Vol. 2May 2026

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Biblioteca de conocimiento mundial de dominio público

Mostrando 9504 de 14.981 títulos

森の妖姫

小川未明

何の時代からであるか、信濃の国の或る山中に、一つの湖水がある。名を琵琶池といって神代ながらの青々とした水は声なく静かに神秘の色をたたえて、木影は水面の暗きまでに繁りに繁り合うている。人も稀にしか行かない処で、春、夏、秋、冬、鳥の啼声と、白雲の悠々と流れ行く姿を見るばかり。 偶々道に迷うて、旅人のこの辺まで踏み込んで、この物怖しの池の畔に来て見ると、こは不思議

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森山啓に

槙村浩

漠冥たる成層が旋律を地上で引き裂く私はあなたの健康がそれに耐え得るかを気遣ったこんな場合、あなたは物狂わしくなるにはあまりに古典的だそしてあなたのE線はひとりでに鳴ることを止め朽ちるまで鳴ることを止めようとした―――それは単に私の杞憂だったか困難な、漠冥たる成層の中で、あなたはまたE線を繋ぎ直した赤外や紫外や緑外を超えたその他一切の地下の光線をこだわりなく貫

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森の暗き夜

小川未明

女はひとり室の中に坐って、仕事をしていた。赤い爛れた眼のようなランプが、切れそうな細い針金に吊下っている。家の周囲には森林がある。夜は、次第にこの一つ家を襲って来た。 森には、黒い鳥が棲んでいる。よく枯れた木の枝などに止まっているのを見た。また白い毛の小さな獣物が、藪に走って行くのを見た。枯木というのは、幾年か前に雷が落ちて、枯れた木である。頭が二つの股に裂

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森本薫君について

岸田国士

森本薫君の作品を読むと非常に新しい美しさを感じるけれども、さてその森本君のほんたうの新しさといふものは何であるかよくわからないといふ批評があります。森本君の新しさは、今として、つまり、さういふぐあひに問題にされる性質のものと思ひます。今度偶然に、森本君の亡くなつた京都から『劇作』が再刊されることになりましたが、そのことは、何かしら『劇作』の新しい出発点に森本

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森林と樹木と動物

本多静六

(イ)洪水の豫防。 森林とは山や丘の一面に、こんもり木が生え茂つて、大きな深い林となつてゐる状態をいふのです。われ/\の遠い/\最初の祖先が、はじめてこの地球上に現れたころには、森林は、そのまゝ人間の住みかでもあり、また食べ物の出どころでもありました。たゞ今でも馬來半島のある野蠻人種は、木の枝の上に家を作つて住んでゐますが、これなどは、今言つたように、人間が

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森の絵

寺田寅彦

暖かい縁に背を丸くして横になる。小枝の先に散り残った枯れ/\の紅葉が目に見えぬ風にふるえ、時に蠅のような小さい虫が小春の日光を浴びて垣根の日陰を斜めに閃く。眩しくなった眼を室内へ移して鴨居を見ると、ここにも初冬の「森の絵」の額が薄ら寒く懸っている。 中景の右の方は樫か何かの森で、灰色をした逞しい大きな幹はスクスクと立ち並んで次第に暗い奥の方へつづく。隙間もな

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棲霞軒雑記

上村松園

棲霞軒雑記 上村松園 松園という雅号は鈴木松年先生が、先生の松の一字をとって下さったのと、絵を学びはじめたころ、私の店で宇治の茶商と取引きがあり、そこに銘茶のとれる茶園があったのとで、それにチナんで園をとり、「松園」とつけたものである。たしか私の第一回出品作「四季美人図」を出すとき松年先生が、 「ひとつ雅号をつけなくては」 と、仰言って考えて下さったもので、

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棺桶の花嫁

海野十三

棺桶の花嫁 海野十三 1 春だった。 花は爛漫と、梢に咲き乱れていた。 時が歩みを忘れてしまったような、遅い午後―― 講堂の硝子窓のなかに、少女のまるい下げ髪頭が、ときどきあっちへ動き、こっちへ動きするのが見えた。 教員室から、若い杜先生が姿をあらわした。 コンクリートの通路のうえを、コツコツと靴音をひびかせながらポイと講堂の扉をあけて、なかに這入っていった

