Vol. 2May 2026

Sách

Thư viện tri thức thế giới miền công cộng

Hiển thị 6.744 trên 14.981 cuốn

あとがき(『宮本百合子選集』第六巻)

宮本百合子

あとがき(『宮本百合子選集』第六巻) 宮本百合子 「伸子」は一九二四年より一九二六年の間に執筆され、六七十枚から百枚ぐらいずつに章をくぎって、それぞれの題のもとに二三ヵ月おきに雑誌『改造』に発表された。たとえば、第一の部分「揺れる樹々」につづいて「聴きわけられぬ跫音」そのほか「崖の上」「白霧」「蘇芳の花」「苔」などという小題をもって。 当時日本にはもう初期の

JA
Chỉ nguyên tác

あとがき(『宮本百合子選集』第十一巻)

宮本百合子

あとがき(『宮本百合子選集』第十一巻) 宮本百合子 この集には「冬を越す蕾」につづいて一九三七年(昭和十二年)から一九四一年(昭和十六年)のはじめまでに執筆された文芸評論があつめられている。しかし、このまる三年間には、一ヵ年と四五ヵ月にわたる空白時代がはさまっている。一九三八年(昭和十三年)一月から翌る年のなかごろまで、作家では中野重治と宮本百合子が作品発表

JA
Chỉ nguyên tác

あとがき(『宮本百合子選集』第十五巻)

宮本百合子

あとがき(『宮本百合子選集』第十五巻) 宮本百合子 ここには、一九三二年の一月の創刊で、日本プロレタリア文化連盟から出版されていた『働く婦人』に書いた短いものからはじまって、一九四一年(太平洋戦争のはじまった年)の一月執筆禁止をうけるまで婦人のために書いた感想、評論、伝記、書評など四十篇が集められている。一九三二年から四〇年いっぱいといえば八年の年月だが、そ

JA
Chỉ nguyên tác

あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)

宮本百合子

あとがき(『宮本百合子選集』第十巻) 宮本百合子 一九三〇年の暮にソヴェト同盟から帰って来て、翌年「ナップ」へ参加するまで、わたしは評論、紹介めいたものを書いたことがなかった。また、人の前に立って、文学についてそのほかの話をしたという経験もない。そして、それを自分の気質と思っていた。 ところが、この枠はまず思いがけない機会からモスクワで打ち破られ、段々わたし

JA
Chỉ nguyên tác

あとがき(『宮本百合子選集』第四巻)

宮本百合子

あとがき(『宮本百合子選集』第四巻) 宮本百合子 この一冊におさめられた八篇の小説は、それぞれに書かれた時期もちがい、それぞれにちがった時期の歴史をももっている。 「一本の花」は一九二七年の秋ごろ発表された。長篇「伸子」を書き終り、ソヴェト旅行に出かける前の中間の時期、いくつか書いた短篇のうち、これは一番長いものであった。過去三年あまりつづいて来た女ばかりの

JA
Chỉ nguyên tác

宮沢賢治の世界

中原中也

人性の中には、かの概念が、殆んど全く容喙出来ない世界があつて、宮沢賢治の一生は、その世界への間断なき恋慕であつたと云ふことが出来る。 その世界といふのは、誰しもが多かれ少かれ有してゐるものではあるが、未だ猶、十分に認識対象とされたことはないのであつた。私は今、その世界を聊かなりとも解明したいのであるが、当抵手に負へさうもないことであるから、仮りに、さういふ世

JA
Chỉ nguyên tác

宮沢賢治全集

中原中也

宮沢賢治全集第一回配本が出た。死んだ宮沢は、自分が死ねば全集が出ると、果して予測してゐたであらうか。 私にはこれら彼の作品が、大正十三年頃、つまり「春と修羅」が出た頃に認められなかつたといふことは、むしろ不思議である。私がこの本を初めて知つたのは大正十四年の暮であつたかその翌年の初めであつたか、とまれ寒い頃であつた。由来この書は私の愛読書となつた。何冊か買つ

