生きぬく力
小川未明
「孝二、おまえでないか。」 「僕、そんなところへさわりませんよ。」 玉石の頭から、すべり落ちた青竹を、口をゆがめながらもとへ直して、おじいさんは、四つ目垣の前に立っていました。いたずら子がきて、抜こうとするのだと思ったのです。竹馬にするには、ちょうど手ごろの竹だからでした。しかし、この辺の子供には、そんな悪い子がないと考えると、植木屋の締め方が足りなかったの
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小川未明
「孝二、おまえでないか。」 「僕、そんなところへさわりませんよ。」 玉石の頭から、すべり落ちた青竹を、口をゆがめながらもとへ直して、おじいさんは、四つ目垣の前に立っていました。いたずら子がきて、抜こうとするのだと思ったのです。竹馬にするには、ちょうど手ごろの竹だからでした。しかし、この辺の子供には、そんな悪い子がないと考えると、植木屋の締め方が足りなかったの
片上伸
批評的精神も創造的精神も、今は共にその意味が變りかゝつてゐる。生活に對しても藝術に對しても、吾々は自分自からの解釋を作つて行かねばならない。吾々は自分自からの道を歩いて行かねばならない。自分自身の言葉、自分自身の生命を掴んで行かなければならない。 リアリズムの藝術は批評の藝術であつた。ロマンティシズムが創造の藝術であつたのに對して、リアリズムは新しい批評的精
宮本百合子
だいぶ古いことですが、イギリスの『タイムズ』という一流新聞の文芸附録に『乞食から国王まで』という本の紹介がのっていました。著者は四〇歳を越した一人の看護婦でした。二〇年余の看護婦としての経験と彼女の優秀な資格は、ロンドン市立病院の一人の看護婦である彼女を、人生のいろいろの場面に立ちあわせることになりました。行路病者として運びこまれた乞食の臨終に立ちあった彼女
宮本百合子
生きている古典 宮本百合子 マルクス=エンゲルス全集というと、赤茶色クロース表紙の書籍が、私たちの目にある。この本のために、これまでの日本の読者は、どんなに愛情を経験し、また苦労をなめてきただろう。階級のある社会に生活をいとなんでいる以上、そのなかで働いて生活している者であるかぎり、文化の仕事をしていようと肉体の労働にしたがっている人々であろうと、いわば常識
坂口安吾
朝日新聞の八段位獲得戦木谷七段対久保松六段の対局で呉七段の解説。参考図一で黒が手を抜いて「い」と打たれても生きがあるといふのである。即ち参考図二白七までゞ目を欠きにきても、次に黒ろと打つ手筋によつて黒に渡りがあるといふ。 娯楽機関の何一つない田舎では、新聞を読むのが最大の娯楽である。僕はラヂオを聴かないが、毎日ラヂオを読むのである。活動写真も音楽も読むのであ
中井正一
生まれ変った赤坂離宮 中井正一 二つの足で立つようになるために、人間は二十万年もころんでは立ち、ころんでは立ちしたんだろう。そして、手が自由になったとき、どんな気持ちがしただろう。 ものをつかんで、土の上に立った人間のすがた。今はあたりまえのことだが、このあたりまえのことを、何十万年も努力した人間の勝利の記録であることを思ってみる人が、今地球上で何人いるだろ
宮本百合子
生きてゆく姿の感銘 宮本百合子 この小説の最後の一行を読み終って、さてと心にのこされたものをさぐって見ると、それは作者がカソリック精神で表現している「死の意味」への納得ではなくて、死というものをもこれだけに追究しとり組んで行く、人間の生きてゆく姿の感銘であるのは、非常に面白いところであると思われる。私たちの世代では、人間一人の生の意味の面からの追究でなければ
三木清
時代は行動を必要とする、あらゆるものが政治的であることを要求している。このときしかし、哲学するということは、およそ人間の生存理由もしくは意義をなし得るであろうか。人間の「レエゾン・デエトル」として、哲学はいかなるものであるべきであろうか。これは現代において、すべての哲学者にとって、最も切実な問題でなければならぬ。哲学が学問としていかなるものであるべきかという
尾崎士郎
忠臣藏を上演、もしくは上映すれば必ず大當りをとるといふのが今や一定不變の興行常識とされてゐる。 原作者の竹田小出雲(二代目出雲)も、これだけの魅力と影響力を後世に持續し得るとは夢にも想像しなかつたであらう。(事實は三好松洛と、並木千柳との共同製作であるが) その流行の底に潜む秘密は今日といへども的確な判斷を下されてはゐない。人はしばしば、作品の樞軸をなす世俗
竹内浩三
よく生きてきたと思う よく生かしてくれたと思う ボクのような人間を よく生かしてくれたと思う きびしい世の中で あまえさしてくれない世の中で よわむしのボクが とにかく生きてきた とほうもなくさびしくなり とほうもなくかなしくなり 自分がいやになり なにかにあまえたい ボクという人間は 大きなケッカンをもっている かくすことのできない 人間としてのケッカン
宮本百合子
生きるための恋愛 宮本百合子 こういう質問が出ることはわたしたちに深く考えさせるものがあります。ブルジョア雑誌は毎号かかさないように新しい時代の幸福とか恋愛とか結婚の問題をとりあげて沢山のページをさいています。『アカハタ』にはぬやま・ひろしの「大うけだった恋愛談義」という見出で記事がのりました。それらの恋愛論はそして結婚論は今日こういう問が出てくることに対し
牧逸馬
