The Wonders of Science
科学の不思議ファーブルジャン・アンリ
ポオル叔父さんは、本当に驚く程物識りです。どんな不思議な事の説明でも、分りやすく面白くしてくれます。ポオル叔父さんの解いてくれる世の中の不思議な謎は、何と云ふ巧妙さで、そして無雑作に出来てゐるのでせう。どんな事だつて、どんなつまらない事だつて、よく調べ、よく考へて見ると、驚く程意味を持つて生きて来ます。 ポオル叔父さんの姪や甥達は、アムブロアジヌお婆あさんの
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ファーブルジャン・アンリ
ポオル叔父さんは、本当に驚く程物識りです。どんな不思議な事の説明でも、分りやすく面白くしてくれます。ポオル叔父さんの解いてくれる世の中の不思議な謎は、何と云ふ巧妙さで、そして無雑作に出来てゐるのでせう。どんな事だつて、どんなつまらない事だつて、よく調べ、よく考へて見ると、驚く程意味を持つて生きて来ます。 ポオル叔父さんの姪や甥達は、アムブロアジヌお婆あさんの
アミーチスエドモンド・デ
一 もう何年か前、ジェノアの少年で十三になる男の子が、ジェノアからアメリカまでただ一人で母をたずねて行きました。 母親は二年前にアルゼンチンの首府ブエーノスアイレスへ行ったのですが、それは一家がいろいろな不幸にあって、すっかり貧乏になり、たくさんなお金を払わねばならなかったので母は今一度お金持の家に奉公してお金をもうけ一家が暮せるようにしたいがためでありまし
バーネットフランシス・ホジソン・エリザ
この『小公女』という物語は、『小公子』を書いた米国のバァネット女史が、その『小公子』の姉妹篇として書いたもので、少年少女読物としては、世界有数のものであります。 『小公子』は、貧乏な少年が、一躍イギリスの貴族の子になるのにひきかえて、この『小公女』は、金持の少女が、ふいに無一物の孤児になることを書いています。しかし、強い正しい心を持っている少年少女は、どんな
泉鏡花
二、三羽――十二、三羽 泉鏡花 引越しをするごとに、「雀はどうしたろう。」もう八十幾つで、耳が遠かった。――その耳を熟と澄ますようにして、目をうっとりと空を視めて、火桶にちょこんと小さくいて、「雀はどうしたろうの。」引越しをするごとに、祖母のそう呟いたことを覚えている。「祖母さん、一所に越して来ますよ。」当てずッぽに気安めを言うと、「おお、そうかの。」と目皺
原勝郎
東山時代における一縉紳の生活 原勝郎 予がここに東山時代における一縉紳の生活を叙せんとするのは、その縉紳の生涯を伝えることを、主なる目的としてのことではない。また代表的な縉紳を見出すことが至って困難であって見れば、一人の生活を叙して、それでもって縉紳階級の全部を被わんとするの無理なることは明白だ。しかしながら予の庶幾するところは、その階級に属する一員の生活の
堀辰雄
四月十七日 追分にて ホフマンスタアルの「文集」を讀み續ける。嘗つてビアンキイ女史がこの詩人のことをリルケと竝べて論じてゐた本を讀んだ折、既に物故したこの詩人のパセティックな、眞の姿を知つて、それ以來何となく心を惹かれてゐたが、最近その文集の佛譯を手に入れることが出來て、數日前から讀み續けてゐるのである。 これまで讀了した數篇――シェクスピアを論じて劇の本質
堀辰雄
一九二六年九月七日、O村にて 菜穂子、 私はこの日記をお前にいつか読んで貰うために書いておこうと思う。私が死んでから何年か立って、どうしたのかこの頃ちっとも私と口を利こうとはしないお前にも、もっと打ちとけて話しておけばよかったろうと思う時が来るだろう。そんな折のために、この日記を書いておいてやりたいのだ。そういう折に思いがけなくこの日記がお前の手に入るように
