小祝の一家
宮本百合子
小祝の一家 宮本百合子 一 二月の夜、部屋に火の気というものがない。 乙女は肩当てが穢れた染絣の掻巻をはおり、灰のかたまった茶色の丸い瀬戸火鉢の上へヘラ台の畳んだのを渡したところへ腰かけ、テーブルへ顔を伏せて凝っとしている。 厳しい寒気は、星の燦く黒い郊外の空から、往来や畑の土を凍らし、トタン屋根をとおし、夜と一緒に髪の根にまでしみて来る。 テーブルの前に低
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宮本百合子
小祝の一家 宮本百合子 一 二月の夜、部屋に火の気というものがない。 乙女は肩当てが穢れた染絣の掻巻をはおり、灰のかたまった茶色の丸い瀬戸火鉢の上へヘラ台の畳んだのを渡したところへ腰かけ、テーブルへ顔を伏せて凝っとしている。 厳しい寒気は、星の燦く黒い郊外の空から、往来や畑の土を凍らし、トタン屋根をとおし、夜と一緒に髪の根にまでしみて来る。 テーブルの前に低
宮沢賢治
赤き鳥居はあせたれど 杉のうれ行く冬の雲 野は殿堂の続きかな よくすかれたる日本紙は 一年風に完けきと 雪の反射に知りぬべし かしこは一の篩にて ひとまづそこに香を浄み 入り来るなりと云ひ伝ふ 雪の堆のなかにして りゝと軋れる井戸車 野は楽の音に充つるかな ●図書カード
蒲松齢
王太常は越人であった。少年の時、昼、榻の上で寝ていると、空が不意に曇って暗くなり、人きな雷がにわかに鳴りだした。一疋の猫のようで猫よりはすこし大きな獣が入って来て、榻の下に隠れるように入って体を延べたり屈めたりして離れなかった。 暫くたって雷雨がやんだ。榻の下にいた獣はすぐ出ていったが、出ていく時に好く見るとどうしても猫でないから、そこでふと怖くなって、次の
梶井基次郎
自分は人通りを除けて暗い路をあるいた。 耳がシーンと鳴っている。夢中にあるいている。自分はどの道をどう来たのかも知らない。つく杖の音が戞々とする。この太い桜の杖で今人を撲って来たんだ。 ここは何という町かそれもわからない。道を曲って、曲って、暗い道、暗い道をあるいて来たのである。新京極から逃げて来てからあまり時間を経たとも思わない。しかし何分程経たということ
林芙美子
小さい花 林芙美子 1 ずゐぶん遠いむかしの話だけれど、由はうどんやの女中をした事がありました。短いあひだではありましたが、はじめての奉公なので、これがお前の寝るところだと云はれた暗い納戸のやうな部屋へ這入りますと、いつぺんに涙が噴きあげて体がちつとも動かないのです。 そのうどんやは尾道と云ふ港町から船に乗つて小一時間位ありました。みんな「いんのしま」と云つ
豊島与志雄
小さき花にも 豊島与志雄 すぐ近くの、お寺の庭に、四五本の大きな銀杏樹がそびえ立っている。そばへ行って調べてみると、三本で、それが見ようによって、四本にも五本にも見える。こんもり茂っているのだ。その樹に、雀がたくさん巣くっている。朝早くから起きて、ピイチク、チュクチュク、ピイチク、チュクチュク、騒がしいったらない。朝日の光りがさしてくると、ぱっぱっと、一群れ
片山広子
むかしの世では、あづまから京へ、京から筑紫のはてへと、手紙を書いたり書かれたりすることが、非常に珍しひことであり、又一生のうちの幾つかに数へられるよろこびでもあつたらうと思ふ。その時代の人々の静かな余裕ある心では、その手紙のためにたくさんの時間と真心と技巧をも与へることが出来た。かれらは手紙によつて多くを与へ多くをうけることが出来たのである。あの鎌倉の月影が
小川未明
