Vol. 2May 2026

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Biblioteca de conocimiento mundial de dominio público

Mostrando 9792 de 14.981 títulos

母の心

小川未明

この前の事変に、父親は戦死して、後は、母と子の二人で暮らしていました。 良吉は、小学校を終わると、都へ出て働いたのであります。ただ一人、故郷へ残してきた母親のことを思うと、いつでも熱い涙が、目頭にわくのでした。 「いまごろ、お母さんはどうなさっているだろう。」 仕事をしていても、心で、ありありと、あのさびしい松並木のつづく、田舎道が見えるのでした。橋を渡り、

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お母さんの思ひ出

土田耕平

私が十一か二の年の冬の夜だつたと覚えてゐる。お父さんは役所の宿直番で、私はお母さんと二人炬燵にさしむかひにあたつてゐた。背戸の丸木川の水も、氷りつめて、しん/\と寒さが身にしみるやうだ。お母さんは縫物をしてゐる。私は太閤記かなんぞ読みふけつてゐる。二人とも黙りこくつて、大分夜も更けた頃だつた。 「孝一や。」 とお母さんが呼んだ。私は本が面白くて、釣りこまれて

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母性愛の蟹

中谷宇吉郎

加賀の蟹は、東京などにもよく知られている。いわゆる「ずわい蟹」という。脚の長い形のよい蟹である。 この蟹は、一般には、越前蟹と呼ばれているが、肉は白い大理石のような色をしていて、きめのこまかい締った肉の歯ごたえが、誰にも喜ばれている。 しかしこの蟹とほとんど同じ時期に、「こうばく蟹」という小さい蟹も、北陸の沿岸では、たくさん漁れている。甲の大きさは、直径二寸

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母を恋うる記

谷崎潤一郎

いにしへに恋ふる鳥かもゆづる葉の 三井の上よりなき渡り行く ―――万葉集――― ………空はどんよりと曇って居るけれど、月は深い雲の奥に呑まれて居るけれど、それでも何処からか光が洩れて来るのであろう、外の面は白々と明るくなって居るのである。その明るさは、明るいと思えば可なり明るいようで、路ばたの小石までがはっきりと見えるほどでありながら、何だか眼の前がもやもや

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母の手紙

中野鈴子

幸助けさ 手紙をうけとったやっぱり達者でいてくれたかわたしは思わず手紙をおしいただいただもしやこの暑さでやられてでもいるのではないかと心配していたに牢やの中はどんなに暑いじゃろうねいそここそ地獄じゃもの夏は出来るだけ暑いように冬はなるべく寒いように仕掛けてあるんじゃろうさかいねコンクリで囲うた窓一つない箱みたいな建て物じゃと言うでないかようく 障りなくいてく

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母の日

槙本楠郎

新しいランドセルを脊負ひ、新しい草履袋をさげて、一年生の進ちやんは、元気よく学校から帰つて来ました。 「ただいまア!」 「はい、お帰りなさい。早かつたわねえ。」 さう云つてお母様が、すぐニコニコして玄関に出ていらつしやると、進ちやんは帽子をとり、靴をぬぎながら、お母様にききました。 「ママ、今日、ほんとに何も買はなかつた? ほんとに、夕御飯のおこしらへ、なん

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母校を去るにのぞみて

槙村浩

(一)思へば四年の其の間 教へを受けし学び舎に 今日ぞ別れん別れても 心はなどて別るべき(二)我は学びぬこの部屋に 我は遊びぬこの庭に 一つ/\の思ひ出に 今ぞ身にしむ師の教(三)桜の花に送られて 小鳥の声に励まされ 学びの林ふみ分けて 希望の山に登りなむ(四)草鞋ふみしめふみ鳴らし 名残は尽きぬ学び舎に いざや別れん師と友に 「さきくましませ」師よ友よ(大

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母校復興

佐々木邦

私立中学校の同窓生懇親会である。卒業生は在学生と違って時間を守る責任を感じない。学校当局もそれを見越して五時に始めるところを謄写版の案内状には四時と書いた。それでも定刻少し過ぎると薄汚い校舎の一室が活気を呈し始めて、 「やあ、スパローが来ているな」 「うん、然ういうお前は虎公かい? 変りやがったなあ!」 「驚いたよ」 「おれも変ったかい?」 というような原始