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椅子と電車

原民喜

椅子と電車 原民喜 二人は暑い日盛りを用ありげに歩いた。電車通りの曲ったところから別に一つの通りが開けて、そのトンネルのやうな街に入ると何だか落着くのではあった。が、其処の街のフルーツ・パーラーに入って柔かいソファに腰掛けると猶のこと落着くやうな気がした。で、彼等は自分達がまたもや何時ものやうにコーヒーを飲みに行くのであることを暗黙のうちに意識してゐた。 電

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椋のミハイロ

プルスボレスワフ

鉄道工事も既う竣つた。 請負人は払ふべき手間を払ひ、胡魔化される丈け胡魔化してカスリを取り、労働者は皆一度に己が村々へ帰ることになつた。 路端の飯屋は昼前の大繁昌で、ビスケットを袋に詰める者もあれば、土産にウォットカを買ふ者もあり、又は其場で飲んで了ふ者もある。 それから上着を畳んで、肩へ投懸けて出掛けるとて、口々に、 「そんだら、椋よ達者で暮らせ……そんだ

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椋の実の思出

新美南吉

椋の實の思出 新美南吉 それは秋のこと――。丁度尋常五年の今頃だつた。いつもの樣に、背戸川の堤の上に青々と繁つて高く突き立つて居る椋の木に登つて、繁と、正彦と、勝次と、それから僕との四人は樂しく遊んで居た。 背戸川は長い照りでかんからだつた。川上の方からころがつて來た小さな圓い礫が一ぱい敷きつめてゐる上を、赤とんぼが可愛い影を落しながらスイスイと飛んでゐた。

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植物医師 郷土喜劇

宮沢賢治

時  一九二〇年代 処  盛岡市郊外 人物 爾薩待 正  開業したての植物医師 ペンキ屋徒弟 農民 一 農民 二 農民 三 農民 四 農民 五 農民 六 幕あく。 粗末なバラック室、卓子二、一は顕微鏡を載せ一は客用、椅子二、爾薩待正 椅子に坐り心配そうに新聞を見て居る。立ってそわそわそこらを直したりする。 「今日はあ。」 「はぁい。」(爾薩待忙しく身づくろい

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植物知識

牧野富太郎

花は、率直にいえば生殖器である。有名な蘭学者の宇田川榕庵先生は、彼の著『植学啓源』に、「花は動物の陰処の如し、生産蕃息の資て始まる所なり」と書いておられる。すなわち花は誠に美麗で、且つ趣味に富んだ生殖器であって、動物の醜い生殖器とは雲泥の差があり、とても比べものにはならない。そして見たところなんの醜悪なところは一点もこれなく、まったく美点に充ち満ちている。ま

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椎の実

橋本多佳子

私は淋しがり屋と云はれてその時はいやだつたが、考へて見るとさう云はれても又仕方がないことでもあつた。友達などに会つてゐると、別れたあとの淋しさがいやで、知らぬうちに一生懸命なんとかしてと引留め策を考へてゐるのである。だから人中にゐる間ぢゆう淋しがりやであるのは本当で、人にさう感じられるのも仕方ないことである。 私は時折句を作りに奈良の森林へゆく。大抵ひとりだ

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椎の木

豊島与志雄

がけの上のひろい庭に、大きな椎の木がありました。何百年たったかわからない、古い大きな木でした。根かぶが張りひろがり、幹がまっすぐにつき立ち、頂の方は、古枝が枯れ落ちて、新たな小枝がこんもりと茂っていました。朝日がさすと、若葉がさわさわと波だち、椋鳥や雀がなきたてました。 春さきのこと、あたたかいそよ風が吹いて、この椎の木も笑ってるようでした。 その根もとに、

