Vol. 2May 2026

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Biblioteca de conocimiento mundial de dominio público

14,981종 중 10,440종 표시

熱意

北村透谷

熱意 北村透谷 真贄の隣に熱意なる者あり。人性の中に若し「熱意」なる原素を取去らば、詩人といふ職業は今日の栄誉を荷ふこと能はざるべし。すべての情感の底に「熱意」あり。すべての事業の底に熱意あり。凡ての愛情の底に熱意あり。若しヒユーマニチーの中に「熱意」なるもの無かりせば、恐らく人間は歴史なき他の四足動物の如くなりしなるべし。 労働と休眠は物質的人間の大法なり

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熱海へ

牧野信一

彼は徳利を倒にして、細君の顔を見返つた。 「未だ!」周子はわざとらしく眼を丸くした。 「早く! それでもうお終ひだ。」特別な事情がある為に、それで余計に飲むのだ、と察しられたりしてはつらかつたので、彼は殊更に放胆らしく「馬鹿に今晩は寒いな。さつぱり暖まらないや。」と附け足した。だが事実はもう余程酔つてゐたので、嘘でもそんな言葉を吐いて見ると、心もそれに伴れて

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熱海線私語

牧野信一

熱海線私語 牧野信一 一 一九三四年、秋――伊豆、丹那トンネルが開通して、それまでの「熱海線」といふ名称が抹殺された。そして「富士」「つばめ」「さくら」などの特急列車が快速力をあげて、私達の思ひ出を、同時に抹殺した。帝国鉄道全図の上から見るならば、僅々十哩? 程度の距離であるが、生れて四十年、東京と小田原、小田原と熱海の他は滅多に汽車の旅を知らぬ蛙のやうな私

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熱い砂の上

牧野信一

駆け出した、とても歩いたりしてはをられなかつたから――砂が猛々しく焦けてゐて誰にも到底素足では踏み堪へられなかつた。 「熱い/\!」 「素晴しい暑さだ!」 「競争! 競争! 波打ちぎはまで――」 三人の若者と二人の娘が脱衣場から飛び出て、砂を踏んで見ると、熱さに吃驚して、ピヨン/\と跳ねあがりながら夢中で波打ちぎはを目がけて駆けて行つた。 「厭々々! 誰か―

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熱き茶色

宮本百合子

熱き茶色 宮本百合子 もし私が肖像画家であったら、徳田球一氏を描くときどの点に一番苦心するだろうかと思う。例えば、徳田さんの眼は、独特である。南方風な瞼のきれ工合に特徴があるばかりでなく、その眼の動き、眼光が、ひとくちに云えば極めて精悍であるが、この人の男らしいユーモアが何かの折、その眼の中に愛嬌となって閃めくとき、内奥にある温かさの全幅が実に真率に表現され

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熱い風

牧野信一

強ひては生活のかたちに何んな類ひの理想をも持たない、止め度もなく愚かに唯心的な私であつた。――いつも、いつも、たゞ胸一杯に茫漠と、そして切なく、幻の花輪車がくるくる廻つてゐるのを持てあましてゐるだけの私であつた。廻つて、廻つて、稍ともすると凄まじい煙幕に魂を掻き消された。 私は、そんな自分を擬阿片喫煙者と称んでゐたが、私の阿片は、屡々陶酔の埒を飛び越えて、力

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燃える電車

片山広子

昭和二十六年四月二十四日、午後一時四十分ごろ、京浜線桜木町ゆき電車が桜木町駅ホームに正に入らうとする直前、最前車の屋根から火花を発して忽ちの間に一番目の車は火の海となり、あわてて急停車したが、二番目の車にも火が移つて、最前車は全焼、二番目は半焼し、この二台の車にいつぱい乗つてゐた乗客たちは火の中から脱け出さうとしても、ドアが開かず、百何十人かの男女、子供も赤

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燃ゆる頬

堀辰雄

燃ゆる頬 堀辰雄 私は十七になった。そして中学校から高等学校へはいったばかりの時分であった。 私の両親は、私が彼等の許であんまり神経質に育つことを恐れて、私をそこの寄宿舎に入れた。そういう環境の変化は、私の性格にいちじるしい影響を与えずにはおかなかった。それによって、私の少年時からの脱皮は、気味悪いまでに促されつつあった。 寄宿舎は、あたかも蜂の巣のように、

