旅だち ――近代説話――
豊島与志雄
今年二十四歳になる中山敏子には、終戦後二回ほど、縁談がありました。最初の話は、あまり思わしいものでなく、本人の耳に入れずに、母のもとで打ち切ってしまいました。二度目のは、副島の伯母さんから持ちこまれたもので、母もたいへん気乗りがし、副島さんの家で、それとなく、敏子と先方の当人とを会わせました。 先方の当人、筒井直介は、りっぱな人柄だそうでありました。副島の伯
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豊島与志雄
今年二十四歳になる中山敏子には、終戦後二回ほど、縁談がありました。最初の話は、あまり思わしいものでなく、本人の耳に入れずに、母のもとで打ち切ってしまいました。二度目のは、副島の伯母さんから持ちこまれたもので、母もたいへん気乗りがし、副島さんの家で、それとなく、敏子と先方の当人とを会わせました。 先方の当人、筒井直介は、りっぱな人柄だそうでありました。副島の伯
ポーエドガー・アラン
自然における神の道は、摂理におけると同様に、われら人間の道と異なっている。また、われらの造る模型は、広大深玄であって測り知れない神の業にはとうていかなわない。まったく神の業はデモクリタスの井戸よりも深い。 ジョオゼフ・グランヴィル 私たちはそのとき峨々としてそびえ立つ岩の頂上にたどりついた。四、五分のあいだ老人はへとへとに疲れきって口もきけないようであった。
薄田泣菫
旋風 薄田泣菫 秋篠寺を出て、南へとぼとぼと西大寺村へ下つて來ると、午過ぎの太陽が、容赦もなく照りつけるので、急にくらくらと眩暈がしさうになつて來た。それに朝夙くから午過ぎの今時分まで何一つ口へ入れるではなし、矢鱈に歩き通しに歩いたので、腹が空いて力が無くなるし、足は貼りつけられたやうに重くるしい。 御陵山は白髮染の媼さんのやうに、赤ちやけた山の素肌に、黒ず
知里真志保
【小引】 アイヌの俚謡等にて代表的なるものとの御註文である。代表的といふ語をそのものとして最も特色的であるとの意味に取るならば問題は少しばかり難しくなるが、ここでは極めて通俗的に解して、最もよく知られてゐる、或は最もありふれてゐるといふ――例へば白老や近文がアイヌ部落の代表とされてゐるやうな意味に見て、ウポポなるものを択ぶ。 ウポポといふのは熊祭の際などに唄
勝海舟
旗本移転後の始末 勝海舟 維新の際、旧旗本の人々を静岡に移したのは凡そ八万人もあつたが、政府では十日の間に移してしまへと注文したけれども、それは到底出来ないから二十日の猶予を願つて汽船二艘で以て運搬した。併しその困難は非常なもので、一万二千戸より外にない静岡へ、一時に八万人も入り込むのだから、おれは自分で農家の間を奔走して、とにかく一まづ皆の者に尻を据えさせ
佐々木味津三
――時刻は宵の五ツ前。 ――場所は吉原仲之町。 それも江戸の泰平が今絶頂という元禄さ中の仲之町の、ちらりほらりと花の便りが、きのう今日あたりから立ちそめかけた春の宵の五ツ前でしたから、無論嫖客は出盛り時です。 だのに突如として色里に野暮な叫び声があがりました。 「待て、待て、待たぬかッ。うぬも二本差しなら、売られた喧嘩を買わずに、逃げて帰る卑怯者があるかッ。
佐々木味津三
――その第二話です。 前話でその面目の片鱗をあらましお話ししておいた通り、なにしろもう退屈男の退屈振りは、殆んど最早今では江戸御免の形でしたから、あの美男小姓霧島京弥奪取事件が、愛妹菊路の望み通り造作なく成功してからというもの、その後も主水之介が毎日日にちを、どんなに生欠伸ばかり連発させて退屈していたか、改まって今更説明する必要がない位のものでしたが、しかし
佐々木味津三