垣根の内側に、小さな一本の草が芽を出しました。ちょうど、そのときは、春の初めのころでありました。いろいろの花が、日にまし、つぼみがふくらんできて、咲きかけていた時分であります。 垣根の際は、長い冬の間は、ほとんど毎朝のように霜柱が立って、そこの地は凍っていました。寒い、寒い天気の日などは、朝から晩まで、その霜柱が解けずに、ちょうど六方石のように、また塩の結晶
小川未明
詩や、空想や、幻想を、冷笑する人々は、自分等の精神が、物質的文明に中毒したことに気付かない人達です。人間は、一度は光輝な世界を有していたことがあったのを憫れむべくも自ら知らない不明な輩です。 芸術は、ほんとうに現実に立脚するものです。童話は、芸術中の芸術であります。虚無の自然と生死する人生とを関連する不思議な鍵です。芸術の中でも、童話は小説などと異って、直ち
新村出
編者はさきに『言林』を編集したが、全国書房社長田中秀吉氏は、更に適切な学習用国語辞典の乏しいことを遺憾として、これが編集を懇請された。編者もまたその趣旨には大賛成であり、且つこの大過渡期に際し、同氏が社運をかけて、国語文化の復興と向上とのためにまい進される熱意に感じ、各編集員の協力を求め再び印刷・校正・事務各員の奮励を得た結果、幸いにしてこゝに完成を告げたの
中原中也
此処に家がある。人が若し此の家を見て何等かの驚きをなしたとして、そこで此の家の出来具合を描写するとなら、その描写が如何に微細洩さずに行はれてをれ、それは読む人を退屈させるに違ひない。――人が驚けば、その驚きはひきつゞき何かを想はす筈だが、そして描写の労を採らせるに然るべき動機はそのひきつゞいた想ひであるべきなのだが。(断るが、茲でいふ想ひとは思惟的なのでもイ
平山千代子
小説 平山千代子 私つて、まあ、一体どういふんだらう。 本がよみたいけど、何か本をかして下さらない? ツて言つたので、お母様が明治大正文学全集の森鴎外をかして下さつた。 文章がきれいだから、ワケなんか考へずに、大ザツパによんでごらんなさいとおつしやる。 仰せかしこみて棒ヨミにずら/\とやつてみた。だけどワケがわかんないのだから、一寸も面白うない。ア――小説ツ
田山花袋
バザンの田園小説を二三册讀んだ。描寫などに稍々新らしい匂ひのする處がないでもないが、何うも全體の上の感じは餘りよくなかつた。“This, my son”など親と子といふ深い關係を材料にして居りながら、其中心にはねつから觸れたところはなく、其親に背いて巴里に出た息子の末路なども、作者に豫め成心があつて、さうした運命を得させたやうな氣がした。殊に息子の戀に就ての
堀辰雄
この頃私は逢ふ人ごとにモオリアックの小説論の話をしてゐる位だ。 私はつい最近、彼の小説論を二册ばかりと、「癩者への接吻」といふ小説を一つ、立て續けに讀んだところなのだ。彼の小説論は、勿論本格小説論だが、讀んですこぶる啓發されるところがあつたし、小説の方は彼としてはかなり初期のものらしいが大へん氣に入つた。これこそこの頃私の一番讀みたいと思つてゐた小説であるや
豊島与志雄
小説中の女 豊島与志雄 その日私は、鎌倉の友人の家で半日遊び暮して、「明日の朝から小説を書かなければならない」ので、泊ってゆけと勧められるのを無理に辞し去って、急いで停車場へ駆けつけ、八時四十何分かの東京行きの汽車に、発車間際に飛び乗った。そして車室の、人の少い程よい場所をちらっと見定めて、帽子とステッキとを網棚の上に投り上げながら、足先の力を抜いて深々と腰
田山花袋
何うも、事実を書くと、兎角平凡になり勝である。なら想像で拵へ上げたものは何うかと言ふのに、これも本当でないので、矢張面白くない。兎角、その奥が見透かされさうになる。 苟も小説家である以上、自分の経験したものばかりを――つまり Ich-Roman ばかりを書いてゐるのでは、甚だ物足らない。何うかしてあらゆる種類の人物を紙上に活躍させたい。あらゆる世間の状態を書