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燃ゆる頬

堀辰雄

私は十七になつた。そして中學校から高等學校へはひつたばかりの時分であつた。 私の兩親は、私が彼等の許であんまり神經質に育つことを恐れて、私をそこの寄宿舍に入れた。さういふ環境の變化は、私の性格にいちじるしい影響を與へずにはおかなかつた。それによつて、私の少年時からの脱皮は、氣味惡いまでに促されつつあつた。 寄宿舍は、あたかも蜂の巣のやうに、いくつもの小さい部

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燕尾服着初めの記

徳冨蘆花

燕尾服着初の記 徳富盧花 (一) 此れは逗子の浦曲に住む漁師にて候、吾れいまだ天長節外務大臣の夜会てふものを見ず候ほどに、――と能がゝりの足どり怪しく明治卅二年十一月三日の夕方のそり/\新橋停車場の改札口を出で来れるは、斯く申す小生なり。 懐中には外務大臣子爵青木周蔵、子爵夫人エリサベツトの名を署したる一葉の夜会招待券を後生大事と風呂敷に包みて入れたり。そも

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燕枝芸談

談洲楼燕枝二代

燕枝芸談 談洲楼燕枝(二代) ○ 本年三月十一日、私は寄席を引退するといふことを日本橋倶楽部で披露いたしました。その事は既に新聞でも御承知の通りでありますが、抑々私が噺家にならうといふ心持を持つたのはどういふ動機からであるか、先づそれからお話を初めたいと思ひます。 どだい私は芸人の家に生れたものでは無く親は三縁山増上寺の法衣の御用を足して居りまして、代々芝の

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牧野信一

寒い晩だつた。密閉した室で、赫々と火を起した火鉢に凭つて、彼は坐つて居た。未だ宵のうちなのに周囲には、寂として声がなかつた。 彼は二三日前から病気と称して引籠つて居た。別に、どこがどう、といふのではなかつたが、それからそれへ眠り続けた勢か、頭は恰でボール箱の如くに空漠として、その上重苦しい酒の酔が錆び付いてるやうで、起きる決心が付かなかつたのである。焦れぬい

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金子ふみ子

父 金子ふみ子 私の記憶は私の四歳頃のことまでさかのぼることができる。その頃私は、私の生みの親たちと一緒に横浜の寿町に住んでいた。 父が何をしていたのか、むろん私は知らなかった。あとできいたところによると、父はその頃、寿警察署の刑事かなんかを勤めていたようである。 私の思出からは、この頃のほんの少しの間だけが私の天国であったように思う。なぜなら、私は父に非常

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太宰治

父 太宰治 イサク、父アブラハムに語りて、 父よ、と曰ふ。 彼、答へて、 子よ、われ此にあり、 といひければ、 ――創世記二十二ノ七 義のために、わが子を犠牲にするという事は、人類がはじまって、すぐその直後に起った。信仰の祖といわれているアブラハムが、その信仰の義のために、わが子を殺そうとした事は、旧約の創世記に録されていて有名である。 ヱホバ、アブラハムを

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よみがへる父

原民喜

父の十七回忌に帰って、その時彼の縁談が成立したのだから、これも仏の手びきだらうと母は云ふ。その法会の時、彼は長いこと正坐してゐたため、足が棒のやうになったが、焼香に立上って、仏壇を見ると、何かほのぼのと暗い空気の奥に光る、かなしく、なつかしい夢のやうなものを感じた。 彼は奈良に立寄って、大仏を見た。その時、かたはらに妻がゐると云ふことがもう古代からのことのや

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お父さん

林芙美子

お父さん 林芙美子 1 僕はおとうさんが好きです。 おとうさんは、まるい顔をしています。このあいだ軍隊からかえってきました。僕は三年もおとうさんと会わなかったのです。おとうさんは、僕が寝ているうちにかえってきました。お土産に熊の仔を貰いました。熊の仔は、黒い木で刻んだものです。おとうさんは北海道に行つていたのです。 いつも僕は六時に起きて、妹や弟とおかあさん

