古代に於ける言語伝承の推移
折口信夫
古代に於ける言語伝承の推移 折口信夫 一 所謂民間伝承といふ言葉を、初めて公に使はれたのは、たしか松村武雄さんであつたと思ふ。そして、それを現在、柳田国男先生はじめ、我々も使うて居るのである。こゝでは、この民間伝承のうちの、言語伝承の移り変りに就いて、述べたいと思ふ。言語伝承には、言語の形式と、言語そのものと、二つの方面があるが、此話では、只今残つて居るもの
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折口信夫
古代に於ける言語伝承の推移 折口信夫 一 所謂民間伝承といふ言葉を、初めて公に使はれたのは、たしか松村武雄さんであつたと思ふ。そして、それを現在、柳田国男先生はじめ、我々も使うて居るのである。こゝでは、この民間伝承のうちの、言語伝承の移り変りに就いて、述べたいと思ふ。言語伝承には、言語の形式と、言語そのものと、二つの方面があるが、此話では、只今残つて居るもの
折口信夫
最古日本の女性生活の根柢 折口信夫 一 万葉びと――琉球人 古代の歴史は、事実の記憶から編み出されたものではない。神人に神憑りした神の、物語った叙事詩から生れてきたのである。いわば夢語りとも言うべき部分の多い伝えの、世を経て後、筆録せられたものに過ぎない。日本の歴史は、語部と言われた、村々国々の神の物語を伝誦する職業団体の人々の口頭に、久しく保存せられていた
折口信夫
神道の新しい方向 折口信夫 昭和二十年の夏のことでした。 まさか、終戦のみじめな事実が、日々刻々に近寄つてゐようとは考へもつきませんでしたが、その或日、ふつと或啓示が胸に浮んで来るやうな気持ちがして、愕然と致しました。それは、あめりかの青年たちがひよつとすると、あのえるされむを回復するためにあれだけの努力を費した、十字軍における彼らの祖先の情熱をもつて、この
折口信夫
辞書 折口信夫 日本の辞書のできてくる道筋について考えてみる。 そういうとき、すぐにわれわれは『倭名類聚鈔』を頭に浮かべる。それより前には辞書がなかったかというと、以前のものが残っていないというだけのことで、源ノ順が突如として辞書をこしらえたというのではない。『倭名鈔』があれだけ正確な分類をしていることからみても、それが忽然と出てくるわけはない。それまでに、
折口信夫
死者の書 續篇(草稿) 折口信夫 山々の櫻の散り盡した後に、大塔中堂の造立供養は行はれたのであつた。 それでも、春の旅と言へば、まづ櫻を思ふ習はしから、大臣は薄い望みを懸けてゐた。若し、高野や、吉野の奧の花見られることのありさうな、靜かな心踊りを感じて居たのであつた。 廿七日――。山に著いて、まづ問うたのも、花のうへであつた。ことしはとり別け、早く過ぎて、も
折口信夫
小説の豫言者 折口信夫 私の知つた文學者には、豫言者だちの人と、饒舌家型の人とがあつて、著しい相違を見せてゐる。勿論、太宰君は豫言者型といふよりも、豫言者と言つた方が、もつと適切なことを思はせてゐた。 宗教の上の豫言者が、その表現の思ふ壺にはまるまでは、多く饒舌家に類してゐた。太宰君の作品にもさういふ風があつて、語がしきりに空りしたこともある。だが誰も認めて
折口信夫
水中の友 折口信夫 いつまでも ものを言はなくなつた友人――。 もつとも 若かつたひとり――。 たゞの一度も 話をしたことのない 二三行の手紙も 彼に書いたことのない私―― 併し 私の友情を しづかに 享けとつてゐてくれた彼を 感じる。 ――友人の死んだ時 私は、嵐の聲を聞いた。 若い世間は、手をあげて迎へるやうに はなやかに その死を讚へた――。 老成した
折口信夫
