Vol. 2May 2026

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Biblioteca de conocimiento mundial de dominio público

Mostrando 9528 de 14.981 títulos

椿子物語

高浜虚子

私は鎌倉の俳小屋の椅子に腰をかけて庭を眺めてゐた。 俳小屋といふのは私の書斎の名前である。もとは子供の部屋であつて、小諸に疎開して居る時分は物置になつてゐて、ろくに掃除もせず、乱雑に物を置いたまゝになつてゐた。三年越しに小諸から帰つて来た時に、そこを片附けて机を置いて仮りの書斎とした。積んであるものは俳書ばかりで、それが乱雑に置いてあり、その他には俳句に関す

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「椿」序

田山花袋

最近五六年間に書いた小品を集めて『椿』といふのは、別に意味のあることではない。丁度それを輯めようとする頃、椿の花が殊に私の眼に附いたからである。私は丁度其時友人のフランスに立つのを送つて、箱根まで行つた。国府津、酒勾、鎌倉の海岸には、葉の緑に、花の紅い野椿が到る処に咲いてゐて、それが降りしきる雨の中にはつきり見えてゐた。私は南国の春を想像した。椿油の出来る島

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椿の花の赤

豊島与志雄

椿の花の赤 豊島与志雄 この不思議な事件は、全く思いがけないものであって、確かな解釈のしようもないので、それだけまた、深く私の心を打った。 別所次生が校正係として勤めていた書肆の編輯員に、私の懇意な者があり、別所について次のように私に語った。 「特にこれといって注意をひくような点は、見当りませんがね。ただ、しいて云えば、ひどくおとなしい男で、少しも他人と争う

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楊先生

豊島与志雄

楊先生――私達の間では彼はいつもそう呼ばれた。一種の親しみと敬意とをこめた呼称なのである。父は日本人で、母は中国人であって、中華民国に国籍がある。 長らく東京の本郷区内に住んでいたが、最近、関西方面へ飄然と旅立っていった。恐らく、中国へ帰るつもりでいるらしいと、私には思える。追想は深い。 この楊先生を、今年の三月の或る夕方、私は通りがかりに訪れてみたことがあ

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楊雄と法言

狩野直喜

從來漢土儒林の人を觀るに、漢の楊雄程其人物學問に對する評價の一致せぬものはない。一方に於て、孟子以後の第一人と尊崇さるゝかと思へば、また他方では利祿を貪り、權勢に阿り、全く道義羞惡の念なき、人格陋劣のしれもので、其學術亦た淺薄にして見るに足らずと、一概に罵詈をあびせかけられて居る。元來何れの國、何れの時代でも、また帝王政治家學者たるとに論なく、其生時には毀譽

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楚囚之詩

北村透谷

余は遂に一詩を作り上げました。大胆にも是《こ》れを書肆《しよし》の手に渡して知己及び文学に志ある江湖《こうこ》の諸兄に頒《わか》たんとまでは決心しましたが、実の処躊躇《ちゆうちよ》しました。余は実に多年斯《かく》の如き者を作らんことに心を寄せて居ました。が然し、如何《いか》にも非常の改革、至大艱難《かんなん》の事業なれば今日までは黙過して居たのです。  或時

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楞迦窟老大師の一年忌に当りて

鈴木大拙

月日のたつのは誠に早い、楞伽窟の遷化せられてから、もう一年を経過した。昨日今日のように思うて居たが、この分で進めば三年も七年も間もなく過ぎることであろう。そうして他人と自分と皆悉く「永遠」と云うものの裡に吸い込まれて行く。人生も意義があるような、ないような、妙なものである。「永遠」を「刹那」に見て行けば、刹那刹那に無限の義理があるとも云えるが。それでも刹那は

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楠公夫人

上村松園

楠公夫人 上村松園 自分の思う絵を、私は機運がくると、たちまちそれの鬼となって、火の如き熱情を注いで――これまでにずいぶんと数多くの制作をして来た。 展覧会に発表したそれら大作の数だけでも一百枚にのぼるであろう。 描きたい絵はまだまだ沢山ある。展覧会に出品する画材は、前もって発表するということは興を削ぐので、それだけは私の胸中にそれを制作する機運の来るまで発

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楠の話

豊島与志雄

その頃私の家は田舎の広い屋敷に在った。屋敷の中には、竹籔があり池があり墓地があり木立があり広い庭があり、また一寸した野菜畑もあった。私は子供時代に、屋敷から殆んど一歩もふみ出さないで面白く遊び廻ることが出来た。そして私の幼い心の最大の誇りは、屋敷の隅にある大きい楠だった。数十間真直に聳えた幹の根元は、それ全体が瘤のように円く膨らんで、十尋に余るほどの大きさだ

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楡の家

堀辰雄

楡の家 堀辰雄 第一部 一九二六年九月七日、O村にて 菜穂子、 私はこの日記をお前にいつか読んで貰うために書いておこうと思う。私が死んでから何年か立って、どうしたのかこの頃ちっとも私と口を利こうとはしないお前にも、もっと打ちとけて話しておけばよかったろうと思う時が来るだろう。そんな折のために、この日記を書いておいてやりたいのだ。そういう折に思いがけなくこの日

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楡の花

中谷宇吉郎

私の今つとめている札幌の大学は、楡(エルム)の樹で有名である。 緑の芝生がつやつやと滑らかで、そのところどころに大きい楡の樹が立ち、鮮かな緑の葉が天蓋のように空を蔽っている。夏の陽光に映えたその木蔭から、もとは白壁の校舎が点々と見えた。 全体の様子は、ニューイングランドの或る学校の構内を、そのまま真似たという話である。そしてエルムの学園などという言葉が、戦前

