英本土上陸戦の前夜
海野十三
英蘭西岸の名港リバプールの北郊に、ブルートという町がある。 このブルートには、監獄があった。 或朝、この監獄の表門が、ぎしぎしと左右に開かれ、中から頭に包帯した一人の東洋人らしい男が送り出された。 彼に随いて、この門まで足を運んだ背の高い看守が、釈放囚の肩をぽんと叩き、 「じゃあミスター・F。気をつけていくがいい。娑婆じゃ、いくら空襲警報が鳴ろうと、これまで
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海野十三
英蘭西岸の名港リバプールの北郊に、ブルートという町がある。 このブルートには、監獄があった。 或朝、この監獄の表門が、ぎしぎしと左右に開かれ、中から頭に包帯した一人の東洋人らしい男が送り出された。 彼に随いて、この門まで足を運んだ背の高い看守が、釈放囚の肩をぽんと叩き、 「じゃあミスター・F。気をつけていくがいい。娑婆じゃ、いくら空襲警報が鳴ろうと、これまで
佐々木邦
「わしはナイヤガラの滝を見物するんだからバッファローで下りる。バッファローは何時頃になるかね?」 と一人の旅客が寝台車のボーイに訊いた。 「夜明けになります」 「よし、頼むよ。わしは寝坊だから、ナカ/\起きないかも知れない。構わないから、バッファローに着いたら、四の五の言わせず、この荷物ぐるみプラットフォームへ投り出してくれ給え」 「承知いたしました」 翌朝
高田力
ベーシック英語 高田力 はしがき 此の小稿は Basic English の基礎理論と組織との概要及び英語教育に於けるその價値を出來るだけ平明に解説しようと試みたものである。Basic は決して850語の單なる list に止まるものではないのである。動的であつて有機的なそれ自體一つの纒つた組織を成し、その運用によつて日常の用を辨じ得る仕組になつてゐるのであ
槙村浩
南欧の夜の更け行けば 空には清き星の数 銀河の影もたなびきて 風は香りて薫ばしき 月は折しも青く冴え 波も静けき海原に 俄に殺気みなぎりて なびく異国の旗の影 沖の鴎も怪みて 水の上遠く飛び行けば 羽ばたきに散る水煙 銀月ゆらぐ春の海 東雲の空月落ちて 残星光失へば 彼方に霞む紅の 雲を破って朝の風 天気に響く万歳に 馬に鞭あて英雄の 後に残すや砂煙 パリを
折口信夫
茂吉への返事 折口信夫 わたしはこゝで、駁論を書くのが、本意ではありません。そんなことをしては、忙しい中から、意見して下された、あなたの好意を無にすることに當りませう。其に第一、お申し聞けの箇條は、大體に於て、わたしの意表外に出たことではありませんでしたから。といふと、何だかあなたの語を輕しめる樣な、高ぶつた語氣を含んでゐる樣に、聞えるかも知れませんが、實の
片山広子
はがきを出さうと思つて、畑道を通つて駅前のポストの方に歩いて行つた。まだこの辺は家が二三軒建つただけで以前のままの畑である。夕日が真紅く空をそめて、高井戸駅の方から上り電車が走つてくる音がする。いつも通るうら道なのだが、今日はどうしたはづみか五年前のある夕方を思ひ出してしまつた。 昭和二十一年ごろの初秋であつたらうか、茄子の畑の出来事である。まだ今のやうに物
真山青果
その前の晩、田住生が訪ねて来た。一昨年の暮に亡なつた湯村の弟、六郎の親友である。今度福岡大学へ行く途中とあつて立寄つた。此間の洪水で鉄道が不通ゆゑ神戸までは汽船にすると云ふ。白絣のあらい浴衣に、黒の帯、新しい滝縞の袴をシヤンと穿いて居た。お国風に衛さん衛さんと七つも違ふ湯村の名を呼んで居た。 「六郎さんが丈夫ですと、今年は一緒に大学へ来るんでした。一昨日の晩
牧野信一
