古本屋
中原中也
夕飯を終へると、彼はがつかりしたといつた風に夕空を眺めながら、妻楊子を使ひはじめた。やがて使ひ終つてその妻楊子を彼の前にある灰皿の中に放つた時、フツと彼は彼の死んだ父親を思ひだした、その放る時の手付や気分やが、我ながら父親そつくりだつたやうな気がした。続いて、「俺も齢をとつたな……」と、さう思つた。 それから彼は夕刊をみながら、煙草を吹かすのであつた。 年来
Perpustakaan pengetahuan dunia domain publik
中原中也
夕飯を終へると、彼はがつかりしたといつた風に夕空を眺めながら、妻楊子を使ひはじめた。やがて使ひ終つてその妻楊子を彼の前にある灰皿の中に放つた時、フツと彼は彼の死んだ父親を思ひだした、その放る時の手付や気分やが、我ながら父親そつくりだつたやうな気がした。続いて、「俺も齢をとつたな……」と、さう思つた。 それから彼は夕刊をみながら、煙草を吹かすのであつた。 年来
永井荷風
古本評判記 永井荷風 一、そも/\都下の古本屋に二種ありなぞと事々しく説明するまでもなし。其の店先に立てば一目直に瞭然たり。一は活字本当世新刊和洋の書籍雑著を主として和本唐本を置かず、他は和本唐本を主となし活版本は僅に古書の翻刻物を売買す。 一、後者は東京書林組合と云ふものを設け行事世話人を選び春秋折々両国美術倶楽部にて古書珍本現金即売展覧会を開く事已に年あ
薄田泣菫
古松研 薄田泣菫 先日硯と阿波侯についての話しを書いたが、姫路藩にも硯について逸話が一つある。藩の家老職に河合寸翁といふ男があつて、頼山陽と硯とが大好きなので聞えてゐた。 頼山陽を硯に比べたら、あの通りの慷慨家だけに、ぷり/\憤り出すかも知れないが、実際の事を言ふと、河合寸翁は山陽よりもまだ硯の方が好きだつたらしい。珍しい硯を百面以上も集めて、百硯箪笥といつ
北大路魯山人
明の古染付に対する大体の観察は上巻に於てこれを述べた。ここでは特にその絵付及び模様に就てすこしばかり考へて見度いと志した。 言ふ迄もなく明の古染付なるものは、その時代の文化を最も能く具体的に反映させてゐるものであつて、そこにこれが発生の必然性も共に十分認められるのである。 殊にこれは元時代の興隆期を承けて、この明時代につながる南画の命脈的発展と照合させる事に
折口信夫
古歌新釈 折口信夫 自分は、かね/″\従来の文章の解釈法、殊に和歌に就いて、先達諸家のやりくちに甚だ慊らぬふしが多い様に思うて居る。もと/\、解釈と訓詁とは主従の関係に立つもので、前者が全般的なるに対して、後者は部分的である。徹頭徹尾後者は部分的といふ絶対性をもつて居る。部分的なるものゝ全般的に拡充するには、数多の部分性の集合を要する。畢竟部分性は物の一面で
高浜虚子
一人の女が鍋を洗つて居る。其れは石崖の裾から半身を現はしたのである。其の鍋を洗つてゐる水の波紋が起る。無花果の樹が蔽ひかぶさるやうに延びてゐる。其の波紋が静まると思ふと、又別の波紋が遥か向うの別の無花果の樹の蔭から起る。 向うに立つて居る人が、 「こちらへ来て御覧なさい。」 とさしまねく。其方へ行つて見ると、其の向うの無花果の樹の蔭から波紋を起してゐるところ
正岡子規
客あり。我草廬を敲きて俳諧を談ず。問ふて曰く。 古池や蛙飛びこむ水の音 芭蕉 の一句は古今の傑作として人口に膾炙する所、馬丁走卒もなほかつこれを知る。しかもその意義を問へば一人のこれを説明する者あるなし。今これが説明を聴くを得んか。 答へて曰く、古池の句の意義は一句の表面に現れたるだけの意義にして、復他に意義なる者なし。しかるに俗宗匠輩がこの句に深遠な
伊波普猷