――その第三話です。 江戸年代記に依りますと、丁度この第三話が起きた月――即ち元禄七年の四月に至って、お犬公方と綽名をつけられている時の将軍綱吉の逆上は愈々その極点に達し、妖僧護持院隆光の言語道断な献言によって発令された、ご存じのあの軽蔑すべき生類憐みの令が、ついに嗤うべき結果を当然のごとく招致しまして、みつかり次第に拾って飼っておいた野良犬が、とうとう二万
佐々木味津三
その第四話です。 第三話において物語ったごとく、少しばかり人を斬り、それゆえに少し憂欝になって、その場から足のむくまま気の向くままの旅を思い立ち、江戸の町の闇から闇を縫いながら、いずこへともなく飄然と姿を消したわが退屈男は、それから丁度十八日目の午下り、霞に乗って来た男のように、ふんわりと西国、京の町へ現れました。 ――春、春、春。 ――京の町もやはり青葉時
佐々木味津三
――その第五話です。 まことにどうも退屈男は、言いようもなく変な男に違いない。折角京までやって来たことであるから、長崎、薩摩とまでは飛ばなくとも、せめて浪華あたりにその姿を現すだろうと思われたのに、いとも好もしくいとも冴えやかなわが早乙女主水之介が、この上もなく退屈げなその姿を再び忽焉として現したところは、東海道七ツの関のその三ツ目の岡崎女郎衆で名の高いあの
佐々木味津三
その第六話です。 シャン、シャンと鈴が鳴る……。 どこかでわびしい鈴が鳴る……。 駅路の馬の鈴にちがいない。シャン、シャンとまた鳴った。 わびしくどこかでまた鳴った。だが、姿はない。 どこでなるか、ちらとの影もないのです。見えない程にも身延のお山につづく街道は、谷も霧、杜も霧、目路の限り夢色にぼうッとぼかされて只いち面の濃い朝霧でした。しっとり降りた深いその
佐々木味津三
――第七話です 三十五反の帆を張りあげて行く仙台石の巻とは、必ずしも唄空事の誇張ではない。ここはその磯節にまでも歌詞滑らかに豪勢さを謳われた、関東百三十八大名の旗頭、奥羽五十四郡をわが庭に、今ぞ栄華威勢を世に誇る仙台伊達の青葉城下です。出船入り船帆影も繁き石の巻からそのお城下までへは、陸前浜街道を一本道に原ノ町口へ抜けて丁度十三里――まさかと思ったのに、およ
佐々木味津三
――その第八話です。 現れたところは日光。 それにしても全くこんな捉まえどころのない男というものは沢山ない。まるで煙のような男です。仙台から日光と言えば、江戸への道順は道順であるから、物のはずみでふらふらとここへ寄り道したのに不思議はないが、どこで一体あの連中を置き去りにしてしまったものか、仙台を夜立ちする時はたしかにあの江戸隠密達二人と一緒の筈だったのに、
佐々木味津三
――その第九話です。 とうとう江戸へ帰りました。絲の切れた凧のような男のことであるから、一旦退屈の虫が萌して来たら最後、気のむくまま足のむくまま、風のまにまに、途方もないところへ飛んで行くだろうと思われたのに、さても強きは美しきものの愛、肉親の情です。予期せぬ事からはしなくも呼び寄せて、はしなくも半年ぶりに出会った愛妹菊路と、そうして菊路が折々見せつけるとも
佐々木味津三
――その第十話です。 「おういよう……」 「何だよう……」 「かかった! かかった! めでたいお流れ様がまたかかったぞう!」 「品は何だよう!」 「対じゃ。対じゃ。男仏、女仏一対が仲よく抱きあっておるぞ」 「ふざけていやアがらあ。心中かい。何てまた忙しいんだろうな。今漕ぎよせるからちょッと待ちなよ」 ギイギイと落ちついた櫓音と共に、おどろきもせず慌てもせず漕
佐々木味津三
