マリヴロンと少女
宮沢賢治
マリヴロンと少女 宮沢賢治 城あとのおおばこの実は結び、赤つめ草の花は枯れて焦茶色になって、畑の粟は刈りとられ、畑のすみから一寸顔を出した野鼠はびっくりしたように又急いで穴の中へひっこむ。 崖やほりには、まばゆい銀のすすきの穂が、いちめん風に波立っている。 その城あとのまん中の、小さな四っ角山の上に、めくらぶどうのやぶがあってその実がすっかり熟している。 ひ
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宮沢賢治
マリヴロンと少女 宮沢賢治 城あとのおおばこの実は結び、赤つめ草の花は枯れて焦茶色になって、畑の粟は刈りとられ、畑のすみから一寸顔を出した野鼠はびっくりしたように又急いで穴の中へひっこむ。 崖やほりには、まばゆい銀のすすきの穂が、いちめん風に波立っている。 その城あとのまん中の、小さな四っ角山の上に、めくらぶどうのやぶがあってその実がすっかり熟している。 ひ
小川未明
寒い、暗い、晩であります。風の音が、さびしく聞かれました。ちょうど、真夜中ごろでありましょう。 コロ、コロ、といって、あちらの往来をすぎる車の音が、太郎のまくらもとに聞こえてきました。もう、だいぶねあきていましたので、彼はふと目をあけて、その車の音に、耳をすましたのでした。 「いま時分、あんな車を引いてゆくのは、どんな人間だろう?」 こう、彼は考えました。す
今野大力
少女 子を孕めるという 太りたる腹はみにくくかわいらし 少女 子を孕めるという 十月なる日を算えては頬笑める 孕めるは何の摂理ぞ 夜深く何を悩める 人の世に明日あり 今日あり さて遠く夢想の国に 青き花咲くとも聞けり 孕めるは何の摂理ぞ 少女 子を孕めるという ●図書カード
野口雨情
ある日、みつ子さんがお座敷のお縁側で、お友達の千代子さんと遊んでゐますと、涙ぐんだ小さな声で唄が聞えて来ました。 わたしの お家は 海なのよ わたしの姉さん 母さんは 御無事で お家に 居るでせうか わかれて来てから もう二年 一度もたよりは ないけれど お家に 御無事で 居るでせうか 唄は、ほんたうに哀ツぽい悲しさうな声で又聞えました。 渚の沙さへ 子があ
田山花袋
山手線の朝の七時二十分の上り汽車が、代々木の電車停留場の崖下を地響きさせて通るころ、千駄谷の田畝をてくてくと歩いていく男がある。この男の通らぬことはいかな日にもないので、雨の日には泥濘の深い田畝道に古い長靴を引きずっていくし、風の吹く朝には帽子を阿弥陀にかぶって塵埃を避けるようにして通るし、沿道の家々の人は、遠くからその姿を見知って、もうあの人が通ったから、
小川未明
某幼稚園では、こんど陸軍病院へ傷痍軍人たちをおみまいにいくことになりましたので、このあいだから幼い生徒らは、歌のけいこや、バイオリンの練習に余念がなかったのです。きょうも、「父よあなたは、強かった」を、バイオリンを弾くものと、うたうものとで調子を合わせたのでありました。 「よくできました。これでおしまいにしましょうね。あしたは、お国のために、負傷をなさった、
神西清
私はよく夢をみる。楽しい夢よりも、苦しい――胸ぐるしい夢の方がずつと多い。さめたあとで、ほとんど全経過をたどり直せるほど、はつきり覚えてゐる夢もある。さめた直後は、思ひ出す手がかりすら見失はれて、それなり忘れてゐたのが、かなり後になつて何のきつかけもなしに、ぱつと記憶に照らし出される夢もある。後者には概して楽しい夢が多いやうだ。 同じ主題がしばしば繰り返され
谷崎潤一郎