詩と散文との間を行く發想法 折口信夫 かう言ふ憎々しい物言ひをして、大變な勞作を積んで入らつしやる作家諸氏に失禮に當つたら、御免下さい。どうも、私どもは批評家でない。尠くとも、優れた新進作家の發見を、片手わざとする月評擔當者風な、忠實な氣分にはなれない。ほんの漫然たる文學青年の育つたものに過ぎない事を、つく/″\思うてゐる。それで、名聲の定まつたといふより、
折口信夫
身毒丸の父親は、住吉から出た田楽師であつた。けれども、今は居ない。身毒はをり/\その父親に訣れた時の容子を思ひ浮べて見る。身毒はその時九つであつた。 住吉の御田植神事の外は旅まはりで一年中の生計を立てゝ行く田楽法師の子どもは、よた/\と一人あるきの出来出す頃から、もう二里三里の遠出をさせられて、九つの年には、父親らの一行と大和を越えて、伊賀伊勢かけて、田植能
折口信夫
彼の人の眠りは、徐かに覚めて行った。まっ黒い夜の中に、更に冷え圧するものの澱んでいるなかに、目のあいて来るのを、覚えたのである。 した した した。耳に伝うように来るのは、水の垂れる音か。ただ凍りつくような暗闇の中で、おのずと睫と睫とが離れて来る。膝が、肱が、徐ろに埋れていた感覚をとり戻して来るらしく、彼の人の頭に響いて居るもの――。全身にこわばった筋が、僅
折口信夫
彼の人の眠りは、徐かに覚めて行つた。まつ黒い夜の中に、更に冷え圧するものゝ澱んでゐるなかに、目のあいて来るのを、覚えたのである。 した した した。耳に伝ふやうに来るのは、水の垂れる音か。たゞ凍りつくやうな暗闇の中で、おのづと睫と睫とが離れて来る。 膝が、肱が、徐ろに埋れてゐた感覚をとり戻して来るらしく、彼の人の頭に響いて居るもの――。全身にこはゞつた筋が、
永井隆
長崎の野に廃人の身を横たえてから二年余り、知る人知らぬお方のお祈りと励ましの力によって細々ながら生命をつないで来たが、その間に書いたり口述したりした短文を式場博士がまとめて出版してくださることになった。いよいよまとめて読み直してみると、私というものの欠点がよく現われていてまことに恥ずかしいが、これも偽らぬ荒野の生活記録として世の批判を受けねばならぬものであろ
永井隆
昭和二十年八月九日の太陽が、いつものとおり平凡に金比羅山から顔を出し、美しい浦上は、その最後の朝を迎えたのであった。川沿いの平地を埋める各種兵器工場の煙突は白煙を吐き、街道をはさむ商店街のいらかは紫の浪とつらなり、丘の住宅地は家族のまどいを知らす朝餉の煙を上げ、山腹の段々畑はよく茂った藷の上に露をかがやかせている。東洋一の天主堂では、白いベールをかむった信者
加藤一夫
ほんの僅かな時でよい生活のわずらいから脱れ静な時をもつ事は――おお 何と云う仕合せだろう 昨日 私は 書斎でたった一人ッきりの私の世界で海を越えた遠い国の 心の友の著書を読み今日も亦 別の友のを読んだが 私は私のこころにふれ私の一番懐しい私を彼処にそして 一人はもう此の世を去った過ぎし日に時と処とを越えて見出した ああ その歓び その深い歓び永遠の自分を感じ
加藤一夫
今こそは、凡てのものの目覚める時だ 黎明の空は既に白みはじめた。 物質文明の麻酔剤に酔うて 無自覚に動いて居る間に 人間はみな其の本来の器能を奪われた。 労働者はその頭脳を、 智者はその手を、足を、視力を、腕力を、 そして、資本主はその良心を、人情を、本心を。 憐れなる片輪者、おお人類よ! 目覚めてそのいとおしき自らの姿を見よ 匂いかぐわしき朝日の光をうけて
加藤一夫
坊や、私は今お前を見るお母さまの側にそい寝して居るお前を見る何と云うこましゃくれた相だ何と云う不思議な生物だそれが十ヵ月前に生れたあのみにくかった肉塊か母の胎内から外にとび出してさながら世の中を馬鹿にしたように一しゃくりくしゃみしてさて初めてオギャアと泣き出したあの肉塊かああお前は実に、私の驚異だ まだお前のお誕生が来ないのにお前はもう立派な人間だ人並みにお
