Vol. 2May 2026

Sách

Thư viện tri thức thế giới miền công cộng

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安吾巷談 04 今日われ競輪す

坂口安吾

先月某新聞に競輪のことを書いたが、そのときはまだ競輪を見たことがなかった。二十万円ちかい大穴だの、八百長紛擾、焼打、そうかと思うと女子競輪などゝ殺気の中に色気まであり、百聞は一見に如かずと食指をうごかしていたが、伊豆の辺地に住んで汽車旅行がキライときているから、生来の弥次馬根性にもかかわらず、出足がおくれたのである。 二十日あまり坐りつゞけて、予定の仕事が全

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安吾巷談 05 湯の町エレジー

坂口安吾

新聞の静岡版というところを見ると、熱海を中心にした伊豆一帯に、心中や厭世自殺が目立って多くなったようである。春先のせいか、特に心中が多い。 亭主が情婦をつれて熱海へ駈落ちした。その細君が三人だか四人だかの子供をつれて熱海まで追ってきて、さる旅館に投宿したが、思いつめて、子供たちを殺して自殺してしまった。一方、亭主と情婦も、同じ晩に別の旅館で心中していた。細君

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安吾巷談 06 東京ジャングル探検

坂口安吾

わが経来りし人生を回想するという年でもないが、子供のころは類例稀れな暴れん坊で、親を泣かせ、先生を泣かせ、郷里の中学を追いだされて上京しても、入れてくれる学校を探すのに苦労した。私が苦労したわけではないが、親馬鹿というもので、私はだいたい学校というものにメッタに顔をださなかった。たまに顔をだすと、たちまち、先生と追いつ追われつの活躍となり、しかし結局先生を組

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安吾巷談 07 熱海復興

坂口安吾

私が熱海の火事を知ったのが、午後六時。サイレンがなり、伊東のポンプが出動したからである。出火はちょうど五時ごろだったそうである。 その十日前、四月三日にも熱海駅前に火事があり、仲見世が全焼した。その夜は無風で、火炎がまッすぐ上へあがったから、たった八十戸焼失の火事であったが、山を越えて、伊東からも火の手が見えた。もっともヨカンボーというような大きな建物がもえ

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安吾巷談 08 ストリップ罵倒

坂口安吾

私はストリップを見たのは今度がはじめてだ。ずいぶん手おくれであるが、今まで見る気持がうごかなかったから仕方がない。 悪日であった。翌日の新聞の報ずるところによると、本年最高、三十度という。むしあつい曇天なのだ。汗にまみれてハダカの女の子を睨んでいるのはつらい。しかし、先方も商売。又、私も商売。 日劇小劇場、新宿セントラル、浅草小劇場と三つ見てまわって、一番驚

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安吾巷談 09 田園ハレム

坂口安吾

大戦争のあとというものは何がとびだすか見当がつかない。日本全土の主要都市が焼野原だから、どういう妖怪変化がとびだしても不似合ということはない。 覚悟はしていたことだから、パンパンやオカマや集団強盗など月並であったが、アロハにはおどろいた。 なにぶん、アロハというものは、妖怪として登場したものではない。ともかく焼跡にも建設的な気風が起り、いたずらに戦争の惨禍を

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安吾巷談 10 世界新記録病

坂口安吾

スポーツというものは自らたのしむ境地で、それ自体に好戦的な要素はないものだ。国際競技とか、対校試合とかいうのも、世界の現状が国家単位であったり、チームが学校に属しているからの便宜的な区分で、スポーツは本来、個人的なもの(チームをも個とみて)である。現状に於てもスポーツの最高エベントは国際試合に限るわけでなく、ウインブルトンの庭球、又はプロ・ボクシングの世界選

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安吾巷談 11 教祖展覧会

坂口安吾

私は先般イサム・ノグチ展というものに誘われたが、熱心に辞退して、難をのがれた。展覧会の写真を拝見して、とうてい私のような凡骨の見るべきものではないと切に自戒していたからである。 「無」というのが、ありましたネ。私は写真で見たのだが、人間の十人前もあるように大きい。手の指が二本で輪をつくッているように見える。 無門関か碧巌録の公案からでも取材したのかナ。なんし