『古琉球』を公にするに当って、まず言わなければならぬことは、恩師田島利三郎氏のことである。田島氏は私が中学時代の国語の先生で、琉球語に精通し、琉球人に対して多大の同情を有する人であった。氏は言語学者チェムバレン氏が一種不可解の韻文として匙を投げた『おもろさうし』の研究に指を染め、その助けをかりて古琉球を研究しようと試みた。氏がオモロの研究に熱中しているのを見
萩原朔太郎
小人若うて道に倦んじ 走りて隱者を得しが如く 今われ山路の歸さ來つつ 木蔭に形よき汝をえたり。 表面は蛟龍雲を吐いて 神有の祕密をそめて見るや 裏面には伶人額をたれて 物思ひ煩ふなよび姿 才華悧悧たる眼ざしには 工匠が怨みもこもりけんよ。 こは君逸品古色ありと 抱いて歸れば有情なりや 味よきしづくの淺紫なるに け高き千古の春を知りぬ。 ●図書カード
上村松園
その頃の絵は今日のように濃彩のものがなくて、いずれもうすいものでした。ちょうど春挙さんの海浜に童子のいる絵の出た頃です。そのころは、それで普通のようにおもっていたのでした。今日のは、何だか、そのころからみるとずっと絵がごつくなっているとおもいます。 〈法塵一掃〉は墨絵で、坊さんの顔などは、うすい代赭で描かれていました。尤も顔の仕上げばかりではなしに、一体にう
折口信夫
古語復活論 折口信夫 記紀の死語・万葉の古語を復活させて、其に新なる生命を託しようとする、我々の努力を目して、骨董趣味・憬古癖とよりほかに考へることの出来ない人が、まだ/\随分とあるやうである。最近には、御歌所派の頭目井上通泰氏が、われ/\一派に向うて、暗に攻撃的の態度を示してゐる。これは偶、安易な表現・不透明な観照・散文的な生活に満足してゐる、桂園派の欠陥
北原白秋
春 鶯眠る花楮 月は翁の面のうへ 皷うてうておもしろく 春はふたたび花楮 秋 秋はほのかに寢ざめして あはれと思ふ幾夜さぞ とすれば白う吹き立ちて 月夜の風も消えゆけり ●図書カード
坂口安吾
古都 坂口安吾 一 京都に住もうと思つたのは、京都といふ町に特に意味があるためではなかつた。東京にゐることが、たゞ、やりきれなくなつたのだ。住みなれた下宿の一室にゐることも厭で、鵜殿新一の家へ書きかけの小説を持込み、そこで仕事をつゞけたりしてゐた。京都へ行かうと思つたのは、鵜殿の家で、ふと手を休めて、物思ひに耽つた時であつた。 「いつ行く?」 「すぐ、これか
野村胡堂
「別ぴんさん勘定だよ、……こんなに多勢居る娘さんが、一人も寄り付かないのは驚いたネ、せめて、勘定だけは取ってくれよ」 とてもいい心持そう。珍々亭のスタンド前、一番人目に付こうという場所を一人占めにして、一人の老紳士が太平楽を極めて居ります。 「ヘエ百八十五円頂戴いたします」 そういうのは、十七八の女給、 「百八十五円? それは安い、八百五十円の間違いじゃある
北大路魯山人
展覧会のことはただいまお聞きのとおりでございますから繰り返して申し上げませぬが、私に喋れといわれましたことは、古陶磁はなぜそんなに尊いかということをいってくれというお話でありましたので、それをうまく申すことは出来ないと思いますが、まあ簡単にそれをいえるだけ申し上げてみたいと思っております。 それで私の察するところ古陶磁はなぜ尊いかということは、一つの茶碗で一
正岡子規
句合の題がまわって来た。先ず一番に月という題がある。凡そ四季の題で月というほど広い漠然とした題はない。花や雪の比でない。今夜は少し熱があるかして苦しいようだから、横に寝て句合の句を作ろうと思うて蒲団を被って験温器を脇に挟みながら月の句を考えはじめた。何にしろ相手があるのだから責任が重いように思われて張合があった。判者が外の人であったら、初から、かぐや姫とつれ