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ここが楢山 〈母を語る〉

小津安二郎

母は明治八年生れ。三男二女をもうけて、僕はその二男に当る。他の兄妹は、それぞれ嫁をもらい、嫁にゆき、残った母と僕との生活が始まってもう二十年以上になる。 一人者の僕の処が居心地がいいのか、まだまだ僕から目が放せないのか、それは分らないが、とにかく、のんきに二人で暮している。 母は、朝早く夜早く、僕はその反対だから家にいても滅多にめしも一緒に食わない。 去年頃

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楢ノ木大学士の野宿

宮沢賢治

楢ノ木大学士の野宿 宮沢賢治 楢ノ木大学士は宝石学の専門だ。 ある晩大学士の小さな家へ、 「貝の火兄弟商会」の、 赤鼻の支配人がやって来た。 「先生、ごく上等の蛋白石の注文があるのですがどうでしょう、お探しをねがえませんでしょうか。もっともごくごく上等のやつをほしいのです。何せ相手がグリーンランドの途方もない成金ですから、ありふれたものじゃなかなか承知しない

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楢ノ木大学士の野宿

宮沢賢治

楢ノ木大学士の野宿 宮沢賢治 楢ノ木大学士は宝石学の専門だ。 ある晩大学士の小さな家へ、 「貝の火兄弟商会」の、 赤鼻の支配人がやって来た。 「先生、ごく上等の蛋白石の注文があるのですがどうでせう、お探しをねがへませんでせうか。もっともごくごく上等のやつをほしいのです。何せ相手がグリーンランドの途方もない成金ですから、ありふれたものぢゃなかなか承知しないんで

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楢の若葉

佐藤垢石

楢の若葉 佐藤垢石 いま、想いだしても、その時のことがはっきりと頭に浮かび、眼にも描かれる。 三十五、六年前の四月二十四日のひる前であった。私は十二、三歳の少年。父は三十七、八歳。溢れるような元気に満ちた壮者であったに違いない。 はやは、利根川の雪代水を下流から上流へ上流へと遡ってきた。はやという魚は、おいしいとほめるほどでもないが、産卵期が近づくと、にわか

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業者と美術家の覚醒を促す

宮本百合子

業者と美術家の覚醒を促す 宮本百合子 最近豪華版とか、限定版とか称する書籍を見る。少い部数で、一々本の番号を付し、非常に立派な装幀で、一見洵に豪華なものである。限られた少数の富裕な見手を目当てにしたものだろう。私達から見れば此上なく意味のないもので、読んで見て魂消る場合が屡々ある。内容と形式とが全然一致しないのである。何々文庫と称する十銭二十銭のものにどれだ

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業苦

嘉村礒多

業苦 嘉村礒多 只、假初の風邪だと思つてなほざりにしたのが不可かつた。たうとう三十九度餘りも熱を出し、圭一郎は、勤め先である濱町の酒新聞社を休まねばならなかつた。床に臥せつて熱に魘される間も、主人の機嫌を損じはしまいかと、それが譫言にまで出る程絶えず惧れられた。三日目の朝、呼び出しの速達が來た。熱さへ降れば直ぐに出社するからとあれだけ哀願して置いたものを、さ

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極夜の記

牧野信一

静かな、初秋の夜である。 もう、幾日といふことなく、漫然とまつたく同じ夜ばかりを送り迎へてゐるのだが、夜毎に静けさが増して来るやうだ。 要があつて、斯うしてゐるわけではない、昼間ぐつすりと眠るので、夜は眠れないだけのことである、不思議はないのだ。神経衰弱でもなければ、不眠症とかといふ病ひでもない、簡単な昼・夜転換なのである。沁々退屈した。独りで毎晩、余儀なく

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極めて家庭的に

木村好子

すそを吹き上げる 北風は凍り おおいのない、野天の井戸 洗い物をしぼる手はまっ赤 お前は温順 お前は過去の女 ぱっと冷いしぶきがとびかかる 私は空を仰いだ くらくらと瞼をおおう おもい冬空 生活はつづく 新しいものと 古いものが ごっちゃになってどんでんがえり 新しいモラルの前では 或る女たちが特権を以て針を折り ひしゃくを投げすて 昨日のくびきをふりほどく

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極楽とんぼ

野口雨情

うるほひのない生活は死灰である。人生は死灰ではなかつた。 民謡は、ただちに民衆と握手し、民族生活の情緒をつたふ唯一の郷土詩であり、土の自然詩である。 民衆の握手もなく、人生にもたらすうるほひもなく、郷土的色彩もなき作品は、われらの欲する詩ではなかつた。 極楽蜻蛉は、いささかなりとも民族生活の情緒をつたへたい、わが小民謡集である。 民謡は、心読の詩ではない、耳

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楽器の生命

小川未明

音楽というものは、いったい悲しい感じを人々の心に与えるものです。いい楽器になればなるほど、その細かな波動が、いっそう鋭く魂に食い入るように、ますます悲しい感じをそそるのであります。そして、奏でる人が、名手になればなるほど、堪えがたい思いがされるのでした。 愉快な楽器があったら、どんなに人々がなぐさめられるであろうと、ある無名な音楽家は考えました。 その人は、

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ロツパの「楽天公子」

岸田国士

ロツパの「楽天公子」 岸田國士 私の分担は「ロツパ劇」である。有楽座の初日を観る。幸ひ、獅子文六の「楽天公子」が脚色上演されてゐる。幸ひといふのは、これならどこか観どころがあるだらうと思つたからだ。獅子文六は私の嘱目するユウモア作家である。パリジヤニズムのラテン的機智と、江戸末期の洒落本調とを現代世相の諷刺に利かしたカクテルが、一種独特な香気と舌ざわりをもつ

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