科学論
戸坂潤
科学というものが一纏めにして、一体どういうものであるかを、この書物は分析するのである。そこで、科学自身の脈絡を、なるべく生きたまま取り出して見たいと私は考えた。だがその点あまり成功したとは考えられない。もしこの小さな書物に特色というべきものがあるとすれば、それは、自然科学と社会科学の二つの科学に渡って、その同一と差別と更に又連関とに心を配ったという点だろう。
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戸坂潤
科学というものが一纏めにして、一体どういうものであるかを、この書物は分析するのである。そこで、科学自身の脈絡を、なるべく生きたまま取り出して見たいと私は考えた。だがその点あまり成功したとは考えられない。もしこの小さな書物に特色というべきものがあるとすれば、それは、自然科学と社会科学の二つの科学に渡って、その同一と差別と更に又連関とに心を配ったという点だろう。
戸坂潤
科学方法論を私は、学問論乃至科学論の一つの特殊な形態として取り扱うべきであると考える。学問の方法を中枢とした限りの学問理論こそ、恰も科学方法論の名を以て呼ばれているものであり、そして又そう呼ばれることが丁度それに適わしいと思われるからである。それ故吾々は、この書物に於て、まず学問に於ける方法概念の分析から出発する理由をもつ。方法概念の様々の形態、従って又科学
戸坂潤
読書法 戸坂潤 目次 読書法 序に代えて 「読書法日記」 1 読書の自由 2 譬喩の権限 3 耕作農民の小説 4 「文化的自由主義者」としてのA・ジード 5 宮本顕治の唯物論的感覚 6 コンツェルン論の「結論」 7 科学が文章となる過程 8 古典の方が却って近代的であること 9 歴史哲学の一古典 10 『日本科学年報』の自家広告 11 心理と環境 12 「外
戸坂潤
道徳の観念 道徳の観念 戸坂潤 第一章 道徳に関する通俗常識的観念 道徳の問題を持ち出す際、いつも邪魔になるものは、道徳に関する世間の通俗常識である。ここで通俗常識というのは、常識があるとか常識がないとかいう、ああした人間の共通な生活必需観念の謂ではなくて、却って世間の人がごく便宜的に大まかに粗雑に振り回している処の、出来合いの観念のことを云うのであるが、こ
戸坂潤
序 思想というものは、その持ち主の身につけば、その持主の好みのようなものにまでもなるものだ。意識とも良心ともモラルとも云っていいものになる。そして同じ時代の同じ社会に活きている沢山の人間達の間に、共通する好みの類が、風俗をなすのである。 ファッションやモードと云っても、それはただの伊達ごとではなくて、それとなく、時代やジェネレーションや又社会階級の、世界観を
徳冨蘆花
不如帰が百版になるので、校正かたがた久しぶりに読んで見た。お坊っちゃん小説である。単純な説話で置いたらまだしも、無理に場面をにぎわすためかき集めた千々石山木の安っぽい芝居がかりやら、小川某女の蛇足やら、あらをいったら限りがない。百版という呼び声に対してももっとどうにかしたい気もする。しかし今さら書き直すのも面倒だし、とうとうほンの校正だけにした。 十年ぶりに
徳冨健次郎
儂の村住居も、満六年になった。暦の齢は四十五、鏡を見ると頭髪や満面の熊毛に白いのがふえたには今更の様に驚く。 元来田舎者のぼんやり者だが、近来ます/\杢兵衛太五作式になったことを自覚する。先日上野を歩いて居たら、車夫が御案内しましょうか、と来た。銀座日本橋あたりで買物すると、田舎者扱いされて毎々腹を立てる。後でぺろり舌を出されるとは知りながら、上等のを否極上
辻村伊助
忘却は人間の有する最大の幸福である。私達の目まぐるしい生活が、あらゆる感情の綯い交じったその日その日が、有りの儘に私達の在る限り、胸の中にたたまれてあるとしたら、それを負うて歩まねばならぬ人の運命はいかに悲惨なものだろうか。 雑然たる生活の断片を紙に残すのは、この意味に於て明らかに矛盾である。しかもそれを敢えてするのは私の過去に於てアルプスの雪の間に送った月
田畑修一郎
この物語の主人公である高間房一の生ひ育つた河原町は非常に風土的色彩の強い町であつた。海抜にしてたかだか千米位の山脈が蜿蜒としてつらなり入り乱れてゐる奥地から、一条の狭いしかし水量の豊富な渓流が曲り曲つたあげく突如として平地に出る。そこで河は始めて空を映して白く広い水面となり、ゆつたりと息づきながら流れるやうに見える。その辺は平地と云つても、直径にして一里足ら
高神覚昇
いったい仏教の根本思想は何であるかということを、最も簡明に説くことは、なかなかむずかしいことではあるが、これを一言にしていえば、「空」の一字に帰するといっていいと思う。だが、その空は、仏教における一種の謎で、いわば公開せる秘密であるということができる。 何人にもわかっているようで、しかも誰にもほんとうにわかっていないのが空である。けだし、その空をば、いろいろ
佐々木喜善
街頭に佇てばあまりに騒がしい。 あすの日もないように、なにをあせり なにを騒ぐのでしょう。おいでなさい。 その騒々しさからそっとのがれて 心おきなく語ろうではありませんか。 語る人の目はほがらかです 聞く人の心はなごやかです。 胸と心はおのずからとけて 春も、夏も、秋も、冬も、 静かに流れてゆくでしょう。
甲賀三郎
