師よと拳にさざめく夕涼み。本八丁堀三丁目、海老床の縁台では、今宵、後の月を賞めるほどの風雅はなくとも、お定例の芋、栗、枝豆、薄の類の供物を中に近所の若い衆が寄り合って、秋立つ夜の露っぽく早や四つ過ぎたのさえ忘れていた。 親分藤吉を始めいつもは早寝の合点長屋の
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林不忘
一 「はいっ。」 「はいっ。」 「ほらきた!」 「よいとこら!」 「はっ。」 「はっ。」 庄屋よ狐よ猟師よと拳にさざめく夕涼み。本八丁堀三丁目、海老床の縁台では、今宵、後の月を賞めるほどの風雅はなくとも、お定例の芋、栗、枝豆、薄の類の供物を中に近所の若い衆が寄り合って、秋立つ夜の露っぽく早や四つ過ぎたのさえ忘れていた。 親分藤吉を始めいつもは早寝の合点長屋の
林不忘
一 「夫れ謹み敬いて申し奉る、上は梵天帝釈四大天王、下は閻魔法王五道冥官、天の神地の神、家の内には井の神竈の神、伊勢の国には天照皇大神宮、外宮には四十末社、内宮には八十末社、雨の宮風の宮、月読日読の大御神、当国の霊社には日本六十余州の国、すべての神の政所、出雲の国の大社、神の数は九万八千七社の御神、仏の数は一万三千四個の霊場、冥道を驚かし此に降し奉る、おそれ
林不忘
一 近江屋の隠居が自慢たらたらで腕を揮った腰の曲がった蝦の跳ねている海老床の障子に、春は四月の麗かな陽が旱魃つづきの塵埃を見せて、焙烙のように燃えさかっている午さがりのことだった。 八つを告げる回向院の鐘の音が、桜花を映して悩ましく霞んだ蒼穹へ吸われるように消えてしまうと、落着きのわるい床几のうえで釘抜藤吉は大っぴらに一つ欠伸を洩らした。 「おっとっとっと―
林不忘
一 「あっ! こ、こいつぁ勘弁ならねえ。」 いの一番に傘を奪られた勘弁勘次、続いて何か叫んだが、咆える風、篠突く雨、雲低く轟き渡る雷に消されて、二、三間先を往く藤吉にさえ聞き取れない。が、 「傘あ荷厄介だ。」 こう藤吉が思った瞬間、一陣の渦巻風が下から煽って、七分にすぼめて後生大事にしがみついていた藤吉の大奴を、物の見事に漏斗形に逆さに吹き上げた。面倒だから
林不忘
一 がらり、紅葉湯の市松格子が滑ると、角の髪結海老床の親分甚八、蒼白い顔を氷雨に濡らして覗き込んだ。 「おうっ、親分は来てやしねえかえ、釘抜の親分はいねえかよ。」 濛々と湯気の罩った柘榴口から、勘弁勘次が中っ腹に我鳴り返した。 「なんでえ、いけ騒々しい。迷子の迷子の三太郎じゃあるめえし――勘弁ならねえ。」 「や、そう言う声は勘さん。」甚八は奥の湯槽を透し見な
林不忘
一 「勘の野郎を起すほどのことでもあるめえ。」 合点長屋の土間へ降り立った釘抜藤吉は、まだ明けやらぬ薄暗がりのなかで、足の指先に駒下駄の緒を探りながら、独語のようにこう言った。後から続いた岡っ引の葬式彦兵衛もいつものとおり不得要領ににやりと笑いを洩らしただけでそれでも完全に同意の心を表していた。しじゅう念仏のようなことをぶつぶつ口の中で呟いているほか、たいて
林不忘
一 三十間堀の色物席柳江亭の軒に、懸け行燈が油紙に包まれて、雨に煙っていた。 珍しいものが掛っていて、席桟敷は大入り満員なのだった。人いきれとたばこで、むっとする空気の向うに、高座の、ちょうど落語家の坐る、左右に、脚の長い対の燭台の灯が、薄暗く揺れて、観客のぎっしり詰まった場内を、影の多いものに見せていた。 扇子を使いたい暑さだったが、誰も身動きするものもな
林不忘
