一対の美果
岸田国士
一対の美果 岸田國士 一 近頃読んだいろいろな文章のなかで、私が特にこゝでその読後感を述べたいと思ふのは、それが今の私にとつて可なり重要な問題を含んでをり、それのいづれからも非常に珍しい感動をうけ、しかも、それらが揃ひも揃つて、所謂「非職業作家」の手になつたところの、甚だ示唆に富んでゐる二つの「記録」である。 先づ最初にあげたいのは、女医小川正子さんの手記「
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岸田国士
一対の美果 岸田國士 一 近頃読んだいろいろな文章のなかで、私が特にこゝでその読後感を述べたいと思ふのは、それが今の私にとつて可なり重要な問題を含んでをり、それのいづれからも非常に珍しい感動をうけ、しかも、それらが揃ひも揃つて、所謂「非職業作家」の手になつたところの、甚だ示唆に富んでゐる二つの「記録」である。 先づ最初にあげたいのは、女医小川正子さんの手記「
田山花袋
私達が北満洲に行つた時の話ですが、あのセミヨノフ将軍の没落した後のロシアの避難民のさまは悲惨を極めたものだつたさうです。何でもハルビンも危険だといふので、手に手を取つて松花江の氷の上をわたつて、陸続として長春から吉林の方へ入つて来たのださうですが、それは惨めなものだつたさうです。私達は国境近いところから、何処の町に行つても大きな包を負つて跣足で歩いてゐるロシ
新美南吉
一年生たちとひよめ 新美南吉 学校へいくとちゅうに、大きな池がありました。 一年生たちが、朝そこを通りかかりました。 池の中にはひよめが五六っぱ、黒くうかんでおりました。 それをみると一年生たちは、いつものように声をそろえて、 ひイよめ、 ひよめ、 だんごやアるに くウぐウれッ、 とうたいました。 するとひよめは頭からぷくりと水のなかにもぐりました。だんごが
佐々木邦
片岡君は又禁酒を思い立った。 思い立つ日が吉日というが、片岡君は然う右から左へ埓を明けたがらない。思い立ってから吉日を探し当てるまでに可なり手間がかゝる。 「今から禁酒しても来月は小杉君が洋行するから送別会がある。俺は一番懇意だから何うしたって発起人は免れない」 なぞと言って、兎角大切を取る。 「あなたのような方は身投げの決心をしても大丈夫でございますわね」
中原中也
結果から結果を作る 飜訳の悲哀―― 尊崇はたゞ 道中にありました 再び巡る道は 「過去」と「現在」との沈黙の対坐です 一度別れた恋人と またあたらしく恋を始めたが 思ひ出と未来での思ひ出が ヲリと享楽との乱舞となりました 一度といふことの 嬉しさよ ●図書カード
寺田寅彦
一つの思考実験 寺田寅彦 私は今の世の人間が自覚的あるいはむしろ多くは無自覚的に感ずるいろいろの不幸や不安の原因のかなり大きな部分が、「新聞」というものの存在と直接関係をもっているように思う。あるいは新聞の存在を余儀なくし、新聞の内容を供給している現代文化そのものがこれらの原因になっていると言ったほうが妥当かもしれないが、それはいずれにしても、私はあらゆる日
中井正一
1 引金を引くような心持ちで指でふれる時、フィルムはすでに回転している。レコーダーは五フィート、十フィートと記録していく、重い感じの機械音を撮るものにとっては、ある大きな組織の中に巻き込まれている感じである。一コマ一コマの構図に眼は繰り入れられてはいるけれども、心はより多くの関心を、レンズのシボリと光線に配られている。そして、さらに生フィルムの一つの性格につ
豊島与志雄