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父の俤

佐藤垢石

父の俤 佐藤垢石 手もとは、まだ暗い。 父は、池の岸に腹這いになって、水底の藻草を叉手で掻きまわしている。餌にする藻蝦を採っているのである。 藻の間を掬った叉手を、父が丘へほおりあげると、私は網の中から小蝦を拾った。藻と芥に濡れたなかに、小さな灰色の蝦がピンピン跳ねている。 母は、かまどの下で火を焚きはじめたらしい。池のあたりまで薪のはねる音が聞こえてくる。

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父の出郷

葛西善蔵

ほんのちょっとしたことからだったが、Fを郷里の妻の許に帰してやる気になった。母や妹たちの情愛の中に一週間も遊ばしてやりたいと思ったのだ。Fをつれてきてからちょうど一年ほどになるが、この夏私の義母が死んだ時いっしょに帰って、それもほんの二三日妻の実家に泊ってきたきりだった。この夏以来私は病気と貧乏とでずいぶん惨めだった。十月いっぱい私はほとんど病床で暮した。妻

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父の墓

田山花袋

父の墓 田山花袋 停車場から町の入口まで半里位ある。堤防になつてゐる二間幅の路には、櫨の大きな並木が涼しい蔭をつくつて居て、車夫の饅頭笠が其間を縫つて走つて行く。小石が出て居るので、車がガタガタ鳴つた。 堤防の下には、処々に茅葺屋根が見える。汚ない水たまりがあつて、其処に白く塵埃に塗れた茅や薄が生えて居る。日影のキラキラする夏の午後の空に、起伏した山の皺が明

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父を売る子

牧野信一

彼は、自分の父親を取りいれた短篇小説を続けて二つ書いた。 或る事情で、或日彼は父と口論した。その口論の余勢と余憤とで、彼はそれ迄思ひ惑うてゐたところの父を取り入れた第一の短篇を書いたのだ。その小説が偶然、父の眼に触れた。父親は憤怒のあまり、 「もう一生彼奴とは口を利かない。――俺が死ぬ時は、病院で他人の看護で死ぬ。」と顔を赤くして怒鳴つたさうだ。だから彼は、

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父の婚礼

上司小剣

父の婚禮といふものを見たのは、決して自分ばかりではない。それは繼母といふものを有つた人々の、よく知つてゐることである。 曾て、クロポトキンの自傳を讀んだ時、まだ二十とはページを切らぬところに、父の婚禮を見ることが書いてあつたことを覺えてゐる。 ……母が死んでから、父はもうそろ/\其の眼を世間の若い美しい娘たちの上に投げた。――といふやうなことが、あの黄色い假

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父と子供たち

豊島与志雄

父と子供たち 豊島与志雄 平時にあっては、父親は子供たちにとって、一種の大きな友だちであり、且つ、雨露をしのぐ家屋のようなものである。時々相手になってくれ、またじっとそこに控えていてくれる、それだけで充分なのだ。その影で、子供たちは彼等自身の世界を持つ。 休暇になって、何かの興にかられ、三人の子供たちだけで相談しあって、いきなり宣言する。 「お父さま、あたく

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お父さんのお寝坊

牧野信一

「いくら日曜の朝だからつて、もうお起ししなければいけませんわ。もう十時ぢやありませんか。美津子さん、お前お二階に行つてお父さんをお起ししていらつしやい。」 お母さんにかう云はれると、美津子は直ぐに立ちあがりました。他の用だとかう直ぐには承知しないのですが、お父さんをお起しするといふことが、大好きなのです。別に理由もないんですが、何だか自分が斯うちよつと偉くな

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父帰る

小林多喜二

父帰る 小林多喜二 夫が豊多摩刑務所に入ってから、七八ヵ月ほどして赤ん坊が生れた。それでお産の間だけお君はメリヤス工場を休まなければならなかった。工場では共産党に入っていた男の女房を一日も早く首にしたかったので、それがこの上もなくいゝ機会だった。――それでお君は首になってしまった。 お君は監獄の中にいる夫に、赤ん坊を見せてやるために、久し振りで面会に出掛けて

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