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母の死

中勘助

これらの断片は昭和九年九月の初旬母が重態に陥ったときから十月の初旬その最後のときまでのあいだに書かれたものである。 断片。この愛別離苦のうちから私が人人におくる贈り物は「律法を妄りに人情の自然のうえにおくな」という忠告である。私どもは世の親と子があるように、はたあるべきようにお互に心から愛しあっていながら、すくなくとも私のほうではよくそれを承知していながら真

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母を殺した少年

坂口安吾

母を殺した少年 坂口安吾 雪国生れの人々は気候のために故郷を呪ひがちであつた。いつもいつも灰色の空。太陽は生命と希望の象徴であるが、象徴を失ふことが現実に希望と生命を去勢する無力さを、彼等は知らねばならなかつた。ためらひや要心や気憶れや、人間関係の弱さだけで沢山だつた。そのうへまるで植物のやうに自然界の弱さまで思ひ知らねばならないのだ。雪国の叡智を育てるもの

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母犬

小川未明

どこから、追われてきたのか、あまり大きくない雌犬がありました。全身の毛が黒く、顔だけが白くて、きつねかさるに似て、形は、かわいげがないというよりは、なんだか気味悪い気がしたのであります。だから子供たちは、この犬を見ると、石を拾って投げつけたり、なにもしないのに、追いかけたりしました。犬はますますおどおどとして、人の顔を見れば逃げるようになりました。 ペスやポ

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母親

豊島与志雄

母親 豊島与志雄 ――癖というのか、習慣というのか、へんなことが知らず識らずに身についてくる。吉岡にもそれがあった。十一月十五日、七・五・三の祝い日に、彼は炬燵開きをするのだった。炬燵開きといっても、大したことではない。独身の貧しい彼のことだ。押入の片隅から、古ぼけた炬燵と薄い掛布団とを取り出し、ぱっぱっと埃を払い、炭火を入れれば、それでよい。日当りのよい六

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母親に憑る霊

田中貢太郎

大正八年二月二十六日、西比利亜出征の田中中佐の一隊は、過激派軍のために包囲せられて、クスラムスコエ附近で全滅したが、悲壮極まるその戦闘で、名誉の戦死を遂げた小島勇次郎と云う軍曹は、大分県大野郡東大野村の出身であった。 その勇士小島勇次郎が戦死してから半ヶ月ばかり経ってのこと、その生家では年とった母親が、某夜突然寝床の上に飛び起きて叫んだ。 「起きてくれ、お父

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母の話

フランスアナトール

前がき アナトール・フランスは本名をアナトール・チボーといい、フランスでも第一流の文学者であります。千八百四十四年、パリの商家に生まれ、少年の頃から書物の中で育ったといわれるくらい沢山の本を読みました。それもただ沢山の本を読んだというだけでなく、昔の偉い学者や作家の書いた本を実に楽しんで読んだのです。 彼は、詩、小説、戯曲、評論、伝記、その他いろいろなものを

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わが母を語る

上村松園

わが母を語る 上村松園 竹を割ったような性格 私の母は、一口にいうと男勝りな、しっかり者でしたな。私は母の二十六歳の時生まれ、四つ年上の姉が一人だけありました。私の生まれたのは、明治八年四月二十三日、私の父が死んだのが同じ年の二月。つまり母は、主人を失ってから私を生んだわけです。父は四条御幸町に店を構え、茶舗を創めたばかりのところでした。そんな時に、父が亡く

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お母さん達

新美南吉

お母さんになつた小鳥が木の上の巣の中で卵をあたためてをりました。するとまた今日も牝牛がその下へやつて來ました。 「小鳥さん、今日は。」と牝牛がいひました。 「まだ卵は孵りませんか。」 「まだ孵りません。」と小鳥は答へていひました。 「あなたの赤ちやんはまだですか。」 「だん/\お腹の中で大きくなつてまゐります。もう十日もしたら生れませう。」と牝牛はいひました