もう彼れ此れ二十年ばかりも前になろう。漸く私が十ぐらいで、蠣殻町二丁目の家から水天宮裏の有馬学校へ通って居た時分―――人形町通りの空が霞んで、軒並の商家の紺暖簾にぽか/\と日があたって、取り止めのない夢のような幼心にも何となく春が感じられる陽気な時候の頃であった。 或るうら/\と晴れた日の事、眠くなるような午後の授業が済んで墨だらけの手に算盤を抱えながら学校
原民喜
少年 原民喜 空地へ幕が張られて、自動車の展覧会があった。誰でも勝手に這入れるので、藤一郎もいい気持で見て歩いた。ピカピカ光るお腹や、澄ました面した自動車を見ると、藤一郎の胸にはふんわりと訳のわからぬ感情が浮き上るのであった。いくら見惚れたって自分の所有にはならないのだが、ああ云ふ立派な自動車に乗って走れたら、どんなに素晴しいだらうか――藤一郎はその素晴しさ
小川未明
輝かしい夏の日のことでありました。少年が、外で遊んでいますと、花で飾られた、柩をのせた自動車が、往来を走ってゆきました。そして、道の上へ、一枝の白い花を落として去ったのです。 これを見つけた子供たちは、方々から、走り寄りましたが、いちばんはやかった少年が、その花を拾ったのでした。なんという花か、わからなかったけれど、それは、香いの高いみごとな花でありました。
チェーホフアントン
「ヴォローヂャが帰ってきた!」と誰かがおもてで叫んだ。 「ヴォローヂャちゃんがおつきになりましたよ!」と、食堂へかけこみながら、ナターリヤが叫んだ。「ああ、よかった!」 かわいいヴォローヂャの帰りを、今か今かと待っていたコロリョーフ家の人びとは、みんなわれがちに窓べへかけよった。車よせのところに、幅の広いそりがとまっている。三頭立ての白い馬からは、こい霧がた
国木田独歩
少年の悲哀 国木田独歩 少年の歓喜が詩であるならば、少年の悲哀もまた詩である。自然の心に宿る歓喜にしてもし歌うべくんば、自然の心にささやく悲哀もまた歌うべきであろう。 ともかく、僕は僕の少年の時の悲哀の一ツを語ってみようと思うのである。(と一人の男が話しだした。) 僕は八つの時から十五の時まで叔父の家で育ったので、そのころ、僕の父母は東京にいられたのである。
国木田独歩
少年の悲哀 國木田獨歩 少年の歡喜が詩であるならば、少年の悲哀も亦た詩である。自然の心に宿る歡喜にして若し歌ふべくんば、自然の心にさゝやく悲哀も亦た歌ふべきであらう。 兎も角、僕は僕の少年の時の悲哀の一ツを語つて見やうと思ふのである。(と一人の男が話しだした。) * * * 僕は八歳の時から十五の時まで叔父の家で生育たので、其頃、僕の父母は東
平林初之輔
「お父さん、今日は何か変わったことがあったかい?」 「また、六つになる子供がさらわれちゃったよ。これで去年から三度目だ。お前なんかも用心せんと危ないよ。今日さらわれたのは、お前が行ってる学校の正門の筋向かいの文房具屋の子供なんだよ」 「馬鹿にしていらあ、僕なんかもう中学の三年じゃないか、もう二ヶ月もたったら四年で、来年は高等学校へはいるんじゃないか。だけれど
中井正一
少年に文化を嗣ぐこゝろを 中井正一 大塚金之助博士に或雜誌記者が、博士の一生に最も感銘深かった記憶は何でございますかとたずねた。 博士は次の樣に答えられたそうである。 博士の少年の頃、圖書館へ行って、本を要求したとき、館員が、部厚い本を持ち出して來て、未だ少年の博士に、その本を差出したそうである。 そのずっしり重い本を受取ったときの深い感激は、今、尚博士の胸
豊島与志雄
少年文学私見 豊島与志雄 現今の少年は、非常に明るい眼をもっている、空想は空想として働かしながらも、事実のあるがままの姿を、大袈裟に云えば現実を、じっと眺めそして見て取るだけの視力をもっている。これは、実証主義的精神の、また唯物論的精神の、遺産を得ているからであろうか。更になお、科学的教育を受けているからでもあろうか。とにかく彼等の眼は、架空なものを許容する