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安吾巷談 12 巷談師退場

坂口安吾

巷談の十二は「京の夢、大阪の夢」京都大阪をひやかしてスゴロクの上りにしようという予定であった。春のうちからこの上りだけはきまっていて、国内航空路が年内に開通するかも知れんという新聞記事などを見るにつけて、京大阪へ空から乗りつけてやろうなどと内々ハリキッていたのである。 浮世はままならぬもので、連載の新聞小説チチとしてはかどらず、ようやく筆をおいたのが十月十七

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安吾の新日本地理 01 安吾・伊勢神宮にゆく

坂口安吾

この元日に飛行機にのった。三月ごろから内地に航空路ができるについて読売新聞で試験飛行をやった。それに乗ったのである。ノースウエスト航空会社のDC四型という四発機。四千五百メートルぐらいの高度で大阪まで往復したのだが、戦前までの航空旅行の概念とはよほど違っている。煖房は完備しているし、どういう仕掛だか空気は常に室内に充満しているし、雲海の上へでるとアスファルト

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安吾の新日本地理 02 道頓堀罷り通る

坂口安吾

檀一雄君の直木賞「石川五右衛門」が連載されてから、「新大阪」という新聞が送られてくるが、本社から直接来るのじゃなくて、東京支社から送られてくる。おまけに伊東の宛先の新番地が大マチガイときているから、あっちこッちで一服してくるらしく、到着順の前後混乱甚しく、連載小説を読むには全く不適当である。 しかし、この新聞はオモロイな。これを大阪のエゲツナサというのであろ

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安吾の新日本地理 03 伊達政宗の城へ乗込む――仙台の巻――

坂口安吾

仙台は伊達政宗のひらいた城下町。その時までは原野であったそうだ。 この城は天嶮だね。しかし眼下に平野を見下し、水運には恵まれないが、陸路の要地ではある。政宗が仙台を開府したのは、大坂や江戸の開府よりも後のことだ。だが、大坂や江戸にくらべて、地点の選び方が田舎豪傑式であり、近代性が低いのである。 秀吉は主として信長の独創を実践した人で、彼自身の、独創というもの

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安吾の新日本地理 04 飛鳥の幻――吉野・大和の巻――

坂口安吾

海を見たことがないという山奥の子供でも汽車や自動車は見なれているという文化交通時代であるが、紀伊半島を一周する汽車線はいまだに完成していない。また、紀州の南端から大台ヶ原を通って吉野へ現れるには、どうしても数日テクる以外に手がないのである。吉野の入口から自動車にのると上の千本までしか登れない。奥の千本へ行くにもテクらなければダメなんだから、大峰山や大台ヶ原は

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安吾の新日本地理 05 消え失せた沙漠―大島の巻――

坂口安吾

この正月元旦に大島上空を飛行機で通過したとき(高度は三千メートルぐらいだったらしい)内輪山の斜面を熔岩が二本半、黒い飴ン棒のように垂れていただけであった。くすんだ銀色の沙漠はまだ昔のままであった。だいたい機上から見下した山というものは、およそ美しくないものです。ただ無限のヒダやシワがあるだけで、山の高度も山の姿も存在しないのです。ところが大島だけは、そうでは

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安吾の新日本地理 06 長崎チャンポン――九州の巻――

坂口安吾

急行列車が駅にとまると、二人か三人の私服刑事らしき人物が車内の人物の面相を読みつつ窓の外を通りすぎる。私の終戦後の遠距離旅行はこの正月からのことであるから、こういう人物の駅々の影のような出迎えがいつごろから始まったのか知らないが、月を追うてこの出迎えが厳重に、どの駅でも規則正しく行われるようになってきた。 これには無論それだけの理由があるに相違ない。まず共産

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安吾の新日本地理 07 飛騨・高山の抹殺――中部の巻――

坂口安吾

飛騨(実にメンドウな字だから以後カナで書かせてもらいますよ)は日本の古代史では重大きわまる土地であります。 隣りの信濃はタケミナカタの神がスワ湖へ逃げてきて天孫に降参したという国ゆずり事変の最後の抵抗地点で日本神話では重要なところだ。ところが、現天皇家が本当に確立の緒についたとみられる天武持統の両御夫妻帝(天武は天智の弟で、天智の御子大友親王≪弘文天皇≫を仆