一 ひどい風だ。大川の流れが、闇黒に、白く泡立っていた。 本所、一つ目の橋を渡りきった右手に、墓地のような、角石の立ち並んだ空地が、半島状に、ほそ長く河に突き出ている。 柳が、枝を振り乱して、陰惨な夜景だった。三月もなかば過ぎだというのに、今夜は、ばかに寒い。それに、雨を持っているらしく、濡れた空気なのだ。 その、往来からずっと離れて、水のなかへ出張っている
林不忘
一 空はすでに朝。 地はまだ夜。 物売りの声も流れていない。 深淵を逆さに刷くような、紺碧のふかい雲形――きょう一日の小春日を約束して、早暁の微風は羽毛のごとくかぐわしい。 明け六つごろだった。朝の早い町家並びでも、正月いっぱいはなんと言っても遊戯心地、休み半分、年季小僧も飯炊きも、そう早くから叩き起されもしないから、夜が明けたと言っても東の色だけで、江戸の
武田麟太郎
釜ヶ崎 武田麟太郎 カツテ、幾人カノ外来者ガ、案内者ナクシテ、コノ密集地域ノ奥深ク迷ヒ込ミ、ソノママ行先不明トナリシ事ノアリシト聞ク――このやうに、ある大阪地誌に下手な文章で結論されてゐる釜ヶ崎は「ガード下」の通称があるやうに、恵美須町市電車庫の南、関西線のガードを起点としてゐるのであるが、さすがその表通は、紀州街道に沿つてゐて皮肉にも住吉堺あたりの物持が自
木暮理太郎
都門の春はもう余程深くなった。満目の新緑も濁ったように色が濃くなって、暗いまでに繁り合いながら、折からの雨に重く垂れている。其中に独り石榴の花が炎をあげて燃えている火のように赤い。それが動もすれば幽婉の天地と同化して情熱の高潮に達し易い此頃の人の心を表わしているようだ。此際頬杖でも突きながら昔の大宮人のように官能の甘い悲哀に耽るのも、人間に対する自然の同情を
宮沢賢治
かぎりなく鳥はすだけど こゝろこそいとそゞろなれ 竹行李小きをになひ 雲しろき飯場を出でぬ みちのべにしやが花さけば かうもりの柄こそわびしき かすかなる霧雨ふりて 丘はたゞいちめんの青 谷あひの細き棚田に 積まれつゝ廐肥もぬれたり ●図書カード
原民喜
針 原民喜 飛行機を眺めてゐたら朝子の頬にぬらりと掌のやうな風が来て撫でた。ふと、そこには臭ひがあって、彼女の神経は窓に何か着いてゐるのではないかと探った。とどかないところにあって彼女を嘲弄してゐるのは何だらう、銀翼も今朝は一寸も気分を軽くはしてくれない。その時天井の板がピンと自然にはじける音をたてた。人気のない家にゐるのが意識されて、視るとやはりゐた。蟻が
木暮理太郎
針木峠は人も知る如く、明治九年に新道が開鑿され、数年の後にそれが再び破壊されてしまってからは、籠川の河原や雪渓を辿ることなしに峠を通過することは殆んど不可能であった。若し之を避けて迂廻しようとすれば、更に多くの困難と危険とに遭遇しなければならぬ。それが為に針木越は悪絶険絶を以て世に鳴り渡った。富直線の未だ開通せざる以前に、信州方面から立山へ登るには大抵此峠を
佐藤春夫
「針金細工で詩をつくれ」 ――といふのは、わが畏友堀口大学の一般詩人に対する忠告であつて、亦、実に彼が近代詩の創作に赴かんとするに当つての宣言であつたやうに思はれる。いはゆるウヱットな詩情を放れて、ドライなところに詩を求めようとしたのでもあらうかと思ふ。かくて彼は感傷の野に詩の花を摘まず、知性の山に詩の石を求めた。 彼のゆゆしい志は、不敏なわたくしにもわから
中谷宇吉郎
この近年、日本中到るところで、釣が大流行のようである、實際のところ、釣くらい面白いものは、外に一寸あるまい。 この頃、無暗と忙しくて、ゆるゆると魚釣りに時を忘れるというような機會には、滅多に惠まれない。それだけに、子供の頃、北陸の湖の畔に育った私などには、昔の思い出がなつかしまれる。五寸もある鮒を釣り上げて、それが藻にからんだ時の、あの緊張感のようなものは、