一つの愛情 豊島与志雄 文学者のところには、未知の人々から、いろいろな手紙が舞い込んでくる。威勢よく投げこまれた飛礫のようなのもあれば、微風に運ばれてくる花の香のようなのもある。それらが、文学者自身の心境の如何によって、さまざまの作用をする。だが、返事を出すも出さぬも、それは彼の自由である。知らない人から突然もらった手紙だから、黙殺しても応答しても、一向に構
堀辰雄
一九〇八年の春、伊太利のカプリ島に友人に聘せられて再遊し、その冬獨逸で發した宿痾を暫く療養して居つたリルケは、漸くそれから恢復するや、前年來の仕事を續けるために、五月、四たび巴里に出て來たのであつた。先づ、シャンパアニュ・プルミエェル街十七番地にささやかなアトリエを構へた。彼と殆ど前後して、妻のクララも獨逸から巴里にやつて來た。やはり、此の都で彫刻の仕事をす
田中貢太郎
章一は目黒駅へ往く時間が迫って来たので急いで著更えをしていた。婦人雑誌の訪問記者をしている章一は、丸ビルの四階にある編輯室へ毎日一回は必らず顔を出すことになっていて、それを実行しないと編輯長の機嫌の悪いことを知っていながら三日も往っていなかった。章一の幸福に満ちたたとえば風船玉のふわりふわりと飛んでいるような頭の一方の隅には、編輯長の怒りに対する恐れが黒い影
折口信夫
まじなひの一方面 折口信夫 まじなひ殊に、民間療法と言はれてゐるものゝ中には、一種讐討ち療法とでも、命くべきものがある様である。蝮に咬まれた時は、即座に、其蝮を引き裂いて、なすりつけて置きさへすればよいとか、蜂をむしつて、螫された処に擦り込んで置かなくてはならぬ、など言ふのが、其である。 幼い心を持つてゐた昔の人にとつては、人を悩し苦める毒を、身内に蓄へてゐ
宮本百合子
一日 宮本百合子 降りたくても降れないと云う様な空模様で、蒸す事甚い。 今朝も早くから隣の家でピアノを弾いて居るが気になって仕様がない。 もう二三年あの人は、此処に別荘を持って居て、ついぞ琴の音もした事がないのに、急にピアノがきこえて、それが又かなりよい音だ。 おとといの晩から、何かして居ても、聞えると、一寸手をとめて耳をすます。 食堂の出まどに腰をかけて、
太宰治
一月二十二日。 日々の告白という題にしようつもりであったが、ふと、一日の労苦は一日にて足れり、という言葉を思い出し、そのまま、一日の労苦、と書きしたためた。 あたりまえの生活をしているのである。かくべつ報告したいこともないのである。 舞台のない役者は存在しない。それは、滑稽である。 このごろだんだん、自分の苦悩について自惚れを持って来た。自嘲し切れないものを
永井荷風
一月一日の夜、東洋銀行米国支店の頭取某氏の社宅では、例年の通り、初春を祝ふ雑煮餅の宴会が開かれた。在留中は何れも独身の下宿住ひ、正月が来ても屠蘇一杯飲めぬ不自由に、銀行以外の紳士も多く来会して、二十人近くの大人数である。 キチーと云つて、此の社宅には頭取の三代も変つて、最う十年近く働いて居る独乙種の下女と、頭取の妻君の遠い親類だとか云ふ書生と、時には妻君御自
豊島与志雄
ヘヤーピン一本 豊島与志雄 一本のヘヤーピン、ではない、ただヘヤーピン一本、そのことだけがすっきりと、俺の心に残ったのは、何故であろうか。そのことだけが純粋で、他はみな猥雑なのであろうか。 パイプが煙脂でつまっていた。廊下に出てみると、女中が通りかかった。それを呼びとめて、パイプを振ってみせた。 「これが、つまっちゃったんだ。なにか、通すものはないかね。針金
楠山正雄
一本のわら 楠山正雄 一 むかし、大和国に貧乏な若者がありました。一人ぼっちで、ふた親も妻も子供もない上に、使ってくれる主人もまだありませんでした。若者はだんだん心細くなったものですから、これは観音さまにお願いをする外はないと思って、長谷寺という大きなお寺のお堂におこもりをしました。 「こうしておりましては、このままあなたのお前でかつえ死にに死んでしまうかも