白いらつぱ草の花が、涌水の傍らに、薄闇に浮んで居り、水の音が静かであつた。咲いてゐるなとわたしはおもつた。トラムペツト・フラワ? いや、あれは凌霄花の意味だつたが、凌霄花もラツパ草も、うちでは昔から何処に移つても咲いてゐるが、誰もあの花が好きと云つたものも聞かぬのに――わたしは意味もなくそんなことをつぶやいた。泉水には水葵が一杯蔓つて、水溜りの在所も見定め難
宮沢賢治
茨海小学校 宮沢賢治 私が茨海の野原に行ったのは、火山弾の手頃な標本を採るためと、それから、あそこに野生の浜茄が生えているという噂を、確めるためとでした。浜茄はご承知のとおり、海岸に生える植物です。それが、あんな、海から三十里もある山脈を隔てた野原などに生えるのは、おかしいとみんな云うのです。ある人は、新聞に三つの理由をあげて、あの茨海の野原は、すぐ先頃まで
末吉安持
なが月下浣の日のゆふべ、 山下岩根垂る水の 玉のしづくに核ぐみて、 かつ熟みこぼし斎ひつゝ、 風に額づく茴香の あゝ姉妹の二人もとよ。 化石もすらむ秋の木は 骨立ち強に呼吸つまり、 天つ御法のおん宣告に、 拗ねては、櫨も葉こそ縒れ、 孕婦ながら茴香は 優婆夷か、悩む色もなし 伴にはぐれし赤蟻の 飢ゑて足悩ゆむ湿り地に、 憐み顔のおとどひは 茎も軟らに額づきて
小川未明
とうげの、中ほどに、一けんの茶屋がありました。町の方からきて、あちらの村へいくものや、またあちらの村から、とうげを越して、町の方へ出ていくものは、この茶屋で休んだのであります。 ここには、ただひとり、おじいさんが住んでいました。男ながら、きれいにそうじをして、よく客をもてなしました。お茶をいれ、お菓子をだしたり、また酒を飲むものには、あり合わせのさかなに、酒
寺田寅彦
茶わんの湯 寺田寅彦 ここに茶わんが一つあります。中には熱い湯がいっぱいはいっております。ただそれだけではなんのおもしろみもなく不思議もないようですが、よく気をつけて見ていると、だんだんにいろいろの微細なことが目につき、さまざまの疑問が起こって来るはずです。ただ一ぱいのこの湯でも、自然の現象を観察し研究することの好きな人には、なかなかおもしろい見物です。 第
北大路魯山人
てんぷらの茶漬けは油っ濃いもので、油っ濃いものの好きな方に好かれるのは無論である。 揚げたてのてんぷらを茶漬けにするのはもとより差支えないが、本来、てんぷらの茶漬けは古いてんぷらの利用にある。昨日の残りのてんぷらだとか、一旦、冷え切ったものを生かして食う食い方である。それにはまず火鉢に網を載せ、一旦、てんぷらを火にかける。いくぶん焦げができるくらいに火をあて
北大路魯山人
お茶漬けの話にかぎらないが、料理というものは、財力豊かな人のものと、財力不自由な人のものとでは、常に天と地ほどの相違がある。しかし、財力豊かで、刺身よかれ、牛肉よかれと、どんな材料でも、手に入れることに少しも不自由のない人が、贅沢料理に飽きて、簡単な美味いもので食事がしたいという場合がある。これは体内にお医者さまの言う栄養が充ち満ちて、生理上、栄養が不必要に
坂口安吾
茶番に寄せて 坂口安吾 日本には傑れた道化芝居が殆んど公演されたためしがない。文学の方でも、井伏鱒二といふ特異な名作家が存在はするが、一般に、批評家も作家も、編輯者も読者も厳粛で、笑ふことを好まぬといふ風がある。 僕はさきごろ文体編輯の北原武夫から、思ひきつた戯作を書いてみないかといふ提案を受けた。かねて僕は戯作を愛し、落語であれ漫才であれ、インチキ・レビュ
坂口安吾
茶番に寄せて 坂口安吾 日本には傑れた道化芝居が殆んど公演されたためしがない。文学の方でも、井伏鱒二という特異な名作家が存在はするが、一般に、批評家も作家も、編輯者も読者も厳粛で、笑うことを好まぬという風がある。 僕はさきごろ文体編輯の北原武夫から、思いきった戯作を書いてみないかという提案を受けた。かねて僕は戯作を愛し、落語であれ漫才であれ、インチキ・レビュ