ドストエフスキーフィヨードル・ミハイロヴィチ
それは、ロシアのある大きな町であったことだ。その晩は、クリスマスの前夜で、とりわけ、寒さのきびしい晩だった。ある地下室に、ひとりの少年がいる。少年といっても、まだ六つになったかならないかの、とても小さな子なのだ。何か、寝巻きのようなものを着て、ぶるぶるふるえている。 その地下室は、じめじめしてつめたい。宿なしや、貧乏人の集まる場所なのだ。少年のはく息が、まっ
岸田国士
可児君 可児夫人 女中 織部 木暮妙 鳥居冬 駒井 毛利 泊 斎田 一月十二日午後―― 極めて平凡な客間兼書斎 可児君 今日こそゆつくり寝てゝもよかつたんだ。下らないことに気をつかつたりなんかして――見ろよ、一人も来ないうちから、もう草臥れた。(仰向けに寝ころがる)夫人 そんなに気をおつかひになることはないでせう。二時までに、その辺を綺麗にしておいて、ね
久保田万太郎
初七日の朝、わたくしは子供に訊いた。 『お前、おい、ママの顔をおもひ出すことが出来るか?』 『出来るよ。』 『どんな顔をおもひ出すことが出来る?』 『機嫌のいゝ顔だね。』 子供のさういつたやうに、わたくしにも、いまは亡きかの女の機嫌のいゝ顔しか感じられないのである。……といふことは、かの女の去つたいま、わたくしに、素直な、やさしい、もの分りのいいかの女しか残
北条民雄
可愛いポール 北條民雄 ミコちゃんの小犬は、ほんとうに可愛いものです。丸々と太った体には、綿のように柔かい毛がふかふかと生えています。 名前はポールと言います。これはミコちゃんが、三日も考えてつけたのでした。ポールと言うのは、フランスの美しいお歌を作る先生のお名前です。 ミコちゃんはポールが大好です。ポールもミコちゃんの言うことは何でも良く聞きます。又ミコち
チェーホフアントン
オーレンカという、退職八等官プレミャンニコフの娘が、わが家の中庭へ下りる小さな段々に腰かけて、何やら考え込んでいた。暑い日で、うるさく蠅がまつわりついて来るので、でももうじき夕方だと思うといかにもうれしかった。東の方からは黒い雨雲がひろがって来て、時おりその方角から湿っぽい風が吹いていた。 中庭のまんなかにはクーキンという、遊園『*ティヴォリ』の経営主と持主
神西清
「可愛い女 犬を連れた奥さん 他一編」あとがき 神西清 ここに収めた三編は、チェーホフ(Anton Pavlovich Chekhov, 1860-1904)がようやくその晩年の沈潜期に推し移ろうとする年代、つまり彼の三十八歳から翌年へかけての作品である。それはあたかも彼がその多産な小説家としての経歴をとじて、すでに『かもめ』や『ヴァーニヤ叔父さん』などの成
織田作之助
可能性の文学 織田作之助 坂田三吉が死んだ。今年の七月、享年七十七歳であった。大阪には異色ある人物は多いが、もはや坂田三吉のような風変りな人物は出ないであろう。奇行、珍癖の横紙破りが多い将棋界でも、坂田は最後の人ではあるまいか。 坂田は無学文盲、棋譜も読めず、封じ手の字も書けず、師匠もなく、我流の一流をあみ出して、型に捉えられぬ関西将棋の中でも最も型破りの「
宮沢賢治
〔もうでかけましょう。〕たしかに光がうごいてみんな立ちあがる。腰をおろしたみじかい草。かげろうか何かゆれている。かげろうじゃない。網膜が感じただけのその光だ。 〔さあでかけましょう。行きたい人だけ。〕まだ来ないものは仕方ない。さっきからもう二十分も待ったんだ。もっともこのみちばたの青いいろの寄宿舎はゆっくりして爽かでよかったが。 これからまたここへ一遍帰って