イプセンヘンリック
人物 トルルト・ヘルマー ノラ(ヘルマーの妻) 醫師 ランク リンデン夫人 ニルス・クログスタット ヘルマー家の三兒 アンナ(三兒の保姆) エレン(女中) 使の男 場所 ノルウェーの首都クリスチアニアにあるヘルマーの家(大建物の内部を幾家屋かに仕切つた一つ) 第一幕 居心地よく趣味に富んで、それで贅澤でない設備の一室、奧、右手は廊下へ通ふ扉、左手はヘルマーの
ゲーテヨハン・ヴォルフガング・フォン
昔我が濁れる目に夙く浮びしことある よろめける姿どもよ。再び我前に近づき来たるよ。 いでや、こたびはしも汝達を捉へんことを試みんか。 我心猶そのかみの夢を懐かしみすと覚ゆや。 汝達我に薄る。さらば好し。靄と霧との中より5我身のめぐりに浮び出でて、さながらに立ち振舞へかし。 汝達の列のめぐりに漂へる、奇しき息に、 我胸は若やかに揺らるゝ心地す。 楽しかりし日の
井上円了
今回の南半球の周遊は、二百九十七日間に五万七十五マイルを踏尽せし故、一日に百六十九マイルずつを急行したる割合なり。かかる電光的旅行なれば、精細の観察は到底望むべからず、ただ瞬息の間に余の眼窓に映じたる千態万状を日記体に書きつづりたるもの、すなわち本書なり。 余は元来無器用にして、写真術を知らず、スケッチはできず、余儀なく耳目に触れたる奇異の現象は、言文一致的
井上円了
本書は余が欧米漫遊の途中、目に触れ心に感じたることをそのまま記して、哲学館出身者および生徒諸子に報道したるものにして、これを別冊に刻して世間に公にすることは、最初より期せしところにあらず。しかるに、このごろ哲学館同窓会諸氏、強いてこれを印刷せんことをもとめらる。余、ついにその請いをいれて、これを同窓会に寄贈することとなす。書中記するところの詩歌のごときは、抱
井上円了
余、幼にして妖怪を聞くことを好み、長じてその理を究めんと欲し、事実を収集すること、ここにすでに五年。その今日まで、地方の書信の机上に堆積せるもの幾百通なるを知らずといえども、そのうち昨今、都鄙の別なく、上下ともに喋々するものは狐狗狸の一怪事なり。中等以下のものは、そのなんたるを知らざるをもって、ただ一にこれを狐狸、鬼神の所為に帰し、中等以上のものは、そのしか
井上円了
わが国は今日なお迷信盛んにして、宗教もその雲におおわれ、精神界はこれがために暗黒なるありさまなれば、余は人文のため、国家のために、迷信と宗教との別を明らかにし、有害なる迷信を除きて、正しき信仰の下に宗教の光明を発揮せしむるの必要を感じ、一片報国の微衷より本書を講述するに至れり。 本書の目的は、高等教育を受けたる人士を相手とするにあらず、中等以下の社会、あるい
井上円了
今般文部省にて編纂せられたる『国定小学修身書』を一読するに、その中に迷信の課題ありて、懇切に迷信に関する注意を与えられしも、その文簡短にして、小学児童の了解し難きところなきにあらず。よって余は『修身書』にもとづき、その中に指示せられたる各項を敷衍詳解して、小学および家庭における児童をして、一読たちまち各種の妖怪を解し、迷信を悟らしむるの目的をもって、本書を講
井上円了
余、さきに世間の俗論を退治せんと欲し、『破唯物論』と題する一書を著ししが、哲学専門の学者は、これを評して非科学的となし、あるいは空想憶断となすも、世間一般の人士は、その論なお高尚に過ぎて了解し難しとなす。余、ここにおいて、『破唯物論』より一層通俗、卑近の説明を、世に紹介するの必要を感ぜり。その後、地方歴遊の際、某所において、死後霊魂の滅不滅いかんをただせらる
井上円了