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椎の木

豊島与志雄

椎の木 豊島与志雄 一 牧野良一は、奥日光の旅から帰ると、ゆっくり四五日かかって、書信の整理をしたり、勉強のプランをたてたりして、それから、まっさきに、川村さんを訪れてみた。 川村さんはもう五十近い年頃で、妻も子もなく、独りで老婢をやとって暮していた。学者だが、何が専門で何が本職だか分らなかった。書斎にはいろんな書物がぎっしり並んでおり、雑誌や新聞に詩や批評

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椎の若葉

葛西善蔵

六月半ば、梅雨晴れの午前の光りを浴びてゐる椎の若葉の趣を、ありがたくしみ/″\と眺めやつた。鎌倉行き、売る、売り物――三題話し見たやうなこの頃の生活ぶりの間に、ふと、下宿の二階の窓から、他家のお屋敷の庭の椎の木なんだが実に美しく生々した感じの、光りを求め、光りを浴び、光りに戯れてゐるやうな若葉のおもむきは、自分の身の、殊にこのごろの弱りかけ間違ひだらけの生き

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椎の若葉

葛西善蔵

六月半ば、梅雨晴れの午前の光りを浴びてゐる椎の若葉の趣を、ありがたくしみじみと眺めやつた。鎌倉行き、賣る、賣り物――三題話し見たやうなこの頃の生活ぶりの間に、ふと、下宿の二階の窓から、他家のお屋敷の庭の椎の木なんだが實に美しく生々した感じの、光りを求め、光りを浴び、光りに戯れてゐるやうな若葉のおもむきは、自分の身の、殊にこのごろの弱りかけ間違ひだらけの生き方

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椎茸の話

北大路魯山人

椎茸の話 北大路魯山人 どこの国、いずこの地方に行ってもお国自慢というものがある。歴史、人物、料理、産物など、時に応じ、人によってお国自慢の仕方も違う。生椎茸を例にとるなら、やはり例外でなく、京都の人は「京都の生椎茸はどんなもんだい」と誇りがましくいうし、地方の人も「お国の山の椎茸は必ずしも京都に劣らぬ」と負けてはいない。生椎茸にかぎらず、他のどんな産物でも

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椎茸と雄弁

岸田国士

昭和農産工業社の社長室。 アカハラ、考へ込みながら登場。室内をぶらぶら歩きまはる。 アカハラ  すべてやり方を変へなけれやならん。政治も教育も、今までは、まるであべこべのことをやつてゐたやうなもんだ。商売もその通り、目前の利益ばかり考へて、いつたい何ができる? しかし、問題は、損をして得をとる機会がいつ来るかといふことだ。損はこつち、得は向うではなんにもなら

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検疫と荷物検査

杉村楚人冠

午後三時十五分にゴールデンゲートを過ぎてから、今迄にもう何時間経つたと思ふぞ。 先づ検疫船が来て検疫医が乗り込む。一等船客一同大食堂に呼び集められて、事務長が変な所にアクセントをつけて船客の名を読み上げる。読み上げられた者は、一人々々検疫医の列んだ段階子の下を通つて上へ出て行く。『ミストル・アサヤーマ』。「ヤ」で調子を上げて少し引ツ張つて「マ」で下げる。成程

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椰子の樹

クローデルポール

われらが故里の國の樹木は、すべて人間のやうに直立してゐて、しかも不動である。其根を土に突込んで、腕を廣げたままでゐる。ここはさうでない。靈木榕樹は單獨に聳えたつのではなく、多くの絲を吊下げて、地の胸を撫探し、宛も自ら築きたつ殿堂のやうだ。しかしこれから椰子の樹のことを語らう。 この樹には枝が無い、幹の頂上に椰子の葉の房を翳してゐる。 椰子の葉は勝利の章、中空

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椰子蟹

宮原晃一郎

椰子蟹 宮原晃一郎 一 暑い暑い、どんな色の白い人でも、三日もおれば直ぐ黒ん坊になる程暑い南洋の島々には椰子蟹がおります。椰子蟹て何? 椰子の実を喰べる蟹です。じゃ椰子て何? 椰子は樹です、棕櫚に似た樹です。けれども実は胡桃に似ています。胡桃よりも、もっともっと大きな、胡桃を五十も合せた程大きな実です。胡桃のように堅い核が、柔かな肉の中にあります。それを割る

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