背の高い、物腰の柔かい上品な男だった。頭髪は黒く、頬骨が高くて、一見韃靼人の血が混っていることを思わせる剽悍な顔をしていた。一九一二年の春の初めである。匈牙利の首都ブダペストから四哩程離れた田舎に、ツインコタという風光明媚な避暑地がある。ちょっと週末旅行などにも好いところで、附近にはヴィスグラッド、ナジ・モロス、ブダフォックなんかと、名前は恐しげだが、景色の
宮本百合子
今日の一般の人を心から考えさせた事件だと思います。あそこに預けられた子供の率をみると去年は一躍二百余名に上り、そのうち八〇パーセントが殺されました。昨年このようにあずけられる子供の数が増えて殺された率も多かったということと、私達は政府が十一月には国民家計が三百円黒字になるといわれたことを深刻に思いあわせます。丸公が値上げになったために一般家計が窮迫しはじめた
中原中也
生と歌 中原中也 古へにあつて、人が先づ最初に表現したかつたものは自分自身の叫びであつたに相違ない。その叫びの動機が野山から来ようと隣人から来ようと、其の他意識されないものから来ようと、一たびそれが自分自身の中で起つた時に、切実であつたに違ひない。蓋し、その時に人は、「あゝ!」と呼ぶにとゞまつたことであらう。 然るに、「あゝ!」と表現するかはりに「あゝ!」と
ノアイユアンナ・ド
汝は生けり。なが面おほへる青空を呑みつつ、 なが笑まひをわれは佳き小麥のごとき糧とす。 われは知らず、汝が心踈ましくなりて、 われを饑ゑ死なしむるはいつの日か。 孤獨に、絶えず脅かされつつ、さすらひゆく われには、未來もなく、屋根ももはやあらじ。 われはひたすら恐るなり、家も、日も、年も、 汝がためにわれの苦しみし…… われをとり繞らせる空氣のうちに、われの
国枝史郎
生死卍巴 国枝史郎 占われたる運命は? 「お侍様え、お買いなすって。どうぞあなた様のご運命を」 こういう女の声のしたのは享保十五年六月中旬の、後夜を過ごした頃であった。月が中空に輝いていたので、傍らに立っている旗本屋敷の、家根の甍が光って見えた。土塀を食み出して夕顔の花が、それこそ女の顔のように、白くぽっかりと浮いて見えるのが、凄艶の趣きを充分に添えた。 そ
豊島与志雄
生と死との記録 豊島与志雄 十月十八日、空が晴れて日の光りが麗しかった。十二時少し過ぎ、私はHの停留場で電車を下りて家へ歩いて行った。賑かなM町通りを通っていると、ふと私は堯に玩具を買って行ってやろうかと思った。玩具屋の店先には種々なものがごたごた並べてあった。私はその方にちらりと目をやって頭を振った。そんな考えが私に起ったのは、非常に珍らしかったのである。
林芙美子
生活 林芙美子 なににこがれて書くうたぞ 一時にひらくうめすもも すももの蒼さ身にあびて 田舎暮らしのやすらかさ 私はこのうたが好きで、毎日この室生さんのうたを唱歌のようにうたう。「なににこがれて書くうたぞ」全く、このうたの通り、私はなににこがれているともなく、夜更けて、ほとんど毎日机に向っている。そうして、やくざなその日暮らしの小説を書いている。夕御飯が済
牧野信一
今年になつて――。 四月――鞄を一つぶらさげて、三崎、城ヶ島のあたりを独りでさ迷つてゐた。随筆風のものを折々書いてゐたが、どうしても短篇小説を一つその月ぢうに書きあげなければならぬと力んで、こつこつと夜を更してゐたが何としても捗らなかつた。無理矢理に書きかけたものを読み返して見ると、見るまでもなく沮喪したもので、いつかな発表の勇気が持てなかつた。わたしだつて
豊島与志雄
人の生活には、一の方向が必要である。 生活の方向とは、云い換えれば、生活する者の頭の方向、眼の方向、従ってまた、仕事の方向などを、一緒にした総称である。更に云い換えれば、自分の一生を通じて何を為すかという、その何をの謂である。 一生を捧げて何を為そうかという、その何をが少しも定まっていない生活が世にはある。昨日は甲のことを為し、今日は乙のことを為し、明日は丙
中谷宇吉郎
敗戰後の混亂時代に、生活の組織というものについて考えさせられたことがある。 食糧難の結果、止むを得ないことではあったが、皆が買い出しに出かけて、薯や野菜をつめた大きいリュックを背負って、汽車の窓から出入りした。あの汽車で薯や野菜だけを輸送したら、買い出しの量の何十倍かを運べたであろう。食糧と同時に、人間まで運ぶので、輸送難を益々深刻化したわけである。 食糧不
宮本百合子
生活においての統一 宮本百合子 日本の文学と文学者とは、最近数年の間に極めて容赦のない過程で、政治というものについて、目をさまされて来た。 大体日本文学は、その歴史の発端から、風流を文学の芸術性の骨子として、社会生活から或る程度離脱した位置に自身をおいた知性と感性との表現としての伝統をもって来た。日本文学は主情的な文学の特質をもっていたといわれている。その原
宮本百合子
生活の道より 宮本百合子 今年の一月から半年ばかりの間、私は大変非人間的条件の下で生活することを余儀なくされた。 今になって見ると、その不自由な生活の終りに近くなってからのことであるが、私は心臓が弱って氷嚢を胸に当てていないと、肺動脈の鬱血で咳が出て苦しい状態にあった。 そういう或る日、塵くさい木造建物の二階の窓際で髪を梳かし、少しさっぱりした心持になって不
片山敏彦
○本訳書の原本は Romain Rolland: Vie de Beethoven (Librairie Hachette, Paris) の改訂版である。「ハイリゲンシュタットの遺書」と「手紙」と「思想断片」と「文献」とは、ロマン・ロランが選択し仏語訳して原本の中に収めてあるものの翻訳である。付録と文献・追加とだけは訳者が添加した。○原書改訂版に増補されて