ディケンズチャールズ
先ず第一に、マアレイは死んだ。それについては少しも疑いがない。彼の埋葬の登録簿には、僧侶も、書記も、葬儀屋も、また喪主も署名した。スクルージがそれに署名した。そして、スクルージの名は、取引所においては、彼の署名しようとするいかなる物に対しても十分有効であった。 老マアレイは戸の鋲のように死に果てていた。 注意せよ。私は、私自身の知識からして、戸の鋲に関して特
スウィフトジョナサン
私はいろ/\不思議な国を旅行して、さま/″\の珍しいことを見てきた者です。名前はレミュエル・ガリバーと申します。 子供のときから、船に乗って外国へ行ってみたいと思っていたので、航海術や、数学や、医学などを勉強しました。外国語の勉強も、私は大へん得意でした。 一六九九年の五月、私は『かもしか号』に乗って、イギリスの港から出帆しました。船が東インドに向う頃から、
清沢洌
近ごろのことを書き残したい気持ちから、また日記を書く。 昨日は大東亞戰爭記念日であった。ラジオは朝の賀屋(興宣)大藏大臣の放送に始って、終始、感情的叫喚であった。夕方は僕は聞かなかったが、米国は鬼畜、英国は惡魔だといった放送で、家人でさえもスウィッチを切った。かくも感情に訴えなければ、戰爭は完遂できぬのか。 東京でお菓子の格付けをするというので、お役人が集っ
アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ
この犬は名を附けて人に呼ばれたことはない。永い冬の間、何処にどうして居るか、何を食べて居るか、誰も知らぬ。暖かそうな小屋に近づけば、其処に飼われて居る犬が、これも同じように饑渇に困められては居ながら、その家の飼犬だというので高慢らしく追い払う。饑渇に迫られ、犬仲間との交を恋しく思って、時々町に出ると、子供達が石を投げつける。大人も口笛を吹いたり何かして、外の
豊島与志雄
悲しみにこそ生きむ 楽しさにこそ死なむ この二つの文句が、どうしてこんなにわたしの心を乱すのであろうか。二つが妖しく絡みあい、わたしの胸に忍びこみ、わたしの心を緊めつけて……誘うのである。いずこへ誘うのか。何の誘惑なのか。 その文句を、わたしは思い違いしてるのではあるまいか、そんな気持ちがふっと湧くこともある。だけど、いいえ、わたしの思い違いではない。たしか
豊島与志雄
秋の幻 豊島与志雄 或る田舎に母と子とが住んでいた。そして或る年の秋、次のようなことがあった。―― 「もう本当に天気がよくなったのでしょう。」 「そうね。」 母と子とは、或る朝そんな会話をした。そして二人共晴々した顔を挙げて、青く澄んだ大空を見上げた。大空を見上げる前彼等の視線は、広い野の上を掠め、野の向うに聳立っている山の頂を掠めた。そして今、視線が更にそ
豊島与志雄
秋の気魄 豊島与志雄 秋と云えば、人は直ちに紅葉を連想する。然しながら、紅葉そのものは秋の本質とは可なりに縁遠いことを、私は思わずにはいられない。 楓の赤色から銀杏の黄色に至るまでのさまざまな紅葉の色彩は、その色彩からじかに来る感じは、しみじみとした専念の秋の感じとは、よほど距っている。都会にいてはそうでもないけれど、一歩田舎に踏み出してみると、山裾の木立の
豊島与志雄
野ざらし 豊島与志雄 一 「奇体な名前もあるもんですなあ……慾張った名前じゃありませんか。」 電車が坂道のカーヴを通り過ぎて、車輪の軋り呻く響きが一寸静まった途端に、そういう言葉がはっきりと聞えた。両腕を胸に組んで寒そうに――実際夕方から急に冷々としてきた晩だった――肩をすぼめていた佐伯昌作は、取留めのない夢想の中からふと眼を挙げて見ると、印半纏を着た老人の