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毒気

牧野信一

「傍の者までがいらいらして来る。」 私が、毎日あまりに所在なく退屈さうに碌々としてゐるので、母も、相当の迷惑をおしかくしながら、私のために気の毒がるやうにそんなことを云つた。――「折角、みんなと一処に来てゐるのにね。」 「えゝ、だけど別段、――別段、どうもね、これと云つて……せめて海でもおだやかになつて呉れると好いんだがな。」と、私はぼんやり天井を視詰めたま

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毒もみのすきな署長さん

宮沢賢治

四つのつめたい谷川が、カラコン山の氷河から出て、ごうごう白い泡をはいて、プハラの国にはいるのでした。四つの川はプハラの町で集って一つの大きなしずかな川になりました。その川はふだんは水もすきとおり、淵には雲や樹の影もうつるのでしたが、一ぺん洪水になると、幅十町もある楊の生えた広い河原が、恐ろしく咆える水で、いっぱいになってしまったのです。けれども水が退きますと

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「毒と薬」序

田山花袋

三四年前からいろいろに思ひ悩んだ記録の一つで感じ得たところのものを決してすつかり書き得たとは思はないが、断片的にも静観の心地には浸つてゐるつもりである。勿論この心地は容易に悟入することは出来ないもので、私などにしても、一進一退、纔かに寸を進めて尺を退くの愚を敢てする事の多いのを常に自ら憐んでゐるのである。しかし私に取つては、この記録は決して徒爾ではなかつた。

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毒蛾

宮沢賢治

毒蛾 宮沢賢治 私は今日のひるすぎ、イーハトブ地方への出張から帰ったばかりです。私は文部局の巡回視学官ですから、どうしても始終出張ばかりしてゐます。私が行くと、どこの学校でも、先生も生徒も、大へん緊張します。 さて、今度のイーハトブの旅行中で、私は大へんめづらしいものを見ました。新聞にも盛んに出てゐましたが、あの毒蛾です、あれが実にひどくあの地方に発生したの

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毒と迷信

小酒井不木

ダーウインの進化論を、明快なる筆により、通俗的に説明せしことを以て名高い英国の医学者ハツクスレーが、「医術は凡ての科学の乳母だ」といつたのは蓋し至言といはねばなるまい。何となれば、吾人の祖先即ち原始人類が、この世を征服するために最も必要なりしことは主として野獣との争闘であり、従つて野獣を殺すための毒矢の必要、又負傷したときの創の手当の必要等からして、医術は人

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比喩

原民喜

比喩 原民喜 机を前にして二人の少年は坐ってゐた。ガラス窓の外には寒さうな山があった。話は杜絶え勝ちだった。時間がここでは悠久に流れてゐた。 「君は馬鹿だよ、僕は君を軽蔑してゐるのだが、ただ便宜上交際ってるのだよ。」と一人は腹の底でさう囁いたが、口に出しては云はなかった。仮りにこんなことが平気で云へて、相手も平気で聞き流して呉れたら、さぞ面白いだらうに、と彼

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比較科学論

中谷宇吉郎

科学が今日のように発達して来ると、専門の分野が、非常に多岐に分れて、研究の方法も、千差万別の観を呈している。事実、使われている機械や、研究遂行のやり方を見ると、正に千差万別である。しかしそれらの研究方法を概観すると、二つの型に分類することができる。 その一つは、今日精密科学といわれている科学のほとんど全分野にわたって、用いられている研究の型である。問題を詳細

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比較言語学における統計的研究法の可能性について

寺田寅彦

比較言語学における統計的研究法の可能性について 寺田寅彦 言語の不思議は早くから自分の頭の中にかなり根深い疑問の種を植え付けていたもののようである。六七歳のころ、始めて従兄から英語の手ほどきを教えられた時に、最初に出会ったセンテンスは、たしか「猿が手を持つ」というのであった。その時、まず冠詞というものの「存在理由」がはなはだしく不可解なものに思われた。The

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