その第十一話です。少し長物語です。 神田明神の裏手、江戸ッ児が自慢のご明神様だが、あの裏手は、地つづきと言っていい湯島天神へかけて、あんまり賑やかなところではない。藤堂家の大きな屋敷があって、内藤豊後守の屋敷があって、ちょっぴりとその真中へ狭まった町家のうちに、円山派の画描き篠原梅甫の住いがある。 大していい腕ではないが、妻女の小芳というのがつい近頃まで吉原
岸田国士
通念の更新 一体、国防国家といふものゝなかで、文化はどういふ取扱ひを受けるべきかといふ問題ですが……この点に関しては、実にいろいろの意見があるやうです。すなはち、文化問題に就いてはまだ考へ及んでゐない、これは後廻しだといふ説が出たり、或る場合には、今までとにかく出来上つてゐる文化自体を、こゝで利用すべきだと考へられたり、一方また既往の考へ方では文化の発展など
小川未明
雪割草は、ぱっちりと目を開いてみると、びっくりしました。かつて、見たことも、また考えたこともない、温かな室の中であったからです。そして、自分のまわりには、美しいいろいろの花が、咲き乱れていたからであります。 雪割草は、小さな頭の中で、過去を考えずにはいられませんでした。この雪の降る、風の烈しい、岩蔭で咲いた日のことが、ぼんやりと浮かびました。それは、谷から捲
素木しづ
かなしみの日より 素木しづ 彼女は、遠くの方でしたやうな、細い糸のやうな赤ん坊の泣き声を、ふと耳にしてうつゝのやうに瞳を開けた。もはや部屋のなかには電気がついてゝ戸は立てられてあった、そして淡黄色い光りが茫然と部屋の中程を浮かさるゝやうになって見えた。 『一寸もお苦しくは御座いませんか。気が遠くなるやうじゃ御座いませんか。』 彼女の瞳がうっすらと開いたのを見
ダンテアリギエリ
きその日は思むすぼれ、とぼとぼと 馬を進むる憂き旅路、これも旅かや まのあたり、路のもなかに「愛」の神、 巡禮姿、しほたれて、衣手輕し。 うれはしき其かんばせは、さながらに、 位はがれしやらはれのやつれ姿か、 憂愁の思にくれて吐息がち、 人目を避けて、うなだるゝあはれの君よ。 ふとしもわれを見給ひて呼び給ふやう、 『われは、今、かの遠里をはなれ來ぬ。 さきに
牧野信一
外に出るのは誰も具合が悪かつた。 それで、飽きもせず彼等は私の部屋に碌々とし続けた。(――と私は今、村での日日を思ひ出すのである。つい此間までの村の私の勉強室である。私は余儀なく村を立ち去つて、今は都に迷ひ出たばかりの時である。) 向ひ側の人の顔だちが定めもつかぬ程濛々と煙草の煙りが部屋一杯に立こめてゐた、冬の、くもり日続きの、村の私の部屋なのだつた。誰も彼
中野鈴子
ある日 市電ののりかえで待っていると 一人の女の人がやってきた 洋服も帽子も見たこともないような古い型で 汚れて穴もあいている 断髪の毛は赤ちゃけ 木綿靴下の足がすりこぎのように弾力がない 電車がきて 彼女はわたしの前に向かい合った 健康でない むしろやつれた細面のかお けれども 目は 生き生きとして ひとところを見ていた 彼女はどんな過去を持っているのだろ
田山花袋
その時丁度午飯のあと片附をすませた妻は、私達の傍を通つて、そのまゝ居間の方へと行つた。私は男の子供達に英語を教へながら、裏庭の深い緑葉を透してさし込んで来る暑い夏の日影を眺めた。庭にはゑぞ菊の毒々しく赤いのが日に照らされてゐるのが見えた。 妻の入つて行つた居間の方にも、表の方に面して樹木の多い庭が凉しく開かれてあるのであつた。そこには娘や幼い子供達が寝そべつ
陀田勘助
砂糖のような安逸が おれの感覚をにぶらしている 鍋底で倦怠だ! 憂鬱だ! と小声でつぶやいている 若い熱情が下駄の歯のようにすりへりそうだ 残火が火消壺で喘いでいる 短気な意志が放心した心臓をつかんでいる そいつは滓だ おれの食慾がめしを喰ってる おれの性慾が女を恋しようとしている オブロモフ! オブロモフ! オブロモフ! 倦怠をつぶやきながらも安逸は砂糖の