JA
Chỉ nguyên tác

宮沢賢治全集刊行に際して

中原中也

宮沢賢治全集の、第一回配本が出ました。僕は彼の詩集、「春と修羅」を十年来愛読してゐますが、自分が無名のために、此の地方で印刷された驚くべき詩集を、皆さんにお知らせする術を持ちませんでした。今年、「宮沢が死んだ」と聞いた時には、大変気の毒に思ひました。すると間もなく、彼の全集が出ると聞いて、喜んだことは勿論ですが、却て忌々しい気もしました。例へば、二ヶ月も気持

JA
Chỉ nguyên tác

宮沢賢治の詩

中原中也

彼は幸福に書き付けました、とにかく印象の生滅するまゝに自分の命が経験したことのその何の部分をだつてこぼしてはならないとばかり。それには概念を出来るだけ遠ざけて、なるべく生の印象、新鮮な現識を、それが頭に浮ぶまゝを、――つまり書いてゐる時その時の命の流れをも、むげに退けてはならないのでした。 彼は想起される印象を、刻々新しい概念に、翻訳しつつあつたのです。彼に

JA
Chỉ nguyên tác

宵の星

今野大力

あついあつい 夕食後のあつさ のんびりと立って見た やっぱり暑い むっちり蒸される様だ ひたいには汗がこんなににじむ * 弟よ外へ行こう 庭の石に腰をかけて 鈴懸花の香をかいで 青く澄み渡った北国の宵空に 教えられたあの一つの星を探そう * 七月七日の夜も近づいた 牽牛織女の星がどこにあるか それも探そう 天の川流れるあたり 天上の花のさても美しき事よ ●図

JA
Chỉ nguyên tác

長谷川時雨

家 長谷川時雨 ある日、婦人ばかりといつてよい招待の席で、小林一三氏が、吉屋信子さんの新築の家を絶讃された。 ――私は、隨分澤山好い家を見てゐるが、その私が褒めるのだから、實際好い家なのだ。たいがいの家は、茶室好みか、もしくは待合式なのかだか、吉屋さんの家はいかにも女性の主人で外國の好いところも充分にとり入れてあると、いはれた。そして、そのよさのわかるものが

JA
Chỉ nguyên tác

おじいさんの家

小川未明

学校から帰ると正雄は、ボンと楽しく遊びました。ボンはりこうな犬で、なんでも正雄のいうことはよく聞き分けました。ただものがいえないばかりでありましたから、正雄の姉さんも、お母さんも、みんながボンをかわいがりました。 ただ一つ困ることは、日が暮れてから、ボンがほえることであります。しかしこれは犬の役目で、夜中になにか足音がすればほえるのに不思議なことはありません

JA
Chỉ nguyên tác

ウスナの家

マクラウドフィオナ

コノール・マック・ネサは西歴の始めごろ、アルスタアの王であって、同時に愛蘭諸王の盟主であった。ある歴史家の言に依れば、コノール王の治世はちょうどキリストが人間としてこの世に在った頃と同時だろうということである。 コノールはレッド・ブランチと名づけられた騎士の一団をつくり――これは主として史詩にのみ唄われているが、実はアーサア王のラオンド・テーブルの先駆とも云

JA
Chỉ nguyên tác

よい家

新美南吉

イワノーイツチ 窓あけた。 こら いい窓だ、 いい窓だ。 トルコ煙草がおいしいぞ。 イワノーイツチ テラスみた。 こら いいテラス、 いいテラス。 朝の新聞よむとこだ。 イワノーイツチ 段おりた。 こら いい段だ、 いい石だ。 月夜にバラライカひくんだな。 イワノーイツチ 鬚おやぢ、 あちこち歩いて部屋もみた。 とんとん叩いて壁もみた。 すがめで屋根のけいし

JA
Chỉ nguyên tác

家庭の人へ

寺田寅彦

家庭の人へ 寺田寅彦 風呂の寒暖計 今からもう二十余年も昔の話であるが、ドイツに留学していたとき、あちらの婦人の日常生活に関係した理化学的知識が一般に日本の婦人よりも進んでいるということに気のついた事がしばしばあった。例えば下宿のおかみさんなどが、呼鈴や、その電池などの故障があったとき少しの故障なら、たいてい自分で直すのであった。当時はもちろん現在の日本でも