佐藤垢石
小田原の筑紫誠一氏から、海岸でガラガラの投げ込み釣が大そう面白いからやって来ないか、という手紙が来たので、十六日午後から行って見た。ガラガラ釣とは、リール竿の海釣である。金属で作ったリールでなく、小田原の刳り物屋が作った木製の大きなリールで、それに約四十尋の人造テグスの太い道綸を巻き込み、竿は二本継一丈位。すこぶる頑丈に出来ている。鈎は二本の枝鈎で長い方が三
正木不如丘
二日早起諏訪湖畔から小淵沢迄汽車、富士見駅から超大型のリユツク・サツクを背負つて、名取運転手乗り込む。去年正月伴れて行つた小使君は、御勘弁願ひますと逃げてしまつた。穴釣りの面白さは分つても、寒さには降参したらしい。名取のリユツク・サツクには、炭二貫目、石油缶を二つぎりにした火鉢二ツ、それに餅一臼は入つて居るだらう。 小淵沢でしばらく待つと東京からの夜行がつく
佐藤垢石
釣人の気質にはいろいろある。けれど大別すると、大量に魚を釣りたい、その目的のためには他人の迷惑も顧みない、という人と、釣れぬでもよし、若し釣れれば運がいいのだ、一日水に親しんだだけで何の不足も感じない、という気持の人との二種になるようである。いずれもその人の性から来るものであるからどうということはないが、私は後者の気分を尊び度いと思う。とはいうものの、沢山魚
坂口安吾
釣り師の心境 坂口安吾 私は妙に魚釣りに縁のあるあたりに住んできたが、小田原で三日間ぐらい鮎釣りをした以外は魚を釣ったことがない。先日もお医者さんから、早朝の魚釣りなどは健康によろしいから、とすゝめられたが、なるほど今住むところも、わざ/\東京から釣りにくる人があって、それを目当てのボート屋などもある土地だが、釣りをする気持にはなれないのである。 駅前のカス
佐藤惣之助
最近の釣界の傾向として、唯釣ればいいといふ濫獲的な傾向が無くなつて、いかにして釣るかどうして釣れるか、といふ研究的な態度が多くなつて来たのは、先づ喜ぶべき傾向であらう。 尤もそれは、魚も昔のやうに不断には釣れなくなつたのにも帰因してゐるが、とにかく釣人にインテリゲンチヤが増加して来て、魚の習性や環境まで研究し、いかに巧緻に釣るか、いかに釣つて愉しむか、その心
佐藤惣之助
フイロソフイストは、「人は考へる為めに生れて来た」といふが、われわれフアンテエジストは、「人は空想する為めに生れて来た」と云つてもよい程、用もない時は空想ばかり駛らせてゐる。殊に一個の文章を書かうとする前、一つの考案を纏める前、さういふ時には、この空想の加速度によつて、多くその文章が破棄されることすらある。従つてその空想の奔馬は自在に荒れ狂つて、遂には果てし
佐藤垢石
幸田露伴博士は凝り屋で有名である。文学の方は本職であるから、別として、一般科学の知識に通暁して居て、家庭の道具でも、遊戯の機械でも自分の手でひねくって見なければ承知しない。 先生の趣味は格別で、利根川に於ける鱸の素人釣は先生が創始したといっても過言で無いかも知れぬ。三十数年前から利根川へ行って、今日まで釣った鱸の数は何百本とも知れぬだろう。それで錘も鈎も竿も
佐藤垢石
釣った魚の味 佐藤垢石 釣りは、主人が釣りそのものを楽しむということと共に、獲物の味を家族に満喫させるところに一層の興味がある。 ところが、獲物を釣り場に棄ててきたり、無意味に人に呉れたりする釣り人を見受けるのは甚だ心得ない。 つまり、これは主婦が獲物を喜ばない影響であるかも知れないのである。世の中には魚屋が持ってくる魚であれば、それが活きの悪いものであって