小川未明
池の中には、黄色なすいれんが咲いていました。金魚の赤い姿が、水の上に浮いたりまるい葉蔭に隠れたりしていました。そして、池のあたりには、しだが茂り、ところどころ石などが置いてありました。 勇ちゃんは、いかにも金魚たちが楽しそうに遊んでいるのをぼんやりながめていました。そのとき、やぶの方から垣根をくぐって、黒い一筋の糸のように、なにか走ってきたので、その方を見る
小川未明
三郎はどこからか、一ぴきのかわいらしい小犬をもらってきました。そして、その小犬をかわいがっていました。彼はそれにボンという名をつけて、ボン、ボンと呼びました。 ボンは人馴れたやさしい犬で、主人の三郎にはもとよりよくなつきましたが、まただれでも呼ぶ人があれば、その人になついたのです。だから、みんなにかわいがられていました。三郎は朝早く起きてボンを連れて、空気の
竹久夢二
少年・春 竹久夢二 1 「い」とあなたがいうと 「それから」と母様は仰言った。 「ろ」 「それから」 「は」 あなたは母様の膝に抱っこされて居た。そとでは凩が恐しく吼え狂うので、地上のありとあらゆる草も木も悲しげに泣き叫んでいる。 その時あなたは慄えながら、母様の頸へしっかりとしがみつくのでした。 凩が凄じく吼え狂うと、洋燈の光が明るくなって、卓の上の林檎は
幸田露伴
少年時代 幸田露伴 私は慶応三年七月、父は二十七歳、母は二十五歳の時に神田の新屋敷というところに生まれたそうです。其頃は家もまだ盛んに暮して居た時分で、畳数の七十余畳もあったそうです。併し世の中が変ろうというところへ生れあわせたので、生れた翌年は上野の戦争がある、危い中を母に負われて浅草の所有地へ立退いたというような騒ぎだったそうです。大層弱い生れつきであっ
小川未明
一月一日 学校から帰ると、お父さんが、「今年から、おまえが、年始におまわりなさい。」といって、お父さんの名刺を四枚お渡しなさった。そうだ、僕は、十二になったのだ。十二になると、お父さんのお代わりをするのか、知らないけれど、急に、自分でも大人になったような気がする。お母さんから、あいさつのしかたをならって、まずお隣からはじめることにして、出かけた。 一月二日
豊島与志雄
少年の死 豊島与志雄 十一月のはじめ夜遅く馬喰町の附近で、電車に触れて惨死した少年があった。それが小石川白山に住む大工金次郎のうちの小僧庄吉だと分ったのは、事変の二日後であった。惨死はこの少年の手ではどうすることも出来ない運命の働きであったらしい。 庄吉は巣鴨の町外れの小百姓の家に生れて育った。三つの時に母を失い、九つで父に死なれたので、彼はその時から父の遠
木下杢太郎
少年の死 木下杢太郎 八月の曇つた日である。一方に海があつて、それに鉤手に一連の山があり、そしてその間が平地として、汽車に依つて遠國の蒼渺たる平原と聯絡するやうな、或るやや大きな町の空をば、この日例になく鈍い緑色の空氣が被つてゐる。 大きな河が海に入る處では盛んな怒號が起つた。末廣がりになつた河口までは大河は全く平滑で、殆ど動とか力とかいふ感じを與へない、鼠
加能作次郎
少年と海 加能作次郎 一 「お父、また白山が見える!」 外から帰って来た為吉は、縁側に網をすいている父親の姿を見るや否や、まだ立ち止らない中にこう言いました。この為吉の言葉に何の意味があるとも思わない父親は、 「そうかい。」と一寸為吉の方を見ただけで、 「どこに遊んでおった?」と手を休めもせずに言いました。 「浜に、沖見ていたの。」と為吉は縁側に腰掛け、「白