小泉八雲
読者はどこか古い塔の階段を上って、真黒の中をまったてに上って行って、さてその真黒の真中に、蜘蛛の巣のかかった処が終りで外には何もないことを見出したことがありませんか。あるいは絶壁に沿うて切り開いてある海ぞいの道をたどって行って、結局一つ曲るとすぐごつごつした断崖になっていることを見出したことはありませんか。こういう経験の感情的価値は――文学上から見れば――そ
中谷宇吉郎
もう二十年以上も昔の話であるが、考古学を専攻していた私の弟が、東大の人類学教室で、土器の研究をしていたことがある。 その頃は、まだ今日のように、土器の型式による分類などは、ほとんど出来ていなかった。弟はその分類の仕事にとりかかって、何か科学的な分類法がないかと、いろいろ考えていた。 土器の形は、個々の標本では、もちろんそれぞれ著しく異るが、特定の地域から出る
中谷宇吉郎
もう三年ばかり前のことであるが、小宮先生の紹介で鈴木三重吉氏の未亡人の方から、『赤い鳥』に昔出ていた通俗科学の話を纏めて、一冊の本にしたいから、その校訂をしてくれというお話があった。 三重吉氏の『赤い鳥』が、児童文学とも称すべき新しい境地を拓いて、児童の情操教育に偉大な足跡をのこしたことは、今更のべ立てるまでもない。しかし三重吉氏は、『赤い鳥』で単に文芸方面
北大路魯山人
茶碗蒸しのことは、みなさんよくご存じのことでしょう。ところが、これにもいろいろとコツがある。東京のは概して卵が多く、かたまりが強すぎて面白くない。一体に茶碗蒸しの卵のかたまったのは上等とは思えない。これをもって茶碗蒸しを語るものではない。それよりも関西の、ことに京都などの安物の茶碗蒸しのほうが、よい料理屋で卵を多く使って吟味したのより、料理になっている。この
薄田泣菫
茶立虫 薄田泣菫 静かな秋の一日、午後三時頃の事でした。家の者はみな遊びに出かけたので、留守居に残された私は部屋に坐つたまま、背を壁にもたせて、何を考へるでもなし、ひとりつくねんとしてゐました。煤けた壁の落ちつきが、冷え冷えと背を伝はつて、しつとりと心の底まで滲みとほるのもいい気持でした。 先き方まで、土間のどこかで懶さうに鳴いてゐた蟋蟀も、いつのまにか鳴き
北大路魯山人
茶美生活 北大路魯山人 新年早々から、縁起でもない、茶遊び攻撃などして、と集中砲火の返報が来そうであるが、茶の道を愛すればこその信念の一途から、とうとう止むに止まれず、あえてバク談投下を試みた次第。この点、寛大に諒とせられんことを望んでいる。 特に作法にやかましい、お茶人を相手としての戦いを挑んだ以上、卑屈は禁物、遠慮もほどほどにして、それよりも率直に存分を
薄田泣菫
2・27 フランク・ハリスと云へば聞えた英国の文芸家だが、(ハリスを英人だと言へば或は憤り出すかも知れない、生れは愛蘭で今は亜米利加にゐるが、自分では巴里人の積りでゐるらしいから)今度の戦争について、持前の皮肉な調子で、「独逸は屹度最後の独逸人となるまで戦ふだらう、露西亜人もまた最後の露西亜人となるまで戦ふだらうが、唯英吉利人は――さうさ、英吉利人は最後の仏
薄田泣菫
詩人室生犀星氏のお父さんのこと4・23サンデー毎日 詩人室生犀星氏のお父さんは、医者であつた。医者であることすら大変なのに、おまけに藪医者であつた。藪医者といふと、蝸牛や、蟷螂と同じやうに草ぶかい片田舎にばかり住んでゐるやうに思ふ人があるかも知れないが、実際は都にも多いやうだ。とりわけ博士などと肩書のついた輩に、そんなのが少くないやうだ。唯幸福なことには、肩