Vol. 2May 2026

Buku

Perpustakaan pengetahuan dunia domain publik

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磨かれたる金属の手

萩原朔太郎

手はえれき、 手はぷらちな、 手はらうまちずむのいたみ、 手は樹心に光り、 魚に光り、 墓石に光り、 手はあきらかに光る、 ゆくところ、 すでに肢體をはなれ、 炎炎灼熱し狂氣し、 指ひらき啓示さるるところの、 手は宙宇にありて光る、 光る金屬の我れの手くび、 するどく磨かれ、 われの瞳をめしひ、 われの肉をやぶり、 われの骨をきずつくにより、 恐るべし恐るべ

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磯清水

田山花袋

二人はよく裏の松林の中を散歩した。そこにはいろいろな花が下草に雑つて刺繍でもしたやうに咲いてゐた。黄い小さな花、紫色をした龍胆に似た花、白く叢を成して咲いてゐる花、運が好いと、真紅な美しい撫子の一つ二つをその中から捜すことは出来た。波の音は地を撼すやうに絶えずきこえて来てゐた。下には海水浴をする人達のために構へられた旅舎が二軒も三軒も連つてゐるのが見えた。

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磯馴松

清水紫琴

磯馴松 清水紫琴 上 ゲエープツ、ああ酔つたぞ酔つたぞ真実に好い心持に酔つて。かう酔つた時の心持は実に何ともいへないや。嬶が怒らうが、小児が泣かうがサ、ハハハハゲエープツ、ああ好い心持だ。こんな心持は天下様でも恐らく御存じはあんめえ。チヤアンと何もかも御存じなのは、お月様ばかりだ。お月様てえ奴は実に憎くない奴よ、おらがあすこでもつて飲んでる時アどうだ甘いだら

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礫川徜徉記

永井荷風

何事にも倦果てたりしわが身の、なほ折節にいささかの興を催すことあるは、町中の寺を過る折からふと思出でて、その庭に入り、古墳の苔を掃つて、見ざりし世の人を憶ふ時なり。 見ざりし世の人をその墳墓に訪ふは、生ける人をその家に訪ふとは異りて、寒暄の辞を陳るにも及ばず、手土産たづさへ行くわづらひもなし。此方より訪はまく思立つ時にのみ訪ひ行き、わが心のままなる思に耽りて

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礫心中

野村胡堂

しはんほになすはかはすなにほんはし 「吝嗇漢に茄子は買は(わ)すな日本橋――か、ハッハッハッハ、こいつは面白い、逆さに読んでも同じだ、落首もこれ位になると点に入るよ」 「穿ってるぜ、畜生め、まったく御改革の今日びじゃ、五十五貫の初鰹どころか、一口一分の初茄子せえ、江戸ッ子の口にゃ入えらねえ、何んのことはねえ、八百八町、吝嗇漢のお揃いとけつからア、オロシヤの珍

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サーベル礼讃

佐藤春夫

小生が、今度の変事で最も感心したことは何と言っても軍人の威力である。――自然の威力に就ては何も今さらではないから。ところで一たい、天然の災害に対して剣つき銃の出動を俟たざるを得ざるかの如きは、その理由が何から発しているかを知らず最も不泰平の象ではあるまいか。邦家及び市民の名誉だなどとは決して誰も言うまい。しかもその軍隊が無かったら安寧秩序が保てなかったろうと

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カストリ社事件

坂口安吾

カストリ社事件 坂口安吾 カストリ雑誌などゝ云って、天下は挙げて軽蔑するけれども、これを一冊つくるんだって、容易じゃないよ。まア、社長の顔を見てごらんなさい。やつれていますよ。これは、キヌギヌの疲れ、などという粋筋のものではない。生活難です。 「オイ、居ると云っちゃ、いかん。居ると云っちゃ、いかん」 これが社長の口癖であった。彼は必死なのである。 なんとかし

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社交税

中谷宇吉郎

シカゴの街は、ミシガン湖に沿って、南北にずっとのびている。このミシガン湖にすぐ沿ったところが、シカゴの銀座通りであって、豪華なホテルや、高級品を賣る有名な店が、たくさん竝んでいる。シカゴには、もちろん高島屋や三越に相當するデパートも、立派なものがいくつかあるが、それ等は、この湖岸通りから一段内側の大通りにある。そういうデパートなら、われわれ日本人も、たまには

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社会主義リアリズムの問題について

宮本百合子

社会主義リアリズムの問題について 宮本百合子 第一次五ヵ年計画のおおうべくもない達成、ひきつづき発表された第二次五ヵ年計画の基本的方針とともに、ソヴェト同盟がプロレタリア文学運動の領域において、社会主義的リアリズムの問題を国際的に提起したことはわれわれにとって実に興味あることです。 ソヴェト同盟で、プロレタリア文学の創作方法におけるこの問題が起った社会的根拠

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社会主義者に非ず ―江戸川乱歩氏へ―

国枝史郎

兄は「探偵趣味」第五集で、僕の言論のやり方を社会主義的と云ったが是は少々妥当を欠く。僕は決して社会主義者では無く社会政策家である。社会主義と社会政策とが全然別物であることは兄といえども知って居られるだろう。社会政策家たる僕の言論は従って社会政策的と云われる可きものである。尤も兄は「社会主義的と云っては間違いかもしれぬが、この言葉は最も手取早い」と云って居る。

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社会と人間の成長

宮本百合子

社会と人間の成長 宮本百合子 私は一九二七年から三〇年までソ連におりました。いまから考えれば大変古いことで、ちょうど第一次五ヵ年計画が始まったばかりのところです。ですから、皆様の方が新しい今日のソヴェトについては十分御存じのことでしょう。何を見ました、かにを見ました、というお話は申し上げません。私が深く動かされたこと、そして自分の一生に強く影響をうけたことは