本館にて、心理講究のかたわら妖怪事実を捜索研究し、その結果を館員に報告し、また、その事実を館員より通信せしむるについては、従来の通信中、妖怪、不思議にして解釈を付し難きものを掲載し、一は館員中事実報告の参考となし、一は館員よりこれに対する意見を報知せしめ、妖怪研究の一助となさんとす。よって今後は、ときどき妖怪事実を本誌に記載すべし。 左の一事実は、明治十九年
井上円了
エー、今晩は、臨時のお好みに従いまして、御注文のとおり妖怪談を演説することになりました。なにぶん世間では、妖怪学は私の専有物であるかのごとく評判いたしまして、いずれへ参りましても、話を頼むということになると、どうか妖怪の談をしてもらいたいと申します。先年のことであります。私がある所へ参りました。その要件というのは、すなわち哲学館大学の資金募集のために出張いた
井上円了
妖怪研究 井上円了 妖怪研究は余が数年来従事せるところなるが、近ごろ応用心理学を講述するに当たり、あわせて妖怪の解釈を下し、ときどき実験をも施しけるに、事実の参考を要するものあれば、館外員諸君よりも事実の御報道にあずかりたく、左に妖怪の性質と種類とを掲記いたし候。 洋の東西を論ぜず、世の古今を問わず、宇宙物心の諸象中、普通の道理をもって解釈すべからざるものあ
井上円了
私は七、八年前より妖怪のことを研究しておりまして、今日のところでは、いまだ十分に研究し尽くしたわけではありませんがその研究中であって、いろいろその事実を収集しております。果たしてこれが何年の後に成功するか分かりませんが、どうぞしてこれだけの事実を集めた上で、一つの学科として研究したいという私の精神であります。このことは、今日この教育社の記念会の席でお話しする
井上円了
妖怪学は応用心理学の一部分として講述するものにして、これに「学」の字を付するも、決して一科完成せる学を義とするにあらず。ただ、妖怪の事実を収集して、これに心理学上の説明を与えんことを試むるに過ぎず。すなわち、心理学の学説を実際に応用して事実を説明し、もって心理考究の一助となすのみ。かくのごとく、妖怪の事実を考究説明して他日に至れば、あるいは一科独立の学となる
井上円了
一昨日、哲学館において井上円了氏の演ぜし妖怪取り調べ報告の大要を聞くに、左のごとし。 昨年十一月中旬より、山梨県北都留郡(すなわち、いわゆる郡内)大目村、杉本永山氏の宅に一大怪事現出す。今、その怪事の概略を記さんに、その本体は形もなく影もなく、目もって見るべからず、手もって触るるべからざるをもって、なにものの所為たるを知るべからざれども、空中に一種奇怪の声あ
井上円了
客あり一日余を訪ふ談適記憶術の如何に及ふ余曰く記憶術より一層有益なるものは失※術にして世未た其必要を唱ふるものあらずと客怪みて其故を問ふ余之に告くるに失※術の大要を以てす翌朝館友森昌憲氏に余か談する所を其儘筆記せしめ忽ち此に一册子を成す乃ち之を印刷して世の識者に問ふ 明治廿八年七月講述者誌
波多野精一
時と永遠 波多野精一 亡き妻の記念に 序 時と永遠の問題は古今を通じて哲學及び宗教の最も重大なる關心事に屬する。それはまた最も困難なる問題の一である。本書は舊著『宗教哲學』において展開されたる解決の試みに基づき、それの敷衍擴充を企圖したものである。尤もここかしこ修正にをはつた處もある。この問題は哲學と宗教とが互の敬意と理解とをもつて相接近することによつてのみ
三遊亭円朝
序詞 炭売のおのが妻こそ黒からめと。吟ぜし秀句ならなくに。黒き小袖に鉢巻や。其の助六がせりふに云う。遠くは八王寺の炭焼。売炭の歯欠爺。近くは山谷の梅干婆に至る迄。いぬる天保の頃までは。茶呑咄しに残したる。炭売多助が一代記を。拙作ながら枝炭の。枝葉を添て脱稿しも、原来落語なるを以て。小説稗史に比較なば。所謂雪と炭俵。弁舌は飾れど実の薄かるも。御馴染甲斐に打寄る