支倉事件 甲賀三郎 呪の手紙 硝子戸越しにホカ/\する日光を受けた縁側へ、夥しい書類をぶち撒けたように敷散らして其中で、庄司利喜太郎氏は舌打をしながらセカ/\と何か探していた。彼は物事に拘泥しない性質で、十数年の警察生活の後現在の新聞社長の椅子につくまで、いろ/\の出来事を手帳に書き留めたり、書類の整理をしたりした事は殆どなかった。今日急に必要が出来て或る書
小出楢重
油絵新技法 小出楢重 序言 日本の油絵も、ようやくパリのそれと多くの距離を有たぬようにまで達しつつある事は素晴らしき進歩であると思う。だがしかし、新らしき芸術の颱風は常に巴里に発生している。まだ日本は発祥の地ではあり得ない事は遺憾であるが、それはまだ新らしき日本が絵画芸術のみならずあらゆる文化が今急速に新らしく組み立てられつつ動いて行く工事場の混乱を示してい
小出楢重
奈良公園の一軒家で私が自炊生活していた時、初春の梅が咲くころなどは、静かな公園を新婚の夫婦が、しばしば散歩しているのを私の窓から十分眺めることが出来た。彼ら男女は、私の一軒家の近くまで来ると必ず立ちどまる。そこには小さな池があり、杉があり、梅があり、亭があるので甚だ構図がよろしいためだろう。 そして誰も見ていないと思って彼ら二人は安心して仲がいいのだ。即ち細
小出楢重
何かフランスにおける面白い絵の話でも書こうかとも思ったのですが、実は西洋で、僕は生まれて初めて無数の絵を一時に見過ぎたために、今のところ世の中に絵が少し多過ぎやしまいかと思っているくらいで、まったく絵について何もいいたくないのです。またこの節は洋行する画家も多いし、帰朝者もまた多いことだし、たいていのことはいい尽されてもいるし、本ものの絵が近頃は日本で昼寝を
倉田百三
青春の息の痕 倉田百三 序 これは私が大正三年秋二十二歳の時一高を退学してから、主として、二十七歳の時「出家とその弟子」を世に問うまで、青春の数年間、孤独の間に病を養いつつ、宗教的思索に沈みかつ燃えていた時代に、やはり一高時代のクラスメートで、大学卒業前後の向上期にありし久保正夫君および久保謙君に宛てて書き送った手紙を編み集めたものである。 両君とも一通も失
倉田百三
幼きいのちは他者の手にある。もし愛する者が用意されてなかったら、自分のいのちの記憶もなく、死んでしまうよりない。今日生きながらえている者は必ず愛されて育てられて来たのである。 我々は生れた時のことを記憶していない。愛の手は、そして乳房は自分が知らぬのに待ち設けられてあった。 人間のいのちの受け身の考え方の優先権、自主的生活の不徹底性がここに根ざしている。 私
倉田百三
これから私のもっている信仰についてお話をしたいと思います。私の信仰と申しますのは、いったい仏教であるか何であるかわからないのであります。私は仏教の経典というものはあまり読んだこともありませぬし、じつはよくわからないのであります。正式に仏教というものと関係があるということを申しますと、坐禅をしたことがありますが、それは正式の仏教としての修行であります。けれども
倉田百三
愛と認識との出発 倉田百三 この書を後れて来たる青年に贈る 兄弟よ、われなんじらに新しき誡を書き贈るにあらず。すなわち始めよりなんじらのもてる旧き誡なり。この旧き誡は始めよりなんじらが聞きしところの道なり。されどわれがなんじらに書き贈るところはまた新しき誡なり。 ――ヨハネ第一書第二章より―― 版を改むるに際して この書は発行以来あまねく、人生と真理とを愛す
倉田百三
この戯曲を信心深きわが叔母上にささぐ 極重悪人唯称仏。 我亦在彼摂取中。 煩悩障眼雖不見。 大悲無倦常照我。 (正信念仏偈)
国枝史郎
「蚤とりましょう。猫の蚤とり!」 黒の紋付きの着流しに、長目の両刀を落として差し、編笠をかむった浪人らしい武士が、明暦三年七月の夕を、浅草の裏町を歩きながら、家々の間でそう呼んだ。 お払い納め、すたすた坊主、太平記よみ獣の躾け師――しがない商売もかずかずあるが、猫にたかっている蚤を取って、鳥目をいただいて生活という、この「猫の蚤とり」業など、中でもしがないも
国枝史郎
天明五年十一月、三日の夜の深更であった。宵の間にかくれた月の後、空には星ばかりが繁くまばたき、冬の寒さをいや増しに思わせ、遠くで吠え立てる家護りの犬の、声さえ顫えて聞こえなされた。 大江戸の町々は寝静まり、掛け行燈には火影さえなく、夜を警しめる番太郎の、拍子木の音ばかりが寂寥の度を、で、さらに加えていた。 まして隅田の堤あたりは、動くものといえば風に吹かれる
国枝史郎
レモンの花の咲く丘へ 国枝史郎 この Exotic の一巻を 三郎兄上に献ず、 兄上は小弟を愛し小弟 を是認し小弟を保護し たまう一人の人なり。 序に代うるの詩二編 孤独の楽調 三味線の音が秋の都会を流れて行く。 霧と瓦斯との青白き光が Mitily の邦の悲哀を思わせる 宵。…………………… 唄うを聞けや。 艶もなき中年の女の歌、 節は秋の夜の時雨よりも
国枝史郎
ポンと右手がふところへはいり、同時に左手がヒョイとあがった。とたんに袖口から一条の捕り縄、スルスルと宙へ流れ出た。それがギリギリと巻きつこうとした時、虚無僧は尺八をさっと振った。パチッと物音を立てたのは、捕り縄がはねられたに相違ない。がその時はその捕り縄、ちゃアんとふところへ手ぐられていた。 東海道の真っ昼間、時は六月孟夏の頃、あんまり熱いので人通りがない。