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社会劇と印象派

田山花袋

社会劇と印象派といふ題を設けたけれど、別に深く研究した訳ではない、唯、此頃さういふことを考へたことがあつたから、此処では自分の貧しい経験といふやうなことを中心として少し述べて見たいと思ふ。 先づ社会劇といふことゝ自己と言ふことゝを言はなければならない。社会と自己との関係などいふことも言はねばならない。社会と自己との関係――これはかなりむづかしい問題であるが、

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社会生活の純潔性

宮本百合子

社会生活の純潔性 宮本百合子 私達が生きてゆく間には、千変万化の波瀾をくぐる。その波瀾の間に、人間として、強く、純潔に生きてゆくことは非常にむずかしい。現代に純潔は非常に少い。 純潔とはどういうことを意味するのだろう。人間が社会に生きてゆく態度として、純潔性は、その人々が社会に持っている歴史の意味を明瞭に自覚して、歴史が一人一人その人達に求めている道を、積極

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社会と自己

田山花袋

社会と自己との問題はかなり複雑したものである。時には社会本位になつたり自己本位になつたりする。しかし、社会と自己との交渉が離るべからざるものであるのは、元より言ふを待たないことである。 『だツて、現に君達はこの社会に生きてゐるぢやないか。自分一人で生きてゐるやうなことを言つてゐるけれど、この社会がなかつたら、君は何うする!』かういふことを言ふ人がある。そんな

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社大党はファッショ化したか?

戸坂潤

初めに断わっておくが、私はごく最近社会大衆党に這入った一党員である。その限り一応党是に服し党の指導方針を尊重すべきであるのは、常識である。と共に党内に於ける党批判の自由は、そのデモクラシーの建前によって、又私の権利である。だが今私は党内に於ける批判をやるのではない。本誌は党と無関係であるから、ここで述べることは党内的な意見ではない。 併し社会大衆党は、大衆の

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社日桜

河井寛次郎

社日桜というのは、町の西端れの田圃の中に突出している丘の突端の、社日さんの石碑の傍にあった。昔はこの一本の桜で、丘中が花で埋まったと言われた。余程枝を張った木だったと見えて、近くでは一面に花しか見えず、遠くからは、大きな白雲の様だったと言われた。 社日さんというのは、五風十雨の平穏や、豊饒を祈る農家の人々の心のささえとなった神様であったが、誰が植えたか、この

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社長秘書

佐々木邦

「それについては面白い話があるよ」 と社長が言い出すと、周囲のものは皆辟易する。しかし相槌を待ち設けて見廻しているから、誰か、 「はゝあ」 と応じてやらなければならない。社長には尻馬居士という綽名がついている。人の話の後から屹度何か思い出して、 「それについては……」 をやる。それが時には甚だそれについていないことがある。日外重役の星野さんが何かの機会で、

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祇園の枝垂桜

九鬼周造

祇園の枝垂桜 九鬼周造 私は樹木が好きであるから旅に出たときはその土地土地の名木は見落さないようにしている。日本ではもとより、西洋にいた頃もそうであった。しかしいまだかつて京都祇園の名桜「枝垂桜」にも増して美しいものを見た覚えはない。数年来は春になれば必ず見ているが、見れば見るほど限りもなく美しい。 位置や背景も深くあずかっている。蒼く霞んだ春の空と緑のした

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びるぜん祈祷

ダンテアリギエリ

母なるをとめ、わが子のむすめ、 賤しくして、また、なによりも尊く、 永遠の謀のさだかなるめあて、 君こそは人性を尊からしむれ、 物みなの造りぬしも、 其造りなるを卑まざりき。 その胎に照りたる愛は、 この花をとこ世に靜けく、 温め生ふし開き給ひぬ。 ここにゐては愛の央の松あかし。 下界人間に雜はりては、望の生ける泉なり。 大なる哉、徳ある哉、われらの君よ、

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祖母

楠山正雄

祖母 祖母(そぼ) 楠山正雄 一 青めがね 一雄(かずお)は小学校へ行くようになって、やっと一月立つか立たないうちに、ふと眼病をわずらって、学校を休まなければならなくなりました。 それから毎日、一雄はお医者さまからくれた青い眼がねをかけて、おばあさんと二人――まだ電車のない時分でしたから――合乗(あいのり)の人力(じんりき)で、眼科の病院へ通いました。 「食

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よき祖母上に

萩原朔太郎

かの家の庭にさく柘榴の花、あかるい日光の中にふるへる空氣のさびしみ、年老いたる祖母上よ。そこのじようろにて植木の苗に水をやり給へ、そこにあるどの草木にも親愛の言葉をかけておやりなさい、私は前栽のかげにたたずむ、ちひさなぼけた犬小舍をみる、かたむきかかつた木製の長椅子をみる、ああ これら日光の中にちらばふ、もろもろの植物、諸道具、壁土、窓、物置小舍の類、あかる

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祖母の教訓

牧野信一

実家を離れて、ひとり住ひをして見ると、私は祖母のことを往々思ひ出す、一昨年の春、七十余歳の老衰病で静かに歿くなつた母方の祖母である。 何年か前の学生時分、東京で永くひとり住ひをしたが、一週間に一度は屹度実家へ帰つたものだ。「一週間に一度」は妙だが――当時稀に見る怠惰学生だつた自分は、土曜日も日曜日もあつたものぢやなかつたのだが、帰る時は必ず土曜日を定めて帰り

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