長谷川伸
〔序幕〕 第一場 取手の宿・安孫子屋の前 第二場 利根の渡し 〔大詰〕 第一場 布施の川べり 第二場 お蔦の家 第三場 軒の山桜 駒形茂兵衛 老船頭 筋市 お蔦 清大工 河岸山鬼一郎 船印彫辰三郎 お君 酌婦お松 船戸の弥八 いわしの北 同 お吉 波一里儀十 籠彦 博労久太郎 堀下げ根吉 おぶの甚太
小川未明
山にすんでいるからすがありましたが、そのからすは、もうだいぶん年をとってしまいました。若い時分には、やはり、いま、ほかの若いからすのように、元気よく高い嶺の頂を飛んで、目の下に、谷や松林や、また村などをながめて、あるときは、もっと山奥へ、あるときは、荒波の岸を打つ浜の方へと飛んでいき、また、町の方まで飛んでいったことがあります。 どんなに強い風も怖ろしくはあ
宮本百合子
一本の花 宮本百合子 一 表玄関の受附に、人影がなかった。 朝子は、下駄箱へ自分の下駄を入れ、廊下を真直に歩き出した。その廊下はただ一条で、つき当りに外の景色が見えた。青草の茂ったこちら側の堤にある二本の太い桜の間に、水を隔てて古い石垣とその上に生えた松の樹とが歩き進むにつれ朝子の前にくっきりとして来る。草や石垣の上に九月末近い日光が照っているのが非常に秋ら
鈴木三重吉
一本足の兵隊 鈴木三重吉 一 或小さなお坊ちやんが、お誕生日のお祝ひに、箱入りのおもちやをもらひました。坊ちやんは、さつそくあけて見て、 「やあ、兵たいだ/\。」と、手をたゝいてよろこびました。そしてすぐに一つ/″\とり出して、テイブルの上にならべました。それは青と赤の服を着た、小さな鉄砲をかついだ、小さな錫の兵たいでした。すつかりで、ちようど二十五人ゐまし
小川未明
あるさびしい海岸に、二人の漁師が住んでいました。二人とも貧しい生活をしていましたから、町や都に住んでいる人々のように、美しい着物をきたり、うまいものをたくさん食べたり、また、ぜいたくな暮らしなどをすることは、思いもよらないことでありました。 二人は、どうかして、もっといい暮らしをしたいものだと思いましたけれど、どうすることもできなかったのです。青い海の面を見
小川未明
兄と妹は、海岸の砂原の上で、いつも仲よく遊んでいました。 おじいさんは、このあたりでは、だれ一人、「海の王さま」といえば、知らぬものはないほど、船乗りの名人でありました。ほとんど一生を海の上で暮らして、おもしろいこと、つらいことのかずかずを身に味わってきましたが、いつしか年を取って、船乗りをやめてしまいました。 おじいさんに、一人のせがれがありました。やはり
田山花袋
ネギ一束 ネギ一束 田山花袋 お作が故郷を出てこの地に来てから、もう一年になる。故郷には親がいるではない、家があるではない、力になる親類とてもない、村はずれの土手下の一軒家、壁は落ち、屋根は漏(も)り、畳は半ば腐れかけて、茶の間の一間は藁(わら)が敷き詰めてある。この一軒家の主が、お作のためには、天にも地にもただ一人の親身の叔父(おじ)で、お作はここで娘にな
国枝史郎
一枚絵の女 国枝史郎 一 ご家人の貝塚三十郎が、また芝山内で悪事をした。 一太刀で仕止めた死骸から、スルスルと胴巻をひっぱり出すと、中身を数えて苦笑いをし、 (思ったよりは少なかった) でも衣更の晴着ぐらいは、買ってやれるとそう思った。 歌麿が描いた時もそうだった。衣裳は俺が買ってやったものだった。春信が描いた時もそうだった。栄之の描いた時もそうだった。衣裳