永井荷風
一 小説はいかにして作るものなるやどういふ風にして書ものなりやと問はるる人しばしばあり。これほど答へにくき問はなし。画の道ならば『芥子園画伝』をそのままに説きもいづべく油画ならばまづ写生の仕方光線の取方絵具の調合なんど鴎外西崖両先生が『洋画手引草』にも記されたりと逃げもすべきに、小説かく道といひては原稿紙買ふ時西洋紙はよしたまへ、日本紙ならば反古も押入の壁や
豊島与志雄
小説の内容論 豊島与志雄 小説の書かれたる内容が問題となってもいい位に、吾国の小説界は進んでいると思う。またそれを問題となさなければならない位に、小説界は或る壁に突き当っていると思う。 私は今、「書かれたる内容」と云った。このことについて、一言しておく必要がある。 如何なる材料を取扱おうと、それは作者の自由である。愚劣なる人物を描こうと、或は賢明なる人物を描
正岡容
小説 圓朝 あとがき 正岡容 昨夏四十有余枚書きだした『圓朝』はあまりにも伝記の擒となってしまっていたため、こころに満ち足らわず、ハタと挫折したまま八月九月十月十一月と徒らな月日が立っていってしまった。十一月末日、修善寺へ。そこの湯宿の一室にして、年少の日の圓朝が切磋琢磨の修業の上に自分自身を見出したことによって初めて私は、豁然と音立てて心の壁の崩れ落ちるも
萩原朔太郎
芥川龍之介氏とは、生前よく俳句の話をし、時には意見の相違から、激論に及んだことさへもある。それに氏には「余が俳句観」と題するエツセイもある程なので、さだめし作品が多量にあることだと思ひ、いつかまとめて読んだ上、俳人芥川龍之介論を書かうと楽しみにしてゐた。然るに今度全集をよみ、意外にその寡作なのに驚いた。全集に網羅されてる俳句は、日記旅行記等に挿入されているも
田山花袋
若い人達の為めに、小説を書くに就いて、私の経験した作法見たいなものを書いて見る。 長年私は投書を見て来てゐるので、諸君が何ういふ作をするか、何ういふ風に小説といふものを考へてゐるか、また何ういふ風に無益の努力をやつてゐるかといふことを知つてゐる。私の見たところでは、諸君の小説を書く態度は浮気である。移気である。ちょいと面白いから書いて見る位のところである。そ
宮本百合子
『新日本文学』に「町工場」という小説を発表した小沢清という若いひとが、「軍服」という小説をかいた。小沢清は勤労者の生活をしながら小説をかくようになった青年である。 まだ試作というべき作品であるが、「町工場」は、へんに凄んだり力んだりしたところのない勤労者のこころもちで、小さい町工場での若い勤労者の生活と、そこにいる気のよい、しかし古くさく自分の貧乏を体裁でご
豊島与志雄
本書の性質を一言しておく。 私は嘗て、李永泰なる人物を見まもっていた。彼の時折の行動について、四つの短篇小説を書いた。最後に、彼の決定的発展段階を示す中篇或は長篇を、書くつもりでいた。その時、彼の前面に、他の人物が大きく立ち現われてきた。如何なる人物であるかは、他日の作品に譲って茲には云うまい。そういうわけで、李永泰は一応このまま放棄することになった。放棄さ
宮本百合子
小説の読みどころ 宮本百合子 同志小林多喜二がボルシェヴィキの作家として実に偉かったところは、うむことないその前進性である。一つ一つの作品が必ず、それぞれに階級闘争の発展してゆく段階を何かの形で反映している。 われわれプロレタリア文学の仕事に従う者が、同志小林の業績によって深い鞭撻をうけるのは正にこの点である。彼が進み行く労農大衆の先頭に身を挺して立ち、その