JA
Chỉ nguyên tác

家庭創造の情熱

宮本百合子

家庭創造の情熱 宮本百合子 すこし物ごとを真面目に考える今日の世代の若い人たちが、自分たちの結婚生活に入ろうとするとき、生涯向上する情熱を喪わない夫婦として生きたいと願わない人はおそらくないだろうと思う。 この願いは、或る意味では良人になろうとする青年よりも却って妻になろうとする若い女性たちの心に、一層痛切に感じられていることだとも云えるだろう。若い女性たち

JA
Chỉ nguyên tác

いい家庭の又の姿

宮本百合子

いい家庭の又の姿 宮本百合子 光ちゃんのお父さん小野宮吉さんは、お亡りになったから、この写真にうつることは出来ません。けれども、鑑子さんは母として音楽家として生活と芸術とのために実に勤勉に一心に毎日を暮し、光ちゃんも益々いい少女として成長している一家の空気は、家庭としてやはり十分いい家庭の一つに数えられる資格をそなえていると思います。今日の私たちの心持のなか

JA
Chỉ nguyên tác

家庭と学生

宮本百合子

家庭と学生 宮本百合子 今日家庭というものを考える私たちの心持は、おのずから多面複雑だと思う。 家庭は今日大事とされている。貯蓄のことも、生めよ、殖せよということも、モラル粛正も、専ら家庭内の実行にかけられている。 昨夜の夕刊には、大蔵省の初の月給振替払いの日のことがのっていた。月給百五十円以上の人々は、現金としては半額しか入っていない月給袋をうけとった。す

JA
Chỉ nguyên tác

家庭の幸福

太宰治

「官僚が悪い」という言葉は、所謂「清く明るくほがらかに」などという言葉と同様に、いかにも間が抜けて陳腐で、馬鹿らしくさえ感ぜられて、私には「官僚」という種属の正体はどんなものなのか、また、それが、どんな具合いに悪いのか、どうも、色あざやかには実感せられなかったのである。問題外、関心無し、そんな気持に近かった。つまり、役人は威張る、それだけの事なのではなかろう

JA
Chỉ nguyên tác

家庭料理の話

北大路魯山人

世間の人は、自分の身近にある有価値な、美味いものを利用することに無頓着のようだ。 出盛りのさんまより場違いのたいをご馳走と思い込む、卑しい陋習から抜けきらないところに原因があるようだ。 「腐ってもたい」などという言葉は、うかうか聞いていると、諺としてはちょっと面白いが、料理の方では大変な邪魔となって害がある。 また、料理人のつくったものなら、なんでも結構なお

JA
Chỉ nguyên tác

家庭の痛恨

萩原朔太郎

家庭の痛恨 萩原朔太郎 西洋の風習では、その妻が良人と共に社交に出で、多くの異性と舞踏をし、宴会の席上で酒をすすめ、ピアノを弾き、唄をうたひ、文学を論じ、時に艶めかしき媚態を示して、人々の注意と愛情を惹かうと努める。然るに東洋の風習は、これと全くちがつて居る。我々の社会にあつては、すべてさうした女の仕事が、芸者と称する特殊な職業婦人に一任されてる。芸者等は、

JA
Chỉ nguyên tác

家庭習慣の教えを論ず

福沢諭吉

家庭習慣の教えを論ず 福沢諭吉 人間の腹より生まれ出でたるものは、犬にもあらずまた豕にもあらず、取りも直さず人間なり。いやしくも人間と名の附く動物なれば、犬豕等の畜類とは自ずから区別なかるべからず。世人が毎度いう通りに、まさしく人は万物の霊にして、生まれ落ちし始めより、種類も違い、階級にも斯くまで区別のあることなれば、その仕事にもまた区別なかるべからず。人に

JA
Chỉ nguyên tác

家庭裁判

宮本百合子

家庭裁判 宮本百合子 (被告) 女慧しゅうして牛売りそこね (判決) こういった諺はみんな男が作ったものなんです、そしてまた女をこんな風にした社会を作ったのも男達なんです、ですけど「女の賢さはほんとうのものじゃない、小ざかしくて失敗や損ばかりする」といった男たちはほんとうに賢かったでしょうか、小慧しい男たちが政治や軍事を自由にし女も含めた国民の大部分がその小

JA
Chỉ nguyên tác