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安吾の新日本地理 08 宝塚女子占領軍――阪神の巻――

坂口安吾

宝塚少女歌劇というものは、現代の神話的存在の一ツである。とにかく私のようなヤジウマ根性の旺盛な人間が今まで実物を見たことがなかった。同様に他の殿方の大部分も実物は御存知あるまい。 東京公演で男の見物姿を見かけることは少いそうだが、本場の宝塚大劇場では男姿も珍しくないという。なるほど、私のような図体の大きいのが最前列で見物していても、ジロジロ視線をあびることも

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安吾の新日本地理 09 秋田犬訪問記――秋田の巻――

坂口安吾

私は犬が好きだ。何匹いても邪魔にはならないが、小犬一匹の遊び場にも足りないぐらい家も庭もせまいから、欲しい犬も思うように飼えないのである。目下生後五ヶ月のコリーと一歳三ヶ月ぐらいの中型の日本犬がいるだけだ。 コリーは利巧な犬である。牧童の代りに羊の群を誘導して、群をはなれる羊があればつれもどり、また外敵から守って、人間以上の働きをする犬だ。シェパードには専門

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安吾の新日本地理 10 高麗神社の祭の笛――武蔵野の巻――

坂口安吾

今日では埼玉県入間郡高麗村ですが、昔は武蔵の国の高麗郡であり、高麗村でありました。東京からそこへ行くには池袋駅から西武電車の飯能行きで終点まで行き、吾野行きに乗りかえ(同じ西武電車だが池袋から吾野行きの直通はなく、いっぺん飯能で乗りかえなければならない)飯能から二ツ目の駅が高麗です。高麗村の北側背面は正丸峠を越えて秩父に通じ、東南は高麗峠を越えて飯能に、また

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安吾新日本風土記 01 「安吾・新日本風土記」(仮題)について

坂口安吾

予告して申し上げるほどの言葉はまだないのです。しかしとにかく土地々々には生き生きと働く人々は云うまでもなく町や風物や山河や歴史にもそれぞれ自らを語っている個性的な言葉があるもので、私はそれを現地で見また聞きわけたいと思っているだけです。そしてそれを私自身の生存の意義と結び合せ、私自身の言葉で語り直してみたいと思っているだけです。何を見て何を聞きわけてくるかは

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安吾新日本風土記 02 第一回 高千穂に冬雨ふれり≪宮崎県の巻≫

坂口安吾

私たちが羽田をたつ日、東京は濃霧であった。私が東京で経験した最も深い霧。半マイルの視界がないと飛行機の離着陸ができないそうで、八時にでるはずの福岡直行便が十二時ちかくようやく飛びたった。しかし乗客一同出発をうながしたり怒ったりする者が一人もいなかったのはイノチの問題だからやむをえない。むろん私も怒らない。待合室で待っていられる私たちはむしろ幸福なのだ。着陸で

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安吾新日本風土記 03 第二回 富山の薬と越後の毒消し≪富山県・新潟県の巻≫

坂口安吾

先月日向を旅行したとき、宮崎市内の鉄道沿線に「クスリは富山の広貫堂」という広告板を見た。富山の薬は販売員が各地の家庭を一々訪問して薬袋を預けて行く特別な商法であるが、南の果の日向にまでその行商の足がのびているのかと思うと、本拠地を訪問したい意欲がうごいたのである。 私もずいぶん富山の薬をのんだものだ。ちょッとした病気になる。壁や柱に富山の薬袋がぶらさがってい

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安吾武者修業 馬庭念流訪問記

坂口安吾

立川文庫の夢の村 私たちの少年時代には誰しも一度は立川文庫というものに読みふけったものである。立川文庫の主人公は猿飛佐助、百地三太夫、霧隠才蔵、後藤又兵衛、塙団右衛門、荒川熊蔵などという忍術使いや豪傑から、上泉伊勢守、塚原卜伝、柳生十兵衛、荒木又右衛門などの剣客等、すべて痛快な読み物である。子供たちはそれぞれヒイキがあった。私は猿飛佐助が一番好きであったが、

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安死術

小酒井不木

安死術 小酒井不木 御話の本筋にはいる前に、安死術とは何を意味するかということを一寸申し上げて置こうと思います。といっても、別にむずかしい意味がある訳ではなく、読んで字の如く「安らかに死なせる法」というに過ぎないのでありまして、英語の Euthanasia の、いわば訳語であります。「安らかに死なせる法」とは、申すまでもなく、とても助からぬ病気ならば、死に際

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